消えた死体
消えた。
俺は広間であの人を殺してしまった。不運な事故だ。
あの後確かに死んでいるのを確認して、ここまで運んだ。
ベッドの上でも死亡していることは再度確認した。
なのに、死体が、無い。
どういうことだ?
死体が勝手に動くわけが無い。
誰かが動かした?
いや、このダンジョンには俺と雑務担当のゴブリン君が一匹いるだけだ。
あいつが勝手に俺の部屋から移動させるわけがないし、
そもそもゴブリン一匹だけで簡単に動かせるとは思えない。
誰かが侵入して持ち去った?
いやいや、ここから広間まではそう遠くない。
俺がここから離れて3人の死体を移動させて戻ってくるまで、
たいして時間は経っていないはず。
そんなわずかな時間では無理だろう。
仮にネクロマンサーの類が魔術を使ったとしても、
俺が戻ってくるまでにどうにかするというのはちょっと考えられない。
思い込み?
4人がこのダンジョンへ入ってきて、俺と対峙して、
事故が起こって、あの人が死んで、他の3人も死んで、
俺が死体を確認して、あの人を運んで、他の死体も動かして、
全て俺の妄想?
……
これだ。
全ては俺の妄想だったんだ。
今日このダンジョンでは何も起こっていない。
誰も来ていない。
死体など転がっていない、平和な一日だったんだ。
それならこの現象にも納得がいく。
死体が勝手に消えるわけがないしな。
ハハッ。
ちょっとどうかしていたんだ。疲れていたんだ。
あの人と会ってからは、色々と考えることが多かったからな。
よし、寝よう。
あ、一応広間の方も確認しておくか。
―――――
「よし」
無い。死体など無い。広間には何故か血がベットリと残っているが、
俺が妄想の中で動かした先に死体は無い。指差し確認よし。
血はあれだ、知らないうちにどこかぶつけて出血してたんだ。
痔とか鼻血とかかもしれない。俺鈍感だからな。しょうがないさ。
あー、なんだ、あせったわー。
どうなることかと思ったけどまさか妄想だったとは。
すげーな俺のイマジネーション。
さーて安心したところで、寝よう。
あ、その前に風呂にでも入るか。
そのまま風呂に直行した。
温かい湯が気持ちいい。
この風呂は生活環境を良くしようと、
このダンジョンに俺が作った、自慢の風呂だ。
雑用のゴブリン君が常に用意していてくれる。
素晴らしいね。
俺はゆったりと風呂に入り、気分をリフレッシュした。
風呂から出た後、水を飲んで、ベッドへと向かう。
「……」
なんかベッドに赤いシミが見える。
が、どうせ痔か鼻血だろう。
ちょっと気にはなるが、まあ寝るのに問題はない。
ベッドに上がり、毛布に潜り込んで目を瞑る。
横になると次第に睡魔が仕事をしはじめて、頭がぼんやりとしてくる。
今日も平和な一日だった。
おやすみなさい。
―――――
翌日、目を覚ました俺は、お気に入りの濃紺色の全身甲冑を着込んで
早朝から本を読んでいた。
起きている間はこの甲冑を着ていないとどうも落ち着かない。
入浴時と就寝時ぐらいだろうか、これを脱いでいるのは。
クローズドヘルムで若干視界が悪いが、しっかりと寝たので気分が良く、
ペラペラとページをめくっていく。
本のちょうど半分辺りを読んでいた時
ダダダダダダダダダダダダダダッ……!
部屋の外から足音が聞こえてきた。
凄い勢いで、どうやらこの部屋に向かって走ってきているようだ。
誰の足音かわからないが、侵入者かもしれない。
読みかけの本をテーブルに置き、立てかけてある剣に手をかける。
バンッ!
扉が勢いよく開け放たれた。
「ここにいた! あんた、ぶち殺すわよ!」
そこには、とんがり帽子の魔法使いが、怒り心頭の様子で立っていた。