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星の剣舞姫  作者: たかいわ勇樹
第5話「グラン・ギニョルは炎のようで」
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「全員配置、完了しました」

 やって来た若い警官の報告に、

「ご苦労、時間までそのまま待機して下さい」

 スーツ姿に眼鏡を掛けた痩身の男──ジャン・シュルクが振り向かずに答えつつ、前方に建つ工場を伺う。

 パリ市内で連続して起こっている強盗殺人事件の犯人が、死霊人形と、それを操るエミリー・ベレッタという名前の邪法使いであると、マティルダから情報を受け取ると、警察はそれまでの盗品故買のルートに加え、死霊人形の材料となる資材の二方面で捜査を始めた。国内に広く複雑に張り巡らされた流通網を洗い出す作業は困難を極めたが、シュルク率いる捜査チームは、事件の一つで奪われた希少な宝飾品の換金取引を掴んだ事を手がかりに、木材や金属、更に刃物や銃火器などの武器の取引と輸送のルートをピックアップする事に成功した。それらは複数のダミー会社を経由して巧妙に分散、隠蔽されていたが、シュルク達は丹念に金と物資の流れを追い、捜査チームの規模からすれば極めて短期間で、物資の最終的な集合地点がパリの外れに建つ、とある閉鎖された家具工場である事を突き止めた。

「もっと戦力があれば良かったんですけどね」

 側に控えていた警察官の言葉に、

「魔術を信用するとは思えない裁判官か検察官の要請が無ければ動けない国家警察介入部隊(GIPN)など、期待しても無駄ですよ。まして国家憲兵隊の手を借りるなど論外ですし」

 振り向きもせずシュルクは答える。

「ともかく、奇襲を掛けて一気に制圧。この方針は動きません」

 工場を包囲している警察官のほとんどは、相手が小ネクロスと、その邪法で作られた死霊人形である事実を知らず、『強盗殺人を繰り返している一味が潜伏していると思われる』としか伝えていない。いくら銃で撃っても死なない死霊人形とは言え、操り手であるエミリーを逮捕、もしくは無力化してしまえば、油断できないのは変わらないが制圧は可能であるとシュルクは考えていた。それには死霊人形が本格的に動く前に警察側がエミリーを抑える必要があり、そのための奇襲作戦だった。

「それより、エミリー・ベレッタの位置はまだ掴めませんか?」

「はっ、情報にあった特徴の女を、各班に探させていますが、現在それらしい人物は見当たらないとの事です」

「困りましたね」

 シュルクは眉をひそめる。突入時に最優先標的の位置を把握しているか否かは、そのまま作戦の成功率に大きく関わってくる。しかし長時間包囲を続ければ、その分相手側に気付かれる危険も大きくなる。逡巡の後、シュルクは通信機を取る。

「各班に指示。最優先標的の発見の有無に関わらず、予定の時間になり次第、一斉に突入するように」

 シュルクの指示に、無線機の向こうから次々と『了解』の返事が返ってくる。

 それからシュルクは黙って時計を睨み、数分後、

「突入!」

 彼の一言で、工場を包囲していた警察官が一斉にドアや窓から内部へ殺到する。

 が──

『こちら正面玄関、中には人一人いません!』

『こちら作業場、空っぽです!」

『こちら裏口、誰一人見当たりません!』

 各班からの報告に、シュルクは両手でバンと机を叩き、広げられた工場内部の図面を凝視していたが、やがて意を決して建物の中へ入って行く。

 突入した警察官達の報告通り、内部はものの見事にもぬけの空で、後に続いて入ってきた者達も唖然とした表情で見回している。

「警部、これはまさか、我々の捜査ミスだったと言う事ですか?」

 警察官の一人が恐る恐る質問するが、シュルクは「いいや」と首を振る。

「この工場は閉鎖されてかなりの年月が経つはずです。なのにこれほど綺麗に何も無くなっていると言う事は、逆に、長くても数日前まで誰かがいたという事実を示しています」

 シュルクの指摘に、他の警察官も気付いたように手を打って、

「そうか、証拠を残さないように何もかも持って行ったと言う事か!」

「ええ、どうやら一足先に逃げられてしまったようですね」

 そう苦々しげにシュルクは答える。

(ここに運び込まれただろう物資の量から考えると、少なくとも一個大隊並の死霊人形が作られているはず。それ程の戦力を、エミリー・ベレッタは一体何に使うんだ?)


「へぇ、これがモナ・リザの実物なのね」

 壁に並ぶ絵画の一つの前で、アニェスは興味深げに呟く。

「これが過去にたくさんの憶測を生んだり、山程のオマージュや贋作が作られたり、盗まれたりしたのね」

 モナ・リザの絵そのものよりも、絵を巡る好悪様々な来歴に興味を示す発言に、周りの視線が突き刺さるが、どこ吹く風のアニェスに、ロベールの方が痛そうな表情で諫める。

「アニェス様、他の客もいる事ですから……」

「いいじゃない。どんな感想を抱こうが自由でしょ」

 そう一言の下にはねのけると、アニェスは次の絵に視線を移す。

「それで、いつまでここで美術鑑賞をする気でいるんだ?」

 今更と言う気もしないでもなかったが、ずっと飲み込んでいた言葉を私は口に出す。


 病院を出ると、アニェスはその足で、パリの中心部である一区、セーヌ川の右岸に建つルーブル美術館へと向かい、私とロベールも当然という感じで同行させられていた。そこに収蔵された美術品に、ベレッタの手がかりがあるのだろうかと思って彼女の様子を見ていたが、アニェスは建物の豪華さや、美術品に感嘆の声を上げながら館内を回っているだけで、やっている事は他の入場者とさして変わらなかった(もっともアニェスの口にする感想は、良くも悪くも他とは一線を画するものが多かったが)。それで私はとうとう我慢しきれずアニェスに尋ねたのだが、

「ベレッタがここを襲いに来るまでよ」

 人の少ない所に場所を移して答えるアニェスに、私は額に手を遣り溜め息を吐く。

「それはさっきのマティルダのメッセージが理由か?」

「ええ、言ってたでしょう、『美を憎む者』って」

「それはそうだが──」

 確かに、一七世紀、ブルボン王朝の美術品コレクションの収蔵、展示場所とされたのを始まりに、その後幾度も政権が変わる中で古今東西の美術品が集められた、この世界最大の美術館なら、『美を憎む者』が襲っても不思議は無い。

「けど、美術館はここだけじゃないんだ。パリだけでも両手の指に余るほどあるし、もし他の所が襲われたら──」

「だから何だって言うのよ?」

 私の言葉を途中で遮って、アニェスは冷たい声で言う。

「ベレッタを探すのも、襲ってきた時に守るのも警察の仕事。私がやる義理なんて本来これっぽっちも無いのよ」

 何でそんな当たり前の事をわざわざ言わなくちゃいけないのという目で、アニェスは私を見る。

「けど、私に復讐しようと言うなら受けて立つわよ。金輪際私に襲ってくる事の無いよう、徹底的に返り討ちにして、ね。そのために、こうして待っているのよ」

 そう言って見せるアニェスの笑みに、私は寒気を感じて身震いする。それは戦に臨む軍人のようであり、獲物を待ち構えるライオンのようでもあった。


 その後もアニェスは悠然と美術館内を見て回っていたが、特に異常事態は起こらないまま日が落ちて、館内に閉館のアナウンスが流れる。

「もう閉館なの?」

 物足りなさそうに言いながら、アニェスは美術館の建物を出て、中庭であるナポレオン広場を進む。

「もしかして、明日も来られるのですか?」

 ロベールの問いに、

「当たり前でしょう。あの女が来るまで何日でも通うわよ」

 わかりきった事を言わせないで、といった声でアニェスは答える。

「それじゃ、もしかして私も──」

 そう私が問い掛けると、

「もちろん付いてきなさい」

 質問の途中で遮るように、アニェスはきっぱりと答えた。

「そう言われても、私も教会をそう長く空けるわけには……」

 私には聖職者としての勤めがある事を、今更ながら言おうとするが、

「何言ってるの。あなたは神の下僕だけど、私の下僕でもあるのよ」

 アニェスもまた、今更と言うように返してきた。

「なら、どちらの勤めを優先するべきかは分かるだろう?」

「もちろん、私の下僕としての勤めよ」

 何の迷いもなく即答するアニェス。

「何でそうなるんだ!?」

「そっちこそ何言ってるの。神からは何も言ってこないけど、私はちゃんと『付いてきなさい』と言ってるんだから、私に従うのが当然でしょう」

 自身の理屈に何の疑いも持っていない表情で、アニェスは答える。

(おお主よ、彼女の言葉を振り切れない無力な私をお許し下さい──)

 すっかり夜の闇に包まれた空を仰ぎ、神に赦しを請う。すると、激しい衝突音が耳に飛び込んできて、私はすぐさま視線を下へ戻す。

 見ると、自動車が美術館に面した道路から飛び込んでいるが、何かにぶつかったらしく前面が大きくひしゃげていて、外れたドアから運転者がよろめきながら這い出てくる。

 だが、そんな自動車の惨状にも関わらず、周囲の人々のほとんどはそれを見ていない。何故なら、その車を撥ねた犯人達が、美術館に向かって殺到していたからだった。ある者は道路を横断し、またある者はマンホールから地上に這い出て、みるみる数を増やしていくそれらに、私達ははっきりと覚えがあった。

「アニェス、これは──」

「ええ、早々と来てくれたわね」

 教会の時よりも遙かに多数の死霊人形達を前にしているのに、アニェスに狼狽の色は微塵も無かった。

 そこへ、死霊人形達の中から「前を開けなさい」と声がして、前列の死霊人形達がサッと割れると、そこから二頭引きの馬車がやって来る。よく見ると、馬車を引いている馬も人形のようだったが、何故かその顔は意図してそう作られたのか、鼻が不自然に膨らみ、耳もだらりと長く垂れ下がった、酷く歪んだ造形をしていた。

「やっぱり、思わぬ所で懐かしい顔に会ったわね。アニェス・(ホン)

 そう馬車の上から言ってきたのは、ショートカットの金髪に、白いドレス姿の若い女性。

「ええ、会いたかったわよ。エミリー・ベレッタ」

 ベレッタとは対照的な、黒い衣装のスカートを夜風にひらめかせ、アニェスが答える。

「それは嬉しいわね。わざわざ殺されに来てくれるなんて」

 ベレッタはニタリと口の端を歪め、肘まであるサテンのミディアムグローブに包まれた両手で鞭を弄ぶ。

「勘違いしないで。私は殺されに来たんじゃない。あなたを今度こそ殺すために待ってたのよ」

 そうアニェスが返してクルリと左手首を回すと、虚空から一振りの、鮮やかな赤い色の鞘に入った剣が現れ、彼女の左手に収まる。そして精緻な細工が施された護拳の付いた柄を握って鞘から引き抜くと、優美なレイピアの刃が星空の下に現れる。

「ローラン、ロベール。あなた達は周りの人達を避難させなさい。流石にそれまで守って戦う余裕なんて無いから」

 言いながらアニェスがレイピアの切っ先をタクトのように軽く振ると、ロベールの前に大剣、私の前にサーベルが現れ、慌ててキャッチする。いずれもアニェスが、遙かな昔に飛来した隕石から作った逸品だ。

 そしてアニェスは目の前に剣を掲げ、

「貪狼、巨門、禄存、文曲、廉貞、武曲、破軍──天帝の守護北斗七星、我が剣に力を与え給え。我百邪を斬断し、万精を駆逐せん!」

 以前教会での戦いでも唱えた言葉を唱えると、護拳に北斗七星(グランシャリオ)の配置で散りばめられたダイヤモンドが輝き出し、次いで周りの照明の光を反射していたレイピアの刃に、あの時のように青白い、だがずっと力強い光が根元から伸びてきて、切っ先まで達する。

「覚悟しなさい。あの時とは比べものにならないくらい強いわよ。この二人も、この剣も」

 半分は客観的な事実を述べるように、半分は誇るように、アニェスは言った。

 お久しぶりです、たかいわ勇樹です。

 前回の更新から約8ヶ月、「星の剣舞姫」第5話「グラン・ギニョルは炎のようで」4をアップいたしました。

 前回よりも更に長い間が空いてしまいまして、読んで下さってる皆様には本当に申し訳なく思います。

 いよいよアニェスの新しい剣がお披露目となりましたが、その真価が見られるのは次回のお楽しみということに(汗)。

 ちなみに今回の文中で、これまでの話を読んでいたら「あれ?」と思う所がありますが、そこは間違いではありませんので。次回でちゃんと理由は明らかにする予定です。

 次回の更新までの間はまた月単位になってしまうのかな~、と取りかかる前から弱気になってますが、それでも待って下さってる皆さんが「待ってて良かった」と思えるよう、白熱したアクションを書いていくつもりです。

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