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すいません。遅くなりました。本当に申し訳ないです。
やっぱり一週間更新はキツイので、不定期になるかもしれません。ですが、なるべく更新を早くする様に心がけます。
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人類は現実世界と"Maka"を一体化させた後、
"Maka"の大地をバラバラに分け、
この大空に浮かべた。
アタシはもっと追究すべきだったのだ。
この空に浮かぶ島々を見た時や、"力"を使った時まれに生じるこの僅かな違和感を。
この感覚こそ、人間誰もがいずれ辿り着くであろう禁断の領域に、アタシが既に足を踏み入れている確固たる証拠だった。
だが、その違和感の正体を知ることなんて、この時のアタシには到底不可能だっただろうし、
知ったところでどうする事も出来なかった。
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日本に来てから二日。ゴールデンウイークは今日で最後だ。
という勘違いをアタシはしていた。ゴールデンウイークはすでに一日前に終わっていた。
「やばいやばい。ヤバイヤバイヤバイいいいい!!」
部屋の扉を雑に蹴って開けた。右足のスネを擦りむいて痛かったが、そんなことを気にしてる場合じゃないアタシはおかまいなしに階段を駆け下りていった。
ヤバイ。時間が無い。転校初日から遅刻とか、マジで勘弁してほしい。
「ちょっと博士!なんで起こしてくれなかったんですか!」
と言ってアタシは博士を責めた。別に起こしてと頼んだわけではないのに。同じ家に住んでいるのだからそれくらい気を利かしてくれてもいいじゃないか、という無茶な考えがあっての事だった。
だが、アタシのそんな切実な願いも露知らず、博士は顔を真っ赤にし、一升瓶を抱いて爆睡していた。床には食べかけのツマミと飲み散らかしたビール缶。そこから浸み出した強烈な臭いが部屋中に充満していた。
「は、博士! 何してるんですか! うわ臭っ!」
たった今まで自分が遅刻しそうで慌てていた事も忘れ、アタシは博士に駆け寄った。博士へ近づくにつれてアルコールの刺激臭が一層強くなった。
「んふふふ……んあ、もう無理……」
「何を寝ぼけてんですか!ほら、危ないですよ!」
アタシは博士を寝室まで連れて行く事にした。流石に二倍程体格差のある博士を抱えるのは無理なので、アタシは博士の両腕を掴み、バンザイの格好で寝室まで引っ張って行く事にした。黒のタンクトップにパンツという見るも無残な格好をした博士が、涎を垂らしながら小っちゃい女の子に引きずられて行く奇妙な光景がそこにあった。
「あー……、わたしの酒がー」
「我慢してください!」
なんで朝っぱらからこんな事しなきゃいけないんだ。
うわ言を呟く博士をなんとか寝室まで連れて行き、布団に寝かせる事が出来た。そしてすぐに寝室を飛び出し、髪を直し歯を磨いて制服に着替えた。そして家を出る前に再度寝室を訪れ、博士の様子を見に行く。
「……博士大丈夫かな……」
「んふはははー、いってらっさーい」
「……大丈夫そうだな」
もうこうなると、どっちが保護者か分からない状態だった。アタシは慌てて飛び起きた反動による頭痛に耐えながら、博士の部屋を後にした。
駆け足で玄関まで行き、踵の上から靴を履いて、勢いよく引き戸を開いた。
「行って来ます‼」
アタシは力強く一歩を踏み出した。新しい生活への、確かな期待と不安をいだきつつ。
公道の脇に止めたスクーターが光に溶け、アタシの持つ携帯端末に吸い込まれていく。
道路脇に設置されている標識からして、どうやらここからは歩きで行かなけばならないらしかった。だが、アタシ自慢のスクーターのお陰で、大分時間の遅れを取り戻すことが出来た。周囲には同じ学校の制服を着た生徒がだんだんと現れ始め、集団でグループを作っている男子や女子たちの喧騒が聞こえるようになっていた。
転校先の学校ーー私立十字帝学院へ行くにはまず、学校直結の"ゲート"へ向かわなければならない。アタシは空を見上げた。地上と"Maka"とを繋げる幾多のゲートが天高く聳え、"スカイフィルター"によって不自然でない程度に上空の連結部が掻き消されているその光景は、いつ見ても神秘的な美しさを保っていた。そのスカイフィルターの視認角度から外れた"Maka"の浮島が、遠くの方で薄っすらと見えた。
しかし、懐かしい。ーーアタシは転校という扱いだが、ここはやはり、十字帝学院に対しては"帰ってきた"という表現を使う方が正しいのだろう。十字帝学院は小中高一貫校で、アタシはその初等部に五年生まで在籍していた。
「おい……見ろよあれ……」「うわ、真っ白……」
「外人……?」「誰だろ……転校生? ……」
周囲から、確実にアタシに対するものだと思われるヒソヒソ話が聞こえてきた。転校生という身分上、周囲からいろいろと言われるのは覚悟していたが、不愉快なことに代わりはなかった。当時もこの見た目のせいでそれなりに苦労したものだが、数年の月日はアタシの存在を完全に洗い流してしまったようだ。アタシ自身も、見たところ知り合いは誰もいなかった。
「……はあ……」
面倒なことにならなきゃいいけど、ーーという気持ち半分、慣れたものとはいえ周囲の視線が痛い。そんな心境のアタシが耳栓の代わりに音楽を聞こうとした時だった。
「ねえ君……」
「ひぁっ!?」
「うわっ!?」
背後からいきなり話しかけられたアタシは、思わず肩を飛び上がらせた。なんだなんだと思いつつ後ろを振り向くと、そこに立っていたのは、同じ学校の制服を着た一人の男子だった。背が高く、スラッとした体型。ビジュアル系を連想させる髪は少し紫がかって見えた。
「ご、ごめんね? いきなり話しかけて。びっくりさせちゃった?」
「う、ううん……
「そう、よかった」彼はにっこりと笑って、
「君、初めて見る子だけど、もしかして、噂の転校生? 見た感じ、日本人じゃないみたいだけど」
と言ってきた。
「まあ、うん……そうだけど……」
突然話しかけられたことに戸惑いつつ、アタシは次の言葉を繋げようとした。だが、うまく出てこない。一度経験しているとはいえ、転校生という立場はそれなりに緊張感があるものなのだ。
「……」
「……?」
「あ……!あのっ!」
「はっ!はい!」
「アタシ……アリス!え、えっと……こ、この前引っ越して来たの!よろしくね!?」
「……」
「……あうう」
「……ぷっ、あははは!」
男子はしばらくぽかんとした後、突然笑い出した。やってしまったと思った。風呂上りのように顔が熱かった。多分、この時のアタシの顔は耳の先まで真っ赤になってることだろう。だが、男子が次に発した言葉は思いもよらない一言だった。
「ははは……!お前なんも変わってないな!あはは……!」
「へ?」
「おーい、夏美!もう来ていいよ!」
男子が、少し離れた所でこちらを見ている一人の女子を手招きして呼んだ。
夏美?
「やっほー、アリス。私のこと覚えてる?」
「……!」
その顔を見た瞬間、アタシの記憶はフラッシュバックした。黒髪のポニーテール。くりっとした丸い目。成長して顔が多少変わってしまっているが、その顔には確かにあの頃の面影が残っている。
「……夏美ちゃんって、まさか、あの夏美ちゃん?」
「ピンポーン!せいかい!あの夏美ちゃんだよーん!よかった、覚えててくれて!」
夏美ちゃんは綺麗な歯を見せ、ダブルピースをした。
「じゃあ、この……」
「ぶふっ……! よ、よろしくね!?って、なんで疑問系なんだよ……! だ、だめだ……、笑いが……!」
「横で爆笑してるこのバカは……」
「そ、澤村修。やっと気づいた?」
「ちっくしょう!! なんてこった!!」
アタシは頭を抱えた。
嘘だろ!? コイツがあの澤村修か!?
夏美ちゃんはまだ面影がある。特に目元とか。だからすぐに気がつくことが出来た。だけど修は面影が全く無い。丸刈りの野球バカだったし、もはや顔の骨格から違う。それに小学生の頃、コイツはアタシよりも背が低かったのだ。
それがこんな、
「だから言ったろ? 夏美。アリスは絶対、最後まで僕に気づかないって」
修は目に涙を溜め、アタシの癖っ毛頭を鷲掴み、上からぐりぐりしてくる。当然、その涙はアタシとの再開を喜ぶものではない。
屈辱だった。
「アタシの純粋な気持ちを返せ!!」
「アウッ!!!」
股間を蹴り上げてやった。
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澤村修。上原夏美。この二人はいわゆる、アタシの幼馴染というやつだ。
いつ頃から知り合ったのか。それは全く覚えていない。言うなら、"気づいたらいつのまにか一緒にいた"という表現が適切だろう。
二人の家は、博士の家から一段ほど下がった場所にあった。ーー当然あいさつにはいくつもりでいた。だけど二人は既に引っ越した後で、表札には違う名字が刻まれていた。ーーそこから坂を少し下ったところに当時、ご近所さんたちが集まってよく談笑していた空き地があった。きっかけは夕方になって空き地で集まって遊んでいる子どもを呼びに行った親たちが、そのまま話に花を咲かせてしまったことが始まりらしい。親たちは時間が空くと、必ずと言っていいほどその空き地へ集まった。そして子どもは親についていった。親たちは日が暮れるまで話し込んでいたため、空き地内なら合理的に夜まで遊べたからである。そのうち農家のおじいちゃん、おばあちゃんまで集まるようになった。
近所で有名だった博士もよく空き地に行っていた。アタシもついていった。これも同様にいつ頃からだったのか、詳しい時期はわからない。二人とは学校も一緒で、クラスもずっと一緒だった。だからその空き地で仲良くなったのか、学校で仲良くなったのかが不明だった。
だけどそんなことはどうでもよかった。アタシたちが家族同然の暮らしをしていたことに変わりはなかった。
三人一緒にいない時の方が珍しいくらいだった。一緒に風呂は当たり前、ご飯も一緒、寝る時も一緒。家も近い三人組、ずっとそんな生活を送っていた。小三くらいからは、さすがに風呂はバラバラに入ったが、毎日とは言わずとも一緒に寝たし、ご飯もよく皆で食べた。
その生活は、アタシがアメリカに引っ越すまで続いた。
以上。これがアタシ達三人の関係である。
「……」
「どうしたの? 修。なんで内股で歩いてんの?」
「お前がやったんだろが……」
「うわぁ……。いたそう……」
夏美ちゃんは顔を青くして股を押さえた。ちょっとやり過ぎた気もしてきた。後でジュース奢ってやることにした。
「夏美ちゃん」
「ん? どうしたの?」
「聞くけどさ、もしかしてアタシの事、噂になってんの?」
アタシがそう言うと、
「もう凄いよ? 噂が噂を呼んで、もう大騒ぎ。学校じゃあ、外国人でスタイル抜群で、めっちゃ可愛いって言われてる」
と、夏美ちゃんがご丁寧にジェスチャーまで交えて教えてくれた。
「はあ!? なにそれ意味わかんない。誰よそんな噂流したの!」
そういうのって、どっから噂が広まるんだよ!てか、ハードル上げんなよ!
「まあ、嘘だけどね」
嘘かよ!
「しっかしお前も、とんでもねえ時に、ウチに転校してきたよな」
修は腕を組み、言った。悩んだり、考え事をしたり、問題が起きたりしたときの修のクセだ。
「ウチの学校で"人が二人も死んだんだぜ"。知らなかったわけじゃないんだろ? もっと時期的に、なんとかならなかったのかよ」
「……」
そう。アタシが今日から通う、この十字帝学院では、今年に入ってからすでに生徒が二人、死んでいる。事故ではない、殺害だ。殺人事件だ。そして二人目が殺されたのは、なんと一週間前だ。その事件は、アタシが日本に来たゴールデンウイーク中にも、【高校生が学校で殺害】とかいって、デカデカとテレビのニュースで取り上げられていた。
「十字帝の校長にも、おんなじこと言われたよ。けど、急に決まった転校だし。向こうでもいろいろあったからなあ」
「……いろいろ、ねえ」
修は空を仰いだ。
「ーーん? アリス、ちょっとこっち向け」
「なに? 修」
「口、開けてみ」
「? なんで?」
「いいからいいから。はい、あー」
「あー」
アタシは疑問に思いつつも、言われるがままに口を大きく開けた。
「……夏美、ちょっと見て」
「え? なになに……うっわ」
「!!? ふぁふぃ!? ふぁんふぁふぁっふぇんふぉ!?」
「あ、コラ、しゃべるなって……。いや、あのな? お前、すっげぇ牙だなって思って」
「ふぁふぇふぇ……は? 牙?」
自分の指で歯を触ってみた。
……ほんとだ。
「アリスって、そんなに歯とがってたっけ?」
「え!? ……あ、うん!そうだよ!」
慌てて誤魔化した。
「あ! ヤバ! てか、早く行かないとアタシ達、遅刻しちゃうよ!」
「……‼ やっべぇ‼ おい、走るぞ‼」
「あ!ちょっと待ってよー!」
走り出す二人の背中をアタシは追い掛けた。
……おかしい。何か変だ。
今朝までは、こんなもの無かった。
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