外へ
目覚める。ベッドから出る。甲冑を着る。
昨日よりだいぶ遅い時間だ。
本日の来客は昼以降と聞いているので問題ない。
朝っぱらから風呂に入った。
ダンジョン内とはいえ、朝は少し冷えるのだ。
風呂の湯が冷えた体をじんわりと温めてくれる。
なんと気持ちの良いことか。
ありがとう。湯。
そしてありがとう。ゴブリン君。
朝風呂からあがった後は朝食だ。
パンと自慢の野菜スープで優雅なモーニングのひとときを過ごそう。
透き通ったスープはまるで黄金の雫の様。
芸術と言っても過言ではないだろう。
貴重品を扱うように丁寧に、丁寧に、すくって口に運ぶ。
野菜スープは腐っていた。
さすがに置き過ぎたようだ。
サタン様のためにも新しいものを仕込んでおこう……
―――――
読書などをして過ごし、昼を過ぎた頃広間に立つ。
そろそろ勇者パーティーを待っていた方が良いだろう。
1回目の失敗は逃げ出す前にサタン様を斬ってしまったこと。
2回目の失敗は逃げ出した後自室へ向かってしまったこと。
3回目は?
3回目は外へ逃げ、勇者を撒いてミッションコンプリートだ。
幸いダンジョンの外は草木が生い茂っている。
ジャングルとまではいかないが、追っ手を撒くには好都合な地形。
全員で捜索されるとなると少し分が悪いが、
サタン様が上手く引き止めてくれるだろう。
逃げ出した時に勇者も引き止めてくれればそれで終わりなのだが、
例の計画書によるとかなりイケイケな性格らしい。
勇者は追ってくると想定しておいた方が無難だろう。
後は、神官か……
後方支援、分析を担当しているとあった。
勘が良いのかもしれない。
サタン様の引き止めが怪しまれなければいいのだが。
どうも一筋縄ではいかないような気がする。
あいつは要注意だな。
勇者パーティーのサタン様以外のメンバーは、
転送されたことによってここでの記憶は失っている。
そして前回の途中までは、作戦は上手く進んでいた。
とりあえず、逃げ出すところまでは前回と同じで良いだろう。
通路に入ってからが今回の……お?
どうやら勇者パーティーが来たようだ。
気を引き締めよう。
きょろきょろと顔を動かしながら勇者が入ってきた。
その後に剣士、神官、サタン様が続く。
勇者がこちらに気付く。
勇者と剣士が剣を構える。
「罪無き人々を苦しめる魔の者め、覚悟しろ!」
ちょっとビックリするくらい前と同じだな。
人は状況が同じだと決まった動きをするのか?
さて、と。
「ドゥハハハ。よくぞ来た、勇者よ。かかってくるが良い。」
決まった……完璧だ。
……あれ? サタン様またニヤけてね?
ってか前回よりニヤニヤしてね!?
あぶないあぶない! 神官に気付かれるって!
真面目に! 真面目にやってください!
「行くぞ! ルビー!」
「……おう」
勇者と剣士が剣を構えて斬りかかってくる。前と同じタイミングだな。
ちらりとサタン様の位置を確認する。大丈夫……
……おい、まだニヤニヤしてるよ。
二度見してしまったわ。
2人の剣を1歩下がってかわし……
!?
微妙に踏み込みの距離が違う!
1歩じゃ足りない!
あぶねー……
気付いてなかったらやらかしてしまってたわ。
全く同じってわけじゃないのか。
油断してた。
おっと、考え込んでる場合じゃない。
剣を振った2人の間を抜ける。
神官を一瞬目視する。
神官……こっち見てるな……
でも俺が何か手出しするわけにはいかないのでスルー。
ヒュンッ
振り向きながら剣を突き出す。
勇者と剣士が後ろへ跳ぶ。
距離が離れた。
サタン様をちらっと確認。
無表情。と思ったら頬が一瞬ピクッってなった。
どんだけツボに入ってんだよ。
どこがそんなにおかしいんだよ。
よし、ここで、
「ぬう……やるな。くっ、ここはひとまず退かせてもらうとしよう」
完璧。
勇者パーティーに背を向けて通路へ走り出した。
通路を右に曲がらず、曲がりくねった道をそのまま進む。
「待てええええええええええええ!」
後ろから勇者の声が聞こえた。
追ってきたか。まあ想定通り。このまま外に出る。
出口の光が見えた。
少しずつ、空気が暖かくなるのを感じる。
ダンジョン内より外気温の方が高いのか。
春だもんな。
ダンジョン内にばかりいたせいか、そんなことも忘れていた。
こんな状況なのに、どうでもいいことを考えてしまう。
でも何故か気持ちが高ぶる。
テンションが上がる。
どうも口がニヤけてしまう。
真面目にやってください。俺。
外へ出た。
目が眩む。
太陽さんマジあったけぇ。
「まああああてええええええぇぇぇ……!」
ダンジョンの中からはまだ勇者の咆哮が聞こえる。
よし、さっさと隠れよう。
全速力で草木の生い茂る森の中へ突っ込む。
右へ左へ方向を変えながら、そのまましばらく走った。
地面が所々ぬかるんでいた。足をとられないように気をつけて走る。
そして、大木の裏に隠れ、様子を窺う。
「…………」
来ない。
声も聞こえない。
しかし待つ。ここで出て行って見つかったりしたら意味が無い。
…………
―――――
…………
……そろそろいいだろう。
あれから20分近く経ったと思われる。
勇者は追跡を諦めてパーティーと合流し、奥へ向かったはず。
大木から離れ、甲冑についた葉っぱを落とす。
「……」
これ使えるんじゃない?
全身に葉っぱをビッシリとつけて、森に溶け込み、隠れる。
そういえば書物で読んだことがある。
遥か東方の島国で、隠密活動に長けた集団がいると。
その者達は隠密だけではなく、幻術を使ったり、水面を走ったりするらしい。
いつか会って教えてもらいたいものだ。
……さて、こっちだったな。
走ってきた方向へ歩き出した。
色々と向きを変えたもんだから、来たルートとは違うが、合っているはず。
俺の勘がそう告げている。このまま進みなさい、と。
森を進む。何かの鳥の鳴き声が聞こえた。
久しぶりに聞く音だ。なんか懐かしいな。
あ、ダンジョンから出てきた勇者パーティーと鉢合ったらまずいな。
もう少し進んだらしばらく様子を……おや?
木の看板が見えた。
ボロボロで今にも崩れ落ちそうな。
近づいて、見る。
字が見難いな、えーっと……
キケン! 底なし沼! 注意せよ!
緊急時の連絡はグリンヒルのギルドへ!
……
……まさか、な……
いやいや、勇者と呼ばれる者が沼でなんて。
そんなこと……
違うよ? 底なし沼ってどんなものかなー?
ってちょっと見てみるだけだから。勇者は沼に沈んだりしないから。
よく見るとドクロマークが書いてある看板の、辺りを歩いて沼を探す。
あった。あれか。
……
沼の横に剣が落ちている。
見覚えのある剣だ。
というか先ほどダンジョンで俺がかわした勇者の剣だった。
ゆ、勇者ーーー!
沼のギリギリまで駆け寄る、が勇者の姿は見えない。
ゴッポゴッポと沼が音を立てて泡を吐き出している。
……
…………
ピーーヒョロロローーーー。
鳥の鳴き声。
それは何故か、勇者が死んだ合図のように俺の耳に届いた。
パァァァァ……
沼の表面から光の粒子が見えた。
勇者クルスは死亡した。
ゆ、勇者ーーー!