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ALICE IN NEXT WORLD  作者: Wins
生と死の狭間で
2/9

@@@@@@@@@@@@@@@



西暦2013年五月。日本の大学の研究チームが、ある画期的なシステムを開発した。


究極の"AR"。


"複合現実"の始まり。


それは特殊な電磁波で覆われた一定の空間内に、〈触れることのできるホログラム〉を投写するシステムだった。これで投写できるものはこの世に存在する全ての物質で、投写する物の詳細データさえあれば、実際に使用可能な、実物とそっくりのホログラムを作り出すことができる。この特殊な電磁波とシステムはそれぞれ【ビジョン】、【メイキングファントム】と名付けられた。


西暦2014年九月。メイキングファントムの実証実験が終わるのとほぼ同時に、ある一大プロジェクトが立てられた。


【CHANGE THE WORLD PROJECT】


地球全体を覆うオゾン層にビジョンと同じ効果を持たせ、地球上のどこでもホログラムを投写できるようにするプロジェクト。


このプロジェクトの最終形態は、仮想世界を現実世界に"拡張し切ってしまう"事だった。つまり、現実世界を仮想世界と擬似的に一体化させる。これが成功すれば、今までの世界の常識を覆し価値観を変え、人類を大いに発展させることができる。


日本を始め、アメリカ、EU、中国、ロシアーー様々な国が共同し、プロジェクトを進めていった。元々応用の効きやすいシステムのお陰で計画は順調に進んでいるかのように思われた。


しかし、ここで一つ問題が生じた。電子ネットワーク空間上に無数に存在する仮想世界を現実世界と一体化させるには、仮想世界の数があまりにも多すぎたのだ。


どうしても、それらを束ねる〈軸〉となる仮想世界が必要だった。


そこで白羽の矢が立ったのが、VRMMORPG【Maka】。


斬新なゲームシステムが人気を博し、当時ナンバーワンのシェアを誇っていた世界最大のVRMMORPGで、そのリアルな臨場感や広大なワールドなどから、プレイヤーの間ではーー〈第二の世界〉などと呼ばれていた。


ーーーー



@@@@@@@@@@@@@@@





「……ではこれで住民登録を終わります。何か問題がありましたら、こちらの方までお電話下さい。長い時間お疲れ様でした」


受付の職員がにこやかに営業スマイルを浮かべ、アタシに一礼した。それに合わせ、アタシも「あ、どうも」と軽く頭を下げ、席を立って市役所を後にする。


……市役所の事務くらいNPCにやらせとけばいいのに。


アタシはそんなことを心の中で呟いた。それなら余計な気を使わずにすむ。だが、もしそんな事になったら、日本中で働いている市役所の人達がみんな仲良くクビになってしまう。


「十二時か……。まだ来てないな」


打ち合わせた予定の時刻から時計の針はすでに半周していた。真昼の強い陽射しに追われ、アタシは日陰のベンチに座った。一世紀ほど前までは、この季節はまだ涼しくてとても過ごしやすかったらしいと言われているが、一方で"梅雨"という雨季も存在していて、年に一度必ず現れるそれは一瞬で日本中をジメジメとした気候に変えてしまったらしい。なら暑くてもどこかサラサラしている今の方が断然マシだ。


「あれ?」


レトロなデザインの軽自動車が、役所横の道を曲がった。多分、あの車だろう。この辺りであんな車に乗るのは、あの人しかいない。車は駐車場に入り、アタシの前まできて止まった。


「やーやー、ごめんごめん! ガソリン入れてて遅くなっちゃった!」


車内から現れたのは一人の女性だった。大きくて黒色のつり目、腰程まである黒のロングヘアー。薄いピンクのTシャツにホットパンツを着用している。


彼女は丹波鈴歌。通称博士。この町で医者として診療所を営んでいる。アタシのママの良き友人で、アタシは過去に何度もこの人にお世話になったことがある。


今日からアタシは、高校生活三年間をこの人の家で過ごすのだ。


「いや、いいっすよいいっすよ。アタシも今終わったとこなんで」


「あ、そう? んじゃ、まっいっか! 取り敢えず乗って乗って!」


「え!? うわ、ちょっ……」


博士はアタシを半ば強引に車内へ押し込み、車を急発進させた。「いてっ」その拍子に、何かが座席の後ろから落ちてきて、アタシの後頭部に当たった。


見ると、それは大きなネジだった。後部座席は綺麗さっぱり撤去されていて、それが元々あった場所には、何やら訳の分からない機械の部品のような物が乱雑に詰め込まれ、運転席側にまではみ出していた。そして何やら煙くさい。さっきの荒い運転でどっかオシャカになったんじゃないかと思い、その臭いの元を辿ると、ビールの缶にタバコの吸殻がイソギンチャクみたいになっていた。


アタシは溜息をついた。はあ。


相変わらずだな、この人も。まあ、まるで別人みたいになってても困るけどさ。


「それにしても懐かしいね。アリスちゃんが向こうへ行っちゃったのが小五の頃だからーー五年ぶりってとこかな。どうだった? アメリカは。楽しかったかい?」


「まあ、楽しかったですよ」


「そう。そいつはよかった」


「お父さんとお母さんは元気にしてた?」


「ほとんど会ってないから、よくわからないです」


アタシは言った。肉親に対してこんなセリフを吐くのが普通じゃないことはわかっていた。だけどもう慣れてしまった。博士もそれには「そう」とだけ笑顔で応えてくれて、それ以上聞こうとはしてこなかった。


「なんか、変わったね。アリスちゃん」


「え?」


「何処か大人っぽくなったっていうか。五年前とはまるで別人のようだよ。いやー、子供って凄いね〜。ちょっと見ない間に、すぐ成長してっちゃうからねー」


「そ、そんなことないですよ。アタシなんて、まだまだ子供です」


「身長は小学生の頃とおんなじだけどね」


「それ言いたかっただけでしょ!」


アタシが突っ込むと、博士は大きな高笑いをしてみせた。


まったく……ほんとに変わってないな、この人。


"変わらない"というのは博士の内面だけではなく、外面も含めての事だ。スタイル抜群、きめ細やかな肌、いつまでも衰える事を知らない美しい容姿。そして、溢れんばかりのパワー。


博士を一言で表すなら、天才。


医者であり機械工学、電子工学の専門家。特に旧時代のレトロな機械が大好物で、今日みたいな休診日には一日中わけの分からない機械を作ってる。


その腕は非の打ち所が無く、アタシを含め町の人達みんなが、鈴歌さんの技術と知識に助けられてきた。だから町の人達は鈴歌さん事を親しみと信頼の意味を込めて、《博士》と呼んでいるのだ。


ちなみに、この車は博士の自作。ジャンク品を集めて作ったもので、電気を使って動く。つまりアタシが言いたいのは、この人は仕事の片手間に車を作ってしまうほどの人だということだ。


始めて博士とあった時、アタシはまだ小学生で、ママと同い年だと紹介された。どう見ても二十歳前後にしか見えず、アタシはとても驚いたのを覚えている。


あれから数年、博士の美貌は当時のままだ。今のうちから美の秘訣でも教えてもらおうかな。


……だけど、


アタシと博士が離れていた数年の歳月で、町は見る影もなく激変していた。


女郎花市おみなえし。"女郎花"《オミナエシ》と"市"で"おみなえし"。"し"は二回言わない。海に面しており、位置的には愛知県の"クワガタ"みたいに尖った二本角に挟まれた場所の中心にある。総人口約八万人。自然豊かで、漁業や農業が盛ん。それがアタシの知るこの町だ。なのに、今は洒落たデザインの住宅、マンションが建ち並び、海岸沿いは歓楽街になっていた。そして一際目を引いたのは、人が何人入れるか分からない程巨大なデパートだった。


……ここ、どこですか。てな感じだ。


アタシは少し不安になって、ナビを再確認した。しかしそこには、確かにアタシの生まれ故郷の名前が表示されていた。


「凄いよね。ここまで変わっちゃうなんてさ」


博士は言った。


「女郎花市にある"ゲート"が増えて、人の流れが一気に大きくなった。それで、ほら、この町って海も綺麗だし、緑もあるし。だからここ最近、リゾート地みたいになってきてるの」


「……」


そんな事になってるなんて、全然知らなかった。どうやらこの町は、アタシが思っていたよりも凄い事になっているらしい。


「博士」


「なーに?」


「この町が変わっていくの、やっぱ嫌ですか?」


「まー、でもしょうがないよね。変わらないものなんてこの世には無いからさ。変わるなって方が無理な話よ」


「……そうですよね」


「あ、でも安心して? 私の家の方は全然変わってないから。えいえい」


博士はそう言って、アタシの頭をくしゃくしゃしながら、また大きな高笑いを上げた。


その笑い声が悲鳴に変わったのはそれからすぐの事だった。左側に大きな圧力のかかったアタシの身体は座席を離れ、博士の身体と激突した。後部座席に積んでいた大量のジャンク品が、大きな波を立てた音がした。アタシはシートベルトが大の苦手で、それについては博士もなにも言わなかった。つられてスリップした後続車が蛇のように重なっていた。危うく玉突き事故になるところだった。


人だ。時速五十キロ近くで走っている車に乗る、アタシたちの目の前に人が落ちてきたのだ。その人は体格の良い男で、カラスの翼を背中に生やし、赤い生地に黒い炎を模したロングコートを着ていた。顔は鉄仮面で隠されていた。


男は黒い翼を羽ばたかせ、風を吹き散らしながら低空飛行で街中を飛んでいった。車と同等か、それ以上のスピードだった。そしてその後を、男と同じ異形の姿をした者たちが追っていく。


「ーー暴走族!」


「ったくもう! 迷惑ったらありゃしないんだから! 事故になるところだったじゃないか!」


博士は苛立ちをあらわにしながら乱暴にアクセルを踏み、ハンドルを切った。頭の上に落ちてきたさっきのネジが、今度はアタシの太ももに乗った。


「ご、ごめんね。アリスちゃん、大丈夫だった? 怪我してない?」


「いえ、大丈夫です。博士の方こそーー」


「私は大丈夫だよ。心配してくれてありがとね」


場の空気を悪くしたとでも思ったのか。博士は取り繕ったような気まずい笑顔を見せた。博士が気にすることじゃないのに。悪いのは暴走族だ。ーーアタシは心の靄を拭い去るように、手元のネジを弄んだ。




いかがだったでしょうか。


ちなみに、愛知県に女郎花市なんて無いです。



12/10 長すぎる為、分割してバランス調整しました。

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