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すいませんめっちゃ遅くなりました
しかもバトルシーンすぐ入るって言っときながら入れてないうえにちょっとしかねえ……
時は今から約十日前まで遡る。
サバンナの雄ライオンなら軽く五〜六頭くらい入りそうな部屋のど真ん中に、畳一枚分ほどの木製の机と椅子がぽつんと置いてある。部屋に窓は無く、出入り口は一つだけ。照明は無いのに、何故か部屋の中は明るかった。
「おお、輝彦。来たかにゃ」
鈴歌はその机の椅子に座り、ちょうど対になる位置に三人目の被害者ーー幽々野天色が座っていた。
「んで、何か分かったのか?」
「まあ、順を追って話をするにゃ」
鈴歌は指を組んで、両肘をテーブルについて真剣な表情をした。普段が普段なので、残念ながらちょっとふざけてるようにも見える。
「とりあえず本題に入る前に、まずはこれまでの状況を纏めてみるにゃ。ーー七海、よろしくにゃ」
「はい。ーー"プロジェクター、オン"」
七海がそう言うと、鈴歌とちょうど対になる位置に、頭が天井まで届きそうなくらい大きな画面が現れた。科学によるものではない。魔族の使う、魔術の力だ。
「事件は三月二十八日朝八時頃、十字帝学院中等科、"第一の被害者"飯沢正也さん十四歳が校門の影で死んでいるのを、通行人が見つけたところから始まりました。遺体は脇腹から胸部までが抉られており、傷は心臓にまで達していました。その二十日後、四月十七日。今度は同じ学校の高等科三年、佐原一磨さん十八歳が職員室前の廊下で吊るされて死んでいるのを、午前六時頃、教員が見つけて通報しました。頭部と胸部にはバットを二つに折ったものがそれぞれ刺さっていました。ーーそして、今からちょうど一週間前。学院高等科校舎裏の森の中で、同じく高等科三年、幽々野天色さん十八歳が半身を失った状態で死んでいるのを同級生が見つけました。早期発見だった為、運よく残留魔力を検出する事ができ、さらに現場には十字帝学院の男子制服のものと見られるボタンが落ちていました。このボタンからも残留魔力が検出され、現場のものと一致しました。以上です」
「ありがとにゃ、七海。ーー前の二件で共通している事は、二人が二人とも殺される直前の事は覚えているものの、"何故そんな場所にいたのかを覚えておらず、前後の記憶が曖昧な事"。犯人の顔を見ていない事。そして三件全ての共通点は、"被害者は全員変身状態で殺された"。"現場が何かで削り取ったようにそこら中が荒らされていた"事にゃ。ーーちなみに、これらの現場の状態は、"六年前のアリスちゃんが殺された時の現場の状態と酷似しているにゃ"」
鈴歌は席を立ち、ゆっくりと歩く。
「さて、まずここで一つ、問題が出てくるにゃ。一人目と二人目が発見されたのはそろって朝。そして三人目が殺されたのは深夜。ということは三人が三人とも、深夜に自宅あるいは寮を抜け出した事になるにゃ。何故そんなことを?ーー"桃園"ちゃん。君が殺されたあの日の事、できる限りでいいから話してくれないかにゃ?」
"桃園"とは、幽々野天色の新しい名前である。
「……どうしても話さないと駄目ですの?」
「だって、話してくれないと捜査が進まないにゃ」
「……分かりましたわ」
桃園は少し言いにくそうに話しだした。
「わたくしはあの日、学校で広まっていたある噂を調べていたのですわ」
「噂?」
「俗に言う七不思議、というものですわ。聞いたこと、ありますでしょう? 最近、十字帝学院の生徒の間で広まっているんですの」
一: 職員室前廊下の吊るされた男。
二: 教会の血塗られた鏡。
三:肖像画の声。
四: 開かずのロッカーの赤い目。
五: ラジオの奇怪音。
六: 何処にも無い第二の図書室。
七: 謎のエレベーター。
「……!! おい、"吊るされた男"って」
「二人が死体で発見される前日、その二人は友人達に、"七不思議を調べに夜中の学校に忍び込む"と言っていたらしいのです。一つ目の詳細は、ーー〈午前二時から三時の間に職員室前廊下を通る時、けして振り向いてはいけない。たとえ後ろから親しい人の声が聞こえても、けして振り向いてはいけない。それは"吊るされた男"の罠だ。もし振り向いてしまったら最後、吊るされた男の代わりにされる〉。ーー実際に学校に入った飯沢正也がそれとよく似た状態で発見され、七不思議はより信憑性を持って広まりました。結果、それが生徒の好奇心をくすぐったのでしょう。二人目、佐原一磨が夜中の学校に入り、七不思議と同じように死にましたわ」
「なんでそんなものを、桃園ちゃんが調べていたのかにゃ?」
「けして好奇心からではないですわ。……案の定、噂が噂を呼び、学校はパニックになりました。生徒会長のわたくしには、それを収める必要があったのですわ。それに、自分が死ぬまで、そういうオカルト的なものは信じていませんでしたからーー」
「七不思議が作り話で、これはたんなる偶然に過ぎないということを証明してやろうと思ったのかにゃ?」
で、殺された。と。
「……ええ」
鈴歌と俺は顔を見合わせた。
「どういう事だ?」
「ーー七不思議とか都市伝説とかを模倣して悪事を働くのは、イカれた魔族の常套手段にゃ。だけどこれは……」
鈴歌は猫耳をさわさわと触りながら、椅子にどっかりと座った。
「飯沢正也と桃園ちゃんの関わったであろう七不思議を教えてくれないかにゃ?」
「ーー飯沢の死体の状態からすると、おそらく、六番目の"何処にも無い第二の図書室"だと思いますわ」
何処にも無い第二の図書室。
ーー十字帝学院には、実は図書室が二つあって、何故かマップに表記されていない。その中がどうなっているのかは分からない。何故なら、そこから出てきたものは全員、心臓を食われた死体となって、校門に捨てられるのだから……。
「そしてわたくしは、五番目の"ラジオの奇怪音"を調べていました。〈十字帝学院高等科、校舎裏の森の中を、ラジオアプリで周波数を44.4に合わせて歩いていると、謎の奇怪音が聞けるポイントに当たる事がある。その音を聞いたものは死ぬ〉ーーという、至ってシンプルなものなのですが……」
「実際にその音は聞いたのかにゃ?」
「いえーー分かりませんわ。どうもその辺りが曖昧なんですの」
「……」
鈴歌はその後数十秒、瞬きもせずに虚空を睨み続けた。そして糸が切れたように、「うにゃ〜〜っ!! うにゃあ!!」といきなり唸って机に突っ伏した。
「分からないにゃ。不自然にゃ。普通だったらこのまま、犯人は七不思議を模倣して三人を殺害したイカレ野郎で決定にゃ。だけど、現場に落ちてた制服ボタンからは残留魔力が検出されたにゃ。それを考えると、犯人が部外者だという可能性は限りなく低くなる。ーーフェイクでは絶対に無いにゃ。殺害現場に自分の指紋や髪の毛を残すようなもんにゃ。ーーしかし、死んで魔族となった人間は、生前の姿を失うにゃ。生前と変わらず、人間社会に復帰できるのは魔人だけにゃ」
「てことは先輩、自分が死んだ事にも気づいてない、力を手にして浮かれて悪さしてる"魔人"が犯人ってことすか?」
「それも考えたにゃ。確率は凄く低くなるけど、そっちの方があり得るはなしにゃ。ーーそう考えたけど、そんな魔族の事も魔力の事もよく知らないでただ暴れてるようなヤツが、三人殺すまで尻尾を出さないのは変にゃ。それにーーなにより、アリスちゃんの件が一番不可解にゃ」
「……確かに」
そして俺達はそろってため息をついた。一人だけ、状況をよく飲み込めてない桃園が居心地悪そうに背を丸める。
「……よし!!」
鈴歌は机に飛び乗った。桃園の上半身が弓を打ったようになる。
「みんな! 聞いてくれにゃ! 私達チームはこれより、十字帝学院への潜入捜査を行うにゃ!」
「潜入……」
「捜査、ですか?」
「これはまた、思い切った事をするな。先輩」
「手筈は私が整えるにゃ!みんなはとりあえずその間、私の指示があるまで待機していてくれにゃ! 解散!」
そしてみんなは部屋を出て行く。
俺も出ようとした時、鈴歌は言った。
「何か、嫌な予感がするのにゃ」
「嫌な予感?」
「んにゃ。何か分からないものが背後まで迫っている感覚にゃ。まるで、災害のような何かが」
ーー今まで数百年鈴歌と一緒にいるが、こんな怯えた鈴歌を見るのは初めてだ。
いつも軽く、飄々としている。なおかつ全くいやらしくない、太陽のように明るく笑う鈴歌が、俺の前で初めて、眉間にシワを寄せた。
「輝彦。気をつけてにゃ。この事件は、言葉では表せないような何かがーーあるにゃ」
「……ああ。分かってるよ」
俺は鈴歌の頭を撫でた。
「あのー……わたくしは……」
「あ!? ああ、ごめん!桃園ちゃんはこの後いろいろ手続きがあるから、私と一緒にきてくれないかにゃ?」
「……分かりましたわ。それで……その……、一つ、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「なにかにゃ?」
「わ、わたくしを、みなさんの仲間に入れてもらえないでしょうか!?」
鈴歌の動きがピタリと固まる。そして一呼吸する程度の時間が経って、鈴歌は桃園に背を向けた。
「どうして、そう思ったのかにゃ?」
「許せませんわ。わたくしの学校を好き勝手荒らされてーー。自分の手で捕まえてやらなきゃ、気が済みません!それに、わたくし、知りたいんですの。どうして自分は殺されなくちゃならなかったのか。ーー分かってますわ。三人も殺すような犯人です。そう大した理由なんて無いのは分かります。ですがそれでも!わたくしは自分の手で、犯人を捕まえたいんです!」
「……死ぬかもしれないにゃ。君は既に一度死に、魔族になっているにゃ。この意味、わかるにゃ? ーー君は言うなれば被害者にゃ。本来なら、君はそんな危険を犯す必要は無い。それでもいいのかにゃ?」
「覚悟は、できてますわ」
鈴歌はその言葉を聞いて、ニッと笑った。
「なら大丈夫にゃ!これで桃園ちゃんは私達の仲間にゃ!」
桃園はホッとした表情で胸を撫で下ろす。
「おいおい、いいのかよそんな軽く決めちゃって」
「輝彦も分かってると思うけど、桃園ちゃんは強い。魔力の量が凄まじいにゃ。十字帝学院にも詳しいし、そしてなによりーー覚悟があるにゃ」
「……はあ、分かったよ」
というわけで、今に至る。
そして俺は今日、生まれて初めて(死んで初めてとも言える)学校の授業を経験した。今の時代の子供達は男女平等に、こんな恵まれた環境で勉学に励むことが出来るのか。四百年前では考えられないことだ。
「それなのにお前は何をやってんだ? 授業中に隠れてゲームばっかやりやがって」
「べつにいいやーん」
天パで真っ白で小学生並の体格、子羊のような風貌の少女ーーアリスは、見た目通りの子供口調で素っ気なくそう言った。
彼女の紹介をさせてもらおう。
アリス。15歳。
日本人とイギリス人のハーフ。瞳の色はエメラルドグリーン。背丈が低く、癖の強い白髪に加え白い肌という、子羊のような風貌の少女。
気分屋で好奇心旺盛。テンションの上がり下りが激しい。
ちょっとだけ人見知り。
怠け者で、めんどくさがりや。
古い物とイケメンが大好き。めんくい。
アリスというのはこいつのミドルネームである。フルネームを知らないわけではないが、こいつは姓や下の名で呼ばれるのを極端に嫌う。
男みたいな名前だから嫌なんだと。
普段男みたいな格好しかしないくせになに言ってんだ。
ーーだから、みんなはこいつのことを"アリス"と呼ぶ。外人のような風貌にマッチしてるから、結果それは良いのだろう。
そんなアリスは何を隠そう、吸血鬼なのだ。
事情があって今まで魔力を封じられていたせいで、まだ完全体とは言えないが。ーーそれも、ついこの間その封印を解除したばかりなので、まだ魔力が身体に馴染んでないのだ。
魔力を使うどころか、魔力を感じることすら出来ない。
二週間経ったし、もうそろそろ何か変化があってもいいと思うんだけど……、まあ鈴歌の言うように気長に待つしかないだろうな。
「行儀が悪いですわよ、アリス。あ、ほら、口が汚れてますわ。ちゃんと拭きなさい」
「んぐふっ……ちょ……、あんたはオカンか!」
そんなアリスに母親のようなことを言って、今俺が思ったことをそのまま突っ込まれる桃園。
【ヴァニラ中心街】。そのメインストリートにあるレストランに今俺達はいる。この街はイタリア南部に実在する城塞都市をモデルにした街らしく、出された料理もそれに合わせたものだった。
ここは日本だぞ!
……と思いながら、俺はマルゲリータピザを食べる。
「んで、鈴歌はまだこないのか?」
画面の向こう側の源に俺は言った。百年前でいう、テレビ電話のような機能が、この時代ではデバイスさえ持っていればいつでもどこでも使えるのだ。
[ああ、それなんだが……今日は来れないそうだ]
「はあ?」
[なんかどーしても外せない用事ができたって、いきなり部屋を飛び出してったんだ。メール、来なかったのか?]
ピロりん、とデフォルトのメール着信音がして、源の顔の横に小さく"メール着信"と表示された。それをタッチするとメイン画面に若干重なるように本文が展開される。
「……今来た」
俺はため息をつく。
「こっちの用事はどうなんだよ」
[んなこと言われてもさあ。ーー今に始まった事じゃないだろ?]
「……まあ、そうだけど」
「とにかく、"フィールドは整えた"からさ。業後は基本別行動だ。俺と七海とミツは情報収集。そっちはそっちでうまくやってくれ」
「ああ。分かってるよ」
そして俺は適当なところで会話を切り上げ、通話終了の文字をタッチした。
「ふふ。覚悟していなさい、犯人! 必ず捕まえて、この私を殺したことを後悔させてあげますわ!」
桃園は不敵に笑って意気揚々と言うが、その際に口から微量の火炎が漏れて「はっ! あぶないあぶない」と慌てて掻き消した。
ここのレストランは喫茶店みたいに静かにくつろぐタイプではなく、(未成年が集まる場所としては例えが悪いが)居酒屋のように騒げる使用になっている。
大きなパラソルの下からメインストリートを見下ろした。というのも、メインストリートは傾斜が激しく、段差の上に立っているこのレストランから見ると、どうしても見下ろす形になってしまうのだ。
メインストリートを歩く人々は殆どが変身状態にあった。制服や私服の人も見られるが、やはり大多数を占めているのは鎧を着ていたり、法衣を着ていたり、未来的な武器を装備している者達だった。それはこのレストランも同様である。
まさにゲームの、アニメの、漫画の世界。遊園地のような、人間達の空想を具現化したような街だ。……早く慣れないといけないのは分かってるが、これが全て人間によるものだと思うと、どうしても違和感を感じてしまう。
「お前らは変身しないのか?」
「やだよ。充電がもったいない」
「用も無いのに変身するのは、雑魚のすることですわ」
偉そうなこと言いやがってーーとは思わない。何故ならこの二人は、始めて二週間の駆け出しの俺なんかとは比べ物にならない程の実力者であるからだ。
アバターにはランクがある。E〜Sまでの六段階。Sランクが世界トップレベルの実力であることの証明であり、逆にEランクのアバターなんて作ってしまった日にはーー病人扱いされて病院に連れて行かれる。
俺は最初、病気一歩手前の物を作ってしまっていたらしい……。Dランクはまだ笑い事ですむらしいが。Eランクというのは、たとえふざけて作ったとしても取らないランクだという。
一般的なレベルはC〜B。Aが秀才で、Sが天才。俺は今、何回も作り直したおかげでBランクまで上げることが出来た。
しかしこの二人はAランクなのだ。
そして鈴歌もである。
BランクとAランクには決定的な差がある。それこそ、戦いのテクニックや実力では埋めれないような差だ。
これは、以前アリスと桃園にアバターの起動方法を教わった時に2人と手合わせしたからよく分かる。真剣を持った相手に素手で挑むようなものだった。
「あ、修と夏美ちゃんだ」
「!!」
「あちっ!」
アリスがそう言った瞬間、桃園がバッと振り向いた。反動で口から火が漏れる。
気をつけろよ! 誰かに見られたらどうすんだよ!
アリスの視線の先には、メインストリートを制服で歩くポニーテールの女子と、紫がかった髪の男子。ポニーテールの女子のことはよく知っている。上原夏美。第三の被害者、幽々野天色の死体の第一発見者。当然向こうは、自分がこんな風に調べられているなんて思ってもないだろうが。
「夏美ちゃん! 修!」
アリスが身を乗り出して手を降ると、それに気づいた二人も手を振り返す。そして二人は小走りでこっちへと向かってきた。階段があるので、わざわざ入り口から入らなくても大丈夫なのだ。
「アリス! ーー後ろの二人は、桃園さんと院乃内君?」
「アリス。もう仲良くなったのか?」
「うん。まあそんなところ」
アリスがそう言うと、夏美と一緒に歩いていた男ーー澤村修、といったか?ーーが俺を見て笑顔になる。
「アリスの友達は俺の友達だ。俺は澤村修。改めてよろしくなーー院乃内」
澤村は俺に握手を求めてきた。
「おう、よろしく」
結構フレンドリーだ。良いやつそうだ。
「私は上原夏美。よろしくね。ーーえっと、」
上原の目線はアリスに向いたところで固まった。つられて俺も見ると、桃園がちっちゃいアリスよりも更に小さくなって、アリスの背中に隠れていた。当然それは比喩であって、身体の大部分は丸見えである。
「え、えっと……はは」
「ちょ、桃園さん! 肩が重い!」
「私……、嫌われちゃった?」
「いや、この人すっげー人見知りなもんで……。ほら、桃園さん。夏美ちゃん困ってるよ?」
観念したのか、桃園はアリスの背中からもじもじとしながら出てきて、
「わ、わたくしは! 桃園花凛、ですわ! よ、よろしくですわ!」
と言った。
「……ぷっ! あはははは!」
「!?」
「桃園さんって、面白いね! よろしく! 桃園さん!」
上原は涙を拭いて、黄金色に輝く笑顔でそう言った。強張っていた桃園の表情も自然とほぐれていく。
そこで、またメールの着信音が鳴った。鈴歌からだった。
ーーーーー
差出人:丹波鈴歌
ーーーーー
宛先:院乃内輝彦
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悪いけど今日は帰れそうにないにゃ
(´・ω・`)
もしかしたら三日くらい帰れないかもにゃ
"あの場所"の探索はまた今度にゃ
(´・ω∩`*)
ごめんにゃ
(´;ω;`)
ーーーーー
三日って……、何処で何をしてんだよ。あいつ。
そう思い追求しようと思ったがーーやめた。いつもの事だ。以前は一ヶ月も姿を見せなかったこともあるくらいだし、そう深く追求することでもないだろう。
「えー!? 桃園さんって、Aランクなのー!?」
「ま、まあ。……と、当然ですわ! なんて言ったって、わたくしですもの!」
桃園は少し照れながら胸を張った。さっきまでの姿は何処にも無い。
「すっげえな……。これでクラスにAランクが三人、か」
澤村は言った。 ……ん? アリスと桃園。もう一人いるのか?
「ああ、言ってなかったな。夏美もAランクのアバターを持ってるんだ。しかも、生徒会のメンバーだ」
生徒会。
ーー当然、それも調べはついている。上原夏美は生徒会のメンバーで、生前の幽々野天色の親友だった。さっきのやりとりは、今の複雑な二人の関係が、分かりやすく浮き彫りになった瞬間だった。これからも、上原は桃園が幽々野天色だなんて、考えもしないだろう。それを知っているのは俺達チーム、アリス、そして桃園本人だけだ。
「そういや、どうなったかな。"朝永学園"と"上柚木学園"の"領土戦"」
「あれって三時からだろ? まだ始まったばかりだよ」
「あれ? 今日って領土戦だっけ?」
「アリス、お前忘れてたのかよ……。前から話題になってたろ?」
俺はその領土戦という言葉を聞いて、以前アリス、桃園と交わした会話を思い出した。
『ーーいい? 輝彦。博士風に言うとーー今この世界では一年の間に何回か大きな"イベント"があって、その内の一つに【学徒杯】ってのがあるのよ』
『学徒杯って?』
『そっちの例大祭もあるけど……。まあ簡単に言えば【全国学校日本一決定戦】ね』
なるほど。分かりやすい
『二月一日から三十一日までの一ヶ月間、学年が変わる前に開催される学徒杯。それに出場できる"選抜校"を決めるのが、さっき言ってた【領土戦】。県の中の相手校ーー"敵国"を倒し、全て"自国"の領土に出来れば、学徒杯に出場出来る県の"選抜校"に選ばれることができるのよ。あと出れるのは高等科だけね』
『ちょっと待ってくれ。いきなり話がぶっ飛びすぎてて全然理解出来ない』
『はあ? そんなこと言われてもさあ。アタシ達にとってはこれが普通だからーーとにかく、まあそういうこと』
『また話を途中で切る……』
……しかし、なんかすっげえスケールのでかい話だということは分かった。
『仕方ないですわ。室町時代からタイムスリップしてきた人に"これは車だ"とかいろいろ口で説明するにも限界がありますもの』
むう。なんか嫌な例えだが、確かにその通りだ。
ーーとまあ、どうやら思っていたより、百年前とでは人間の価値観は大分違っているらしい。もう以前の世界の知識は殆ど役にたたないと思った方がいいだろう。
以前の世界の常識が通じないとなれば、以前の世界の住人であった俺が聞いただけで理解出来るはずがない。分からない事は身体で覚えろ、ということか。
そしてその生徒会というのはその"領土戦"というものの全権を、学校から任されているらしい。ということはこの上原夏美という女子、こう見えて学校の中でもそれなりの権力者なのだろう。
生前の桃園は、一体どれほどの権力を持っていたのだろうか。
〈速報! 速報!〉
そんな事を考えていた時、けたたましい機会音と共に、俺と桃園の目の前に画面が表示された。レストラン厨房横にも同じ画面が大きく表示される。
[どうも、みなさん!十字帝通信です! ]
画面には十字帝学院の制服を着た、レポーター役らしき女の子が映っていた。
彼女がいる場所は何処だろうか? 少なくとも、この十字帝学院にも負けない規模の建築物の前だというのは分かる。そして、彼女の後ろには、カメラを向けられて同じようにマイクを持って立っている人達が複数人いた。
[えー。今日の午後三時から開始されていた【朝永学園】対【上柚木学園】の"領土戦"ですが、たった今、たった今です! 朝永学園が上柚木学園を占拠し、勝利しました!]
「は……、え、ちょ、うそ。早過ぎない?」
「どういうことですの……?」
レストラン内は、水を打ったように静まり返っていた。誰もが料理を口に運ぶ手を止め、厨房のコック、ウェイトレス達も画面に目を奪われて固まっている。
[僅か一時間足らずでの決着となりました。圧倒的!圧倒的です! 今回の勝利で、朝永学園は三連勝となりーーうわ! ちょ、ちょっとあんた、なにすんーー]
[おだまり!! この下僕民!! さっさとそのカメラをよこしなさーい!!]
キーンと不快なハウリングが響き、皆一様に顔をしかめた。
[美羽。ちゃんと映ってるかしら?]
[バッチリです。お嬢様。サイコーです]
二人組の女の声が聞こえる。片方の姿は見えないが、カメラはもう片方の姿をしっかりと捉えていた。
[こんにちは! 十字帝学院の庶民の皆様]
白いブラウスにベスト、赤いチェックのミニスカート。カールのかかったロングの金髪。
その口調は桃園花凛のものに似たところがあるが、かなり刺々しく、似て非なるものだった。
[私は百合原有梨。皆様もご存知の通り、朝永学園の生徒会長を務めていますわ]
百合原と名乗ったその女は挑発的に腕を組む。
[さあ、この場を借りて言わせてもらいましょう! "わたくし、朝永学園生徒会長百合原有梨は、貴方達十字帝学院に【宣戦布告】をします!]
「!!」
「おい、マジかよ……」
「なっーー」
「……」
百合原がその言葉を口にした瞬間、レストラン内が音を取り戻していく。ざわざわと、不安を煽るような音だ。
[日時は来週の月曜日、今日と同じ午後三時から! わたくし達は既に三連勝。貴方達の勝ち目はゼロにーーって、あいたたた!! ちょっと貴方何なの!? 離しなさい! この下僕民‼]
[カメラをかえせー!!]
[と、とにかく!! 来週の領土戦を楽しみにしていますわ。せいぜい覚悟していなーーきゃあ!!」
そして画面がブラックアウトしてーー
レストラン内のざわめきは最高潮に達した。
夏美ちゃんから聞いた話だけど、かつて【王嬢三銃士】と呼ばれる、三人のお嬢様がいた。
菊川零果、百合原有梨、そして死んだ幽々野天色。彼女らはAランクアバター保持者であり、各々の通う学校の生徒会長であった。中でも、幽々野天色は【生ける伝説】という異名がつくほど他より秀でていた。彼女はそれまで無名だったこの十字帝学院を【例大祭】出場を狙えるまでの強豪校にのし上げ、そして実際にそれを果たしたカリスマである。
幽々野天色はその十字帝学院理事長の娘だった。テストでは常に学年一位。Aランクのアバターと"レギオン"の資格を持つ生徒会長。高飛車な人だが同時に人格者で正義感が強く、全校生徒から慕われていたという。
そんな【生ける伝説】が死んだのだ。不謹慎だとしても、それを好機として他の学校が攻めてくるのは必然であり、誰もが予想していた事だろう。
「ん……朝」
あの衝撃的な宣戦布告から一夜明けた朝は、色々と騒々しかった昨日の余韻を微かに引きずって不思議な感覚だった。
「おーい、朝だぞー……って、起きてたのか」
「……なに勝手に入ってきてんのよ」
「朝起こしにこいってお前言ってたろうが……。朝飯、作ったから。早くおりてこいよ」
「……うーい」
返事をして十秒経ってからのそのそとベッドから起き、ん〜っと背伸びをする。右手で掴んでいるのは、サラサラと手触りの良い、分厚いストッキングのような材質。肩から指先まですっぽりと左腕を覆う黒のサポーター。
パジャマの袖を捲り上げ、スルスルとそれを取っていく。
そこに現れたのはごく普通の左腕ーーではない。金属と強化プラスチックで精密に作られた、白色の義手。これが左腕の正体だ。
防水性で、モーターの音が完全に漏れない仕組みになっている。部品にCGは一切使われていないにも関わらず、動きは生身のそれと殆ど同じだ。
しかし感覚は一切無い。
輝彦やみんなは、"アリスは左腕に何か消せない大きな傷跡を抱えているから、こうやって隠しているのだ"と思っているはずだ。実際は傷跡すら無い。この義手の作り主である博士に頼んで、そういう筋書きにしてもらったのだ。
既に人間ではないらしいアタシが今更そんな事を気にするのもおかしい話だがーー嫌なものは嫌なのだ。仕方がない。
人間でない事がバレるより、左腕の事がバレるほうがもっと嫌だ。
まあ何故そんな風に考えるのかまでは言わない。この事は墓場まで持っていくつもりだ。
「あ、そっか。アタシ、もう墓いらないや。……はあ」
何言ってんだ、アタシ。自分で口に出して嫌になるわ。
桃園さんも、死んでしまったことで色々悩んでる。だけど迷って色々悩みながらも、被害者であるにも関わらず犯人を捕まえる為に、死んだことで得たその力を使ってみんなと一緒に戦う事を選んだ。ーーだけどアタシはそこまで出来ていないし、桃園さんは凄いのだ。アタシは凄くない。正直アタシは今、一杯一杯なのだ。
力。ーーそう、力。アタシは今、力が欲しい。この中途半端なモヤモヤも吹き飛んで無くなるくらいのどでかいチカラが。
「ふぅぅぅ〜……、いやぁっ!」
アタシは拳を前に突き出した。しかし、空気を軽く切る音すら聞こえず、特に何も変化は無い。
「……んんんー! わかんない、わかんないよ〜!」
「なにしてんだー? はやく飯食わねーと遅刻すっぞー?」
「……はあ。あいあい、わかってるから」
……ま、今は深く考えるのはやめよう。今日は領土戦に向けての模擬戦だ。頑張れることは頑張らないと。
「よし、やるか」
そして気合を入れ、サポーターを義手に着けて部屋を出ようとした時だった。
「……ん?」
変だな。今一瞬、鏡にアタシが写った気がしたけど。
「……気のせいか」
そして特に気にすることもなく階段を降りて、リビングへと向かう。
テーブルに並べられているのはベーコンエッグにトーストとバター。
「……アタシ、こんなに朝食べれないんだけど」
「わがまま言うな。ちゃんと食べないと、大きくなれないぞ?」
「バカにしてんの?」
「まさか。ーーおっと、忘れてた」
輝彦は冷蔵庫からトマトジュースを取り出し、コップに注いだ。
「ちゃんと飲めよー」
……アタシは、毎朝起きたら必ずトマトジュースを一杯飲むよう博士に言われている。封印を解いた魔力が身体に定着するのを促進してくれる他、それを飲むという行為が、吸血鬼の特性である吸血行動の代わりになるとかなんとか。
まあ、よくわかんないけどさ。アタシがトマトジュース苦手という事は変わらないんだよね。
「……せめて半分にしてくれない?」
「だーめーだ。早く魔力が使えるようになりたいんだろ? そんなんじゃあ、いつまで経っても中途半端なままだぞ? ほら、いっきいっき」
ちくしょう、いつか殺す。
アタシは鼻を摘まんでそのグロテスクな赤い液体を喉に流し込んだ。
「んで、なんか身体に変化はあったか?」
「全然」
「……そうか」
「……」
「ま、あんまり深く考えるなよ」
「うるさいな。分かってるよ」
分かってるけどさー……。アタシって結構ひねくれた性格だからさ。考えるなとか言われると余計考えちゃうんだよね。
さっきの決意は何処へやら。
「ふう。ごちそうさまでした」
アタシは食器を持って台所へ行き、そこで何と無く言った。
「今日の練習試合、アンタ頑張りなさいよ。初心者っていっても、一応Bランクはあるんだし」
「俺をなめるなよ? 今までどれだけの戦をくぐり抜けてきたと思ってる?」
「つかアンタってさ、侍ってイメージじゃないのよね」
「む。じゃあどんなイメージなんだよ」
「なんか、歌に合わせてダンスしてそうなイメージ」
「どんなイメージだよ!」
「はいはい、お話は終わり。早く準備しないと、練習試合に遅れちゃうわ」
そしてパタパタと洗面台へと小走りするアタシ。
その顔が少し笑みを含んでいたことには、鏡に写らないアタシは気づかなかった。
俺は姿勢を低くして地面を蹴った。土がめくれ上がり、草と土埃がリアルに舞い散る。
その先にいるのはーー純白のドレスを身に纏い、種種雑多な花弁の奔流を従えた少女。右手に白金の長剣を持ち、左腕は黒のサポーターで覆われている。そして、白と黒の、サングラスともゴーグルともとれるもの(以下サングラス)を掛けている。
俺は花の奔流を左右に動いて避け、十分な距離まで近づいたとこでアリスに飛び掛かった。俺の身につけている機械鎧は重さというものを全く感じさせず、空気を着ているに等しかった。
しかし、その攻撃はアリスの長剣にあえなく弾き返されてしまう。アリスはその勢いに任せ、長剣を振るった。
「うおっ!」
俺はそれをすんでのところで躱した。しかし顎をかすっていたのか、視界の左下辺りに表示されているLIFEゲージが少し減った。
「ほらほら、どうしたの? さっさとかかってきなさいよ」
アリスは長剣をくるくると回して俺を挑発する。
くそっ……! 集中だ……。集中しろ。集中するんだ!
俺は刀の柄にある引き金を弾いた。そして自分の頭の中にある漠然としないイメージを形にすべく、集中する。刀身が光を帯び、雷電が空気中を走る。
「こないならーーこっちからいくよ!」
花弁がアリスの背中に集束していく。そしてそれはジェットのように噴出し、まさに戦闘機さながらの推進力でアリスが目前に迫る。
俺はその一撃を刀で受け止めた。身体が数メートルほど押され、LIFEゲージが三センチほど減ったが、なんとか耐えることができた。ーーそして刀と長剣での攻撃ラッシュが始まる。
アリスの動きは、正直言って素人そのものだ。だが、それを補って有り余るパワーとスピード。こっちが攻撃するヒマを全く与えてくれない。
このままではやられる。早く反撃しないと……。
その時、偶然当たりどころが良かったのか、アリスの長剣が耳をつんざく音を立てて弾かれ、大きく仰け反った。腹部がノーガード、ガラ空きになる。
チャンス! このまま攻撃を……。
こ、攻撃……。こう……。
「くっ!」
アリスのドレスのスカートが、怪しく揺れた。激しい運動で生じる風によるものではない。中で何か得体の知れないものが蠢いている。
次の瞬間、俺の腹に衝撃が走った。一寸遅れて見る。ーーアリスのスカートから飛び出した、影が無く、一切の膨らみを感じさせない真っ白な翼が、俺の腹部を貫いていたのだ。LIFEゲージはいつの間にか空っぽになっていた。
〈K.O! You Lose!〉
「勝負あり、ですわ」
「……また負けた」
刀の光が消え、変身が解ける。
「ちょっと、輝彦!」
アリスが顔をずいっと近づけ、言った。
「アンタ、どうしてあそこで攻撃を止めたの?」
「……だってよ」
たとえ絶対にケガしないという事が分かっていても、女を切るという行為にはどうしても背徳間があったのだ。
「きっも。カッコつけてんじゃないわよ」
「まあまあ。でも、素晴らしいですわ、輝彦様。Aランクのアバターとここまで張り合うなんて。普通考えられませんわ」
「そ、そうなのか?」
「ふん! 調子に乗るんじゃないわよ!」
アリスはそっぽを向いて、画面を開いた。
「さて、ウォーミングアップはおしまい。もうそろそろ時間だから、戻るわよ」
「輝彦様。これを」
桃園は何処からか取り出した、水色の液体の入った小瓶を開け、中身を俺に振りまいた。液体は俺の身体にかかる前に霧散し、消えて無くなった。LIFEゲージが一気に戻り、MAXの緑色表記になる。
「ありがとな、桃園。ーーところで、今日のその、練習試合というのは、何処とやるんだ?」
「はあ!? 知らないの!? それぐらい知っときなさいよ!」
「アリスにだけは言われたくない」
「うぐっ……」
「ーー今日の相手は、県の中でもトップクラスに位置する強豪校、【檜扇学園】。そしてその軍勢を率いるリーダーはーー【王嬢三銃士】の一人、菊川零果、ですわ」
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