プロローグ
やってしまった。
ここは俺の住居、とあるダンジョンの広間。
赤々と燃える松明が地面を照らしている。
クローズドヘルム越しの視界には、地面に転がっている4つの身体。
先程俺がやってしまった人達である。
「……」
やってしまった後、しばらく呆然とつっ立っていたが、
転がっている4人はピクリとも動かない。
これ以上ここにいても何も解決しないような気がするので、
勇気を出して一歩踏み出そうと思う。
まずは一番近くに転がっている黒い髪のやつ。
「うわ……」
黒髪の人間は血で真っ赤に染まっていた。
自分でやったことなので、なんとなく分かってはいたが、
予想以上の流血具合に若干引いてしまう。
「いやいや」
引いている場合ではない。
確認しなければ。
「えーっと、これは」
確か勇者、だったか。
旅人風の服に青いマントを身につけている。
服の下には……レザーアーマーか。
長手袋をつけた手の近くには、剣が一本。
一般的な冒険者という風な装備だな。
顔は……若い。やたらと整った顔つき。
「ふむ」
肩から斜め下へザックリと斬れている。
で、呼吸は……していない。
死んでいる。
死因は出血多量のショック死という感じか。
「よし、次」
勇者の斜め後ろに倒れている赤い髪の女。
これは……剣士か。
すぐ近くに大剣が落ちている。
あの人が言っていた女剣士はこいつで間違いない。
肩や胸を覆う金属の鎧から、少し濃い色の肌が見える。
褐色の肌というやつだろうか。
どこの生まれだ?
「傷は……っと」
右脇腹から胸の下へバッサリ、か。
「乳でけーな、おい」
いやいや、それはどうでもいい。
自己主張の激しい胸部に気をとられてしまった。
心臓が動いている様子は無し。
死んでいる。
死因は内臓の損傷……だろうか。
詳しくないのでよくは分からないが。
「次は……」
……
少し離れた所に倒れていた金髪の少女。
変わった服を着ている。聖職者が着ているやつだろうか。
そういえば神官というのもいたな。こいつか。
「あ」
腹部から内臓がはみ出していた。
穴が開いている模様。
まぁ俺が開けたわけだが。
「……」
一応確認だけしておくか。
生きてはいないだろうが。
「よいしょっと」
神官の横にしゃがみこんで目を覗き込む。
目蓋を……おお、青い目。
あ、やっぱだめだ。
瞳孔オープンしてるわ。
金髪神官も死亡。
ちょっとごめんねーひっくり返しますよーっと。
「あー」
裏までブッスリ。貫通。
死因は……勇者と同じで出血多量だろうか。
……
あーやばい、見たくない。
次見たくない。
なんか急に冷えてきたな。
今春だよな。なにこの寒さ。
見ないと駄目なのかな。いやマジで見たくない。
奥に倒れている魔法使いチックな女性。
その女性が倒れている場所に、どうにも目を向けられない。
身体がいうことをきかない。
『……今ならまだ間に合うカモ』
『……奇跡的に生きてるカモ』
脳内で2羽の鴨が語りかけてきた。
「幻聴だ」
頭の中に鴨など飼ってはいない。
それに語尾が『カモ』の鴨なんてあからさますぎる。
というかそもそも鴨は喋らない。
「落ち着け俺」
混乱している場合ではない。
現実と向き合わなければ。
「……せーのでいこう」
振り向いた勢いで見てしまおう。
ガッと振り向いてパッと見てしまおう。
妄想鴨の言うとおり、実はまだ生きててギリギリセーフ
という可能性もゼロではない。
よし、せーの!
「死んでるー!」
視界に入った瞬間に分かってしまった。
首がパックリと斬れていて、明らかに致死量の血が出ている。
これを見て「セーフ」とか言う奴が居たら
そいつはただの馬鹿だ。そいつこそ死んだ方が良い。
「はぁ……」
どうしよう、このお方。
この際一応調べとくか、最後だし。
よし、先程と同様に行おう。
これは作業だ。ただの確認作業だ。
深く考えてはいけない。
この人は単なる勇者パーティーの一員だ。
そういうことにしておこう。
「……」
緑色の髪に被さる大きなとんがり帽子、それに黒いローブ。
まさに魔法使いという服装。
そういえばこの方、何歳だったんだろう
人間なら二十歳超えてるようには見えないが。
この人は自分のことをあまり語らなかった。
こうなってしまっては、もう年齢を聞くこともできない。
「あー、やっぱり」
首がパックリ斬れていた。
俺の剣が当たってしまった時の傷だ。
首元から周囲に至るまで、激しく血が飛び散っていた。
運悪く、一発で動脈をやってしまったのだろう。
本当に悪いことをした。
決してわざとではないんだが。
さて、正直やりたくないが一応脈拍を調べよう。
「……うわ、冷たっ」
篭手を外した素手に伝わる死人特有の肌の冷たさ。
そして脈拍無し。
死亡確認。
死因は出血多量によるショックか呼吸困難のどちらか。
―――――
「なんでこんなことに……」
こんなはずではなかった。
この4人を殺ってしまう予定など、これっぽっちもなかった。
むしろ逆だ。どういうわけか、真逆の方向へ進んでしまった。
「……」
とりあえず……ここで固まっててもどうにもならない。
ちょっと歩きながら考えてみよう。
動いてたら何か思いつくかもしれない。
……
…………
よし、とりあえず運ぼう。
黒いローブの首元と地面との間にそっと右手を差し入れ、
抱き寄せるように肩を掴む。
左手を膝裏に通して……これでよし。
俗に言うお姫様抱っこの準備ができた。
たぶんこれが一番安全に運べるのではないだろうか。
せめて首以外は綺麗な状態で安置させていただきたい。
後はこの状態で立ち上がって運べばいい。
さぁ、いくぞ。
「よいしょっと! 軽ぅ!」
あまりの軽さに、持ち上げた勢いで
お姫様を空中へ放り投げてしまうところだった。
地面に叩き付けでもしたらシャレにならない。
丁寧に扱わねば。
「さて?」
抱え上げたはいいが、どこへ安置しよう。
風呂場……はさすがに気がひけるな。
自室くらいしかないか。
とりあえずベッドに寝かせて、そこからはまた考えよう。
というわけで自室へご案内します。姫。
―――――
「俺バカじゃね?」
広間を抜けて通路へ入り、しばらく進んでから激しく後悔した。
通路が狭い。
この狭さ、俺がチョイスした運搬方法に適していない。
通路に入る時、壁にとんがり帽子がひっかかった。
そこで止まれば良かった。
そこで考え直せば良かった。
何故そのまま進んでしまったのか。
歩くたびにとんがり帽子の先が壁に当たる。
大した衝撃ではないかもしれないが、
首の傷口に余計なダメージを加えているのではなかろうか。
「……帽子とるか」
あまり余計な上げ下げをして首に負担をかけたくないが、
一度床に置いて帽子を脱がせよう。
なんでこんな邪魔な帽子被ってんだよ、姫。
「いや、待てよ」
横を向いて歩いてみるか。
足元が見えないのが怖いが、少しずつ進めば大丈夫だろう。
向きを調節しながら慎重に通路を進む。
角を右に曲がると自室の扉の前が見えた。
扉の前まで歩き、死体を落とさないように注意しながら扉を開ける。
「よいしょっと」
中へ入り、奥にある自分のベッドに
ゆっくりと死体を横たえる。
「ふう、終わった……」
いや終わってない終わってない。
死体運んだだけだ。何も解決してない。
いやある意味終わったのか?
これ完全に死んでるよな。脈無かったよな。
念には念を入れて、もう一度脈を測ってみようか。
「……」
脈拍無し。
死亡再確認。
「……どうしよう」
運んではみたものの、結局どうしたらいいか分からない
誰だ、とりあえず運ぼうとか言い出したのは。
俺だ。
ああ、やばい、また混乱してきた。
とりあえず落ち着こう。何か飲もう。
「この兜、頭全体覆ってるけど顎の部分ずらせるんです。すごいでしょ?」
「……」
気を紛らわせようと眠り姫に話しかけてみるものの
当然、返事は返ってこない。空しさが募る。
「はぁ……」
よし、とりあえずここは一旦置いといて
次は広間を片付けよう。
あっちを手早く片付けて
戻ってきたら、今度こそこの方をどうにかしよう。
―――――
「よし」
死体を全て自室へ運び込むわけにもいかないので、
とりあえず3つの死体を広間の隅に並べた。
4人分の血が地面に残っているが、これは後で掃除しよう。
広間の方はこれでひとまず完了。
部屋に戻ろう。
―――――
「え?」
無い。
ベッドを見る。無い。
ベッドの下を見る。無い。
戸棚の中を見る。無い。
鍋のふたを開ける。無い。
死体が消えていた。