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とある保母さんの長い一日。

その日、いつも通り登園のバスの中。

 全ての園児をバスに乗せ終わった時のことです。

 突然、異様な格好の人が乗り込んできました。

 その格好はなんと人参で、しかも手足が生えていました。


「新しいゆるキャラかしら?」


 つい、そんな言葉が口をつきましたが、明らかに中に人が入れるようなフォルムではありませんね?

 それに、縫い目やファスナーも見あたりませんし……。

 学ランを羽織っているのだから中学生か高校生の男の子なのかしら?

 裸……? の人参よりは可愛らしいですけども、こんな子が教室にいたら大変ですわねぇ?


 子供達も突然現れた人参さん――人参くんかしら?

 ともかく、人参くんを見てきょとんとしています。


「せんせー。あの人参さん、今日の給食なの?」


 園児の中でも好奇心旺盛なたっくんが、人参くんを指さして聞いてきました。


「あらあら、人を指さしちゃいけないわよ?」


「ごめんなさぁい」


 親御さんから可愛い天使達をお預かりしている身としては、こういったマナーを教えるのも大切なお仕事ですもの。

 私がやんわり注意すると、たっくんは素直に謝ってくれました。

 けれど……。


「謝るのは先生にだけ?」


「あ、そうだった。人参さん、指さしちゃってごめんなさい」


「気にしないキャロ。きちんと謝って偉いキャロね」


 笑顔でたっくんの頭をなでてくれました。

 あらまぁ、アニメの女の子みたいな可愛らしい声をしているのねぇ。

 それに女の子だったのね。

 人参くんと呼びかけないでよかったわ。


「そういえば、人参さんは何のご用でしょう?」


「用事キャロ?」


 私の質問に不思議そうに首を傾げるような雰囲気で全身を傾ける人参さん。

 すると、人参さんの後から乗り込んできた黒ずくめのお二人が、こけたり呆れたようなジェスチャーをなさっています。

 全身タイツ・・・という服かしら?

 それにブーツと、腰回りにウエストポーチついた、格好いいベルトを着けています。

 ポケットないと不便ですものね。

 他には、額に少しだけ金色の模様がついた黒い仮面を付けていて、顔はまったく見えません。

 なんだか、子供達が大好きな戦隊ヒーローの悪役そっくりに見えますわ。

 私がそんな事を考えていると、黒服さんの一人が人参さんの肩を叩くと何かメモを見せていますね。


「……そうキャロ! うっかりするところだったキャロ!


 このバスは我々悪の軍団・ワルイーゾが占拠したキャロ!

 おとなしくこの地図の場所に向かうキャロ!!




 …………これでいいキャロ?」


 びしぃっと決めた後で、黒服さんを振り返る人参さん。

 なんだか、お遊戯をしている園児達みたいで可愛いですわねぇ。

 黒服さんもこくこくうなずいてます。


「イーッ!」


 右手の親指を立てて、楽しそうですね。

 その奥では別の黒服さんが運転手さんに地図らしき紙を渡していました。


「イーッ。イーッ? イーッ!」


 ……なんだか「これです。わかりますか? ではお願いします!」とか言っているような気がしますわね。

 それにしてもこのお二人、「イーッ」しか言えない?

 外国の方なのでしょうか?

 でも人参さんは普通に日本語で話しているし……。


 あら?あら……?

 ちょっとした疑問に気を取られていると、バスのドアが閉まる音がして我に返りました。


「バスが動くキャロ! 席に座るキャロー! ちゃんとシートベルトもするキャロよ!!」


 腕を振り回して注意する人参さんの声に、子供達が楽しげな声を上げてはしゃぎ出しました。


「あらあら、駄目よ、みんな?

 バスが動く前にきちんと座ってね~」


 つい、手を叩いて注意を引いた後にそう言います。

 習慣って怖いですね。

 ……考えてみたら、バスジャックされているのだから大事なのですが……。

 なかなか座ってくれない子供達を順番に座らせたり、全員のシートベルトを確認してくださったりしている様子を見ると、あまり悪い人とは思えないのだけど……。

 そのうち、黒服さんが私の前に来て、腰の辺りを指さします。


「イーッ」


 声と一緒に、ベルトを締めるような動作をされて気が付きました。

 私が座ってベルトをしなければ、園児達に示しが付きませんわね。

 きちんと準備を整えると、黒服さんはびしっと腕を前に突き出して親指を立ててくれました。


「イーッ!」


 なんだか「よくできました!」って言われたような気がします。

 その後、空いていた補助席を出してきて、人参さんと黒服さん達も座ってベルトを締めました。

 なんて礼儀正しいんでしょう、この方達は。

 走り出したバスの中では、人参さんが歌を歌ってくれたり、黒服さん達がジェスチャークイズを出してくれたり、子供達を楽しませてくれたおかげで、ぐずる子は一人もいなくとても穏やかで楽しい車内の雰囲気……。


 ……はっ。

 つい雰囲気に流されていましたが、バスジャックをされていたのです。

 警察に通報しなくてはいけません。

 そう思って携帯を取り出しましたが、なんと圏外です。

 市内では絶対に圏外にならないよう、調べて買ったはずなのに……。


「せんせー。せんせいもいっしょにやろー?」


 園児達に誘われ、顔を上げるとなにやらゲームが始まるところのようでした。

 まぁ、私が不安な顔をしていては園児達に伝染してしまいますし、今は流れに任せることにしましょう。

 さいわい、人参さんも黒服さんも園児達を傷付けるつもりはないようですから。



 バスは十分程で止まり、私達は降ろされました。

 そこは岩場に囲まれた広い場所で、なぜかぽつんとキッチンがあります。

 ……あら? うちの登園ルートから十分程度の移動で来られるところに、こんな場所あったかしら?

 そもそもこの岩場、バスで降りてこられるような緩やかな坂道がないのですが……。

 不思議に思いながら周りを見渡しますが、目に入るのは広場を囲む岩場ばかり。

 私達は丁度、すり鉢の底にいるような状態ですわね。

 すぐ近くにあるキッチンでは、黒服さん達が忙しく動き回っています。

 そして、キッチンからはほんわりと甘い、美味しそうなにおいが漂ってきています。

 何のにおいでしょうか?

 子供達も気になるのか、キッチンの方を一生懸命見ています。


「全員降りたキャロ?

 点呼をするキャロよ!

 一列に並んで番号を言うキャロー!」


 興味津々の子供達に、人参さんが可愛らしく叫びます。

 すると、子供達は楽しそうに並んで、順番に番号を言い始めました。

 普段は知らない人の言うことはあんまり聞いてくれないのですが、もうすっかり人参さんと黒服さん達はお友達なのですね。

 楽しそうで微笑ましいですわ。


「さ~て、点呼は終わったキャロね。

 次は……何だったキャロ?」


 首を傾げる人参さんの側で、大げさに転ぶ黒服さん。

 もう一人は、ため息をついてやれやれと頭をふっています。

 そうして子供達を笑わせてから、メモ帳を人参さんに差し出しました。

 その内容を熟読した後、人参さんがびしぃっと子供達を指差しました。


「悪の軍団・ワルイーゾの世界征服の第一歩として、嫌いな人参を克服してもらうキャロっ!

 嫌だと言っても、無理にでも食べてもらうキャローーっ!」


「「え~~~っ」」


「「やだやだやだ~~っ!!」」


「「意地悪言う人参さんきら~いっ」」


 子供達の一斉ブーイングに、人参さんがショックを受けたようにのけぞりました。

 そして、その後、力なくしゃがみ……こめないので、土下座風の体勢になってしまいます。

「……そ、そんなに嫌われてたなんて……。

 酷いキャロっ。

 みんなに美味しく食べて欲しいだけキャロっ。

 キャロは栄養たっぷりキャロ。

 いっぱい食べて強くて元気になって欲しいだけキャロ~~~っ」

 しくしくと泣きながらの訴えに、子供達は顔を見合わせてしまいました。


「イー……」


 黒服さん達が慰めるように人参さんの肩?を叩いてあげています。


「一口でいいから食べて欲しいキャロ……。

 みんなにおいしいって言って欲しくて頑張ったキャロ……。

 一杯、美味しい人参のお料理を考えたキャロよ……」


「イー……。イー?」


「イーッ。イッイー!」


 黒服さん達の声が「困った……。なぁどうする?」「きくなよ。俺にだってわからないって!」


とでも言い合っていそうな気配ですね。

 まぁ、人参嫌いの克服が世界征服にどうつながるのかはわかりませんが、こんなにしょんぼりしているのを見て見ぬふりをするのは落ち着きません。


「ねぇ、みんな。

 最初から嫌いって思わないで、一口だけでも挑戦してあげましょう?」


「「え~?」」


「人参さんも、みんなが食べておいしくないって言ったら無理強いはしないってお約束してくれますよね?」


「食べてくれるなら……。

 食べておいしくなかったら、もっとおいしい人参料理を考えて出直すキャロっ。

 だから、食べて欲しいキャロ」


 人参さんは、私の言葉に全身でうなずきながらそう約束してくれました。


「ね? 人参さんもそう言ってるわ。

 それに、最初は先生が食べて見せてあげるから。

 それでどうかしら?」


 まだ戸惑い気味の子供達にそう提案すると、やっとちらほらうなずく子供達が。

 ……ふぅ。これで違和感なく私が最初に食べられますね。

 悪い人達ではなさそうですが、見知らぬ人から差し出された食べ物を確認もせずに子供達に食べさせるわけにはいきませんからねっ。


「じゃあ人参さん、お料理を持ってきてくれますか?」


「わかったキャロ!

 ありがとうキャロっ。

 人参セット、一人分お願いキャロよ~」


「「「「イーッ!!!」」」」


 やっと元気を取り戻した人参さんが、キッチンに向かって叫ぶと、キッチンの黒服さんが一人、銀色のお盆を持って近付いてきました。

 お盆には、大きなお皿に小ぶりの料理が何品も盛られていました。

 そして、ガラスのコップとスープのカップも。


「ショートケーキ、モンブラン、グラッセ、グラタン、ジュースにポタージュスープ、キャロよ。

 どれも、絶対においしいキャロ!」


 一つずつ指差して説明してくれましたが、確かにどれもおいしそうで、とてもいい香りがします。

 子供達も身を乗り出してお盆をのぞき込んでいます。


「では、いただきますね」


 まずはグラッセを口に入れると……。


「なにこれ?! おいしいっ!!」


 思わず叫んでしまいました。

 人参のほのかな甘みが、バターのこくと混じり合って、特有の臭みなど微塵も感じられません。

 続いてグラタンを頬張ると、熱々のホワイトソースと絡んだ人参が絶品です。


「なんておいしいの……」


 思わずため息をついてしまいました。

 もちろん、他の料理も絶品でした。


「すごい、人参がこんなにおいしくなるなんて……」


「おいしいキャロ?!

 これなら、みんなもおいしく食べてくれるキャロね?!」


 勢い込んで訪ねてくる人参さんに自信を持ってうなずきます。


「ここまでおいしくても食べられないとしたら、それはもうアレルギーか何かで体が受け付けないとしか思えませんわ。」


「「せんせーっ。食べてみたいっ」」


 様子を見守っていた子供達が目をきらきらさせて私を見上げてきます。


「子供達にも食べてもらっていいキャロ?」


 人参さんに確認されて、もちろんとうなずきました。

 このお料理であれば、子供達の人参嫌いは確実に直るでしょう。

 ……家庭や給食でこの味を再現するのはとてつもなく大変でしょうけども。


「人参セット、あるだけ全部キャローっ。

 みんなに食べてもらうキャロよ~!」


「「「「イーッ!!!」」」」


 人参さんのかけ声と共に、たくさんのお盆がのったワゴンを押した黒服さん達が近付いてきて、子供達に配ってくれました。


「「いっただきま~すっ!」」


 元気な挨拶と共に、料理に口をつけた子供達。


「「おいし~!」」


 そして、なんとも幸せそうな声が。

 確かに、あれはとてもおいしいです。


「おかわりもいっぱいあるから好きなだけ食べるキャロ~」


 嬉しそうに弾みながら人参さんがそう言うと、歓声が上がりました。

 子供達が夢中で人参料理を食べている、というとても珍しい光景を見守っていると、私の前にも新しいお盆が差し出されました。


「イーッ!」


 どうぞ、とばかりに差し出され、つい受け取ると、黒服さんが親指を立ててくださいました。


「ありがとうございます」


 あれだけおいしい料理ですもの、私だってもっと食べたかったのでありがたくいただくことにしましょう。

 私達が夢中で料理を食べていると、人参さんが嬉しそうに笑い出しました。


「キャ~ロキャロキャロっ。

 これでまたひとつ、地球人が食べられない物が減ったキャロ!

 この調子で何でも食べる人間を増やし、最後には世界を食い物にする人間へと変えていくキャロよ!

 そうしてぼろぼろになった世界で途方に暮れている人間達を支配するキャロ~っ」


 ……そういう計画だったのですか。

 たぶん、うちの園児達が人参を食べられるようになったところで、人参が嫌いな子供達の方がはるかに多いと思います。

 それに、ぼろぼろになった世界を支配してもいい事などあまりないような気がするのは、私の考えすぎなのでしょうか?

 ……まぁ、人参さんがそれでいいのなら構わないのでしょうけど。


「うまくいくといいですね。」


「ありがとキャロ!

 これからも頑張って、色んな所で子供達の人参嫌いを直すキャロよ」


 にこにこと笑顔で決意表明をする人参さん。

 なんだか、うまくいくことを本心から祈ってしまいたくなるかわいらしさです。



「見つけたぞ! 怪人め、そこまでだっ!」


 私がつい、和んでいるところに、大きな声が響きました。

 声の主を捜して視線を巡らせると、岩場の上に色とりどりの全身タイツに装飾とブーツとグローブ、マスク、という格好の人達が現れました。

 謎の変態さん達現る、といったところでしょうか?


「何者キャロ?!」


「我らがいる限り!!」


 と、赤い変態さんがなんだかポーズを決めます。


「世界征服は許さない!」


 と、声を張り上げた白い人がまたもやポーズを決めました。


「子供達をさらう作戦はもう見切ったぞ!」


 と、青い人がやっぱり変なポーズを決めます。


「ワリュイーゾの計画は打ち砕く!」


 と、なんだか思いっきりかんだのをスルーしてポーズを……。


「……わっ、我ら、正義のもっ門番っ」


 続く黄色い人は、ちょっと震える声で、つっかえつつ言って、やっぱりポーズを決めました。

 わかります、笑うのこらえてるんですね。

 というか、あなた方、ポーズを決めながらじゃないとしゃべれないんですか?

 しかもかんでますし……。


「「○×戦隊・コマエンジャー!!」」


 出だしがそろわなかったせいか、最初が聞き取れなかった決め台詞とポーズにかぶせて大きな爆発音が響き渡りました。


「「っく、ふぇ……。……うわ~~~んっっ」」


 あらあら・・・まぁまぁ・・・爆発音に驚いたのか、子供達が泣き声をあげ始めてしまいました。

 一瞬呆然としていましたが、すぐに立ち直り、慌てて近くの子供を抱き上げてなだめます。

 周りでは、黒服さん達も一生懸命子供達をあやしてくれています。

 食べかけの料理に興味を戻そうとしたり、抱っこをしたり、背中をさすってあげたりと、思い思いに、けれど親身になってくださっているのがよくわかります。

 そして、人参さんは私達と変態さん達の間を遮るように立ちふさがってくれていました。

 まわりには、別の黒服さん達が従っています。

 ……なんて頼もしいのかしら。

 そんな私の気も知らず、岩場から飛び降りた変態さん達は、人参さんの側までやってきました。


「子供達を離せっ」


「泣いて嫌がっているじゃない、何してるのよ?!」


 自分達で泣かせておいて、なんて身勝手な言いがかりでしょう。

 その後も、好き放題なことを言いながら、人参さんや黒服さん達に殴る蹴るの酷い仕打ちです。

 変態さん達はどれだけの力を持っているでしょう。

 殴られたり蹴られたりした黒服さん達は、数メートルは吹き飛ばされ、倒れてしまいます。

 大丈夫なのかとはらはらしていると、近くで子供達をあやしてくれている黒服さんに肩を叩かれました。


「イー、イーッ!イー、イイーッ!」


 頼もしげに胸を叩いて、ある場所を指した黒服さんの声はまるで「大丈夫

、心配ないです。我々は頑丈ですよっ!」とでも言いたげです。

 確かに、指差された先では、倒された黒服さん達がこそこそっと移動してひとかたまりに集まって倒れ直していました。

 変態さん達に見つからないよう、隙を突いて素早く移動するその動きはきびきびとしていて怪我をしているようには思えません。

 ……余裕、ですね?

 見ている間に、子供達をあやしている以外の黒服さん達は行儀よく積み重なって倒れてしまいました。


「怪人め、残るはお前一人だ! 覚悟するがいいっ」


「戦闘員さん達に任せられるかと思ったキャロが甘かっただけキャロ!

 キャロはやられないキャロ!」


 可愛い声を張り上げて、とうとう人参さんが変態さん達に立ち向かうことになりました。

 これは、倒れた振りをしている黒服さん達が一斉攻撃をするための布石なのでしょうか?

 ……いえ、違うようですね。

 黒服さん達はこっそり、動き回ってキッチンの片付けをしたり、子供達に可愛い包装がされている袋を配り始めました。

 どういう事なのでしょう?

 首を傾げていると、軽く肩を叩かれ、子供達に渡しているのと同じ袋を差し出されました。


「私にですか?」


「イー。イッイー」


 小さな声でうなずくと、続けて二通の封筒が差し出されます。

 見やすくかざしてくれているそれには「園長先生へ」「引率の先生へ」と書かれていました。


「私と園長先生にですか?」


「イー」


 こくこくとうなずくと、黒服さんは封筒を袋に入れて、まるごと私の膝におきました。


「後で開けて確認すればいいのですね?」


 確かめるように尋ねると、今まで通り、ぐっと親指を立てた合図をしてくれました。

 そして、倒れている黒服さん達の山に混じってしまいます。

 ……あら? いつの間にか黒服さん達の山が、人参さんと変態さんがいる辺りと、子供達を遮る位置になっていますね。

 そして、変態さん達から見えない位置で、黒服さん達が色んなジェスチャーをして子供達を笑わせてくれています。

 本当になんて気がつく優しい方達なんでしょう。

 そんな風に思ってから、そう言えば人参さんはどうしたのかしら、と黒服さん達の山の向こうをのぞき込むと……。


「「コマキャノン、発射!!」」


 声と共に、変態さん達が群がった変な機械から、光が放たれ、それが直撃した人参さんが倒れてしまいました。


「まぁっ」


 驚いて声を上げた渡した見守る中、何とか立ち上がったものの、人参さんは再び倒れ込むと爆発してしまったのですっ。

 い、いったい何が起こったのでしょう……?!

 人、い、いえ、人参殺し?!

 あら、でも人参は人でも動物でもないから……?

 ああもう、よくわからないけど、あんなに可愛らしくて優しい人参さんに酷いことをするなんて、なんて連中なんでしょうか。

 黒服さん達がうまく隠してくれていたようで、子供達には見えていなかったようですが、もしかして、あの変態さん達は私達のことも……?!

 恐ろしい想像に体が強ばってしまいます。

 ふと気付けば、動いている黒服さんは一人もいなくなっているではありませんか。

 そんな中、近付いてくる赤い変態さん。

 体を強ばらせて凝視していると、何か言いかけたものの、赤い変態さんはだいぶ離れたところで立ち止まり、


「もう大丈夫ですから、安心してお帰りください」


 とだけ言って、しょんぼりと肩を落として引き返していきました。

 ……危害を加える気はなかった、と言うことなのでしょうか。

 少し怯えすぎたかも知れないとは思いましたが、酷い人なのには変わりませんものね。

 そのまま変態さん達はそそくさといなくなりました。

 とりあえず、園に帰らなければ、と思っていると、また動き出した黒服さん達が子供達をてきぱきとバスに乗せてくださいました。

 そして、動き出したバスを手を振って見送ってくださったのです。


 園に帰ると、バスが突然消えたことで大騒ぎになっていました。

 けれど、子供達が元気で戻ったことがわかると、すぐに日常が戻ってきたのです。

 そして、一息ついてから渡された手紙を読んでみると……。

 まずは園を騒がせたことに対する謝罪に始まり、人参さんはバイオテクノロジーと最新の科学技術を使って作られた、遠隔操作型のロボットなので壊れただけで心配はない、と書かれていました。

 声を担当していた人も、操作していた人もぴんぴんしている、と書かれているのを読んでほっと息をつきました。

 あんなに可愛らしくて優しい人参さんが死んでしまったのかと思うと、とても心が痛みましたから・・・

 そして、迷惑をかけたお詫びにと園と園児、それに私の口座に、有限会社悪威蔵名義でお金を振り込んでくださったことも。

 渡された袋には、人参入りシュークリームと、今回食べさせてもらった料理全てのレシピ――驚くほど簡単で、家庭でも充分に再現可能なのに驚かされました――が入れられていました。

 子供達の健やかな成長のために役立てて欲しい、と書き添えられたレシピを見ながら、つい微笑んでしまいます。

 こんなに素敵な悪の組織が、他にあるでしょうか?

 私はなんだか、この風変わりな人達がとても好きになってしまったようです。

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