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ALICE IN NEXT WORLD  作者: Wins
間章
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間章

夜の街に、一人の男の怒号が響いた。しかしその声を辿ると、その声はなんと人の形をした、黄色の巨大な金属体から発せられているのが分かる。十数メートルもあるそれは、後ろを追いかけてくる女に汚い言葉を浴びせながら、海沿いの繁華街を疾走する。


「くそがっ‼ しっつけぇなあ‼ 追ってくんなや、このクソアマがっ‼」


「貴方、小学生ですか? 悔しかったらもっといろんな言葉を使って、このわたくしを罵倒してみなさいな」


吠える金属体に向かって子どもを諭すような声色で言い放ち、身体のいたるところに、鋼鉄製の防具をつけたこの女は、幽々野天色ゆゆのてんじきという。振り切ろうとする金属体の攻撃を、幽々野は特に気にすることない様子で避ける。街を歩く人々の悲鳴が聞こえるが、人々の顔にはどこか、スポーツでも観戦しているときのような熱狂的な表情があった。


金属体の背中から噴き出される炎の翼が連続でまたたいた。上空へ舞い上がり、幽々野を見下ろす形となった金属体の持つ銃からレーザー弾が連写された。


幽々野は剣を抜きながら、自分の身体が紅い炎に包まれていく姿を想像する。そしてそれは頭の中で思い描いたとおりに実現し、幽々野にさらなる力を与える。剣を振るスピードは平常時と比べて段違いに上がり、軽々とすべてのレーザー弾を弾き飛ばした。


想像力。ーーいつの時代でも求められてきたものだが、これほど分かりやすく体現的にそれを表した時代は他に無いだろう。


「ちっ!! なら、これならどうだ!!」


金属体の両肩、胸部のプレートが開き、ミサイルの弾幕がまかれた。それは弧を描いて幽々野に集結し、爆散した。金属体は勝利を確信した。彼にとってこの場合、勝利とは彼女の追跡から無事に逃げ切ることだった。だからミサイルが幽々野に命中したことを確認して、後ろを向いた。その瞬間を幽々野は見逃さなかった。彼女の振るった剣の軌跡が炎と黒煙を切り開いた。


「な、なにいいぃぃぃ!!?」


金属体は振り向いて迎撃にあたろうとしたが、間に合わなかった。幽々野の剣は彼のボディーを深々と貫き、貫通した。金属体が道路に墜ちて、大きな音を立てた。


「ちっくしょう!」


金属体にノイズが走り、消えていく。後に残ったのは金髪を逆立てた、一人の男だった。


「手に余るようなら、大型のアバターはやめたほうがいいですわ。標準型なら、あと五秒くらいは生き残れたかもしれませんわね」


「……クソッタレ!!」


そう吐き捨てた男はそれ以上抵抗しようとしなかった。男の身柄を拘束したところで、魔女の衣装に身を包み箒にまたがったポニーテールの女子が、空から降りてくる。


「ザコの掃討は終わったよ。先輩も終わったみたいだね」


「お疲れ様です、夏美」


大きな歓声が上がった。それは確かな熱を持って、彼女達を一気に包み込んだ。二人は臆すること無く、それに答えた。


男の身柄を、後から来た警察に引き渡し、彼女達は迎えの車に乗ってその場を立ち去った。その車の中で、夏美がこんなことを言った。


「そういえば先輩、今日のニュース見ました? 【ヴェルファイア】が解散したみたいです」


【ヴェルファイア】ーーアメリカの有名な暴走族だ。遠く離れたここ日本でも、その名を知っている者は多いだろう。


彼らは徒党を組まない暴走族だった。メンバーは常に五人。三年前のちょうど今くらいの時期に大空を飛び回り、その異例の少なさを全く感じさせない強さで世間を騒がせた。彼らは自分達のような【レギオン】に追われていたが、かと言って、先の暴走族とは違い、目立った悪事と言える事は何一つしていない。彼らは街に暴走族が出ると、【レギオン】が現場に到着する前に暴走族を倒し、縄で全員縛り上げ、そして一度もやられる事無く、レギオンからの逃走を成功させていた。ただそれだけを繰り返す集団だった。現地のメディアには半ばヒーロー的な扱いをされていたが、【レギオン】が取り締まるのは【戦闘禁止区域】で変身し、戦闘行為を行う者であり、だいたいそんなことをされては【レギオン】の面子が立たない。現地のレギオン達からは目の敵にされていた。


そして結局彼らは一度もやられる事無く、正体を明かす事も無く、本日解散した。


「現地では彼らのファンも多かったようですが、暴走族に代わりはありませんわ。解散は喜ぶべきことでしょう」


「しっかし、なんでこんな時間に暴れるんですかね、ああいう人たちって。眠くないんですかね。私は眠いですよ、先輩。ふああ……」


「寂しがり屋なのですよ。ああいう人たちは、恋しいのです。誰かにかまってもらわないと、寂しくて夜も眠れないのですわ」


「なるほど……」


しばらくの沈黙の後、夏美は何かを思い出したようにこんな事を話し出す。


「そういえば先輩、知ってますか? 七不思議の噂」


「七不思議?」


「ここ最近、急に広まり始めたんですよ。十字帝学院の七不思議が」


「バカバカしい。そんなもの、あるわけないですわ」


幽々野はそう一蹴した。


窓の外を見る。時刻は既に午後十一時を回っていた。とめど無く流れる光。消えない光。そしてその向こうに見えるのは、空に浮かぶもう一つの世界。すべて人間が作ったものだ。この景色を見ていると、この世の不思議はすべて解明されたように思えた。そんなオカルトめいた話も所詮、人間の豊かな想像力が作り出したものだとしか思えない。幽々野はそういう類の話が大嫌いだった。


その後しばらく、二人はポツポツと他愛も無い話をした。そして夏美の返事にだんだんハリが無くなっていくことが気になって、幽々野は夏美を見た。夏美はヨタヨタと頼りない動きで、船を漕いでいた。


「……仕方ないですわね」


幽々野は自分の身体を夏美に寄せた。そして遠慮無しに自分の肩に頭を乗せる夏美がとても微笑ましく思えた。


夏美は一個下の後輩。しかし、そんな堅苦しい関係はとうの昔に終わっていた。


「……久しぶりの出動でしたからね。わたくしも流石に疲れましたわ」


だがそんな事も言ってられない。新学期、学年も上がり、自分達にはやるべき事が山積みだ。今年こそは十字帝学院を、【学徒杯】優勝へと導かなければならない。


だが今の疲れた幽々野に、夏美の柔らかな身体は適温だった。幽々野は今年一年への決意を胸に秘め、抗うこと無く眠りに落ちていった。


目が覚めたとき、そこは自宅の前だった。夏美はもう自宅に帰ったあとだった。


ーーーーーーーーー


次の日。幽々野はいつも通り、十字帝学院直通ゲートへと向かっていた。家はそう遠くないところにあるので、いつも朝に慌てることはなかった。


「幽々野せんぱーい!」


夏美に後ろからいきなり抱きつかれた。前へ転びそうになるが、いつもの事だったから特にそう驚かなかった。夏美と会いそうな時間に合わせて家を出て、スキンシップをとる。これは毎日の日課だった。


「おはよう。夏美ーーあら」


夏美を撫でようとして後ろを振り返ったときに、背の高い一人の男子が幽々野の視界に入った。


「おはよう。澤村君」


「おはようございます。幽々野先輩」


澤村修。若干紫がかった髪とそのだらしない身なりから、周囲の生徒からは不良と思われがちだが、根は真面目でしっかりしている。まあ少々やんちゃなところはあるが。ーー夏美とは幼少のころから家族同然の付き合いをしていて、自分とも親しい関係にあった。


「先輩、夏美から聞きましたよ。昨日の夜、暴走族を一個潰したんですって?」


澤村の声はどこか弾んでいた。自分のしたことが他人から喜ばれ、尊敬されるというのは、とても気分が良かった。


「あんな雑魚共、天才のわたくしからしたら、全然大したことありませんわ」


自分は天才だ。だけど、昨日の戦いがあれほどスムーズに進んだのは、夏美がいたからこそ結果であり、自分がここまでこれたのも夏美のおかげである。それを忘れてはならない。幽々野の中には常に自分自身へのプライドと、親友夏美への感謝の気持ちがあった。


異変に気づいたのは、それから三人でゲートを通り、校門の前に差し掛かったときだった。


「あれ? なんか騒がしいですね」


止めどなく生徒が入っていくはずの校門前には、わらわらと人が群がっていた。嫌な予感がした。野次馬達の波を押しのけ進んでいくと、たくさんの三角コーンが黄色いテープで繋がれていた。ためらわずそれを乗り越えようとしたら、青い服を着た人に止められた。警官だった。


「君! なにをしているんだ、下がりーーって、たしか君は昨日の……」


その警官は偶然にも、昨日暴走族を引き渡した警官だった。


「わたくしはレギオンですわ。いれなさい」


「いや、そう言われても……。今回はさすがに君でも無理だよ」


「レギオンのわたくしでも、無理だと仰るの?」


「んーと、そのー……。ふーん、まあ言っちゃってもいいか。どうせすぐ知ると思うし」


その人はとても警官が言うとは思えないセリフをはいた。そして身をかがめ、声を潜めて言った。


「殺人だよ、殺人。ここの生徒さんが殺されたんだ」







週末の生徒会議。


「くそっ! なんでこんなことに!」


副会長がドンと机を叩いた。おかれたティーカップの紅茶が乱れた波紋を作った。数日経っても、みんなの表情は暗い影を落としていた。


死体が発見された日、十字帝学院の全生徒は帰宅させられた。その翌日、校長から直々にその話がされた。警官の言っていたとおり、殺人事件だった。事件を聞きつけたマスコミが、【学校で殺人事件】などという大々的な見出しで、速報でその日のうちに報じていた。心臓を鋭利な刃物で刺されていたということだった。


「夏美はどうしたの?」


「風邪みたいです」


こんなときにどうしていてくれないのか。幽々野は心の中で夏美を責めた。こういうとき、自分には彼女が一番必要なのだ。困難にぶち当たったとき、自分がブレないようにいつもそばで支えてくれたのは夏美だった。


このパニックに陥った十字帝学院を、今後どうまとめていくかというのが問題だった。自分はもう高校三年生。今年こそは十字帝学院を【学徒杯】優勝へと導きたい。しかし、今の状態だと確実に負ける。【宣戦布告】を他校からされる前に、生徒達をまとめ、事態を収束させなければ。


次の日の昼休み。一人の生徒が話しかけてきた。


「あの、幽々野さん。今、ちょっといいかな?」


となりのクラスの女子だった。昔からこうやって、相談事を持ちかけられることがよくあった。生徒会室に移動して、紅茶をいれてあげた。だが困ったことに、その女子は一向に自身の抱えている問題を打ち明けようとしないのだ。


そんなに言いにくいことなのだろうか。女子生徒をリラックスさせるために、「緊張しなくても大丈夫ですわ。自分のタイミングで、どんなことでもおっしゃってくれて構いませんわ」と言った。女子は上目遣いになった後、紅茶を一口ふくんだ。白い湯気がゆらりとゆれた。


「この前、中等部の飯沢君が殺された事件、あったよね」


「ええ」


「あたし、飯沢君の遺体の第一発見者なの」


思わず息の吸い方に力が入った。なんと、この人が。なるほど、それは確かに女の子にはきつい。血で濡れた死体を、一瞬でもしっかりと直視してしまったのだから。そう思うと、女子は少しやつれて見えた。


「ーーそれは」


言葉が出なかった。いつも持ちかけられる相談事といったら、もっぱら恋愛や人間関係の相談だった。しかしこれはどうしたものか。女子にかけるべき言葉を考えていると、女子はさらにこう続けた。


「飯沢君の死因、テレビでやってたよね。知ってる?」


「たしか、心臓を刃物で刺されたんじゃなかったかしら」


「嘘よ」


テーブルが濡れた。女子は全身をガタガタと震わせて、太ももやテーブルに黄土色の液体をこぼしていた。顔が、どんどん白くなっていく。部屋の空気が、一気に不穏なものに変わっていった。


「心臓を刺されたなんて、嘘よ、そんなの。だってあたし、ちゃんと見たもん」


「あ、あの……」


「あれはそんなものじゃなかった。だって、"骨が見えてた。胸にでっかい穴があいてたわ"」


「ーーなんですって?」


「それに、飯沢君の遺体は"【変身】していたのよ"。それがなんであんな死に方をしてるの?」


「どういうことですの? 貴方、なにを言っているの?」


身を乗り出して女子に詰め寄る。しかし焦点の合わない目は、自分の顔を見ようとしない。


「自分でも、なにがなんだか分からないの。ねえ、なんなのよあれは。なんでちゃんと報道しないの? なんで嘘つくの? どうしよう。あたし、もしかしてヤバイもの見ちゃったのかな」


女子の指がティーカップの重さに耐えきれなくなって、次には乾いた音を部屋中にひびかせた。なにを言っているのかまったく分からなかった。腹の奥の方から何かが押し寄せてきて、身体を冷やしていく。一体何に怯えているのか分からなかった。


「落ち着きなさい! 貴方一体、何を見たの!?」


幽々野は女子を問いただしたが、その後女子はとても話ができそうな状態ではなくなり、保健室へと運ばれていった。


時を同じくして、十字帝学院にある噂が流れはじめた。それはあの女子が言っていたことと同じような内容だった。死体の目撃者は他にも複数人いたらしく、その噂は十字帝学院のネットコミュニティーを通して急速に広まっていった。


「死体は変身状態だった。そして事実の隠蔽……」


突然だが、幽々野達の生きるこの世界は、いわば【ゲームと一体化した世界】。人々は【変身】という行為を行うことによって、火の玉を出したり、建物よりも高くジャンプしたりーーゲームに登場するキャラクターのような力を得ることができる。


しかし変身状態の人間は、"実体こそあるものの、現実世界とは一切の干渉、接触を絶たれた状態"になる。つまり、生身の人間や動物、プログラムに含まれていない物には一切触れることができない。自身の起こした行動が世界に、そして自身にも被害が及ばないよう、"あくまで見せかけの作り物"として作られている。変身状態の人間同士が戦ったとして、その時に起こる爆発や、地面にできたヒビ割れはただのプログラムされた演出。剣で相手を切ったり、殴って吹っ飛ばしたりしても、人体には何の影響もない。変身時に着用するCGのパワードスーツーー【アバター】がそう動いてくれるからだ。逆に言えば、プログラムに縛られていない生身の人間なら、変身状態の人間に触れることができる。女子の言っていたことが本当だとすると、今回の事件は生身の人間が、仮にも超人的な力を持つ変身状態の人間を殺害した。ということになる。そんなことできるのだろうか。できるとしたら、犯人はおそらく人間ではないだろう。


「そんな馬鹿な話があるわけ……」


病気などで突然死はありえるにしても、怪我で死ぬなんてことは絶対にありえない。というより、怪我を負うということ自体ありえない。だが、あの女子は嘘を言っているようにも見えなかった。幽々野は迷っていた。


そんな波乱の十字帝学院に、さらなる悲劇が襲いかかったのは、事件から二十日後のことだった。職員室前廊下で死体が発見された。この学校の生徒だった。ようやく落ち着いてきた学校は、またしてもパニックに陥り、三日間の休校となった。


十字帝学院のコミュニティーでは、この不可解な事件についての話題が至る所であがっていた。純粋な不安を口にする者、事件について議論を交わす者。そしてこの謎が謎を呼ぶ連鎖は、すでに十字帝学院でささやかれていたある噂と結びつき、新たに一つの噂を作り出すこととなった。


「【十字帝学院七不思議】って、ほんとにあるらしいね」


教室である一人の女子が言った。


「あー、それってあれでしょ? 二人は変身してたのに殺されて、しかも死に方が七不思議とそっくりだったってやつでしょ?」


「コミュでもさ、みんなその話ばっかりしてるけど。あれ、ほんとなの?」


「なーんかよくわかんないけど。でもさ、怖いよね。自分とこの学校で人が死ぬなんて」


以前夏美から聞いていた七不思議の話は、今回の事件の噂と重なった。


どうして二人は夜中の学校にいたのか。それが問題だった。二人は早朝に初めて発見された。少なくとも日の登らない時間までに学校内に侵入しないと、それは成り立たない。何故二人は、そんな深夜の学校に忍び込む必要があったのだろうか。しかしこの噂が本当だとすれば、一応辻褄が合う。二人は事件当日、学校で友人に「七不思議が本当かどうか確かめにいく」と言っていたらしいのだ。


「ねえねえ、じゃあさ。今度みんなで確かめにいこうよ! 七不思議!」


何を言い出すんだこの子は。当然、幽々野にはそれを止める権利がある。しかし席を立とうとしたところで、幽々野は動けなくなった。


「えー!? やだよそんな怖いの!」


「優香一人で行きなよー」


「えー、ちょっとなんでそんなヒドイこと言うのよー!」


女子三人はじゃれあいながら教室を出て行った。なぜ自分は今、注意できなかったのだろう。分からない。分からないことだらけだ。その分からない、言葉では言い表せない何かに、自分は揺らいでしまっている。どうにかなりそうだった。天才であり、十字帝学院の生徒会長である、この幽々野天色の心が揺らいでいる。あってはならないことだった。軸がブレては、周りにも支障をきたしてしまう。


「おっす、先輩」


高等部校舎の中庭を歩いていると、澤村修に会った。澤村はベンチに座って足を組み、左手でハンバーガーを食べながら、右手で一冊の本をパラパラと器用にめくっていた。横に座り、中身を見てみた。漫画だった。かなり古いようで、流れていくページは日に焼けていた。


「珍しいものを持っているのね」


「小さいころ、幼馴染からもらったんすよ。久しぶりに読み返そうかと思って」


回りくどい言い方をすると思った。


「夏美のこと?」


「いいえ、違います。あれ? 知らなかったんすか? てっきり、とっくの昔に夏美から聞いてたと思ったんすけど」


興味をそそる話だった。ぜひ聞かせてほしいと頼むと、二つ返事で了承してくれた。


「もう一人いるんすよ。アリスってやつなんすけどね。これはそいつから貰ったんすよ」


「可愛い名前ね」


「全身真っ白の羊みたいなやつで、いやほんと、びっくりするくらい真っ白なんすよ」


「髪まで真っ白ということはないでしょう」


「真っ白なんすよ」


「……ほんとうに?」


「いや、そいつハーフなんです。髪は天パで、夏美は触り心地が良いっていつも触ってました」


ほう。それはぜひ触ってみたいものだ。しかしハーフだとしても、全身真っ白というのは想像がつかない。一体どんな人なのか。


「夏美と同じで、家族同然の付き合いでした。だけどそいつ、俺達にサヨナラも無しに、小五んときに突然引っ越しちゃって。後で親から、アメリカに行ったって聞きました。それ以来会ってません」


修はパラパラとページをめくっていく。目は古びた漫画本に向いていたが、瞳は描かれたコミカルな絵を捉えていなかった。


「澤村君は、今でもその子と会いたい?」


「当たり前でしょう。夏美もそう思ってますよ。ただ、時間が立ち過ぎた。向こうがどう思ってるか、分かりません」


五月になろうとしていた。制服を思わず脱ぎ捨てたくなるような、照りつける暑さを拭い去ってくれる一筋の爽やかな風が吹いた。


「ただ、帰ってきたら、ちょっとしたイタズラをしてやろうと思ってます」


「ーー程々にしておきなさい」


澤村は少年の顔になっていた。アリスという一人の少女は、彼や夏美にとって、心の中にある外せない大事なものなのだろう。


澤村はハンバーガーの残りを口に詰め込み、ベンチから腰を上げた。もうすぐ鐘の鳴る時刻だった。去り際、澤村はこんなことを言った。


「いつでも言ってくださいよ。俺達、力になりますから」


澤村はこちらを見ずに、背を向けて手を振っていた。俺達、と言ったのは、生徒会メンバーの夏美を含んだ意味か。それともーー。


自分は沢山の生徒に支えられている。改めてそう痛感した。しかし、だからこそ助けを求めるわけにはいかなかった。自分は同時に、沢山の生徒を支えている身でもあるのだ。


幽々野は決心した。さっき女子三人を止めようとしたときに感じたのは、後ろめたさだ。自分は、ふつふつと湧き上がりつつあったこの気持ちに気づかないフリをしていた。七不思議なんて信じない。信じてないからこそ確かめなければならない。自分はまだ、生徒会長らしいことを何一つしていないのだ。


幽々野を気遣い、澤村が善意のつもりでかけた言葉が、奇しくも幽々野天色の命運を分けることとなった。彼女は天才だが、まだまだ幼いことにはかわりなく、また危うくもあった。





決心をしてから数日が経った。


幽々野の部屋には、彼女の父がイタズラ半分で取り付けさせた、緊急時脱出用通路がある。娘が深夜に無断で外出するとか、そんな非行に走るわけがないと信じているが故のことだった。


「ごめんなさい、お父様。でもわたくし、どうしても確かめたいの」


ベット横の小さくて堅固なとびらに、パスワードを入力していく。父への罪悪感が膨らんだ。しかし、自分にはやらねばならないことがある。幸いにも父は自分を溺愛している。万一バレてしまった場合は、適当に言い訳でもしておけば、お小言くらいですむだろう。


薄暗い通路を這って進んでいくと、屋敷の庭の外に出た。狭い出口から足をだして、衣服についた埃を払っていたときに、幽々野はある致命的なミスに気づいた。


「そういえばこの通路、一方通行でしたわ」


ということは、帰りは多大なリスクを犯して部屋に戻らねばならない。屋敷の防犯設備は万全だ。機器の場所はなんとなく覚えてるにしても、それを自分がかいくぐれるかどうか。まあそれに気づいたところで、安全に抜け出す道はここしかなかったろうし。幽々野は屋敷から少し離れたところまで移動し、愛用のスクーターをデバイスから出して、十字帝学院へと向かった。


地上に住む十字帝学院の生徒が学校へと通学する際、普通は学院直通ゲートを使用する。通勤ラッシュの巻き添えを喰らいたくはないからだ。だがこんな夜中にそれが動いているはずがない。だから今回は少々遠回りになるが、一般ゲートの方を使用した。


そしてなんの障害も無く、十字帝学院に到着した。道中で連続殺人犯に遭遇しないか警戒していたが、そういう怪しい人物とは一人も出会わなかった。現在午前一時半。校門の奥には、伸ばした手の先すらも見えなくなるような闇が広がっていた。


七不思議というからには当然、項目が七つある。こういうのはまず、比較的簡単で難易度の低そうなものから攻略していくのがよさそうだ。大体の目星は付けていた。五番目の【ラジオの奇怪音】からあたっていくのが妥当だろう。これは七不思議のなかでも唯一、校舎外にある項目だ。


【変身】と一言唱えると、手に持ったデバイスが空気に溶けた。一振りの剣となり、次に服装を変えた。


噂によると、二人は変身状態で殺されたという。もしそれが本当ならこの行為に意味があるのかは分からないが、丸腰より遥かに防衛能力は高くなるし、暗闇の中を鮮明に見渡すことが出来る。


校舎裏の森の前まで移動して、デバイスのラジオアプリを起動した。【ラジオの奇怪音】というのはまさしくそのままで、ラジオアプリを起動して周波数を44.4にあわせ、ここの森を夜中に歩くと、奇妙な音を拾うことがあるそうだ。その音を聞いてしまった者は死ぬとか。


「死ぬオチばかりですわ」


今まで深く考えたことがなかったが、最後には絶対死んでいる。こういう話は普通そういうものなのか。とりあえず周波数を44.4にあわせ、適当に一回り歩いてみることにした。格項目には幾つかヒントがあって、それによると奇怪音はランダムで拾うのではなく、ちゃんとしたポイントが決められているそうだ。そのポイントがどこにあるのかは分からないが、どうやら複数あるらしい。そして決められた時間帯というのが存在しない。他の項目にあわせてこの時間に来たが。


物々しい雰囲気にも負けず、森のなかを探索する。ここらで自分を襲うモンスターは一匹もいない。もし自分がここで犯人に殺されたら、第三の被害者として七不思議の謎を大きく広げることになる。今自分がこの場所に来ていることは誰も知らないからだ。だからこそ、闇の中をゆらゆらと飛ぶ彼女を見たとき、自分の目を疑った。


「ーー夏美?」


向こうはまだこちらに気づいていない。あの杖とトンガリボウシ。間違いない、夏美だ。校舎裏、森の入り口付近に夏美がいる。なんでここに? 自分が今日この場所に来ることは、生徒会メンバーはもちろん、誰にも言っていない。


夏美がここにいてはいけない。言い表せない不安を感じ、飛び出して夏美の名前を呼ぼうとしたが、それはラジオから耳に向かって発せられたノイズによってさえぎられた。


「ーー……。……ー……ーーー」


音の砂嵐に混じって、誰かの声が聞こえた気がした。そのことに気づいたと同時に、下半身の感覚が無くなった。


「え?」


倒れるという感じではなく、"落ちる"に近かった。顔面が地面に突っ伏すことに、抵抗も出来なかった。


手でまさぐるように、下半身の無事を確かめた。だが、右手がお尻に触れることはなかった。かわりに若干ねばりけのある生暖かいものが手のひらについた。それはだんだんとせり上がってきて、お腹のあたりを濡らしていった。


腕を使って、身体をひっくり返した。お腹は真っ黒に濡れていた。下半身は少し離れた位置にころがっていた。CGの鎧ごと身体が切断されていた。頭の上で、誰かが草を踏む音が聞こえた。その者の姿を目に捉えようとしたが、それ以上身体が動かなかったし、声も出せなかった。不思議と痛みは感じなかった。ただ歩けない恐怖と、死の実感だけがあった。


それでも幽々野は死ぬ直前、他の誰でもない夏美のことを思った。これまで過ごした夏美との時間が再生され、最後に夏美の笑顔で映像が止まったとき、幽々野は精一杯の力を振り絞り、謝罪の言葉を口にして涙を流した。






幽々野は暗闇の中を落ちていた。何故? どうして? 混乱する頭で必死に考えるも分からず、そして自分が本当に落ちているのかどうかも怪しくなる。そして目を開けると、今の今まで自分は落ちていたはずなのに、なぜか仰向けになって倒れている。ここは何処だ?


木製の建築物が立て並び、空は見えない。長い木材が蜘蛛の巣のように空を覆っていた。地面も全て木材で覆われていた。そんな街のど真ん中に幽々野は倒れていて、周りには変身した人々が群がっていた。皆、女郎花市ではあまり見られない、風変わりな格好をしていた。西洋風な者もいるが、大半は日本の古い物語に出てきそうな、いわゆる八百万の神とか妖怪を模したような姿をしていた。


わけもわからずただ呆然としていると、「ごめんよお、ちょっとどいてくんな」と誰かが人混みを掻き分けて彼女のもとへ近づいてきた。


「おい、こりゃあたまげたなあ。この場所を訪れる者は数しれず。しかし落ちてきた者は、ここ最近で三人目だ」


巨漢の男だ。劇に出てくるような着物を着ている。と言っても、閉めた帯から上は裸である。その肌は赤色で、身体には派手な刺青が彫られている。ライオンのたてがみを連想させる灰色の髪からは、二本の角が飛び出していた。


「ふむ、しかし珍しい。龍神か。その口から出てる火の粉からすると、火龍種のようだが」


「あ、貴方は何者?」


「俺が何者なんてのは、今のお前が気にすることじゃあない。どーせ、近いうちまた会うことになるだろうしな。混乱してるところで悪いが、まずはあの人んとこへ行ってもらわなくちゃならねえ」


鬼のような男は息を吸い込み、その巨漢を揺らして大きく足踏みした。幽々野の立っていた部分に大穴が空き、足場を失った幽々野はそのまま落ちていく。


突然のことに、落ちたことにも気づかず、幽々野は木箱の中にお尻から着地した。そこでようやく自分が落ちたことに気づいたのだが、自分の落下してきたであろう場所はかなりの高さなのに、痛みがそれほど無いのが不思議だった。


その木箱には四つの車輪が付いていた。自分の視線の先には、終点の見えないレールが乱雑に、蛇のように敷かれていた。


「安心しろ。悪いようにはしねえ。ただ、あんたには幾つか聞きたいことがある」


まさか、と幽々野が思う前に木箱はレールを滑り出した。その木箱の中は快適とは程遠かった。敷かれているレールが平面の場所は皆無に等しかったからだ。


恐怖が幽々野を襲った。視界に入る妖怪達や、時々聞こえる不気味な笑い声がさらにそれを加速させた。


幽々野天色。彼女は死んだ。しかしそれで彼女の物語が終わったわけではない。むしろ、これは始まりといえるのだ。




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