神官モニカ
服の着替えに出て行った神官と勇者を待つ間、
残った3人で当たり障りのない談笑。
「噴水の水はいけると思うの」
『どんな水でスープを作れば美味いか』
先程俺が振ったこの話題に対して
サタン様が出した答えは噴水の水。
真面目な顔をしてそう言った。
「でもあの噴水って……」
「あ、帰ってきたみたいですよ」
アバンギャルドな発想に戦慄していると、
剣士が入り口の方を見て声を上げた。
話を中断して入り口の方を見る。
「うぃーっす、戻ったぜー」
「ただいまー」
張りのある声とともに、神官と勇者が中に入ってくる。
先に入ってきた神官を見ると、服装が出て行く前とは変わっていた。
いつものゴテゴテした聖職者風の服ではない、
シンプルな黒いワンピースドレスを身に纏っている。
「おかえりなさい」
「おう、待たせたな」
神官が親指を立てる。
会釈で応えた。
「わりーな、あたしたちがいなくて寂しかっただろ?」
「ちょっと手間取っちゃって。ごめんねー」
少しだけ申し訳無さそうな顔をする勇者と神官。
「大丈夫よ。あんた達の悪口で盛り上がってたから」
サタン様が珍しくジョークを飛ばした。
機嫌が良いのだろうか。
「お、奇遇だな! あたし達も魔法使いの悪口言い合ってたんだ」
「そ、そうだよー。チョー盛り上がったんだからー」
サタン様に軽口を返しながら、勇者と神官が元の席に座る。
「ふー……って、お前らちけぇよ!」
唐突に神官が立ち上がり、こちらへ向かって叫んだ。
「は?」
お前らって……うわ! ちけぇ!
神官の視線を追って左を向くと
サタン様がすぐ真横に座っていた。
「ちかっ! お前らちっか!」
「……」
「ビックリするわ! 近くね!? うわちっか!」
「……それが何か?」
ジョークの時とは別人のような低い声が隣から聞こえた。
「ち! ……え、ああいや別に、いいけどよ……」
サタン様の反応が予想外だったのか、
声高に近い近いと連呼していた神官がしぼんでいく。
いや、よくない。
初対面でこの距離は怪しすぎる。
どうしたんですかサタン様。
「……」
「色々話してたらいつの間にか寄ってたみたいですね、はは……」
妙な空気になってしまったので、
笑いながらなんとか誤魔化す。
「……」
何故か、さらに距離を詰めてくるサタン様。
とんがり帽子のつばが左肩に当たる。
「サラさん、これだと窮屈ですから……」
足先でサタン様のブーツをコツンとつつく。
「……あ、これは冗談よ。面白いでしょ?」
サタン様が顔を上げ、いつもの声を出す。
椅子をガタガタと動かして元の場所に戻っていった。
勇者達は言われた通り冗談として受け取ったのか、
けらけらと笑い声を上げている。
それにしても、いつの間に。
全く気付かなかった。
「はは……そういえばさっきの続きで……」
あまり長引かせるべきじゃないかもしれない。
さっさと魔法の話に戻そう。
「モニカのまほ……」
「そういやあたしの食うもんねーじゃねーか!」
タイミングをミスった。
神官の絶叫にモロかぶりした。
たぶん聞こえてない。
「私の分あげるわよ」
「え! マジか!?」
「ここに来る前にちょっと食べたから」
サタン様が自分のパンの皿を持って神官の所へ歩く。
「サンキュー! お礼にスプーンやるよ!」
なんでだよ。
というかそのスプーンお前の私物じゃないから。
「いらないわよ」
「まぁまぁ、スプーン好きなんだろ?」
キシシといたずらっぽく笑う神官。
「はぁ?」
「大丈夫だって。見てみぬ振りしといてやるからよ」
「なに? 意味分かんないんだけど」
あ?
「一応食器だけど、使い方は人それぞれだから……まぁ好きに使えよ!」
「……?」
「だよな、ラズ!」
首を回して俺の方を見る神官。
目が合うと、わざとらしいウインクをしながら親指を立ててきた。
「……いや、ちょっと何言ってるのかさっぱり」
「……ふーん、あーそういや、魔法だっけ」
「え?」
「さっきしてた話だよ。あたしの番だったろ」
「……」
やばい。
嫌な予感が体中を駆け巡っている。
確かに魔法の話をしたかったが、
お前のその態度……完全に、
「っと、その前に」
「え?」
神官が突然、何かを思い出したかのように話を切った。
「一つ謝っとくの忘れてたわー」
「……なんでしょう?」
神官がニコリと笑みを浮かべる。
弾けるような満面の笑顔だが、
今は裏のある作り物の表情にしか見えない。
「いやー、あたしたち帰ってくるの遅かったろー?」
「は、はぁ……」
「途中ちょっと寄り道しててなー、なー勇者ー」
「ん? ああ、モニカがどうしてもっていうから」
神官に呼びかけられた勇者が答える。
「ちょうど通り道だったからなー、ついでにって思ってなー」
「……」
神官の抑揚の無い、人をおちょくるような喋り方。
胡散臭さを隠そうともしていない。
「……寄り道って、どこへ?」
神官の態度に、思わず低い声が出てしまう。
「どこだと思う?」
「……服屋、とか?」
適当な場所を答えてみる。
神官のこの言い方からするとたぶん違う。
予想が正しければ……教会。
「ぶぶー、はずれ~。もうどこも閉まってるっての」
「……そう、ですか。じゃあどこに?」
「おいおいわかんねーのかよー。ちょっと耳貸してみ?」
神官がちょいちょいと手招きをする。
それに従い、身体を寄せると
神官は内緒話をするように、手と口を俺の耳元に寄せてきた。
「教会」
「……チッ」
「セーブした。意味分かるよな?」
「……」
神官が離れる。
顔を見ると、相変わらずニコニコと
嘘っぽい笑顔を貼り付けていた。
「ってわけ。すまんなー。納得?」
「そうだったんですか、わかりました」
平静を装うが、内心は全く穏やかではない。
「なに内緒話してんのよ。ちゃんと言いなさいよ」
サタン様の不満の声が聞こえた。
「後でなー。それで、魔法の話だけど」
「……」
「一応色々と使えるんだけどな、えーっと……」
神官が顎に手を当てながら天井を見上げる。
何か思案するような仕草を見せた後、ポンと両手を合わせた。
「ラズ、耳」
「……はい」
再び内緒話の格好になる。
右耳に神官の生暖かい吐息がかかる。
「魔法で文字を書く……とか」
「……」
「実演。今から紙に書いてやるよ」
「……」
「あたし達を殺してももう無駄だからな」
ヒソヒソと耳元で喋り続ける神官。
わかってる。
教会に行ったのは俺の正体に気付いたからだ。
セーブしたから今更殺したところで記憶は残る。
しかしこいつは何をしている。
勇者と剣士の様子からすると、俺の正体はばれていない。
少なくとも勇者には、伝える機会がいくらでもあったはずだが。
「おい、気付かれないように見ろ」
サッと太腿の上を触れられる。
神官が離れた。
「とかな!」
「へぇ、なるほどなるほど」
動揺を表に出さないように声を出す。
こっそり太腿の上を手で探ると、紙が置いてあった。
「また内緒話? 変なこと吹き込んでるんじゃないでしょうね」
「あ、バレた? サラの恥ずかしい話いっぱい喋っちった」
「ちょ! なに!? 何言ったの!?」
「えーなになに? サラの恥ずかしい話って?」
「モニカ! 私にも教えてくれ! サラちゃんの恥部!!」
一気に騒がしくなる店内。
「あ、ちょっと外の空気吸ってきますね」
盛り上がる勇者パーティー3人に一言残し、
さりげなく席を立った。
……
…………
店の外に出ると、ひんやりとした夜の空気を肌に感じる。
少し汗をかいた身体に、冷たい風が気持ち良い。
時折遠くから酒盛りをしている人々の歓声が聞こえるが、
大通りから外れるこの周辺は閑散と静まり返っている。
「ふー……」
大きく息を吐く。
空を見上げると、まばらな雲の間から白く光る月が顔を覗かせていた。
「あー……なにやってんだろ……俺……」
つい独り言が出てしまう。
もちろん何処からも声は返ってこない。
夜空に浮かぶ白い月だけが俺を見下ろしている。
「……」
空に向かって中指を立てる。
「そしたら魔法使いが急に脱ぎ出してよー!」
「あはは! ラズ君に聞こえちゃうよ~!」
背後にある扉の中から賑やかな声が聞こえた。
「……」
マジで恥ずかしい話ぶっちゃけてるのかよ。
マスター中に居たよな?
サタン様魔法ぶっ放したりしないだろうか。
「よし」
少し落ち着いた。先程の紙を見よう。
ポケットから二つ折りにされた紙を取り出す。
以前見た神官のメモと同じような紙。
念のため店の扉から離れ、植木の陰に座って紙を開く。
月の光に照らされて、文字は難なく読むことができた。
『解散したら噴水広場に来い』
直接話そう、ということか。
『私しか知らない。1人で行く。お前は使い魔を連れてきてかまわない』
やっぱり勇者と剣士には教えていないのか。
何故だ。神官の意図が分からない。
それに、使い魔とは?
「あー」
もしかして、サタン様のことだろうか。
サタン様がこちら側の者だと気付きはしたが、
俺の手下だと勘違いしているのかもしれない。
『以上。従うなら悪いようにはしない。心配する必要は無い』
『追伸:普段着の私激ヵヮだろ? 胸キュン?』
「死ねやクソパツキン」
神官が居るであろう店へ向けて中指を突き立てた。
「チッ」
いいだろう、行ってやる。
というか行くしかない。
従わなければ、神官は勇者と剣士に情報を伝えるつもりだろう。
罠の可能性は捨てきれないがやむを得ない。
誘いに乗らないという選択肢の方が余程危険に思える。
神官のメモをポケットに戻し、腰を上げる。
店の入り口まで戻り、扉に手をかけた。
「モニカだって半分脱いでたじゃない!」
「ぬおおお! でも勇者なんて下着無くしてあの後穿いてなかったんだぞ!」
「ぎゃあああああやめてえええ!!」
入り辛いわ。




