おかえり、スプーン
今日も朝早くから風呂に入る。
昨日、サタン様は飛び出していった後、結局戻ってこなかった。
そのまま町へ帰ったのだろう。
時間的にも、そろそろ戻った方がいいんじゃないかな、と思っていたところだ。
ちょっとビックリしたけど、まぁちょうど良かったか。
ちゃんと帰れたかな? 心配だな。
風呂から上がり、脱衣所で甲冑を着込む。
ホットな身体の上に全身甲冑を着るもんだから、内部がサウナ状態だ。
温かい湯に浸かった後の、移動式のサウナ。
なんという豪華なシステムだろうか。一石二鳥というやつか。
「……」
いや、やっぱクソあちぃだけだわ。なんだこの我慢大会。
―――――
自室の前に戻る。朝飯を食うとするか。
いつものパンと野菜スープ。
昨日のソテーは全て食べてしまった。
ちょっと失礼かもしれないが、
サタン様の残していったものも全て平らげた。
だってもったいないんだもん。
ガチャ
扉を開ける。
フォン!
開けた瞬間、部屋の中から目の前に黒い斬撃が振り下ろされる。
「!?」
後方へ跳んだ。考えるより先に身体が動いた。
なんだ!? 侵入者か!?
視線を部屋の入り口へ集中する。
「ごめんなさい!」
声が聞こえた。サタン様の声だ。
「ごめんなさいごめんなさい!」
フォン! フォン!
黒い斬撃が二度、三度、と振り下ろされる。
よく見ると、斬撃の正体はサタン様の黒いとんがり帽子だった。
サタン様がこちらを向き、一生懸命頭を縦に振っていた。
「あ、おはようございます」
「おはようレンジャー! 昨日は本当にごめんなさい!」
フォン!
斬撃はなおも続く。
何やってんですか……? 素振り……?
新しい攻撃手段でも編み出したんですか……?
違うわな。頭下げてんだな。
昨日のアレの事だよな。
気にしなくていいのに。
「まぁまぁ、サタン様は何も悪くないですよ」
「いや! でも!」
「俺が急にあんなことしたんですもん。こちらこそすみません」
「え!? 違う! 私が悪いの! ごめんなさい!」
謝罪合戦が始まった。朝っぱらから何やってんだ俺達。
しょうがないな……
「では、昨日のことは無かった、ということで」
俺としては一度誓った忠誠だ。
それを取り消したくは無かったが、あまり良い出来事ではなかった様子。
突然一方的にやってしまったからな。
昨日やったことは無かったことにして、忠誠は俺の心の中だけに留めておこう。
「ぇ…………」
サタン様の声が急に小さくなる。
顔から感情が抜け落ちたように見えた。
やっば、俺、またなんかやってしまったか?
「……ぃやだ…………」
「え?」
「ぃやだいやだいやだやだやだやだやだやだ!」
突然狂ったように暴れだし、こちらへ突っ込んでくるサタン様。
黒いとんがり帽子の尖った先っぽが、俺に突き刺さろうとしている。
突き!?
突きをギリギリのところでかわし、サタン様を捕獲する。
それでも暴れ続ける新たな流派の創始者。
超至近距離から俺の甲冑に打撃を加えていく。
「いやだいやだいやだいやだ! 私の! 私のレンジャー! ちゅうせい!」
「あああごめんなさい! やっぱ無し! さっきの無し! うーそ」
癇癪を起こした子供の相手をするように、サタン様をなだめた。
背中を何度もポンポンと叩いてやる。大丈夫ですよ、と。
……
…………
サタン様がだんだんと落ち着きを取り戻していく、
しばらくすると、ピタリと動きを止めた。
「うそ……?」
「はい。嘘です。ジョークです」
「……」
「……」
ガン!
俺の鳩尾の付近に一撃を加えると、パッと後ろに距離をとるサタン様。
顔が真っ赤になっている。
あーあ。いらんこと言っちゃったな。
「今日は自由行動よ! ごはん!」
何も聞いていないのに、自由行動と教えてくれた。
たぶんそうだと思ってた。
今までと同じスケジュールならそうなるよね。
朝食ですね。はいはいーっと。
「はい。ではテーブルへどうぞ。どうもすみませんでした」
「フンッ! いいわよ別に……」
テーブルへ向かうサタン様。
俺は台所へ向かって歩く。
「あ、レンジャー」
「はい?」
「あの、これ」
サタン様が、イスに置いていた小さな肩掛けカバンから
折りたたんだ小さな布を取り出し、俺へ差し出した。
「えーっと、なんでしょう?」
「昨日持って帰っちゃったやつよ。宿に戻ってから気がついたの」
折りたたんだ布を開くと、スプーンが出てきた。
「ちゃんと洗っておいたわ。ハンカチも綺麗だから」
ああ、これハンカチか。よく見たら刺繍が入ってる。
「ありがとうございます。別に良かったんですけど」
「そういうわけにもいかないわ。ごめんなさいね」
ピカピカのスプーンを台所に戻し、
ハンカチをサタン様に返すため、差し出した。
「ありがとうございました。お返しします」
「あ、それ……あげる」
「え、でも」
綺麗なハンカチだよ? 俺何に使えばいいの?
「あげる! 忠誠……そう! 忠誠の礼よ!」
「はぁ……。そういうことでしたら、ありがたく戴いておきます」
ありがたいな、忠誠の礼か。
って、忠誠に対して礼ってあるのか?
よくわからんな。でも大切にしよう、このハンカチ。
「あ! ちが! もっと! お礼はもっといろんなものあげるから!」
なんか色々くれるらしい。物くれなくても大丈夫なのになぁ。
「ありがとうございます。でもそんなにお礼を戴かなくても、大丈夫ですよ」
「え?」
「何も無いからといって、裏切ったりはしません」
「……」
「サタン様のためならたとえ火の中水の中……」
「ふふ……」
ちょっとしんみりしてしまったので、軽くおどけてみせると、
サタン様は小さく笑って、カバンを床に下ろして席に着いた。
―――――
サタン様がぱくぱくと料理を食べている。
今日は時間が無かったので、パンとスープだけだ。
それでもサタン様は喜んで食事をはじめた。
あー人が自分の作ったもの食べてるの見ると和むわぁ……
美味そうに、黙々と食事をするサタン様を眺める。
でもちょっと寂しいな。さっきから全然会話してない。
なんか少し話でもするか。
「サタン様ー。そういえば、なんですけどー」
軽い感じで、食事の邪魔にならないように。
「もぐもぐ……にゃに?」
食いながらで結構。なんか小動物みたいだけど。
「サタン様は、封印を全部解いたら、どうするんですかー?」
「んー。特に考えてないわー」
驚愕の事実発覚。
サタン様は特に何も考えずに封印を解いていた。
「でも、魔の勢力を統べる、とかあるんじゃないんですか?」
「うーん。あるかもしれないけど、とりあえず力を取り戻してから考えるわ」
なるほどね。まずは力を取り戻す。
先のことまでわからんわ、ってことね。
「じゃあ、もし、ですよ? 魔を率いたとして、勇者と対峙することになったらどうするんですか?」
「もぐもぐ……どうする? ってどういうこと?」
「勇者は神の加護があるから、どれだけ死んでも蘇るじゃないですか?」
「そうね。殺しても生き返るわ」
「それって、いつかは倒されてしまうってことになりませんか?」
だってそうだろう。死んでも元に戻って、また向かってくるんだ。何度も何度も。
「なんで? 私は勝つわよ?」
何を言ってるんだこの人は。
神の加護があるってわかってるよね?
「? どういう手段で? 勇者をどうするんですか?」
「そりゃあ、殺す、に決まってるじゃない」




