とある店長の転機②
「おやっさ~ん、カレーお代わり。大盛りで!!」
「こっちも~。特盛りで!!」
「俺はナスカレーでお願い。ギガ盛りで!!」
「はいよ~。っつかギガ盛りって何だよ!!」
社員食堂の中では賑やかな声が響き渡る。
注文はカレー、カレー、カレー、時々カツ丼、カレー、カレー、華麗にカレー。
「おめえら、カレー以外頼めねぇのか?」
「しょうがないって、おやっさんのカレーが美味すぎるんだから。」
「ちっ・・・しゃぁねぇなぁ。」
頬が僅かに染まるのが判る。
ばれちゃ恥ずかしい・・・奥に篭っているか・・・。
「あ、おやっさん照れてる~。」
「照れてねえよ!!」
「でも本当、この食堂最高だよ。
おやっさんのカレーとお袋さんの小鉢は、マジそんじょそこらの店じゃ食う事できないって。」
「あらあら、そんなに褒めても何もあげないからね。
はい、ナスのあげびたし、一切れおまけだよ。」
隣では、40代そこらの綺麗な女性が、ほっかむりとお玉片手に青年に小鉢を渡している。
この人は一緒に働いている人で、俺と同じように社長からスカウトされた主婦らしい。
「お袋さん、ありがとー。
マジ感謝っ!!」
「いえいえ、相変わらず若い子は食べっぷりが良いねぇ。」
「いやいや、おやっさんとお袋さんの料理だからだって。」
「あらま、照れるわねぇ。
肉じゃがの味見どうぞ。」
現在、この会社では社員食堂を俺とお袋さん、それと何人かのバイトで回している。
あの青年に作っていたカレーは、この社員食堂でも大うけしバイトも無いのに食いに来る奴までいる始末だ。
まぁ、もちろんカレーだけでなく、お袋さんの作る小鉢も目当ての奴と半々だろうがな。
「おやっさん、お袋さん、社長が呼んでます。
後は俺達がやるんで行って来て下さい。」
バイトの1人が出勤するなり呼び出しを告げる。
「あいよっ、後は頼んだ。」
「はいっ。」
後はトッピングを作ってカレーを載せるだけだ。
バイトでも問題は無いだろ。
お袋さんを誘って社長室へと向かう。
「なんだろうかねぇ?お袋さん知ってるかい?」
「いいえぇ、私も判らないわ。」
「特に呼ばれるような事は無かったと思うがねぇ?」
「とりあえず、社長に会ってからね。」
コンコンコン
「どうぞ。」
返事が来たので入らせてもらう。
「失礼します。」
中では黒猫を膝に乗せ、左手でパソコンを打っている社長が居た。
ってか、手が早すぎてみえねぇ・・・
「ああ、すまないね。
幾つかの案件を処理中なんだ。
左手は気にしないでくれたまえ。」
右手で黒猫をさすり、穏やかに話しかけてくるが、左手は目にも見えない速さで資料の作成・・・
始めてみた時は驚いたが、何時見てもすげぇな・・・
・・・さすがうちの社長だ・・・何やってるのかしらねぇけど。
「んで、どういったご用件でしょうか?」
「うん、君達に来てもらった理由はね、今度イベントで『カレー』と『肉じゃが』の配布をしようと思うんだ。
好評だった場合は、更に『ナスカレー』と『なすのあげびたし』も企画している。
新しく出来たマンション群に商店街を作ったんでね、そこで振舞って欲しいと思っているんだ。」
「ぶふっ。」
っと汚ねぇ・・・つい噴出しちまったよ・・・
「あのマンション群は社長が建てたものだったんで?」
「いや、商店街を再興したくてね。
1F部分を全て買い取って作り変えさせたんだよ。」
・・・どんな仕事をしているのかと思ったら、そんなことまでしてたのかいこの会社は・・・
はぁ・・・マンション群という言葉はちっと心をえぐられるが・・・他でもねぇ、世話になってる社長の為だ。
「ただ、イベントは日曜を予定しているから、日曜出勤に答えてもらえるかと思ってね。」
「俺は問題ねぇです。」
「私も大丈夫よ。」
俺はともかく、お袋さんも即決か。
「ありがとう。
ではこの日に・・・おやっさん、良いですか?」
「大丈夫だ。」
「この日は・・・お袋さん、良いですか?」
「ええ。」
「好評だった場合は、この日に予定しても?」
「「大丈夫」」
「ありがとう。
では楽しみにしているよ。」
社長はそう言うと安心したのか、更にパソコンの打ち込みが早くなった。
「おっと、早すぎてパソコンが間に合わなくなってしまったよ。
もっと性能の良いパソコンが欲しいね。」
「それ・・・スパコン並みってこの前言ってなかったか?」
「おっと、そうだった、失敬失敬。」
「んじゃ、失礼しますわ。」
「あぁ、よろしく頼むよ。」
パタン
よし、社長の為だ、一世一代のカレーでもこしらえて見ますか。
―――――来るカレー配布日
久しぶりにここに来て驚いた・・・
なぜかって?
4方向に広がるマンション、全ての1F部分が本当に商店街になっていたからだ。
しかもそのど真ん中には特設ステージまで準備されている。
「すげぇな・・・」
ここで俺の作ったカレーを配るのか・・・
人出も凄く、すでにずらっと人が並んでいる。
社長から出来る限り作ってくれと言われて、寸胴6つ分のカレーを作ってきたが・・・足りるのか?
・・・まぁ良い。
来た人に喜んで食ってもらうだけだ。
「お前はっ!!」
「おやっさんっ!?」
いよいよ配布が始まると、一番前に並んでいたのは蕎麦屋の時にカレーを何時も食いに来ていた青年だった。
「カレーって聞いて、仲間を誘ってきてみたら・・・おやっさんのカレーでしたか。
これは楽しみです!!
皆っ、絶対に美味しいカレーだから心して味わってください!!」
「ああ!!」
「お前がそういうなら、安心だな。」
「それは楽しみですね♪」
「良い匂い。お腹すいてきちゃった。」
どうやら先頭集団の5人は青年の仲間って所か。
美男美女の5人組・・・絵になるねぇ。
「なら5人は特別に大盛りにしてやるよ。」
「「「「「やったぁ!!」」」」」
―――――2時間後―――――
ふぅ、やっと行列の最後が見えてきたか。
寸胴は後2つ残ってる。
この調子なら足りない事はなさそうだな。
と半分以上が何度かお代わりに来てる奴ばかりだな。こいつら何杯食うつもりなんだよ・・・
っかぁ~、青年なんてもう5杯目か。
仲間も呆れた顔で見てるぞ?
「た~またまたまたまたま~」
その更に後ろには・・・
・・・・ん?
目が疲れちったか?
・・・・・・・・・
・・・じゃねぇな。
手足の付いた玉ねぎに・・・黒ずくめの集団が並んだな?
玉ねぎはどうやって中に入ってるんだ?
それに、覆面してるのに食えんのか?
「お前達、何回並ぶつもりたま!!
まだ食べていない人や、お変わりの出来ない人がいるたまよ!!
2回以上並んでいる欲張りさんはおしおきたま~!!」
「お・・・おお?」
玉ねぎや黒づくめの男達は、3回以上並んでいる奴等をオリに詰めて行ってる。
中にはオニオンサラダが・・・まぁ、カレーの箸休めには良いだろうな。
むっ・・・
黒尽くめの男のうち1人が近づいてきた・・・
「なっ・・・何をするつもりだ・・・」
「イーッ、イーッイーッイーッ」
「くっ・・・近づくなっ!!」
お玉をもって応戦しようとする。
「イーッ、イーッイーッイーッ」
ん?何か首を振って紙を渡して来たな・・・
何々?
やっほ~、おっちゃん頑張ってるね。
後のイベントと片付けはこの子達に任せてくれたまえ。
続きのイベントを任せてあるのでね。
後は帰るなり、イベントの続きを見るなり好きにしてくれたまえ。
社長 ワルイーゾより。
え~・・・っと?
「イーッ、イーッ」
手紙と自分を交互に指差している。
「代わるって言うのか?」
「イーッイーッ」
どうやらその通りみたいだな。
バイトの誰かか?
・・・まぁ良い。
後の事は任せて、子供達もここに連れて来てやるかな。
「イーッ、イーッ」
「ん?送るって?悪いな。」
もう1人の黒づくめが手振りで伝えてくるので、お言葉に甘えさせて貰うか。
どうやら食べてない人、おかわりまでを優先し、3杯目以降は箸休めでも食べさせた後にするみたいだしその方が良いだろう。
その辺まで気がまわらねぇあたり、俺もまだまだだな。
「おやっさ~~~~~ん!!」
ん?おぉ、あいつか。
オリの中から手を出してまぁ、わけぇもんはノリが良いやねぇ。
この結果ならどうせ再来週もやる。
そんな悲しそうな顔をしなくても大丈夫だろうに・・・
「大丈夫だ!!必ずまた食える!!」
「おやっさ~~~~~~ん!!」
うん、ここまで喜んで貰えるなら、カレー屋もいいかも知れねぇな。
俺はそのまま、黒づくめに送って貰って家に帰りついた。
―――――ナスカレーの配布日
この日もカレー配布日と大体同じようになった。
違った点は手足の生えた玉ねぎだったのが、手足の生えたナスになったぐらいか?
あとは、あの青年が涙を流しながらナスカレーを頬張ってたな。
5回目のお代わりぐらいでイベント業者が来たが・・・
マジ泣きまでして、カレー食いたがっていたぞ?
本当、どれだけカレー好きなんだか・・・
この仕事がお役御免になったら、一念発起してカレー屋でも始めてみるかな・・・
それから2週間後、また社長に呼ばれた。
また日曜出勤かねぇ?
コンコンコン
「入りたまえ。」
「失礼します。」
返事を待ってから中に入る。
相変わらず、黒猫を片手にパソコンを高速打ちしていた。
気のせいか、パソコンが一回り大きくなっているような・・・
「先日はご苦労でした。
おかげで良いイベントになりましたよ。」
「そりゃぁ良かった。」
「だが・・・」
社長は少し困った表情で、俺を見つめる。
「少々困った事になってね。」
「困った事・・・ですかい?」
「ああ。
あのカレー、肉じゃが、ナスのあげびたし。
全てが好評すぎてね、問い合わせが絶えないのだよ。」
「それは・・・喜んでいいんですかい?」
いかんな、頬が緩んでしまう・・・
「それでだ!!
契約とは違う事になるが、あのステージがあった場所にカレー屋を開いて貰いたい。
お袋さんも了承してらえたら、惣菜店を開いて貰い、2店舗構えてもらうことになる。
そこを新しい社員食堂であり、一般のお客さんがこれる店にしたいと思っている。
その場合、休みが不規則になる可能性が高い。
それに時間も固定時間にならない可能性がある。
もちろん、給料は売り上げに応じてUPさせてもらうし、場合によってはそのまま君に譲りたい。
どうだ?
やってもらえないだろうか?」
社長は確認と言っているが、断るとは思ってないだろう。
なぜなら、パソコンに移っている画面には『カレー屋 悪威蔵 立上計画書』と映し出されている。
もちろん、俺も断るつもりは無い。
泣いてまで食いたいと言った奴がいる。
なら、その心には答えてやらねぇとな。