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四つ葉のクローバーに願うこと 1









「――――あっ。

 リチャくんだ~!」

パッと顔を輝かせたコニーが、ぱたぱたと廊下を駆けていきます。

今の自分の気分よりもだいぶ上をいく幼い声に、彼は渋々といったふうに振り返りました。そして、驚きに目を見張りました。

「ちょっ……?!」

らしくもなく、リチャードは慌てました。

親しげに声をかけてきた彼女が、ものすごい勢いで突進してきたからです。

キラキラした笑顔で猛然と駆けてくるコニーを受け止めるべきか、それとも逃げるか……。彼は迷いました。

当然のことですが、すっかり興奮気味な彼女がリチャードの決断を待ってくれるわけがありません。


ばふっ、と飛びついたコニーは、にこにこしながらリチャードを見上げました。

「おはよー!」

「……ああ」

真っ直ぐな好意を向けられてしまっては、もうしかめ面なんて出来ません。

リチャードはほんのり口角を上げました。


そうこうしているうちに、コニーのうしろから歩いてきていたクレイグとエリカが追いつきました。ふたりは、足を止めるのと同時に朝の挨拶をしました。

そんなふたりと目が合ったリチャードは少しの間をおいて、思わず顔をしかめたのでした。






ノックの返事を聞いたリチャードが、ゆっくりとドアを開けました。

「おはよう、メグお姉ちゃん」

「おねえさーん!

 おはよーっ」

椅子から立ち上がったマーガレットに、コニーが突進していきます。

「おはよう、コニーちゃん。

 よく眠れた?」

元気のかたまりを抱き留めて、彼女は尋ねました。

するとコニーが、目を輝かせました。

「あのね、ベッドがふかふかだったよ!

 おっきくて、まっしろで、びっくりした。

 ……あ」

するすると言葉を紡いでいた口が、ぽかん、と開いています。

マーガレットは不思議に思って、首を傾げました。

「どうかしたの?」

「んー……あのね、あさね……」

記憶が曖昧なのか、コニーは首を捻りました。

うっすら空が明るんだ頃の記憶は曖昧で、思い出そうとしても頭の中が霞みがかったようなのです。少し怖くて。でも目が覚めたら、ソファの上で。ほんのりエリカの匂いがする毛布にくるまっていたのです。

コニーはその不思議で幸せな気持ちになった出来事を、どうにかしてマーガレットに伝えたいと思うのですが、なかなか言葉が見つかりません。


クレイグは何かを思い出そうとしている様子の娘を、慌てて呼び止めました。絶対に絶対に絶対に、ぺらぺら喋られたら困ることがあるのです。

「こっ……コニー?!」

「ほえ?」

珍しく慌てた様子の父親に、コニーは気の抜けた返事をしました。

「……ええと、ほら。

 お姉さんの服がしわくちゃになってしまうから。ね?」

口ごもったクレイグはそう言うと、「おいで」とコニーを手招きしました。

そんな彼に朝の挨拶をしようと口を開いたマーガレットは、思わず眉根を寄せました。クレイグの目の下に、くっきりとクマが出来ていることに気づいたのです。

出かけた“おはようございます”を飲みこんだ彼女は言いました。

「クレイグさんは、あまり眠れなかったようですが……」


クレイグは、口から心臓が飛び出すかと思いました。

目が覚めて、いつの間にか眠りに堕ちていたことに気づいた時は、それほど疲れた顔をしていなかったはずです。

だから、いきなり核心をつくような問いかけを受けた彼は、マーガレットが何かに勘付いたんじゃないかと思ったのです。

彼は少し考えてから、捻り出すように言いました。平常心平常心、と心の中で唱えながら。

「その……枕が変わると、眠れないタイプみたいで」


心臓をばくばくさせながら言ったクレイグを、ほんの一瞬だけ、マーガレットが胡散臭いものを見るような目つきで眺めました。

「お恥ずかしいです」なんて言っている彼の顔を、エリカが心配そうに見上げています。

そんな彼女の様子を見ていたマーガレットは、気づいてしまいました。

彼女の目元が、むくんで腫れぼったくなっているのです。

それだけじゃありません。エリカがクレイグに向ける眼差しが、昨日とは違うような気がするのです。なんとなく、寄り添っているようにすら見えます。


「……そうですか。

 今日はぐっすり眠れるといいですね」

口を閉じてふたりを交互に見遣っていたマーガレットは、笑みを浮かべて言いました。さてどうしたものか、と考えながら。








ちくちくと針を動かしていたエリカは、手を止めて目を擦りました。泣き腫らした目がぶよぶよして、なんだか重たいのです。


そういえば昨夜はあのあと、泣きに泣いて、そのうちにクレイグの腕の中で眠りに堕ちてしまったのでした。落ち着いたらコニーのいるベッドに戻ろうと思っていたのですが、睡魔にあっけなく陥落してしまったようです。

ソファに座っていたせいで体は凝り固まっていたけれど、頭の中は窓の外に広がる澄んだ青空のようです。

きっとたくさん泣いたからだ、とエリカは自覚していました。余分だったもの、自分の中に淀んで沈んでいたものが流れ出たのだと。



「エリカ」

ふいに聴こえた声に、エリカは目を擦る手を止めました。そして、声のした方へと視線を走らせました。

するとすぐに、少し離れた場所で、木型になりかけの木材や道具を片付けているクレイグの姿に気がつきました。

「あ、クレイグさん」

ぱっと手を下ろした彼女を見て、彼は苦笑混じりに近付いてきました。目を擦ってはいけない、と朝から何度も言っているのです。

クレイグは、ほんのり笑みを浮かべて言いました。

「使用人達が部屋の掃除をするそうだから、外に出よう。

 コニーはどこだろう?

 ……あの子こそ、掃除の邪魔になると思うんだけど」


手元のハンカチには、マーガレットの刺繍が出来かけています。若草色の布地に、真っ白で艶のある糸が綺麗です。

エリカは手際よく裁縫道具をしまうと、クレイグと連れ立ってコニーを探しに出かけました。









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