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魔王と思わぬ罠

作者: 神塚哉花

 思わぬ罠


 ある村の温泉。そこでは、二人の男が湯に浸かっていた。男と言っても人間ではない。魔王とその手下だ。

 二人は満点の星空を見上げていた。

「極楽ですなあ」

 手下がぽつりと呟く。

 魔王もそれに賛同した。

「うむ。極楽だ」

 またしばらく静かになる。温泉が体に沁み渡るのを楽しんでいるようだ。湯気が星空に吸い込まれていく様はまことに幻想的である。魔王は、世界征服をしようとしている最中であることを忘れていた。ここには勇者も、その仲間もまだ来ない。それも当然で、この近くには、異常なほど強い魔物ばかり集めておいたからだ。手下の話によると、勇者はまだレベルもそこそこで、仲間もそれほど集まっていないはずである。魔王の邪魔をするのは、魔王の手先であるはずの魔物くらいだった。どうして魔物が邪魔をするのかというと、彼らはお湯に集まる習性があるからである。つまり、この温泉を、直近の手下と二人で楽しむには、魔物たちを遠ざけなければならなかった。そのために、温泉の周りには魔王直属の魔物たちが見張りを行っている。

 ふと、勇者を倒すより先に、このあたりを征服していてよかった、と魔王は心底思った。そうでなければ、こんなにのんびりと温泉につかるなんてできなかっただろう。勇者を倒してから温泉につかるというのも悪くないが、そんなに焦ることもない。勇者の向かう場所は魔王城しかないのだから……。

 魔王は、今朝のことを思い出した。このあたり一帯の人間どもを殺し、喰らい、ひとり残らず葬り去り終わったのが、まさに今朝なのである。強い魔物ばかり集めてきたはずなのに、意外にも人間たちの抵抗はすさまじかった。どうしてかは分からないが、魔王自慢の魔物が次々とやられていくのである。村ひとつ制圧するのに三日もかかるとは思ってもみなかったな……と魔王は舌打ちした。

 それにしても……。魔王には腑に落ちないことがあった。この村を制覇するのに三日かかったことではない。村人の中に強い奴はいなかったはずだ。村一番の怪力男なんて呼ばれていた野郎もいたらしいが、そいつも大したことはなかった。ううむ、いったいどうしてなんだろうか。

 まあいい。どうせ過ぎたことだ。それより、ここで強い魔物を増やしに増やして、勇者を迎え撃つというのはどうだろうか。この温泉を取り囲むようにして魔王城を建設してしまえば、毎日温泉で極楽気分が味わえる。なんと優雅なことだろう。

 魔王は温泉につかりながら、両肩を揉み始める。そして突然、なんのまえぶれもなく魔王が口を開いた。

「この温泉は身体によいと聞くな。どのようによいか知っておるか?」

 手下は小さく首を振る。が、すぐに近くにある看板を見つけて言葉を投げた。

「魔王様。効能が書かれております」

「ほう。どれ、読み上げてみろ」

 手下は看板に近づいて、前から順に効能を口に出して読み上げた。

「えー、まずは神経痛ですな」

「ほう。それはいい。ここのところ関節が痛くてたまらんかったからな」

 魔王は膝を叩く。

「それはそれは。次はうちみですな」

「ふむふむ。それもいい。この前の勇者との戦いで打撲したからな」

 今の勇者が現れる前、もっと強大な力を持った勇者がいた。そいつは全世界から期待されていたが、魔王にやられてしまったのだ。そして今の勇者が魔王目指して出発したばかりなのである。

「あやつは強かったですからね。その次は疲労回復ですな」

「今のわしにはちょうどいいな」

「そうですな。おっと次が最後のようです。最後は……」

 その手下は次に書かれてある言葉を見て、目を見開いた。

「ん? どうしたのだ。次はなんだ」

 魔王は次を急かす。

「ま、魔王様! 大変です!」

「なんだ。いったいどうしたというのだ。早く次を読み上げい」

「さ、最後は……魔物退治、であります!」

「なっ……」

 魔王はその言葉を聞いて驚いた。みるみるうちに顔が紅潮していく。

「は、早くここから出るぞ!」

「はい!」

 二人は腰を上げようとしたが、まったく身体が動かなかった。まるで尻が岩風呂にくっついているようである。

「こ、これはどうなっておる!」

「分かりませぬ!」

 しばらくして、手下の顔が、身体が、透けていった。

「ま、魔王様……」

 魔王は自分の身体を見る。自分も透けてきているが、手下よりはまだ薄くない。なんて思っている間に、手下が絶叫を上げた。何かと思って前を向いてみたが、手下の姿は消えた後だった。

 どうやら魔物として強いか弱いかで消える時間が違うらしい……。

 魔王はもがいた。手を掻き、身体をよじっても身体は消えていく。声も出ない。目の前の景色も薄くなっていく……。

 しばらくして、魔王は消滅した。こうして見事に、世界は平和になった。


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