個人授業
は? 意味わかんねぇ……
「は? 意味わかんねぇ……」
思考をそのまま口に出してしまった。意味不明すぎて。
「……」
「……」
「……ンフ」
食事の手を止めこちらを見ていたサタン様が、突然、
ニチャア……と口元を歪めた。
「ん~? あれ~? レンジャーどうしたの~?」
ニタニタと笑いながら俺に言うサタン様。
すんげえ悪そうな顔。
あなたこそどうしたんですか。
「い、いえ……さっきサタン様……」
「殺す、って言ったこと~? そのまんまだけど~?」
「……」
ど、どういうこと……?
勇者生き返るんだから、殺しても勝ったことにならないよな……?
「あれれ~? レンジャー、もしかしてわからないのかな~?」
「あ……いえ……」
「ちょ~っと待ってなさ~い。これ食べちゃうから~」
食事に向き直り、パクパクと残りを食べはじめるサタン様。
先程より手の動きが早いが、顔がニヤけている。
目が三日月のようになっていて、
これでもかというくらい愉快な表情を浮かべている。
やばい、わけわからんがサタン様が邪悪な笑みを浮かべておられる。
何か良くないことが起こりそうな予感がする。
「ごちそうさま。おいしかったわ。悪いけどこれ下げてもらえるかしら」
「あ、はい……」
いつの間にかサタン様が食事を終えていた。
俺は空いた食器を台所へ持っていく。
嫌な予感がビンビンしている。
できるだけゆっくりと、亀の歩みの如く台所へと歩いていく。
「……」
時間を稼ぎながら、考える。
どういう意味だ?
生き返るのに、殺して、勝つ…………
殺す、復活する、勇者また来る……。勝ったことにはならないよな……?
……やっべぇ……マジでわからねぇ…………
「ねー。レンジャーまだー?」
「……は、はーい」
サタン様の催促の声が聞こえる。
くっ、もはやこれまでか。ええい、いったれ!
「お待たせしました」
テーブルの前へ戻る。
サタン様は、遅いぞコラ、という感じの不満顔をしていたが、
俺が何も言わないでいると、再び邪悪な笑みを浮かべた。
「で、レンジャ~、わかった~?」
「そ、そうですねぇ……」
「おっけ~。それじゃ言ってみて~?」
や、やばい。ちょっと、わかりましたよ風に答えてしまった。
しかも、それを言ってみろ、と。
何もわかってねー!
でも何か、何か言わないと……
殺す……殺す、殺して、勝つ……。勇者が、負ける……
あ……
「……何度も、何度も殺して……」
「うん」
「何度も殺して、諦めさせて……勇者の、戦う意思を、殺す……とか」
「……」
「……」
どうだ。苦し紛れだったけど、意外といけるんじゃないのかこれ。
サタン様は何も言わない。表情が普通になっている、
もしかして正解か?
「……ぶぶー。レンジャー君残念でした~~」
サタン様が再度、邪悪な笑い顔を作り、言った。
むしろさっきより笑みが増している。
その目はもはや、
三日月と言っていいのかわからないくらいの曲線を描いていた。
くっ、なんかむかつく!
「じゃ、じゃあどうするって言うんです? 無理ですよそんなの」
「まぁまぁ、ちょっと落ち着いて、座りなさいよ」
サタン様が手をヒラヒラさせながら俺に座れと言う。
俺はサタン様の前まで進み、床に正座した。
「あ! 違うのよ! ごめんごめん!」
「?」
サタン様は急に慌てて立ち上がる。
「正座なんてする必要ないのよ、レンジャー」
「はぁ……?」
サタン様が、立ち上がった俺の甲冑の脚のところを、
しゃがみこんで手でパシパシと払ってくれる。
ヘルム越しの視界から、サタン様の緑色の髪が見下ろせる。
ダメですよレディー。手が汚れてしまいますよ。
「ふう、汚れちゃうから、このイスに座ってね」
サタン様は立ち上がると、ガタガタとテーブルのイスを
部屋の中央へ出してくれた。
「はい」
イスに座る。
サタン様の顔を少し見上げる形になる。
サタン様は俺が座ったのを確認すると、
テクテクと俺の周りを歩き出した。
「さて、レンジャー君は、勇者を倒そうと思ったら何度も殺す、と言ったわね」
「はい。違うんですよね」
さっき、ぶぶー、って言われた。
違うってことですよね。
「そうね。もしかしたら、それも僅かな可能性としてあるのかもしれないけど」
「……」
「私としては、不正解だわ」
「はい……」
ですよねー。
「さて、なぜでしょう?」
「……記憶が、リセットされるから……?」
サタン様が椅子を用意してくれている間に自分自身で考えた答えだ。
神の加護で記憶が飛ぶから、殺されたことは覚えていない。
「はい正解~」
サタン様は棚のところへ歩いていき、とんがり帽子を手に取り、
こちらへ戻ってくる。
ポフ
俺のヘルムの上に、帽子を乗せた。
「ップ……正解よ……ブフッ。記憶が無くなるから、殺しまくって、恐怖で勇者を諦めさせンフ……るってのは基本的に無理……と考えてい……ブフフッ!」
おい、わろてるで、この人。
最後まで言えてねーよ。
「……失礼。だから、単純に殺し続けたら勇者の意思が折れるってのは可能性としては薄いわね」
「はい」
「ちなみに、勇者の寿命が尽きるまでそれを続けるってのもダメよ。体も元に戻るからね」
「そうですね」
駄目だな。言われる通り、神の加護がある限りずっと戦いが終わらない。
勝ったことにはならないな。
じゃあどうするんだ?
「では?」
「はい、じゃあちょっとまほうつかいのおねえさんと考えてみよー」
心底楽しそうにサタン様が言う。
……部屋に入る時のやり取りへの仕返しだな…………
まぁサタン様の雰囲気が元に戻ってるからいいか。
なんか悪そうな感じまで戻っちゃってるけど。
これもサタン様の本来の性格なのかもしれない。
「……」
「ヒント1。大雑把に分けて、2つの方法があります」
テクテクと俺の周りを歩きながらサタン様が言った。
2つの方法……?
「うーん……」
「むー。それじゃヒント2。そのうち1つはレンジャー、あなたでもできます」
「え……?」
俺でもできる? 俺にでもできる方法……。
「あの、お聞きしたいんですが」
「……」
あれ? 質問だめなの?
……もしかして
「はい、せんせい、質問です」
挙手をして、先生とお呼びする。
「はいなにかしら? レンジャー君。」
立ち止まり、ピッと俺を指さすサタン先生。
なるほどね。そういうシチュエーションね、これ。
「せんせいは、それを今すぐにでもできますか?」
「いい質問ね。……今でもやろうとすればできると思うわ。んじゃ大ヒントよ! ヒント3、神の加護を死亡、転送、復活、と3つの工程に分けてみなさい」
「死亡、転送、復活……」
「ちなみにこれで分からなかったら罰ゲームよ」
「え?」
「ここまでヒントあげてんだから当然よね」
「……」
罰ゲームあるんですか……
頑張ろう……
―――――
俺はしばらく考えたが
結局、答えは出せなかった。
俺が頭を捻っている間にもサタン様は俺の周りをグルグルと回り続け、
つい先程、「きぼぢわるい……」と言いながら椅子に座り込んでしまった。
先生……
「はい……時間切れよ……あれだけヒントをあげたのに……先生残念だわ……」
「……」
俺としては、グルグル人の周りを回り続けて
ダウンしちゃう先生もだいぶ残念だわ。
彼女はおぼろげな目でこちらを見ながら強がっているが、
頭がユラユラと揺れている。
雰囲気重視で年上の女教師役なんてやるから……
……
…………
「それじゃ、レン君、罰ゲームね。後でやるから楽しみにしておいて」
「……」
レン君て。頭がミックスされておかしくなってしまったのか。
多少気分がマシになったのか、立ち上がって俺の前まで歩いてくる。
顔色はだいぶ良くなった。
そしてサタン先生はニンマリと笑みを浮かべて、俺にこう言った。
「それでは答えを教えま~す」
そんな大した方法でもないので、
深く考えずにパーッと読んじゃってください。
雰囲気重視で。




