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ALICE IN NEXT WORLD  作者: Wins
生と死の狭間で
3/9

アタシがこの女郎花市に住んでいたのは、まだ小学五年生の頃までだった。


アタシのパパは考古学者で冒険家。その世界では結構有名な人らしく、論文は何度か賞を貰ったことがあるらしい。今でも世界中を飛び回っていて、家に帰ってくることはほとんどない。


ママも考古学者で有名みたいだけど、パパみたいに世界中を冒険することはない。研究室にこもりっきりだし、パパのやっているような明瞭でわかりやすいものではなかった。昔一度だけ、二人の記事が掲載されている専門雑誌を買って読んでみたことがある。その感想だ。そしてーーほとんど家に帰ってくることはなかった。


だからアタシは小学校生活のほとんどを博士の家で過ごした。アタシにとって博士は母親的存在であって、パパとママは血の繋がっている他人だった。


暴走族集団に遭遇してから十数分車を走らせていた。博士の言ったことは本当だったようで、他愛も無い話をしながらしばらく走っていると地面の傾斜が急激に大きくなり、道が曲がりくねって細く迷路のようになっていく。民家も次第に年代を感じさせるものが増えてきた。五年前と変わらない、安心させてくれる風景だった。


「五年ぶりかー、アリスちゃんがウチに来るの。いやあ、懐かしいなー」


そんな事を言いながら、荒い運転で、博士カーが家の前の斜面を上がって行く。


「とーちゃーっく! ようこそ我が家へ!」


軽快な歓迎の声と共に助手席のドアが開かれる。目の前にあるのは博士の家。今日からアタシは、ここに住むのだ。


海岸付近に立ち並んでいた洒落た住宅とは違って、昔ながらの木造建築だ。表が丹波診療所、裏が丹波宅。だから入口は二つある。この辺りでは一番大きく、町一番の高台にある家ということで知られている。


「どうしたの? アリスちゃん、ぼーっとしちゃって。ほら、早く入って入って!」


急かす鈴歌さんにまたしても背中を押され、アタシは約五年ぶりに博士の家に入った。


一体何人入れるだろうという程広い居間には、木の質感をそのまま引き出した長いテーブルに木製の棚など、鈴歌さんの使う日用品や家具などが置いてある。居間を出たところにある廊下からは手入れの行き届いた庭や、青々とした海を一望できる。


この広い居間は町内の会合によく使われる。さすがに五年も経てば、家具などの配置はほとんど変わってしまっていた。


「あれ?」


居間を一通り眺めていると、棚の上に一枚の画像データを見つけた。


……なんだろ、これ。CGスクリーンに写し出されてるけど、随分と古い写真だ。


その写真には、二人の人物が写っていた。どうやら何かの祭りの最中に撮った物のようだが、場所までは分からない。二人とも着物を着ていて、左には紺色の着物を着た背の高い長髪の男性、右にいるピンク色の着物を着た女性は……


「んー? んー……」


似てる。どうみても。博士に。


「あー、その写真ね、この前物置を整理してたら見つけたんだ」


「凄く古いですよね? これ。写ってる人って……」


「うん。私のおじいちゃんとおばあちゃん。この二人がこんな風に写ってる写真なんて見たことなかったから、データを修復変換して、CGスクリーンで棚の上に浮かべといたんだ」


博士は笑顔でそう言った。アタシはその視線をそのまま写真へと戻す。へえ、これが博士のおじいちゃんとおばあちゃん。笑顔までそっくりだ。そっくりというか、瓜二つだ。同一人物としか思えない。じゃあ、お母さんはどんな顔をしてるんだろ。


博士は謎の多い人だ。博士の素性を知る人は誰もいないし、長年の付き合いであるアタシでさえ、ほとんど知らない。だから、多分、こんな写真見た人、アタシが初めてじゃないかな。


「取り敢えず、お腹空いたでしょ? ご飯食べよっか!」


そう言って慌ただしくキッチンへと向かう博士の背中を見送り、アタシは畳にごろんと寝転んで、手足を目一杯伸ばした。関節が鳴った。やけに博士の落ち着きが無いことが気になったが、博士が変なのはいつものことなので、アタシはすぐにそのことを意識から外した。


なんか、我が家っていう感じがする。洋式には無い独特の雰囲気がアタシにそう感じさせているのか。


台所から水の流れる音。トントントン、と、野菜をリズム良く刻む音。具材を炒める音。人が生活している音。人が生きている音。


アタシの住んでた家では絶対に聞けない音だ。


……今日は疲れた。……。


……、……。……………………。







一人の少女が、高層ビルの屋上に立っている。


小学生程に小柄な体型。そんな少女の姿はまるで子羊のようだった。白銀の瞳に、強い癖のある真っ白なショートヘア。肌も白く、長いまつ毛から、細い眉毛まで綺麗に白い。少女の着用している衣類ーー学生服、そして左腕を覆うサポーターの黒色が、それらを際立たせていた。


だが、まるでフランス人形のような少女の見上げている空は、また更に異様だった。


蒼いーー異様に蒼い。雲一つ無く、只々蒼い。澄んでいるが、青色が濃すぎて逆に嫌悪感を覚える程だった。


たったったっーー少女が走る。


たったったっ。タッタッタッーー。徐々にスピードを上げていく。


タンッ。少女は高層ビルの淵まで到達すると、臆する事も無く、地面を蹴った。少女の身体は現在空中にあり、助走の推進力を失った少女の身体は重力の流れに沿って落ちていく。


そこで少女は何かを叫んだ。青空に向かって手を翳し、恍惚な笑みを浮かべて。


掲げた手から光が溢れる。その光は少女を取り囲み、結集し、少女の身体を覆ってゆく。光は次第に増幅し、そして薄いガラスが割れるように弾けた。


そこから現れたのは少女ではなく、極めて精巧に作られた華美な工芸品のような、少女の何倍も大きい金属の塊だった。


それは特殊な形状をした戦闘機だった。宝剣を思わせる尖った機首、鎖を編んで金属板で固定したような羽。薔薇のレリーフが施された白金のボディー。幾つものパーツが組み合わさって出来たような構造からは、あまり機械的なものが感じられない。


ジェットエンジンに火が灯り、爆発的に速度が上がる。機首が持ち上がり、羽が風を受け、地面スレスレを高速で飛行していく。繁華街には誰もいない。ビルに接近して衝撃波でガラスが割れようが、辺りにある物が吹き飛ばされようが、お構いなしだった。


そんな時、立ち並ぶビル群の上空に二つの人影が現れた。それらは両方とも、戦闘機と同じ測度で後を追うような形で飛行していた。そのうちの一つに紫色の光が収縮し、直後、それは無数の光弾となって放たれる。


突然の奇襲に反応が遅れた戦闘機は直撃をモロに食らい、バランスを崩して地面に墜落した。高速飛行の勢いは凄まじく、接触部分から火花を散らし、無人の車を押し退けながら、脇のビルに突っ込んでようやく停止した。


二つの人影が地面に降り立つ。


男女のペア。一人は漆黒の黒衣を纏い、槍のような杖を持った黒髪の魔女、もう一人は黄色の機械の鎧を身につけ、巨大な大剣を携えた屈強な騎士だった。


「……」


戦闘機の姿が急速に変化してゆく。ルービックキューブを組み立てるように各パーツが回転し、もう一つの姿を形作っていく。脚が具現化し、羽が分解され、それぞれに銃剣を携えた両手ができる。鎖部分はマントになった。機首は折り畳まれて背中と思しき部位に移動し、それと入れ替わりに白金の鉄仮面が出現した。ここにも薔薇のレリーフが施されている。


二人は戦闘機の変形に一瞬戸惑いを見せたが、すぐに表情を引き締め、次の行動に移る為にそれぞれの武器を構えた。


白金の鎧が飛翔する。思い切り踏み込こまれた衝撃で大地は割れ、辺りにはアスファルトの破片と土煙りが舞った。そして全てを打ち壊さんとばかりに、両手の銃剣が二人に向けて振り下ろされる。


避けられないと踏んだのか、二人は全ての攻撃を受け止めるフォーメーションを組む。魔女が騎士の防御力を上げ、騎士が前線に立って魔女を防御する。オーソドックスで尚且つ一番確実なフォーメーション。だが、それでも白金の鎧に比べて二人の力不足感は否めない。当たれば会心の一撃、かなりの決定打になることは、白金の鎧も確信していた。


だからこそ、こんなサプライズが待っているなんて考えてもいなかっただろう。



二人が目の前から消えた。



銃剣が地面に深々と突き刺さる。バランスを崩した白金の鎧はそれを手放し、なんとかアスファルトに着地した。そしてすぐに立ち上がり二人の行方を追ったが、辺りには誰もいない。


武器を構え、様子を伺う。何か奥の手があって、それを使ったのかもしれない。だったら、またいつ攻撃してくるか分からない。そう思ったのだろう。しかしそれから数秒の時間が過ぎ、訪れたのは完全な沈黙だった。


その沈黙を破り先に動いたのは、白金の鎧だった。白金の鎧から光が溢れ、砕け散る。その中から、先程ビルからのダイブを見せた白銀の少女が現れた。そしてそのままふわふわと降下し、地面に着地した。


「どうなってんのよ一体……」


ここで初めて少女が声を上げた。困惑の表情を浮かべ、再度辺りを見渡す。だが、やはりあの二人組の姿は何処にも無かった。


少女が困惑するのは仕方が無い。違う誰かが同じ立場になったとしても、結果は同じだろう。ついさっきまで戦っていた相手が、突然なんの前触れも無く目の前から消えたのだから。まるで、最初からそこにいなかったかのように。


「まやかし」


「!!」


突如、少女の背後から声が聞こえた。少女は最初あの二人組かと思い振り向いたが、それがすぐに間違いだったと気づく。


そこに立っていたのは、全身黒ずくめの女だった。黒のスーツに黒のシルクハット。背の高さは少女と同じくらい低く、髪の色も同じ。ただ、顔を般若の面で隠していた。


「あ、アンタ、誰!?」


少女の問いかけに般若の女は答えず、淡々と次の言葉を紡いでいく。


「人間の築いてきた世界観は、所詮自分達の都合のいいように造られたまやかしだ」


女が右手の指を鳴らした。女の左右に赤い光が灯り、一つの魔法陣を描いていく。


「え……」


女を囲むように魔法陣が完成すると、描かれている地面から二つの人影が現れる。それは、先刻まで白金の鎧が戦っていた、騎士と魔法使いの二人組だった。


「な……に、アンタ……」


「人間が人間である領分を超えて、世界のバランスは今にも崩れようとしている。人間はこの世界の本当の姿を知らない。それなのに、ただ自身の個を確立したいが為に世界をこんな風にして、世界がそれを認めてると思い込んでる。馬鹿は死ななきゃ治らない。何十年か生きて、人間はようやく自らの馬鹿さ加減に気づくのさ」


女は一気にそこまで喋ると、自分の立っている場所にある魔法陣を、思い切り踏み消した。それと同時に、女の両脇に立つ騎士と魔法使いが、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。


常軌を逸した光景に、少女は戦慄する。崩れた二人は死んだようにピクリとも動かない。少女は動かない騎士、魔法使い、と順番に視線を移し、そして最後に悠然と佇む般若の女をキッと睨み、ギリギリと歯を食いしばった。


「アンタ……一体、何を……」


「なあ、どう見える?」


「……は?」


「お前には、この世界がどう見える?」


ゴトリ


その時、少女の足元に何かが落ちた。


「?」


それは少女のか細い腕だった。何か鋭利な刃物で切断されたかのような綺麗な断面で、サポーターに覆われた指先がまだ微かに動いている。


「ーーっ!!?」


「お前はもう、こちら側の住人なんだ。いい加減さっさと目覚めろ」


少女の顔から血の気が失せる。痛みよりも先に吐き気が少女を襲う。どうしようもなくなってしまった少女はそのまま地面に突っ伏し、傷口を抑えながらその場にうずくまる。そして痛覚が脳まで届き、それと同時に傷口から大量の……




「うわあああ!!」


「うひゃああああああ!? なに!?なに!?」


「あああああ~……って、あれ?」


保健室のような空間に、白い鉄パイプのベットが幾つも並んでいた。薬品の臭いがアタシの鼻孔を刺激する。しばらくして、自分はそのベットの一つに寝ている事に気づいた。すぐ横には何かに驚いたような顔の博士が立っていた。


「ここは……」


「表の診療所よ。あー、びっくりした」


博士は言った。Tシャツにホットパンツというラフな服装から、メガネを掛け、髪を括り、清潔感のある純白の白衣に着替えている。


「あれ、なんで……アタシ」


「お昼ご飯作ってる間にアリスちゃん寝ちゃったから、その間に【調整】しといたのよ。長旅で疲れてるみたいだから、今日はもう安静にしてなさい」


そうか、アタシ寝ちゃったのか……。てか寝汗でびっちょりだ。なんか変な夢を見てた気がするけど、思い出せない。


「今何時ですか?」


「五時」


「……すいません」


「いいよいいよ。作ったご飯は明日食べればいいし。あ、今食べれるんだったら温めるけど?」


博士は言った。屈託の無い笑顔。その表情を見て、アタシの心に一つの影が舞い降りる。


「……すいません」


「だからいいって」


「いや、その、やっぱ迷惑ですよね?」


「え?」


「親の勝手な都合でアタシを預かる事になってしまって、迷惑ですよね?」


アタシは言った。言ってしまった。それはアタシが一番気にしていて、モヤモヤしていた事で、絶対に言わないでおこうと思っていた事だ。ママは博士と仲が良い。だから、仕事の都合でとか無理を言って、アタシを博士に押し付けてしまった。そう思っていた。


「……アリスちゃん。アリスちゃんは、勘違いをしているよ」


「はい?」


「アリスちゃんの両親が頼んだからじゃない。私が言い出したのさ。『そんなに忙しいんだったら、いっその事アリスちゃんを、私の所へ預けてみてはどうか』って」


「……え」


「アリスちゃんのママは、私に迷惑をかけまいと、最後まで断ろうとしていたよ。だから、どっちかというと、無理を言ってしまったのは私の方なんだ」


「……そうだったんですか」


「それにね、アリスちゃん」


「?」


「迷惑なもんですか。私は毎年アリスちゃんに会えるのを楽しみにしてるんだ。私は、今日という日を心待ちにしていたよ」


博士の手のひらが、アタシの頭の上に優しく置かれる。暖かくて柔らかい手だ。


……博士の言った事は、果たして本当だろうか。


アタシは他人が信用出来ない(信用しようと努力はしている)。


と言っても人類全てを目の敵にしているというわけでもなく、友達は普通にいる。むしろ沢山いる方だと思う。しかし、そうやって自分の事を友達だと慕ってくれる人達にさえ、アタシは疑いの目を向けてしまう。


素直に信用したくても、出来ない。


どうしても裏があると考えてしまうのだ。


それは博士に対しても例外ではないのだが、今回はそういうのを抜きにしてアタシは信じられなかった。あの仕事の事しか頭にないママが、そんな事言うわけがない。


それに、


"迷惑をかけたくない"って、どういう意味でなんだろうな。


しかし、アタシがそんな風に考えているとも知らず、博士は太陽のような笑顔をこちらに向けながらアタシの頭を優しく撫で続ける。


……いつかアタシも博士みたいに、素直に笑える日が来るのだろうか。


アタシはベットに身体を預け、また目を閉じた。次はいい夢見れたらいいな。そう思った。

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