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湯煙と金髪

「俺が居ない間は自由にしてくれていいからね」



サタン様と神官が部屋でくつろいでいる間に

広間でゴブリン君と会って簡単なミーティング。



「え、留守番? いいよそんなの」



野菜の切れ端をポリポリと齧りつつ、

今後の方針について適当に話し合う。



「長期不在にする時は書き置きでも残しといてくれればいいよ」



今後、おそらくダンジョンを空けることが多くなる。

いくらゴブリン君が有能だからといって

全て任せていくわけにもいかない。



「あ、あとはトラップでも適当に仕掛けといて。うん、例の6箇所ね」



実際どうなるか、まだ決まったわけではないが、

一応俺は勇者パーティーに同行する予定になっている。


休暇ということでゴブリン君にはしばらく休んでもらおう。

期間は未定。でもきっと長い休暇になる。

いつも頑張って活躍してくれてることだし、たまにはいいだろう。


とはいっても完全にこちらの都合によるものだが。



「そろそろ戻るね。じゃあ決まったらまた言うから。ごめんね。ありがとう」



掃除の途中だったゴブリン君に謝罪と礼を述べ、広間を出た。


……


…………



「お?」



部屋に戻ると、そこにはテーブルに突っ伏した神官と

ベッドの上に横たわるサタン様の姿。



「…………死んでる」



いや、寝てるだけだな。

眠気に耐えながらここまで歩いてきて、腹も満たしたら

そりゃ限界がくるだろう。全然寝てくれて構わない。

しかし、



「……」



思い出す。

殺っちゃった時のこと。

あの時と違うのはサタン様の顔色が良いのと

微かに寝息を立てていること。

あとは広間で内臓ぶちまけてた神官がここに居ること。



「……」



極力音を立てないようにそっと隠し部屋へと進み、

保管していた甲冑を着込む。



「やっぱ落ち着くわーこれ」



ズッシリとした鎧の重み。

頭部全体を覆うクローズドヘルム。

心地良い安心感が全身を包む。

素晴らしい着心地を感じながら隠し部屋を出た。



「……ん……あれ? ここ……」



自室に戻ったところ、

テーブルに突っ伏していた神官がのそりと顔を上げた。

甲冑の音で起こしてしまっただろうか。


寝ぼけ眼を擦りながらこちらに顔を向けてきた神官。

視線が交わる。



「よう」



とりあえず挨拶。



「……」


「……」


「……うわああああああああ!」



絶叫が返ってきた。

そしてそのまま椅子から転げ落ちる神官。

床に尻餅をつき、目を見開いてこちらを見上げた。

声が上手く出せないのか、

陸に上がった魚のように口をパクパクと動かしている。



「俺だよ俺。寝ぼけてんのか」


「……え、ラ、ラズか」


「ああ」



ビビりすぎ。

俺の正体知ってるだろうに。



「……びっくりさせんなボケ! 死ねアホ!」


「サタン様寝てるからちょっと静かにしてくれるかパツキン」



幸い、サタン様は軽く身じろぎしただけで目覚めた様子はない。

深い眠りに入っておられるようだ。



「あーもー完全に目が覚めたわ。クソ」


「良かったな」


「最悪……で、何そのカッコ」


「普段着」


「うそつけ」



いや本当。

ほとんどの時間これで過ごしてるし。



「あーどうしよ。ちょっと話でもするか」


「じゃあ広間に行くか」



そこで寝てるお方、

言動がおかしくなるほど眠そうだったからな。

できるだけ睡眠の邪魔はしたくない。



「へいへい、っとその前にちょっと顔洗いたいんだけど」


「ああ、そこの流し……はサタン様起こしちゃまずいから、ちょっとこい」


「ほいほい」



神官を引き連れて部屋を出る。



「どこいくんだ?」


「風呂。風呂って知ってるか?」


「風呂ぐらい知ってるわ! ってここ風呂なんてあんのか。どんなの?」


「まあ見てのお楽しみだ」


「なんだそりゃ」



解説しようと思えば細部まで延々と語れるが、

ここで喋ってしまってはもったいない。

実際に目で見て、そして感じてもらおう。

それはさておき、



「……なあモニ公よ、お前よくこんな所来る気になったな」


「ああん?」


「いや、例えばな、俺が急に心変わりして」


「うん」


「お前を酷い目にあわすとかな」


「ああ、はいはい」


「今俺がお前に襲い掛かって捕まえようとしたらどうする?」


「んーそうだなー……」



もちろんそんな気はないが、一応聞いてみる。



「その辺の壁に全速力で激突して自害するかな」


「絶対無理だろそれ」



どんな荒業だ。できるもんなら一回見てみたいわ。

いや、あの勇者とかなら

意外とやってのけるかもしれないな。



「まあそんなのしないってわかってるから」


「ふーん……あ、ここな」



神官としょうもない会話を繰り広げている間に浴室前に到着した。



「そこで靴脱いでくれ」


「あいよ」



神官がいそいそと靴を脱ぐ。

俺は浴室用の革靴を甲冑に被せた。



「じゃあ入るぞ。まずは脱衣所な」


「おじゃマンモス」



━━━━━



「へー、なかなか本格的だな」


「おいおい、驚くのはまだ早いぞ」


「自信ありげだな。そこの扉か?」



神官が浴室の扉を指差す。



「ああ、開けていいぞ。ビビってチビんなよ?」


「風呂見て失禁なんてするか。よし……せーの!」



神官が勢いよく浴室の扉を開け放つ。

扉の向こう側に広がるのは、湯煙立ち込める俺の感動大作。



「……」


「どうだ? ビビッただろ?」


「……すっげええええええ!」



神官の声が室内に響き渡る。



「すっげ! なにこれ!? 凄すぎて笑っちゃうんだけど!」



神官が満面の笑みを浮かべ、こちらを見上げた。

驚きと喜びが混在したような期待通りの反応。



「泣いてもいいんだぞ? ちなみに全部俺が作った」


「ラズすごい! お前天才だわ!」



すごい。

天才。

モニカの言葉に心が満たされていく。


神官……いや、モニカだったか。

モニカ、お前結構良い奴だな。

もっと褒めていいぞ。



「なあラズ! 風呂、入っていいか!?」


「ああ、うちのゴブリン君がちゃんと沸かしてくれてる」



浴槽からはモワモワと湯気が上がっている。

相変わらずゴブリン君は立ち回りが半端無い。



「よっしゃ! それじゃさっそく……」


「……」


「……」


「……」


「……おい?」


「ん?」



神官改めモニカが服に手をかけた状態で動きを止め、

成り行きを見守っている俺に声をかけてきた。



「なにしてんの?」


「なにって、何が?」


「いや、お前そこ居たらあたし入れねーじゃん?」


「なんで?」



別に入浴の妨害をしてるつもりはないが。


むしろ早く入ってほしい。

俺の天下無双風呂に一刻も早く入ってほしい。

そして堪能する時の愉悦の表情が見たい。

はよ入れや。



「変態?」


「誰が」


「お前」


「俺?」



誰が変態だ

ってなるほど、そういうことか。

俺が見てるから裸になりがたしってか。

いちいちそんなこと気にしてんじゃねーよ。

こっちは既にお前の臓物すら見てるわ。



「チッ、マセガキが」


「ちょーちょーちょー、お前乙女に向かって」


「あーもうわかったから。部屋に戻っとくわ」



後で感想を1000文字程度で発表させよう。



「ゲットアウトスケベラズ!」


「うるせープチ金」


「プチ金!?」



モニカの叫び声を背に、脱衣所を出た。


……



「あ」



部屋に戻る途中、大事なことを伝え忘れているのに気付いた。

入浴するにあたって重要な儀。


浴槽に入る前に中の湯をかきまぜること。

それを怠ると、とんでもないことになる。

そのままだと上の方は熱湯で下の方は冷水だ。


あいつは知らないかもしれない。

伝えておかないと、気付かないままザブンといってしまう恐れがある。

大惨事だ。


……


…………


再び脱衣所に戻る。

脱衣所にモニカの姿は無い。

モニカの着ていた衣類が籠に丸めた状態で入っていた。



「おーい」



扉越しに、浴室内へ向けて声をかける。



「……」



返答は無い。



「おーい、モニ公ー」



再度声をかける。



「…………ふーんふふーん♪」


「……」



浴室内から返事ではなく鼻歌が返ってきた。

俺の声に反応したわけではないようだ。



「チッ。まあいいか」



浴室の扉を開ける。


中を覗くと、浴槽の前にしゃがみこんでいるモニカを発見した。

まだ浴槽に飛び込んではいない模様。

手桶を手でくるくると回して遊んでいた。



「ふっふーん♪ あたしの~♪ 拳が~♪ 森を切り裂く~♪」



歌が始まった。

鼻歌は前奏だったようだ。

金髪を揺らして機嫌良さそうに歌いながら

手桶を回して遊んでいる。



「ふーんふふーん♪ はっはーん♪」



歌詞が途切れ、再び鼻歌が流れ出した。

まだこちらに気付いていない。

色白の小さな身体が、鼻歌に合わせてリズムを刻んでいる。



「モニ公ーさっき言い忘れてたんだけど」


「あたしの~♪ 踵が~♪ 大地を…………え?」



やっと声が届いたのか、

モニカの目がこちらを捉えた。



「湯、入る前にかきまぜてな。上の方超熱いから」


「は……え……?」



蝿?



「あと石鹸はそこな。お前の右の壁のとこ」


「え、あ、うん……」


「すっげえ楽しそうだな。俺も作った甲斐があったわ」


「ああ、うん……」


「ごゆっくり」


「ああ、うん……」



そっと扉を閉める。

ミッションコンプリート。



「ふー、あぶないあぶない」



せっかくの超絶天下極楽無双風呂by俺が台無しになるところだった。

軽くマナー違反?をしてしまったかもしれないが、

そんなのは些細なことだ。

入るなら最高の状態で入ってもらいたい。



「さて、戻ろ」



達成感を胸に、自室へと戻った。



━━━━━



「あ、おはようございます」


「おはよ。おかえり」



自室に戻ると、サタン様が椅子に座って

布を片手にとんがり帽子を弄っていた。

手入れをしているのだろうか。



「どこ行ってたの? モニカは?」


「風呂です。案内してました」


「お風呂……私も入ろうかしら」


「どうぞどうぞ。奴もさっき入ったばっかりです」



歓喜の雄たけびをあげて入っていきました。

今頃感涙にむせび泣いているところでしょうか。



「じゃあ失礼して……あ、前は勝手に使ったけど」


「身体を拭く布ですよね、脱衣所のならお好きにどうぞ」


「そうそう、ありがと。じゃあまた後でね」



サタン様が軽い足取りで部屋を出て行く。

扉が閉まり、1人になる。



「さて、どうすっかな……」



特にすることもない。

考えることはいくらでもあるが。



「……ねむ」



眠気を感じた。

疲れが溜まっているのかもしれない。

最近色々あったからな。



「少しだけ……」



椅子に座ってテーブルに上半身を預けると、

靄がかかったように、だんだんと意識が薄れていった。

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