勇者と
「うわ! ビックリしたー……」
思わず声を出してしまった。
「急に叫ぶから驚いたよ」
「あ……」
「君、そんな声だったんだねー。なるほどなるほど」
なるほど、と声に出しながら頷く勇者。
最悪の結果。
今まで黙っていたことで、逆に俺の声を印象付けてしまったようだ。
「あ、ごめん。ちょっと血とかアレだから、ここで待っててくれるかな?」
ふいに勇者が言う。
「は……?」
「待っててね!」
それだけ言い残して、勇者が町の中へ帰っていった。
……
「待っててねって……」
ここで待てと言われても、そんなのに従うわけがない。
何かよくわからんが、今のうちにここから離れよう。
町の中へと進み、辺りを見回す。
さて、どこへ行くか……
「ん?」
一軒の店が目に留まる。
看板には本のマーク。
「……」
自然と足が向いた。
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「こんなところにいたー。ごめんね待たせて」
背後から声をかけられた。
意識が文字の世界から引きずり出される。
少しイラつきながら振り返ると、そこには黒髪の町娘が立っていた。
「……」
一瞬戸惑ったが、顔を見てすぐに勇者だとわかった。
手当てをした時に着替えたのか、いつもの旅人風の服装ではなく、
そこらの女が着ているような衣装を着ている。
額から嫌な汗が流れる。
一体どれくらいの時間が経ったのか。
外を見ると、とっぷりと日が暮れていた。
「いないからあせったよー。何読んでるの? ……料理の本?」
勇者が俺の手元にある本を覗き込んでくる。
急いで店の外へ出たいが、勇者が邪魔で逃げられない。
「そういえばおなかすいたな……。君、ごはんまだだよね?」
「え、いや……実はもう食べ」
「じゃあ行こっか」
嫌な予感がしたので、食事は済ませたと伝えようとしたら
勇者に言葉をかぶせられた。
そして店の外へ連れ出される。
服を掴まれているので迂闊に逃げ出せない。
「じゃ、案内するよ。とりあえず行こう」
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「そこの店、安くて美味しいんだ」
俺の右側を歩く勇者が、前方に見える酒場のような店を指差す。
店は煌々と明かりが灯っており、中からは賑やかな歓声が聞こえてくる。
店から漏れる光が隣を歩く勇者を照らす。
歩きながら勇者の横顔を盗み見ると、
その整った顔は楽しげな笑みを浮かべていた。
勇者の顔がこちらを向く。
「だからすぐに満席になっちゃって、なかなか入れないんだけどね」
「へ、へぇ……そうなんですか……」
「あ、あそこは貝の料理がすごくてね、仲間とよく行くんだ」
店を通り過ぎると、勇者はすぐに別の店を指差して説明をはじめる。
その説明に、へぇとかはぁとか、適当な相槌を打つ。
先程から何度も繰り返しているやりとり。
「はぁ……」
……俺は何をしているんだろう。
なにゆえ俺は、勇者と肩を並べて町の美味しい店を見て回っているのだろう。
こんなはずじゃなかった。
勇者の元から速やかに去り、1人で町を巡ってみるつもりだった。
そして機をみて、神官の様子でも探ろうかと思っていたのに。
再び隣に目を向けると、ちょうどこちらを向いていた勇者と視線がぶつかる。
勇者が少年のような笑みをこぼす。
「……」
しくじった。
なんであの時さっさと逃げておかなかったんだ。
ちょっとだけのつもりがガッツリ読み耽っていた。
うっかりどころの話ではない。
間抜けは勇者ではなく俺の方じゃないか。
もはや、こうなってしまってはどうしようもない。
今更逃げ出しても状況が悪化するだけだ。
勇者についていき、近距離から調査を行う。
勇者と共に行動することで、何か得るものがあるかもしれない。
次回の作戦では声を出さないようにしよう。
に、しても……
チラリと勇者の様子を窺う。
「……」
……どこをどう見ても女じゃないか。
なんで俺は男と勘違いしていたんだ。
勇者の体つきは明らかに女のそれだった。
ダンジョンに来る時はレザーアーマーで隠れているが、
普通の服ならば一見してわかる。
髪も肩にかからない程度ではあるが、
男性的かと問われれば、違う気がする。
女物の服を着ている今なら、
100人に聞けば100人が女と答える容姿だろう。
何故俺はずっと男と思っていたのか。
先入観だろうか。
「……」
あれ? サタン様の計画書に男って書いてなかったか?
……どうだったっけ?
他の部分のインパクトが強すぎてよく覚えてない。
まあ、女だったからといって作戦に不都合があるわけじゃないか。
前向きにいこう。
自分の迂闊さだけは反省して、次につなげよう。
「どしたの? おーい」
勇者の声に意識を戻される。
いかん、またぼんやりしていた。
何をやってるんだ俺は。
「ここにしよう。ここもなかなかだよ」
いつの間にか立ち止まっていた勇者。
勇者の指先には一軒の店。
小さめだが、小奇麗な外観。
他の酒場や大衆食堂のような賑やかな声は聞こえてこない。
「良い店なんだけど、場所が悪いからかな? いつも空いてるんだよー」
勇者が店の入り口の扉を開けると、カランコロンと聞き心地の良い音が鳴った。
中から香ばしい匂いが流れてくる。
先に入った勇者の後につづいた。
「マスター、空いてるよねー?」
勇者が店の奥へ向けて声をかける。
奥から、「空いてますよ」と男の返事が聞こえた。
店の中には数台の円テーブル。奥にはカウンターが見える。
カウンターの裏側でマスターと呼ばれた男が何かの作業をしていた。
外から見たとおり、あまり広い店ではない。
客が1人だけ、テーブルで食事をしている。
「空きすぎだよマスター」
勇者の発言にマスターが苦笑する。
……確かに空きすぎだが、
お前店の主人に対してなかなか辛いことを言うな。
「あれ? ルビー?」
勇者がテーブルで食事をしている客に気付き、声をかけた。
ルビー……剣士か?
「……おう、誰かと思ったら、クルスか……」
顔を上げ、モグモグと口を動かしながら返事をする剣士。
「なんだよー、ここにいるなら教えてくれればいいのに」
「いやどこにいるか分からなかったし……」
剣士はグラスに入った飲み物を口に流し込み、食事の手を止めた。
「あー、ちょっとこの人を案内してて」
「ん……?」
勇者の言葉を聞いて、剣士の切れ長の目がこちらへ向く。
「クルス、こちらの方は……?」
剣士は丁寧な言葉遣いではあるものの、
誰こいつ、という警戒的な表情を隠してきれていない。
「町の入り口のところで会ってね、他所からきたみたいなんだ」
「ああ、それで……」
剣士が立ち上がって近くまで歩み寄ってきた。
勇者と違って、ダンジョンの時と同じ服装をしている。
さすがに大剣は持っていないようだが。
背丈は勇者よりは高いが、俺より少し低いぐらいか。
それでも何か威圧感があり、見た目以上の大きさを感じる。
「こんばんは」
「こんばんは。お食事中にすみません」
「いえ、食べ始めたところです。お気になさらず」
テーブルを見ると、確かに食べ始めたばかりのようで
皿の上の料理が少し減っているだけだった。
「私はルビー。この娘の友人です」
「はぁ……」
友人、ときたか。
「お名前、伺ってもよろしいでしょうか」
「え?」
え、お名前?
「……? あなたのお名前は?」




