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四つ葉のクローバーに願うこと 4








掃除が終わった部屋には新しい空気が満たされていて、取り換えられた花が目に鮮やかです。今朝咲いたばかりなのか、その瑞々しさに自然と心が緩みます。


……というのが、クレイグやエリカの抱いた感想なのですが。



クレイグとエリカが、こっそり目配せしました。ふたりとも、どこか乾いた笑みを浮かべて。

お互いに同じようなことを思ったんだろうな、と感じ取った彼らは、視線を戻しました。

快適なはずの部屋に、むすっとしているマーガレットがいるのです。







隣の部屋から、楽しそうな声が聴こえてきます。コニーが、年かさの使用人の手を借りて花冠を作っているのです。

きっと楽しい時間を過ごしているんだろうな、とクレイグは安堵の息を零しました。挨拶したところ、彼女とコニーはお祖母さんと孫娘、といった年の差であるようでしたから。



「……リチャード」

むっすりと黙り込んで壁の一点を見つめていたマーガレットが、ふいに口を開きました。声を聞く限り、やっぱり怒っているようです。

けれど長い付き合いの従者は、顔色ひとつ変えずに返事をしました。

「何でしょう」

「あの方、参加者名簿から外せる?

 ……生理的に受け付けないみたい」

マーガレットの顔が歪みました。

クレイグとエリカは、顔を見合わせるばかりです。彼女の何を知っているでもないけれど、そんな顔をすることに少なからず驚いてしまいます。

するとリチャードが、ただひと言。

「かしこまりました」

そして、わずかに目を細めて「良い判断だと思います」と付け足しました。



「あのぉ……」

リチャードの眩しい笑顔に寒気を覚えたエリカは、とうとう我慢出来なくなって口を開いてしまいました。優しいメグお姉ちゃんが顔を歪めるだなんて、と心配にすらなったのです。

その隣では、クレイグがひやひやしながら口を挟んでしまった彼女を見守っています。


エリカの声が聴こえた途端に、マーガレットは微笑みました。その自然さが逆に怖い、とクレイグが思ってしまったのは内緒です。

「ああ、ごめんねエリカ。

 部屋を掃除してもらってる間に、夫候補の方々と面談を……」

「マーガレット様」

リチャードが遮るように彼女に声をかけました。

主が話をしている時に口を挟むなんて、滅多にないことです。機嫌が悪いらしいマーガレットは、ほんの少し目元を険しくしました。

けれど、そんな彼女を宥めるように彼が言います。

「そのことは、もう口に出さぬ方がよろしいかと」

「どうして?」

むっとして尋ねたマーガレットに、リチャードはぼそりと呟きました。

「思い起こして不快な思いをされるのは、他ならぬマーガレット様です。

 それはいささか、いえ、かなり我慢なりません」

「……そうよね!

 そのたびに思い出すなんて、やってらんないわよね!」

あんなやつ!……としかめ面でクッションに一発お見舞いしているマーガレットを見て、クレイグは思いました。そこは頬を染めて、リチャードを見つめてやるべきじゃないかと。





お茶の支度をするリチャードをそのままに、マーガレットは口を開きました。テーブルを挟んだ向かいに座る、可愛い妹分を見つめて。

「気分はどう?

 ……目はちょっと、腫れぼったいみたいだけど」


付け足されたひと言に、クレイグが思わずあさっての方向に視線を投げました。マーガレットの言葉に、チクリとした棘を感じて。

するとエリカはそんな彼の様子には気づかずに、頬を緩めて頷きました。

「うん、大丈夫。

 クリスが帝都にいるのは怖いけど、今はひとりじゃないもの。

 メグお姉ちゃんの所にいるんだし、クレイグさんも一緒だし……」

言いながら見つめるのは、隣で平静を装っているクレイグです。

彼はエリカの視線を受けて、ようやく口の端を持ち上げました。

「……ま、それならいいんだけど……」

ふたりが何やら目で会話をしているらしい、と感じ取ったマーガレットは、溜息混じりに言いました。ほんの少し羨ましい、と思いつつ。

彼女は、エリカが何に泣いたのかは、とりあえずそっとしておくことにしました。



リチャードがカップを並べ、マーガレットのそばに控えます。

するとマーガレットが、こほん、と咳払いをしました。

「とりあえず、エリカが大丈夫なら良かったわ。

 これで、ちゃんと話が出来そうね」

「話って、何の……?」

居住まいを正したエリカが、わずかに眉根を寄せました。なんとなく、よくない話だということは想像出来ます。

そんな彼女を一瞥したクレイグは、昨日のマーガレットとの会話を思い出して口を開きました。

「警備の件ですね」

「ええ。

 午後にでも、リチャードに警備隊の詰め所に行ってもらおうと思います」

「……昼食を終えたら出るつもりだ。

 預かるものがあれば、それまでに用意してほしい」

すでにマーガレットから話を聞いているらしいリチャードが、淡々と言いました。事務的ではありますが、協力してくれるようです。

頷いたクレイグが、ふたりの会話の内容が掴めないままのエリカに向き直りました。

「昨日のこと、皇女様には少し相談してあったんだ。

 君はちょっと、その、疲れているみたいだったから……すまない」

言葉を選んで言った彼に、エリカは小さく首を振りました。

当事者である自分を差し置いて……だなんて、思えるはずもありません。


お礼を言うのも何か違う気がする、と思ったエリカは、なんとなく目を伏せました。

すると、マーガレットが言いました。

「それでね、エリカ。

 警備隊に頼んで、靴屋さんの近辺を巡回してもらおうと思うの」

「ハンスに手紙を書くよ。

 君の弟が帝都に何をしているか、少し探ってもらおう」

「え、でも……」

クレイグにまでさらりと言われて、エリカは戸惑いました。

なんだか大事になっている気がするのです。義弟とちょっとしたトラブルがあって家出しただけ……と思っていたのに、警備隊まで動かすことになろうとは。


口ごもった彼女に、クレイグが言いました。

「この際だから、頼れるものは頼ってしまっていいと思うよ。

 エリカのいた家は、商家とはいえ財力がある。金は力になるからね。

 逃げるにしても話し合うにしても、君がひとりで立ち向かえる相手じゃない」

真剣さで研ぎ澄まされた声が、エリカの耳を突きます。

自分の甘さを責められた気がして、彼女はなんともいえない気持ちになりました。

すると言葉を切ったクレイグが、ふぅ、と溜息を零して肩を竦めます。

「……私がなんとかする、って言えればいいんだけど。

 残念ながら、しがない街の靴屋だから」

「そんなこと……」

呟いたエリカに、マーガレットが言いました。

「まあ、そういうことだから、ひとまず警備隊に動いてもらいましょ。

 街の巡回は治安のためだから、エリカが気に病むことはないわ。

 舞踏会の賑わい目当てのスリなんかも増えてるみたいだしね」

クレイグとマーガレットを交互に見つめたエリカは、頷きながら腫れぼったい目を擦りました。嬉しさと申し訳なさが半分ずつくらいの気持ちで。

もちろん、クレイグは苦笑しながら彼女の手を止めたのでした。






「――――結局、甘えちゃいました。

 警備隊のみなさん、お仕事増えちゃいますね……」

エリカは溜息混じりに呟きました。

最終的に、マーガレットの立場を利用した対策方法をとることになったのです。

もちろん、それが一番効果的だということは分かっています。けれど彼女は、やっぱり心のどこに後ろめたい気持ちが居座っているのでした。


書いた手紙をリチャードに託したクレイグは筆記用具を片付けながら、そっと息を吐き出しました。

「あれで皇女様も楽しんでると思う。はりきってるし。

 ……もちろん心配で仕方ないだろうけど」

言葉の最後に差し掛かったところで、別の部屋からマーガレットの楽しそうな笑い声が聴こえてきます。頭の大きさに合わせたいから、と呼ばれた彼女は、コニーと一緒に花冠を製作中なのです。

「……それはそれで、なんだかちょっと……ですけど」

ごにょごにょと言葉を濁してカップを傾けるエリカに、クレイグが苦笑混じりに肩を竦めました。

「君が遠慮し過ぎると、皇女様も動きづらくなる。

 本当に君のためになってるのか、心配されると思うよ」

彼はそっと手を伸ばして、彼女の頭をぽふぽふと軽く叩きます。

「姉のように慕う人なんだろう?

 皇女様が結婚して身分が同じになったら、たくさん恩返しすればいい」

そう言われて、エリカは小さく頷いたのでした。



あふ、と欠伸を噛み殺す気配に、エリカは針を動かす手を止めました。

靴の木型にヤスリをかけているクレイグの姿勢が、いつもより少し悪い気がするのです。なんだか、グラグラしているような……。

エリカは刺繍しかけのものをテーブルに置いて、向かい側のソファのクッションをどけました。ひとつだけ、枕代わりに残して。

「クレイグさん……?」

「――――あ……何だいエリカ」

声をかけられた彼が、我に返ったように振り向きました。いつもと変わらない顔のはずなのに、違和感があります。

エリカは、お腹に力を入れて言いました。

「ちょっとこっちに来て下さい」

らしくもなく語気を強めた彼女に、クレイグは戸惑って首を傾げました。言われたことは理解出来たのですが、体がすぐに動かなかったのです。


すると、なかなか動かないクレイグを見かねた彼女が、すっと立ち上がりました。そして迷いもなく彼のところにやって来て、言いました。

「いいから、来て下さい」

「え、エリカ?」

真剣さの溢れる瞳に、クレイグはたじろぎました。

エリカが彼の手から、作業していたものを取り上げます。何も言わず、彼が戸惑って上げた声のひとつも聞かずに。

そして木くずで白っぽくなったエプロンの紐をほどき、剥ぎ取るように脱がせた彼女は、彼の手を取りました。

「ちょっと、エリカ?」

何をするんだ、と振りほどきたい気持ちを抑えて、クレイグはされるがままに立ち上がりました。半ば引っ張られるようだったので、勢いがつきすぎてエリカにぶつかりそうになりながら。


批難するように零した言葉を拾った彼女が、表情を険しくします。

「もうダメですよ、クレイグさん」

「な……」

何が、と言おうとした彼は、たたらを踏みながら歩くしかありませんでした。エリカがものすごい力で引っ張るのです。怒りにまかせているのかと思うほどの力で。

「私のせいだから申し訳ないですけど、でも、もう見てられませんっ」

……やっぱり怒っているようです。

とりあえず黙ってされるがままになろう、と思ったクレイグは、大人しく彼女についていきました。そしてクレイグは、何が何だか分からないまま、ソファに腰を下ろしたのでした。


「いや、徹夜なんて珍しくないし……大袈裟だよエリカ」

おとなしく横になって呆れ半分に溜息をついたクレイグを見て、エリカがにっこり微笑みました。

「ほんのちょっとでいいんです。

 目を閉じて、横になってて下さいね」






コニーとマーガレットの楽しそうな笑い声が、風に乗って聴こえてきます。もう花冠は作り終わったのでしょうか。

別の遊びを始めた気配に、エリカはそっと笑みを零しました。


その時です。

「あ……」

エリカは、ふと吹いてきた風に手を止めました。糸くずがふわりと舞って、寝息を立て始めたクレイグの髪に付いてしまったのです。

起こしてしまうかも……と思いながらも立ち上がった彼女は、息を殺して手を伸ばしました。


そういえば、とエリカは思いました。いつもクレイグに頭をぽふぽふされるけれど、自分が彼の頭に触ったことはなかったな……と。

思い起こして緊張を覚えた彼女は、ぷるぷると震える指先で糸くずを摘まみました。マーガレットの花びらに使った真っ白な糸が、風に揺れます。

すると、エリカが糸くずを丸めてテーブルに置いたのと同時に、クレイグの唇が緩やかに開きました。

「――――レイ、ニー……?」


「え……?」

ぽつりと零された言葉の意味なんて、エリカには分かりません。

でもきっと、それは誰かの名前。それも、女性の。




目を覚ましたクレイグは、訝しげに首を捻りました。

エリカの左手の指先に、針で刺した痕を見つけて。








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