第2回 反省会
目が覚めてすぐに甲冑を身につけ
朝食を済ませた後、広間へ入った。
「……」
勇者パーティーが今日も来るかもしれない。
昨日はかなり待たされたが、時間については何も聞いていない。
念のため昨日と同じように朝から広間で待つ。
もちろんゴブリン君には退避してもらっている。
「……」
緊張する。
昨日は結局失敗に終わった。
まさか勇者が追いかけてくるとは。
しかし今思うと迂闊だった。
逃げた者を追うなど普通にありえる話ではないか。
それなのに、行き止まりの自室へ向かうなどと。
あの時、勇者だけが追いかけてきたから
他の2人はサタン様が引き止めてくれたのかもしれない。
おそらく勇者は間に合わず、通路に入ってしまったのだろう。
もし今日また来たらどうしよう。
外へ逃げるか?
それしかないな。他に隠れるような場所は無い。
「お」
足音が聞こえた。
てっきり勇者パーティーがこのくそ早い時間から
やってきたのかと思ったが、どうも違うようだ。
足音は1人分しか聞こえない。
「あ」
通路からとんがり帽子の魔法使いが現れた。
サタン様だ。
「おはようございます」
とりあえずの朝の挨拶。
腰を折って深々と頭を下げる。
「……おはよう。で、何か言いたいことは?」
ひぃ! 怒っていらっしゃる!
「申し訳ございません! またやってしまいました!」
1人で来たということは前回と同様、説教だろう。
頭をさらに下げ、全身全霊の謝罪。
「……はぁ。頭を上げなさい」
「はっ」
頭を上げると、そこにはサタン様の冷めた顔。
やはり機嫌がよろしくないようだ。
まぁ当然だが。
「座りなさい」
「はい」
当たり前の如く、正座で床に座る。
「……昨日、途中までは良かったわ。ちゃんと考えたのね」
「はい。サタン様に当たらないように突きにしました」
「そうね、セリフも最初よりかなり良かったわ。最後なんかおかしかったけど」
サタン様がニヤリと口を歪めた。
セリフを噛んだところを思いっきり聞かれていたようだ。
「でもその後のアレは何?」
「はい……」
サタン様が言っているのは、俺が自室へ逃げ込んだことだろう。
俺も自室はどうかと思う。
自ら退路を断ってどうしようというのか。
「行き止まりへ逃げてどうしようっての!? あぁん!?」
尖った犬歯をむき出しにしながら怒鳴り声を上げるサタン様。
こちらを睨みつけながら唾を吐き捨てた。
俺の真横に着弾。怖い。
「はい……正直自分でも、アレはないな、って思います」
「……よろしい。ではどうすれば良かったのかしら?」
「外へ出て、勇者が見失うまで逃げて……隠れます」
この狭いダンジョンで逃げ切ろうとするから
あんなことになったのだ。
別に閉鎖された空間ではないのだから
さっさと逃げやすい場所まで移動すれば良い。
「結構。 まぁ私も勇者を引き止められなかったし、このくらいにしときましょう」
気分が多少晴れたのか、穏やかな表情でサタン様が言った。
昨日の失態は一応許してくださったようだ。
「ありがとうございます」
「立ちなさい」
「はっ」
素早く立ち、直立の姿勢で次の言葉を待つ。
「これ、昨日町へ転送された後書いたの。後で読んでおきなさい」
サタン様が布の袋を差し出してきたので
両手でそれを恭しく受け取る。
軽い。何が入っているのだろうか。
「今回の作戦を冊子にしてまとめたわ。後は上手く逃げ切るだけ、だけど一応ね」
どうやらサタン様はわざわざ計画書を作ってくださったらしい。
なんてお優しい方だろう。涙が出そうである。
「明日また勇者パーティーが来るわ。ちゃんと予習しておきなさい」
「はい。後ほど部屋で読ませていただきます。ところで……」
「なに?」
昨日から考えていたことを聞いてみよう。
「最初からどこかに隠れているってのは駄目なんですか?」
「ダメよ」
即答。何故に。
「勇者は今封印を解いて回ってるけど、勇者という立場上、敵対してる相手を無視できないわ」
「はい」
そういえば勇者は第一声で魔物がどうとか言っていたな。
「だから、ダンジョンで何者にも出会わず封印を解くってのはまずい」
「何故ですか?」
「封印は魔の者が守っているって知られてるからよ。魔の者を優先して倒そうとするわ」
え、それ初耳。
魔の者が守っている……って、
そういえば今の魔王が何か言っていたような気がする。
封印を守れとかどうとか。すっかり忘れていた。
魔物をやたらと配置したがっていたが断ったんだ。
なんか嫌だったから。
魔王は封印を守らせて、魔帝はそれを解こうとしている?
どういうことだ。
「勇者はこのダンジョンに封印がある事を既に知ってる」
「……前に、それとなく知らせてあるって言ってたやつですか」
「そう。誘導した。でもちょっと今まで強引にいきすぎたわね」
「と、言いますと?」
「私の言動が怪しまれる可能性がある」
なるほど、仲間の魔法使いが封印のある場所を知らせる。
そこへ魔の者がいる前提で行ってはみたが、敵の姿は無し。
何事もなく封印を解けてしまう。
少し怪しい……か?
サタン様に今までの封印はどうしたのかと尋ねてみると、
どうやら2つ目の封印は魔の者を隠れさせた後、
強引に誘導して何事も無く解いてしまったらしい。
3つ目も何事も無く、となるとさすがに疑問に思われるかもしれない。
情報をもたらしたのは仲間である魔法使い。
魔法使いの言うとおり動いたら、居るはずの魔の者が不在。
簡単に封印を解けてしまう。それが2回続く。
結構怪しいな。裏で糸を引いているように見える。
考えすぎかもしれないが、もし正体がバレたらまずい気がする。
封印を解くのをやめてしまうかもしれない。
「モニカ……神官は少しだけ私を疑っているように見えるわ。ほんの少し」
「あのちっさい金髪のですか」
あのチビ、モニカって名前か。
昨日通路へ抜ける時こちらを見ていたな。
観察していたのだろうか。
どうだろう、違うような気もするが。
「要するに、最初から隠れているってのは無しってことですね」
「ええ、魔の者が勇者達を見て逃げ出した、ってだけなら特段おかしいとは思われないはずよ。これまでと同じように勇者達に姿を見せなさい」
計画通りに動けば無難だろうってことか。
まぁ確かに用心した方が良い気はする。
「あ、それともう1つ」
「今度はなに?」
「勇者パーティーは何時頃ここへ来るんでしょうか?」
昨日のように待ち続けるのはちょっと辛いからな。
できれば来る時間を知っていた方が何かと好都合だ。
「うーん、別に決まってはいないけど、大体昼すぎから夕方までの間ね」
「それは何故?」
「みんな朝が弱いの。色々準備もあるしね。今朝は私、頑張って起きたわ」
俺のあの時間はなんだったんだろうか。
「……わかりました。今日は?」
「自由行動よ。一昨日と同じ」
自由行動多いな。
もしかしてあまり仲が良くないんだろうか。
「これからどうされますか? すぐ町へ戻られるんですか?」
「そうね……ちょっとおなかが空いたわ。何も食べてきてないの」
どうやら空腹らしい。
朝頑張って起きたとか言っていたな。
ここから町へ戻るのにもある程度時間がかかる。
せっかくだし何か食べていってもらおうか。
「ではご用意します。もし良かったら風呂もありますけど」
「食事だけもらうわ。ここで待てばいい?」
「いえ、こんな所ではあれですし、部屋へどうぞ」
「わかったわ。ちょっとでいいからね」
―――――
部屋へ入り、サタン様をダンジョン唯一のテーブルへご案内。
少しの間待ってもらい、奥にある小さな台所でパンと野菜のスープを用意した。スープは作り置きのものだが、
一から作っていたのではさすがに時間がかかりすぎる。
申し訳ないが我慢してもらおう。
大丈夫、腐ってはいない。さっき食べた。
「へぇ……! 結構ちゃんとしたもの食べてるのね」
テーブルに食事を並べると、サタン様が驚きの声を上げた。
「はい。料理には少し自信があります」
「え? あんたが作ったの? 大丈夫かしら」
失礼な。
雑用のゴブリン君は掃除や風呂の管理等、
色々なことをしてくれているが、食事に関しては俺の領分だ。
長年やっている料理、そこまで酷い物ではないと思う。
「いただきます」
『いただきます』
魔帝という肩書きに似つかわしくない一言に驚きを隠せない。
もっと淡白な感じで当然のように食べ始めると思っていたが。
よく見ると姿勢とか行儀も凄く良い。
なんだこの魔帝。
「え、おいひっ! 嘘でひょ!?」
「ありがとうございます。どうぞゆっくり召し上がってください」
「ええ。それにひてもおいひーわねこれ、なんなのよ全く」
スープを口に含んだまま喋るサタン様。
テーブルにスープの飛沫が飛び散る。
行儀が良いという感想は撤回しておこう。
―――――
結局、サタン様はスープのおかわりまでして、
「ごちそうさま。なかなかやるわね。また今度食べに来てやるわ」
と言い残して満足そうに帰っていった。
口の端っこに野菜を貼りつけたまま。
何故か、親近感のようなものが湧いた。
意外とおちゃめな人なのかもしれない。
「どうすっかなー」
空になった食器を片付けながら今日の予定を考える。
「ふむ」
とりあえず先程貰った作戦の計画書に
目を通しておいた方が良いかもしれない。
後片付けを済ませた後、
綺麗に片付いたテーブルについて
サタン様から授かった布の袋を開いた。
甲冑姿で料理するダンジョンの主