第3回 反省会
1回目の失敗は逃げ出す前にサタン様を斬ってしまったこと。
2回目の失敗は逃げ出した後自室へ向かってしまったこと。
3回目は?
3回目の失敗は勇者が底なし沼へ沈んだこと。
―――――
朝、起きて朝の支度を一通り済ませた後、読書をしていると
部屋の扉がノックされた。
「はい? ゴブリン君?」
というかゴブリン君くらいしかいないだろう。
勇者パーティーが来る時間ではないし、そもそも侵入者はノックしねーよ。
「私よ」
サタン様!?
ああ、そうか……説教しに来たか……
「どうぞ……」
扉が開くと、そこには1人の魔法使いの姿。
他に誰もいないからやはり説教だな……
「おはようございます」
「おはよう。はい、座って」
素早く床に正座。
なんかこの流れもう慣れたわ。
当然椅子になどは座らない。
というかこの椅子邪魔だな。座るのに邪魔。
「昨日、いつまでも勇者が戻ってこないから限界がきて、外へ探しに出ることになったんだけど」
「はい……」
「そこで転送されたわ。何があったの?」
「それは……」
なんて説明すればいいの……?
「殺した? また勇者殺した?」
「いえ、俺は手を出していません」
実際俺は勇者に手を出していない。あれは違うだろう。
「ではなぜ勇者が死んだの? 場合によっては……」
「いや! 実はですね……」
一瞬サタン様の顔に怒りの表情が見えたので、
急いで昨日外であったことを説明した。
森へ逃げ込み、勇者から逃げ切ったこと、
ダンジョンの方へ戻る途中沼を発見したこと、
勇者がそこで死んでいたこと。
「あら……? それじゃあんた何も悪くないじゃない」
「え……? あぁ、まあそうなりますかね」
サタン様の表情がサッと穏やかになる。
怒られるかと思ったが、全然そんなことはなかった。
「強いて言えば、沼を避けるように逃げれば良かったけど」
「はい」
「そんなのわからないわよね。立ちなさい」
「はっ」
立ち上がる。次の言葉を待った。
「明日も同じでいいわ。作戦自体はうまく行っている」
「了解しました」
「お疲れさま、よくやったわ」
「ありがとうございます」
優しい。お褒めの言葉が心に染み渡る。
「じゃあおしまい。それより……」
クゥ~……
謎の音が聞こえた。
サタン様の腹のあたりから。
何か魔法を使ったか?
「それより! おなかすいたんだけど!」
空腹の魔法でした。
サタン様を見ると、赤くなった必死な顔で、空腹を訴えていた。
「はい、どうぞ座ってください」
「どうも……」
椅子を引いて、サタン様に座ってもらう。
奥の台所へ向かい、食事を用意する。
―――――
「とりあえず、こちらをどうぞ」
パンと新しく作った野菜スープをテーブルに並べた。
今日はもう1品空腹のサタン様のために用意しているのだが、まだ完成していない。
あまり待たせるのも申し訳ないので、先に2品だけ出した。
「わぁ……、こほん」
サタン様は一瞬顔を綻ばせたが、咳払いをして表情を直す。
しかしその目はテーブルの上の皿に釘付けの様子だった。
「いただきます」
しっかりといただきますをしてから、食べ始めた。
「もぐもぐ……やっぱり私の舌に狂いは無かったわね。美味しいわ」
「ありがとうございます。ゆっくりでいいですよ」
「わかってるわよ。私はそんながっついたりしないわ」
「……今日はもう1品用意してますので。そろそろかと」
ちょっとツッコみそうになったが、ギリギリのところで踏み止まった。
台所へ戻る。
お、できてるな。よっと。
出来立てで熱々のチキンを大皿に乗せ、テーブルへ向かった。
「朝からちょっと重たいかもしれませんが、いかがでしょうか?」
「わぁ…………、げふんげふん。いただくわ」
咳払いすげぇな。もしかしてむせたのか?
湯気を立てるチキンの大皿をテーブルに乗せる。
ナイフで切り分けて別の皿に移し、サタン様の前に置いた。
「ありがとう。ところで排気とかどうなってるの?」
「ちゃんと考えて作ってありますよ」
台所や風呂など、火を使う場所には排気口を作ってある。
これが無いとダンジョン内が煙だらけで大変なことに。
生活する上で火を使わないわけにはいかないので、
そのあたりはしっかりとしてある。
ちなみに水も近くの綺麗な水源から引き込んでいる。
もぐもぐとチキンをほおばるサタン様を見る。
あれ? そういえば……
「帽子はとらないんですか? 邪魔でしょう?」
「もぐもぐ……え?」
サタン様は食事の手を止め、こちらを見る。
何かまずいことを言ってしまっただろうか。
「食べにくくないですか? 帽子をかぶったままだと」
「そ、そうね……無作法かしら……?」
別に大きな帽子が邪魔そうだなーと思っただけで、
マナーとかはどうでも良かったが、そうですねと言っておいた。
「と、とるけど、見ても笑わない?」
何をだ。そんなことを言われたら気になってとってほしくなる。
「どうぞ、そこに置いてください」
テーブルの近くの棚の上を指し示し、脱帽を薦める。
サタン様は恐る恐るといった感じで、ゆっくりと帽子を脱いだ。
「……っ…………!」
サタン様が目をギュッと瞑り、俯く。
緑色の髪の頭が見える。サラサラとしていて、綺麗な髪。
何がそんなに……ん?
よく見ると頭の上の方の両サイドに小さな……つの?
小さな小さな2本の尖った角が、チビッと生えていた。
「角……ですか」
「そうよ! 可笑しければ笑うといいわ!」
さっき笑ってほしくない、みたいなこと言ってたのに笑えとは。
別に笑うところないでしょうが。
「いえ……別に? 何かおかしいんですか?」
「ちっさいでしょ! 魔帝のくせにダッサい角でしょうがよ!」
なんかキレてるわ。
別にダサいとは思わないし、こういう角の生えた種族も見たことがある。
近寄って、角を眺める。そして、なんとなく感想を口にした。
「かわいい……」
「か! かわっ……!?」
かわ? ……皮。皮か。
サタン様の皿を見ると、チキンが綺麗に片付けられていた。
元の場所に戻り、チキンの皮を切り分ける。
「はい、どうぞ。チキンの皮、美味しいですもんね」
サタン様の目の前にチキンの皮を切り分けた皿を置く。
この人なかなかわかってるな。皮の部分が美味いんだよ。
「…………あ、ありがとう……」
サタン様はチキンの皮にフォークを突き刺し、口へ運ぶ。
もぐもぐと顎を揺らす。
顔が真っ赤になるほど美味いんだな。
サタン様はチキンの皮が好き……と。
脳内のメモ帳に新たなデータを書き込んだ。
「そ、そういえば! な、な、なま……」
やばい。
結構時間をかけたんだが、生の部分があったらしい。
チキンを焼きなおすため、皿を持ち上げる。
「あ! ちがう! 名前はなんていうの!?」
「名前ですか……?」
これに名前なんてあるのか? 鶏肉を焼いたものだが。
「チキンステーキ……でしょうか……?」
「違う! あんたの名前! あんたの名前まだ聞いてなかったわ!」
ああ、そういうこと。
名前か……昔は別の名前があったが、
今の名前の方を答えるのが正解だな。
「レンジャー、と呼ばれてます」
「レンジャー……ね。通称のように聞こえるけど。本名じゃないわよね」
「……いえ、これが名前です」
ちょっと昔の名はあまり出したくない。
これが自分の名前だということで押し通した。
―――――
「ごちそうさま、レンジャー」
「おそまつさまでした」
「美味しかったわ。また食べに来るから。明日の作戦も頼むわよ」
「はい。わかりました。ありがとうございます。いつでもどうぞ」
サタン様は食事を終え、少ししてから帽子をかぶって帰っていった。
見せた後はちっさい角を隠したりせず、普通に過ごしていた。
最初から普通にしとけばいいのに。別に気にならねーよ。
サタン様の、魔帝らしからぬ良い匂いが残る部屋で、
明日の事を考えながら1日を過ごした。
サタン様の角、勇者達の前では、上手く隠してるらしいです。
見つかっても小さすぎて、すぐにはわかりません。




