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星の剣舞姫  作者: たかいわ勇樹
第5話「グラン・ギニョルは炎のようで」
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「こちらです」

 そう案内され、私達は冷たく重い空気が漂う廊下を進む。

「まさか、こんな事態になるなんて……」

 苦々しく呟く私に、

「そうね、マティルダほどの人が遅れを取るなんてね」

 アニェスも重い口調で答えた。


 アニェスが剣を完成させて外に出た私達を待っていたのは、パリで起こった火事と、その現場からマティルダの死体が発見されたというニュースだった。

 予想外の訃報に、流石のアニェスも聞いてすぐは驚きを隠せないようだったが、すぐに落ち着きを取り戻して「マティルダの死体を確認するわよ」とパリへ向かう所は流石だった。

 そしてパリの警視庁に着くと、受付に対していつもの高圧的な態度でマティルダの事件の担当者を呼ぶように言う。正直な話、即刻つまみ出されてもおかしくなかったが、

「失礼ですが、お名前とその事件の被害者とはどういう関係か、教えて頂けますか?」

 受付の警察官ができた人で、丁寧にそう対応してくれたのは幸いだった。

 そうしてアニェスが名乗って少しすると、きっちりしたスーツ姿、四角いフレームの眼鏡を掛け、ブラウンの髪を七三分けにした、警察よりも役所にいた方が似合いそうな痩身の若い男性が受付にやって来る。

「あなたがアニェス・紅ですね。フレイ警視の奥様から話は聞いております」

 これまたいかにもお役所的な、ですます口調で男が話し掛けてくると、

「フレイ警視の奥さん?」

 アニェスと私とロベールは一瞬首を傾げるが、すぐにアニェスが、

「ああ、マティルダの事ね。で、あなたは誰?」

 アニェスの問いに、男は警察手帳を出して、

「申し遅れました。私はジャン・シュルク。フレイ夫人の殺人・放火事件及び、最近の連続強盗殺人事件の捜査を担当している者です」

 そうシュルク刑事は自己紹介する。

「なるほど、つまりあなたが、警察で“この世界”関連の担当でもあるわけね?」

 頷きながらアニェスが続けて尋ねると、シュルク刑事は、

「まあ、それは行きながら話しましょう」

 そう付いてくるよう促して、歩き出した。


「フレイ夫人は若い頃、当時刑事になって間もないフレイ警視と、ある殺人事件の捜査で知り合ったそうです」

 死体が安置されている場所へ向かう車の中で、運転席に座るシュルク刑事はマティルダの過去を話してくれた。

「その殺人事件は“塔”を脱走した魔道士が関与していて、当時まだ下位の構成員だった彼女も“塔”上層部の命令を受けて捜索に当たっていたそうです。一方は魔術の力や知識はあるが犯人を捜すための能力や情報が無く、一方は警察の一員として組織力による犯罪捜査はできるが魔術に関する知識はゼロ。最初はお互いの立場の違いによる不理解や齟齬で激しく衝突したそうですが、同じ目的のため一緒に行動していくうちに徐々に打ち解けていったそうですよ」

 その事件の捜査では、敵の魔道士による度重なる妨害を始め、B級アクション映画もかくやの多くの障害とピンチが立ち塞がったそうだが、二人で協力し合って乗り越えていき、最終的にはその魔道士と、それに依頼していた黒幕を逮捕したらしい。その事件をきっかけに、フレイ刑事は非公式ではあるが警察における“塔”との連絡係としてその後も多くの超常事件や“塔”などが絡む事件の捜査を担当して功績を挙げ、その過程で一度ならずマティルダに協力を仰ぐ中で関係を深め、やがて結婚まで至ったという。

「フレイ警視が定年退職した後、後任の担当者は何人も代替わりしましたが、フレイ夫人はいつも快く協力要請に応じてくれました。三年前、警視が亡くなった後も、ずっと」

「他に家族はいないの?」

 後部座席からアニェスが尋ねる。マティルダの生前、二回ほどでしかなかったが、彼女の所へ行く時、他に家族らしい人とは一度も会った事がなかった。気にはなっていたが、アニェスがそれについて一度も問わなかったので、私も質問の機会を逸していたのだった。

「娘さんが一人いますが、結婚して今はカナダに住んでいます。既に向こうには連絡して、ご主人、お子さんと一緒にこちらへ向かっていますが、場所が場所ですし、到着まではまだ時間が掛かるようです」

 シュルク刑事がそう答える間に、車は白い塀に囲まれた施設へ入り、駐車場に止まる。

「死体はこちらの病院にあります」

 車を降りるシュルク刑事に私達も続いて降りる。そして病院の建物へ入り、先導するシュルク刑事の後に付いて中を進むうち、受付には沢山いた患者が、気が付いたら全く見なくなっている事に気付いた頃、両開きの扉の前でシュルク刑事は立ち止まり、一呼吸置いて扉を開ける。

「こちらです」

 シュルク刑事に続いて室内に入ると、寝台の上に何かが横たわり、上にシーツが掛けられているのが目に入る。

 なるほど、生きている患者が霊安室になど用はないな──

 納得しながら私達は寝台に近づく。

「既に司法解剖は済んでいます」

 言って、シュルク刑事がシーツをめくる。

「─────!」

 露わになったそれを目にするや、ロベールは「うっ!」と声を詰まらせて目を逸らし、私は動揺する心を抑えようと胸の前で十字を切る。

「背中からライフルで一発撃たれた後、更に拳銃で五発撃たれたのが致命傷のようです。その上建物ごと燃やされて、形を留めていたのが奇跡的だと、解剖を担当した医師が言ってました。こう言っては何ですが、あのフレイ夫人が戦いで後れを取るとは考えにくいですから、恐らく何か卑怯な手を使ったと──」

「あなたの推測なんてどうでもいいわよ」

 沈痛そうに言うシュルク刑事の言葉を遮って、アニェスは続けて言う。

「私が知りたいのはもっと確かな情報よ。科学的な所見は分かったけど、魔術的な所見はどうなってるの?」

 アニェスの言葉にシュルク刑事は眉を僅かにひくつかせるが、

「司法解剖の前に、“塔”の魔道士の方が遺体を調べられましたが、犯人に繋がる手がかりは見つけられませんでした」

 そう冷静に答える。

「重鎮が殺されたわけですからね。“塔”も調査のために高位の魔道士を寄越しているはずですから、それで何も見つからなかったと言う事は、マティルダさんは死ぬ前に何も手がかりになるものを残さなかった、いや、残せなかったようですね」

 重い口調でロベールが言い、シュルク刑事も同じ考えらしく無言で眼鏡を直していると、

「何言ってるのよ」

 不快そうにアニェスは言ってくる。

「何も見つかりません、お手上げです、そんな事子供だって言えるわよ。警察だったらそんな事口が裂けたって言えるわけがない、言っちゃいけないんじゃないの?」

 上目遣いに睨みながら、そうシュルク刑事に詰め寄るアニェス。その小さな体から向けられる圧力は、私の方にも及んだ余波でさえ息が詰まりそうだったが、シュルク刑事は正面から受け止めて体がぐらつきかけるも、

「もちろん、他の方面からも犯人を捜し出すため多くの人員が捜査に当たってます」

 しっかりとした口調で答えてみせる。そうでなければ警察で“この世界”の担当は務まらないのだろう。

「ならいいわ。例えそれが砂漠の中から一粒の砂金を見つけ出すようなものでも、犯人を探し出せなかったら、警察はただの税金泥棒よ」

 相変わらず厳しい言葉ではあったが、シュルク刑事の答えはアニェスにとって一応は及第点だったらしく、彼女は圧力を解いて、

「とは言え手ぶらで帰るのもしゃくだから、歌えぬ小鳥を歌わせてみようかしら」

 そう続けて言うと、ポシェットから木製の軸の細い筆と、陶製の小さな壺、一枚の白い紙を取り出す。部屋の隅にあった机に壺を置いて蓋を開けると、アニェスは中に入っているインクらしき黒い液体に筆先を浸す。それから二回深呼吸した後、左手に持った紙をキッと凝視したかと思うと、右手の筆を紙に走らせる。そのまま上から下まで一気に書き上げ、書いている最中息を止めていたらしくプハッと息を吐き出してできたのは、既に戦いなどで何度となく見てきた符だった。

「そうやって作るのか」

 アニェスの肩越しに出来上がった符を見ながら尋ねる私に、彼女は「まあね」と答える。

「正式な方法とは違ってかなり略式だけど、これから使う術に必要な符が手持ちに無かったから仕方ないわ」

 そして筆と壺を仕舞うと、アニェスはマティルダの遺体に向き直る。

「死者を扱うのはあの女だけの専売特許じゃない事を、見せてあげる」

 そう言うと、遺体の額に当たる箇所に符を貼り付け、次に隕石の欠片から作った短剣と小さなベルを出す。短剣の刃を符に当て、アニェスは私達には分からない言葉で何かを唱え、

「起来!」

 最後に鋭く叫んでベルを鳴らすや、マティルダの遺体は横たえられているそのままの体勢で、生理学、物理学を無視した動きで寝台の上に立ち上がる。

「「うわっ!」」

 一拍遅れて驚愕の声を上げる私達には目も向けず、寝台の上を見上げるアニェスに、立ち上がったマティルダの遺体は白濁した目をギョロリと向ける。

「ア、アニェス──」

 そう名前を呼ぶ事しか出来ない私の目の前で、アニェスは何かを待つように、じっとマティルダを見つめる。すると、マティルダの口がカタカタと動き出し、

「美……を、憎、む……者……」

 酷く掠れた、喉から吐き出すような声で、けれど確かに言葉を紡ぎ出す。だが、その動きで黒く炭化した皮膚がボロボロと剥がれ、次いで遺体は糸が切れたように、先程と逆回しのように寝台に倒れる。

「死んでからかなり時間が経ってるし、こんなものかしら」

 実験の結果でも見るように、淡々とした口調で呟くアニェスに、

「アニェス、いくら状況が手詰まりだと言っても、君までそんな死者を弄ぶ事をするなんて!」

 流石に私も腹に据えかねて厳しく詰め寄るが、

「私をあの女と一緒にしないで」

 心外と言うようにアニェスは答える。

「今の術は、人が死んで霊魂が抜けた後、死体に残っている魂の残りかすに働きかけて、ちょっとの間だけ動けるようにするものよ。と言っても、残っているのは本当に僅かな残り滓で、放っておけば数日もしないうちに消えて無くなるものだから、知能はほとんど無くて、出来る事と言えば死ぬ直前にやりたいと強く思ってた事を実行しようとしたり、今みたいにメッセージを伝えるくらいだけどね」

「確か、『美を憎む者』と言ってましたね。一体マティルダさんは何を伝えたかったのでしょうか?」

 ロベールも首を傾げる。

「さあね。けど、あの女に繋がる言葉である事は間違いないわ」

 それでここにはもう用無しとばかりに、アニェスは踵を返して霊安室を出て行き、私とロベールも彼女に続いて部屋を出る。

 それと入れ違いのように、別のスーツ姿の男と廊下ですれ違う。それが放つ独特の雰囲気から、男が警察関係者で、シュルク刑事に用があるのだとすぐに察するが、アニェスは振り返る事なく病院の出口へ向かうのだった。


「シュルク警部、連続強盗殺人事件の犯人の拠点と思われる場所が判明しました」

「そうですか。では至急本部へ戻りましょう」

「ところで、先程女の子と男二人とすれ違いましたが、あれはこの被害者の関係者ですか?」

「関係者と言えばそうですね。生前フレイ夫人が随分気に掛けていましたからここまで案内しましたけど、捜査の助けは期待しない方が良いでしょう」

「と言うと、やはり“あちら側”の人間ですが?」

「ええ、確かに女の子の方はその方面の能力はそれなりにあるようですが、あまりにも自己中心的過ぎます。“塔”にも属していないようですし、警察(われわれ)が協力関係を結ぶにはリスクに対してメリットが少なそうで割に合いません。フレイ夫人から長年受けた恩義に免じて向こうの希望に応えましたが、それも今回限りですよ」

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