反省会
「え……?」
足音の正体は知っている人物だったので
剣から手を離して元の場所に戻したが、
急に自室に踏み込まれて罵声を浴びせられた。
なにがなんだかわからない。
「え、じゃないわよ! ぶち殺すわ!」
かなりお怒りの様子。
何があったのだろう。
今にも殴りかかってきそうな勢いだ。
「ぶち殺すって、何が……」
「なんで私を殺したの!? まさか裏切り?」
え、今何ていった?
なんで私を殺したの……?
まさか。
「……」
「裏切ったの? それならこっちにも考えがあるわ」
「ちょっと待ってください! もしかして昨日……」
「……」
「昨日、俺、殺しました……?」
「……」
「……」
無言。部屋に静寂に包まれた。
「ねえ」
「はい?」
「あんた、ちょっと座りなさい」
「はい」
テーブルの椅子を引く。
「違う」
「え?」
「ここ。なにイスに座ろうとしてんのよ」
指先を見ると、床を指していた。
床に座れと。
「はい……」
座りました。どうぞ。
「違う」
「はい?」
「誰が楽にしていいって言った? 正座」
「……」
胡坐はまずかったようだ。
甲冑が邪魔で物凄くやり難かったが、
言われた通りに正座で座りなおす。
「失礼しました、サタン様」
テーブルの席に座り、頬杖をつきながら俺を見下ろす魔法使い。
名はサタン様。
勇者パーティーの魔法使いとは仮の姿であり、
その正体は魔の勢力の頂点に君臨する魔帝サタン様だ。
あまり知られてはいないが、凄いお方である。
とある事情でこのダンジョンへ訪れ、俺と組んでいる。
「はぁ……あんた、昨日の事は覚えてるわよね?」
「えっと、俺がサタン様の首を斬ってしまったこと……」
「そうよ。あんたにいきなりスパッとやられた」
……
「妄想じゃなかったのか……」
「はぁ?」
サタン様の片眉を吊り上がる。
怖い。
「すみません。実はあの後ちょっとありまして……」
「ああ、もしかして私達が消えたこと?」
さすがサタン様、察しが早い。
「はい。それで……」
サタン様を斬ってしまった後、他の3人も殺ったこと。
死亡を確認してしばらくすると死体が消えていたこと。
昨日あった出来事を正直に話した。
「……というわけです」
自室のベッドに運び込んだ事だけは
本気でぶち殺されそうな気がしたので伏せておいた。
「へぇ……全員倒したんだ」
「……?」
意味がよく分からないが、まぁいい。
そんなことより気になるのは、
「なんで死体が消えたんですか? そのせいで妄想と思ったんですが」
「それは私が勇者パーティーにいるからよ」
「勇者のパーティーにいると死体が消えるんですか? というかなんでサタン様生きているんですか?」
勇者のパーティーに潜り込んでいる魔帝サタン様。
魔族の外見は基本的に人間と大して変わらないので
見破られることなく仲間として認識されているようだ。
目的は各地にある自分の封印を解く為、と聞いている。
「待って。1つずつ順番に説明するから」
「はい。すみません」
「えっとね……」
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「……って仕組みなんだけど、理解できた?」
「はぁ……」
若干分かりにくい部分もあったが
サタン様の説明を自分なりに解釈すると、
勇者のパーティーは神の加護を受ける。
神の加護によって、勇者が死ぬと全員別の場所へ転送される。
転送先は、直前に神に祈りを捧げた教会。
転送された後、神の加護によって蘇生される。
メンバーが既に死亡していても、勇者が死んで転送されたら蘇る。
ということだが、
「無敵じゃないですか。どうなってるんですか」
「まあ勇者だからね。でも色々制約があってね」
サタン様が説明を続ける。
……
…………
要約。
勇者が死亡して蘇ると、教会で祈った以降の全員の記憶が消える。
死んだかもしれないという朧げな気持ちは微かに残るが
具体的に何があったかまでは覚えていない。
肉体が祈った時点の状態まで巻き戻る。
死ぬまでに手に入れた所持品は手元に残る。
「なんでサタン様は死んだこと覚えてるんですか? 加護があるんですよね?」
「言うと思ったわ。それはね……」
……
…………
要約。
サタン様は自身の身体に強力な魔力の障壁を張っている。
魔力の障壁はサタン様が死んだ後にも効力を発する。
その効力により、転送はされても記憶を保持している。
「なるほど。それでお怒りになってここへいらっしゃったと……」
「ええ、やられたらやり返そうと思ってね」
「ちょ、俺勇者の仲間じゃないんですよ。死んじゃいますって!」
「わかってるわよ。あんたがパニックになって妄想の世界に逃げ込んだのは理解した」
良かった。
一応俺の状況も理解してくださったようだ。
ありがとうございます。
「勇者パーティーはどうしたんですか? 今こんなところへ来て怪しまれてませんか?」
「大丈夫よ、今日は自由行動ってことになってる」
「ああ、それで1人でこんなところまで」
「そう。それで最初に戻るんだけど、なんで?」
最初……ああ、なんで私を殺したのかってやつか。
なんと伝えれば良いものか。
「私、前に説明したわよね? 勇者パーティーが来るから上手く逃げた振りをしなさいって」
そう、サタン様は1週間ほど前にこのダンジョンへ1人で訪れ、
俺にレクチャーをしてくださった。
サタン様が勇者パーティーと共にここへ来ること。
そしてその理由。
魔帝サタン様は現在 『封印』 されている。
勇者の先祖、昔の勇者によってサタン様は封印された。
その時各地に散らばった封印を解くことで力を取り戻せるのだという。
封印は勇者にしか解くことができない。
宙に浮かぶ緑色の光の玉を勇者が割ると、封印が解除されるらしい。
封印は5つあるという。
1つ目の封印が勇者によって解かれたとき、不完全だがサタン様は蘇った。
その後サタン様は上手く勇者パーティーに潜り込み、
封印を解くように勇者を上手く誘導しているのだ。
勇者はそれを魔帝サタンの封印だとは知らない。
封印を解除することで勇者も能力が向上する。
サタン様はそこを上手く利用しているらしい。
この世界には 『魔王』 がいる。
世間的には魔の勢力のトップ。人間と対立している。
一応俺の上司のようなものにあたる者だ。
目の前の 『魔帝』 が本当のトップなのだが、
どうも認知されていないようだ。
勇者は魔王を倒す力が必要なため、封印を解いて回っているのだ。
勇者は既に2つの封印を解いている。
そして3つ目の封印がここ、俺のダンジョンから続く洞窟の奥にある。
て俺に勇者が来ることを伝え、
現れたら逃げるように説明してくれていた。
「いや、言われたとおりやったんですが……あれは事故でして」
「事故? 事故で何故私が斬られるのよ」
事前のレクチャーにおいて、俺の行動についても指示を受けた。
指示内容は、『敵前逃亡』
昨日、予定通り勇者パーティーが現れた。
俺は広間で勇者パーティーと対峙し、
指示通り『敵前逃亡』しようとした。
勇者と剣士が斬りかかってきたのを避け、
勇者達が入ってきた通路側へと移動した。
そこで振り返りながら一度剣を横に振るったのだ。
「逃げようとしたら、剣が当たってしまいまして……」
「なんで!? なんであそこで剣を振ったのよ!?」
横に振った剣。
割と適当に腕を動かしただけだった。
別に何か目標へ目掛けて振るったものではなかった。
なのに当たってしまった。
魔法使い……サタン様の首に。
右手の剣から変な重みを感じたので
ふと顔を向けてみると、サタン様が首から血を噴射させていた。
「あの時勇者と剣士の間を抜けて、背を向けた状態だったじゃないですか」
「そうね、で?」
「あそこで剣を振って牽制しないと肉迫されて斬られるんですよ」
剣を扱う者ならばおそらく同様の行動をとるはずだ。
無防備な状況をを出来る限り減らすために、
結構無意識的にやってしまう動き。
「ああ、背中を向けたまま逃げてもやられるから、ノールックで剣を振った、と」
「はい。そうしたら……」
「なるほどね。私の位置は確認していなかったの?」
「はい。勇者と剣士の剣筋ばかり気にしていたもので。避けた後は通路の方を見てました」
正直なところ、サタン様の位置などはあまり気にかけていなかった。
サタン様なら自分で上手く立ち回ってくれて、
自分は逃げる振りをするだけで良いと思っていたから。
「避けれなかったんですか?」
「あのねぇ、あんな急に来られて避けれるわけないじゃない」
「はぁ……」
「それにね、私は身体能力はそれほど高くないのよ」
「え?」
封印が完全に解けていないといっても
魔帝というくらいなのだから、色々と凄いのでは?
能力が高くないとはどういうことだろう。
「私は魔力がメインなの。魔帝っていっても万能じゃないのよ」
「あー、だから魔法使いとして潜り込んでるんですか」
なるほど。そういうことか。
「そう。それにあんた結局他の3人も倒したんでしょ?」
「はい。サタン様がぶっ倒れてパニックになってそのまま……」
やってしまいました。
「他の3人を倒せるようなやつの剣を私は避けれないわ」
「いやいやそんな、3人と言ってもみんな若造でしたから」
「ふぅん……勇者はもう2つ封印を解いているんだけど」
「……」
何と答えれば良いか分からないので黙っていると
不意にサタン様が椅子から立ち上がった。
「まぁいいわ、明日勇者パーティーがまたここへ来る。今度は上手くやるのよ」
「え、明日ですか?」
「ええ、前回ここへ来る前にセーブした、さらにその前に……」
おや、なんか初めて聞く単語だぞ。
セーブってなんだ?
「ちょっと待ってください、セーブってなんですか?」
「さっき説明した、教会で神に祈る行為のことよ。セーブって呼んでる」
「ああ、神に祈ったところで蘇生されるという……」
「それ。で、前回セーブする前に、このダンジョンに封印があって敵がいるってことをそれとなく知らせてるから……」
「封印を解くために明日ここにまたやってくる、というわけですか」
また同じように4人で来るのか。
「そうよ。でも昨日のことは覚えていない。ここで殺されたことも」
「勇者達にとっては初めて来る場所ってことですね」
昨日セーブした時から蘇生するまでの勇者達の記憶は失われているはずだ。
勇者達にしてみれば、ここは初めて来る未知のダンジョン。
「もしかしたら既視感みたいなのはあるかもしれないけど大丈夫、気にされないと思うわ」
「了解しました。ここで昨日のように俺が逃げ出せばいいんですね」
「そうよ。でも今度は同じ過ちを繰り返すんじゃないわよ。もしやったら……」
サタン様が片眉を吊り上げる。
冷ややかな視線が降り注ぐ。
「わかってます、今度はサタン様を斬らないように細心の注意を払います」
「よろしい。じゃあ明日4人でまた来るわ。頼んだわよ」
「ははっ」
頭を床に擦り付ける。土下座スタイル。
バタンと扉が閉まる音が聞こえるまで頭を下げ続けた。
……
さて、魔帝様がお帰りになったところで
さっそく明日の事を考えよう。
おそらく明日も同じ状況になるはずだ。
勇者達の攻撃を避けて通路側へ抜け、牽制する。
斬り払いではなく突きにしようか。
それなら近くにサタン様がいても大丈夫だろう。
牽制で距離を確保したら通路へ逃げ込み、どこかへ隠れる。
まぁ場所はこの部屋で問題ないだろう。
後はサタン様が上手くやってくれるはず。
よし、これでいこう。
勇者達と再び対峙する明日のことを考え、一日を過ごした。