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後日談Ⅰ~カボチャの馬車は各駅停車~








「そして3人は、いつまでも幸せに暮らしましたとさ」



「――――いやぁぁぁっ」

ぷるぷると握りしめた手を震わせたエリカの絶叫が響きました。






すったもんだの初夏から時は流れて、秋。木々の葉は赤や黄色に染まり、八百屋の店先にはたくさんの実りが並ぶ季節です。

再び始まったローグの靴屋での生活は順風満帆そのもので何ひとつ変わったことはなく、3人は最初からそうだったかのように穏やかに暮らしていました。

敢えて数えるとすれば、育ち盛りのコニーの背がにょきにょき伸びていることくらいでしょうか。その彼女は今、一心不乱に綿飴を頬張っているところです。


そんな、なんのことはない退屈で平和な毎日の、いつも通りの市場にエリカの絶叫が響いたわけなのですが……。



両頬を押さえて涙目になったエリカに、ジーナが肩を竦めて言いました。

「コレのどこが嫌なのかしら?」

「なっ、何がって、全部ですよ。ぜんぶ!」

まったくもって解せない、と言わんばかりの雇用主に向かって、エリカは地団太を踏む勢いで宣言しました。ここ数カ月の間に自己主張が上手になったようです。

ジーナは口を尖らせて、手にした冊子をもう一度パラパラと捲りました。そこにはびっちりと文字が並んでいます。

「えー……いいじゃない、素敵なお話だと思うの。

 きっと帝都中のお嬢さん方が夢中で読むに決まってるわ!」

「全然よくないです、恥ずかしいです!」

「恥ずかしいってそんな、名前は変えてあるんだし」

ぶんぶん首を振ったエリカを笑い飛ばすように、ジーナはぱたぱたと手を振って言いました。

するとエリカはジーナのお気楽そうに揺れる手を勢いよく掴んで、痛いほどの力で握りしめて詰め寄りました。

ぎりり、と変な音がします。華奢な手のどこにこんな力が、と思わずにはいられません。

「メグお姉ちゃんやリチャードさんは、絶対に分かりますっ。

 というか、それが一番恥ずかしいんじゃないですか!

 第一、クレイグさんだってこのことを知ったら……!」

「それは……クレイグさんは良い顔しないかも知れないけれど。

 でもそれって、貴女の口添えでどうにでも出来ると思うのよね。

 ……ということで……1冊につき銅貨7枚でどうかしら!

 先日の舞踏会で販路も確保したし、販売数に関してはご心配なく」


自信満々、胸を張って言いきったジーナを見つめて、エリカは溜息をつくしかありませんでした。その視線は彼女の手の中にある冊子に向けられています。


ジーナが手ずから書いたという物語――――そこに登場するのは帝都の片隅で暮らす靴屋の父と娘。そして家出少女。父と家出少女が同居生活のなかで心を通わせ、やがて恋仲に。彼らはいくつかの苦難を乗り越えて、家族としてやり直していく……というお話で。

明らかに、自分とクレイグ達のことが元になっていると分かります。


「だからエリカさん、貴女からクレイグさんを説得して下さる?」

にっこり微笑むジーナを前に、エリカは勝ち目のないことを悟りました。防波堤のようにジーナの熱意を遮ることは、今の自分には無理があると。これはもう、クレイグに相談するしかありません。

エリカは彼女の手から冊子を受け取ると、悲壮感の漂う顔でバスケットの底に押し込みました。絶対に誰の目にも触れさせないために。







ふいに響いたドアベルの音に、クレイグは顔を上げました。

「……なんだ、お前か」


やって来たその人が、溜息混じりの彼の言葉に顔をしかめます。

「ひでーな。

 客だぞ、接客しろよ~」

表情の割におどけたような声を発したその人に向かって、クレイグは肩を竦めて口を開きました。

「お前じゃなかったら接客してるさ。

 ……で、ハンス。

 警備隊副隊長様が、何か用なのか?」

「うっわ、相変わらずの刺々しさ」

相変わらずの軽口を笑い飛ばして、ハンスは店の中へと入って来たのでした。


試着用の椅子に座ったハンスにマグカップを渡して、クレイグがカウンターから注文書を取り出します。警備隊が防寒ブーツを追加で注文したい、という話をハンスから聞いたからです。

「それで、数は?」

「10、頼む。

 俺と同じサイズで5つ、ひと回り大きいのが5つ」

「分かった。

 雪が降る前には仕上がると思う」

「おぅ、仕事が早くて助かるぜ」

ぶっきらぼうで事務的な会話が淡々と交わされるなか、頷いていたハンスがニヤリと口の端を持ち上げました。

「――――あ、そっか。

 新妻がいるもんな!

 家のことは任せて、お前は仕事に集中出来るんだもんな!

 いやいやうらやま」

「煩い。縫い合わせるぞ」


何を、とは言わないあたり、クレイグも虚を突かれて余裕がないらしい……と、ハンスは胸の内で呟きました。もちろん、にまにま緩む頬はそのままに。

するとクレイグの目が吊り上がります。

「そもそもエリカは新妻じゃない!

 私達は同棲しているだけで、そういう」

「……は?」

強い口調で否定しようとしたクレイグを遮って、ハンスが目を点にしました。ぽかん、として、どうにも間抜けな顔になっています。

そんなハンスの顔を見たクレイグも、思わず言葉を飲んでしまいました。

変な間を置いて、ハンスは恐る恐る尋ねてみることにしました。ふたりが同居生活を再開させたというのは聞いていましたが、なんだか少し思っていたのと違うということに気づいて。

「え、だってエリカちゃんも一緒に住んで……。

 あれ? ふたりは結婚するんじゃないの?」

「……結婚?」

案の定、クレイグは訝しげに眉根を寄せたのでした。


男に見つめられても全っ然嬉しくない。そう思いつつも、ハンスは目の前の朴念仁に向かって再び口を開きました。

「つーか、クレイグくん。

 キミたち恋人同士になったんじゃないの?

 めでたしめでたし、ってことで落ち着いたんじゃ……?」

ハンスは驚愕しました。

大の男が、それも子持ちの良い歳した男の耳が赤くなっているのです。

「いや、まあ、その……そうなんだが……」

ぼそぼそと口ごもったクレイグを見て、ハンスは悟りました。どういうわけか、直感でピンときました。

「まさかクレイグ、お前……。

 エリカちゃんとはまだ……?」

その問いかけには、咳払いがひとつ返ってきただけで。それだけで答えを察したハンスは、絶望のような何かを感じて天を仰いだのでした。

「嘘だろぉ……」



ふたりのマグカップから、湯気がすっかり消えた頃。

今日も静かで穏やかな宮殿では、マーガレットが鼻歌混じりに届いた手紙の封を切っているところでした。





「どなたかと思ったら……貴方だったの、ウィル」

マーガレットは部屋に入ってきた落ち着いた青年に目を留めると、目をまんまるにして立ち上がりました。広げていた手紙を、封筒の中にしまって。

するとウィルと呼ばれた青年が、微笑みを浮かべて一礼しました。

「お久しぶりです、皇女様」


「舞踏会では楽しい時間をありがとう。

 貴方のおかげで、宮殿でも楽しい思い出が作れたわ」

リチャードにお茶の用意をお願いしたマーガレットは、ウィルに椅子を勧めて言いました。まだあの夜からそれほどの時が流れてはいないはずなのに、もう懐かしく思えてしまいます。

……だから、でしょうか。彼女は目の前の客人に気を取られていて、出て行ったリチャードの顔が曇っていることには気づかなかったのです。



ドアを開けたままの部屋で、ふたりは取りとめのない話を楽しみました。それこそ日常生活のなんでもないことから、将来の夢まで。

にこにこと笑みを浮かべたマーガレットは、このウィルという青年に対して性別を超えた親しみを覚えて言いました。

「なんだか不思議だわ、ウィルって。すごく話しやすい。

 もしかして、友達を作るのが得意なの?

 コツを教えてもらいたいくらいだわ……」

小首を傾げた皇女様の言葉に、ウィルは失笑してしまいました。自分が完全にオトモダチとして扱われていると分かってしまったから。

さすがに異性として見られていないのは、ちょっとだけショックです。皇女様に想いを寄せていたのかとか、そういう話ではないのですが。それにしたって、もうちょっと意識してくれてもいいような気がします。

「えっ、なに?

 わたし可笑しなこと言ったかしら?」

噴き出した友人を見て、マーガレットは顔に熱が集まるのを感じたのでした。


「えーっと……そうだ」

マーガレットは、手でぱたぱたと顔を扇ぎながら口を開きました。

「ちょっと意見を聞かせて欲しいことがあるの」

もちろん、最初から彼に聞こうと思っていたわけじゃありません。なんとか別の話題を……と考えを巡らせた結果です。

彼女は、両手をぱちっと叩いて言いました。

「男の人がもらって嬉しいプレゼントって何かしら」









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