最期のメッセージ
たった数時間前まで、彼とデートしていた。
たった数時間前まで、彼と食事していた。
たった数時間前まで、彼と笑い合っていた。
なのに、今は私1人しかいない。この薄暗い病院の廊下に。
彼が、がんになっているのを知ったのは、付き合い始めて丁度1ヶ月後だった。でも、私は彼を諦めなかった。むしろ、もっと好きになった。自分がいつ死ぬか分からないのに、常に笑顔で、病人と思わせない明るさ。だから、私は信じていた。
―――彼なら、きっと助かる。病気なんて、笑顔で消えてなくなる。
そう願っていた。なのに、彼はここに運ばれた。
何で?彼は何も悪いことはしていないのに。何でよりによって彼なの?もっと他にいるじゃない。
まだ付き合い始めてから2か月しか経ってないんだよ。お互い忙しくて、なかなかデートの時間が作れなかった。もっといろんな所行きたいよ。もっと笑い合いたいよ。彼とやりたいこといっぱいあるのに、この願いは彼に届かないまま終わっちゃうのかな。
―――好きだ。付き合ってくれ―――
そう言われたとき、すごく嬉しかった。ずっと好きだった人と、付き合うことが出来て、すごく幸せだった。辛いことがあっても、彼の優しい言葉、手のぬくもりですぐに笑顔に変わった。
―――お願い、もう1度目を覚まして。
今はそう願うしかなかった。
「上野さん」
突然名前を呼ばれ、私は顔を上げた。そこには、深刻な顔をした医者が立っていた。
「彼が、あなたを呼んでいます。最期かもしれないので、立ち会っていただけますか」
最期という言葉を聞いて、涙が溢れた。
―――まだ終わりじゃない。
私は手術室に飛び込み、酸素マスクをつけた彼にすがりついた。
「菜穂、ごめん」
か細い声で、彼はそう言った。
「死なないで」
この言葉しか頭に浮かんでこなかった。私は彼の手を握った。
「菜穂、ありがとな。これから、もっと良い人見つけるんだぞ」
さらに小さくなっていく彼の声。私は涙が止まらなかった。
「お前は、生きるんだぞ。笑顔を忘れるな」
その直後、彼の目が閉じた。そして、握られていた手に一瞬力が入り、すぐに力がなくなった。
私はこの後、どうにかなるくらいに泣いた。でも、その後、決心がついた。
彼が最期に言った“生きろ”と言う言葉。私は彼の分まで生きなければならない。何があっても、生きる心を忘れてはいけない。そして、笑顔でいることを忘れないようにする。彼のお蔭で、私は新たなスタートを切ることが出来た。
だから、天国にいる彼にこの言葉を伝える。
―――大好き。そして、ありがとう。