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星の剣舞姫  作者: たかいわ勇樹
第4話「ボディーガードは繊細で」
18/28

「あのガキだな。奴らの言ってた特徴と一致する」

「しかし信じられませんね。あんなガキがボスの屋敷に乗り込んで全滅させたなんて……」

「当たり前だ。常識的に考えろ」

「ですが、あの時の生き残りは皆口を揃えてガキにやられたと……」

「爆発のショックで記憶が混乱してるだけだろう。実際にやったのは恐らく、あの一緒に歩いている大男だ」

「確かに、あいつがやったという方が現実味がありますが、それにしたってあいつらとあともう一人、神父の格好をしてたって男だけで三〇人はいたガードが全滅させられたってのはやっぱり……」

「良く見ろ。あの男、ただ普通に歩いているように見えるが、足の運び、目の配りに隙がない。軍人上がりかも知れん」

「それにしたって、たった二人や三人に襲撃を受けてボスの屋敷が吹っ飛ばされたなんて、話に尾ひれが付く事を差し引いたって、誰も信じませんよ」

「それでも組織のメンツを潰された事に変わりはない。報復しない事には、俺達は裏社会の笑い者だ」

「じゃあ、あいつらの家を突き止めて襲撃すると言う事で……」

「ああ。だが最低でも片方は生かして捕らえるんだぞ。残りの神父の格好をした奴の素性と居所を吐かせなきゃならないからな」


 照明の落とされた部屋を、炉から吹き上がる炎が照らし、ふいごが炉の中へ送る風の音が響く。

「もっとピッチを上げなさい! まだ火の温度が足りないわよ!」

 炎の色を見ながら、アニェスはふいごを動かすロベールに指示を飛ばす。

 流石にアニェスも、剣を作るのにいつものドレス姿では都合が悪いらしく、丈夫そうなブルゾンとズボンで身を固め、ロベールも同様の服装で作業に就いている。

「良し」

 炉が望む温度に達したらしく、アニェスは一言呟くと、

「ローラン、ふいごを代わりなさい! ロベール、インゴットを持ってきて!」

 アニェスから指示が飛び、私は急いでふいごに飛び付くと、代わりにロベールは部屋の隅から金属の塊を持ってくる。例の隕石から精錬したというそれは、大柄なロベールが両腕で抱えなくてはならないほど大きく、ざっと見ても先日私が渡されたサーベルが何本、いや、何十本も作れそうで、それを分割もせず炉の中へ入れようとするアニェスに、

「おい、一体どんな巨大な剣を作る気なんだ!?」

 思わず尋ねる私に、

「まあ、全体でロベールの背丈くらいにはなるかしら」

 しれっと答えるアニェス。

「君はそんなに大きな剣を使うつもりなのか!?」

「はあ? 何勘違いしてるの!?」

 呆れた口調でアニェスは続けて言う。

「これはロベールのための剣よ。こいつの腕力を生かすには、それなりの大きさと重さがある剣じゃなきゃ。ほら、無駄話してるから炉の温度が落ちてるわよ、さっさとふいごを動かしなさい。全力で!」

 ハンマー片手にアニェスがどやしつけてきて、流石にあれで殴られてはたまらないので、私は力一杯ふいごを動かす。まもなく炉の温度が再び戻ったらしく、アニェスの指示でロベールがインゴットを炉の中へ押し込む。

 ふいごを動かす私も熱さで汗だくなのに、アニェスは炉の正面に座り、炎の熱をまともに受けて汗が出る側から蒸発していくのに、愚痴の一つも言わず炎とインゴットを真剣な表情でじっと見つめている。しばらくの間、アニェスは無言でその姿勢を続けていたが、突然立ち上がると、

「ロベール、出して!」

 アニェスの指示に、ロベールは巨大なペンチで熱されたインゴットを炉から取り出し、金床の上に乗せる。物が物だから普通の大きさでは乗り切らず、特別に用意された大型の金床に乗せられ、灼熱したインゴットを見てアニェスは頷く。

「しっかり抑えてなさい!」

 アニェスはロベールにそう命じると、大ハンマーを振り上げて私の理解できない言葉で何事かを唱えながらインゴットに向けて振り下ろす。澄んだ音を立て、火花を散らしながら、アニェスが大ハンマーで叩く度にインゴットは潰され、伸ばされて形を変えていく。

「凄いな。そんなに力を入れているようには見えないのに……」

 感嘆の声を上げる私の目の前で、金属はみるみるロベールの背丈くらいの長さに伸ばされ、剣の形を取っていく。

「行くわよ、ロベール!」

 アニェスは大ハンマーを手放すと、ロベールと同じ巨大ペンチで金属を挟み、二人で同時に金床から持ち上げる。そして石造りの水槽の上まで持って行くと、水槽に向かってまた何事か呟いた後、

「それっ!」

 ペンチが離され金属の端が水の中に落ち、一瞬遅れてロベールもペンチを離して剣全体が水槽に沈められると、次の瞬間水面から猛烈な蒸気としぶきが立ち上る。

「さて──」

 水面が落ち着いたのを見計らって、アニェスとロベールの二人がかりで水槽から引き上げられた端は全体的に煤塗れで黒ずんでいるが、見事に長大な大剣の形を為していた。

「良くそんな細腕で、あれだけ大きな塊をここまで加工したものだな」

 私が素直に賞賛すると、

「腕力はそんなに必要ないのよ。物の本質を理解して、それに働きかけさえすればね」

 たいしたことではないようにアニェスは答える。彼女が大ハンマーを振るっていた時に唱えていた言葉が関係していたのだろうかと私が考えていると、

「もっとも、ほとんどの人はその本質が分からなくて、表面的にしか物を理解できないのだけど。ローラン、あなたみたいにね」

 続けて言うアニェス。私がいくら考えても無駄だと言っているようにも取れたが、彼女は気にも留めない様子で剣身に目を向ける。

「さあ、これから仕上げに入るわよ。この剣身の全体を磨いてから、柄を取り付けてようやく剣として完成するんだから」

 そうアニェスが言った直後、チリリンと鈴の音が部屋に響く。何かと思い部屋を見回すと、部屋の出入口の上に吊された鈴が、誰も触れなければ風もないのに鳴っている。

「誰かこの家の敷地内に入ってきたみたいね」

 眉をひそめて言うアニェスに、私は尋ねる。

「何故そんな事が分かるんだ?」

「敷地の中に誰かが入ってきたら、あの鈴が鳴るように結界を張っておいたのよ」

「今更だが、本当に君は何でもありだな」

「そうでもないわよ。どんな奴が来てるかどうかまでは分からないし」

 アニェスは肩をすくめてみせると、

「そういうわけだからローラン、ロベール、見てきてちょうだい」

 当たり前のように命じてくる。

「私はこの剣の仕上げに掛かってるから。──ああ、そうだ」

 アニェスは部屋の隅に立てかけてあった私用のサーベルを持ってくる。

「もし招かれざる客だった時の為に、持って行きなさい」

 差し出されたサーベルを、抵抗しても結局は無理に受け取らされるのは分かっていたので、私はやむなく受け取り、ロベールと一緒に部屋を出る。


「こんな夜遅くに、誰が何の用で来たんだ?」

 私は独りごちながら玄関に向かい、ロベールがドアを開けると私も後ろから外を覗き込む。

「「わっ!?」」

 ドアが開いた瞬間、目の前にいた黒服の男と鉢合わせて、ロベールと互いに声を上げる。周りにいた黒服達も一瞬驚くが、彼らはすぐ我に返ると持っていた銃火器を向けてくる。

「──!」

 ロベールの手が散弾銃の銃身を掴んで目の前の黒服ごとドアの向こうへ押し出すと、私も反射的に外へ飛び出し、サーベルを抜き打ち、散弾銃の銃身を斜め切りにする。

「あいつだ! あいつが例の、神父の格好をした奴だ!」

 黒服の一人が私を指差して叫ぶ。連中は私に怨みがあるのかと思った直後、

「撃てっ!」

 外に何台も停められた黒塗りの車の側に控える、リーダーらしき黒服の男から指示が飛び、部下の黒服達が拳銃を撃ってくる。

 私は飛んでくる全ての銃弾の弾道を把握すると、可能な限りの動きで避け、避けきれない一発は弾道上にサーベルの刃を向ける。真ん中に刃が当たった銃弾が真っ二つに割れ、自らの回転エネルギーで私の体を逸れる様を見て、

「馬鹿な!?」

「弾丸を避けるなら分かるが、斬っただと?」

 黒服達の間に驚きが走る。

 以前裏組織のボスの屋敷で最初に成功させた、脳の高速回転とそれによる弾丸斬りを、その後文字通り命懸けの修行によって、私は自分の意志でできるようになっていたが、集中力を限界まで高める必要があるため長時間の使用はできず、更には体──特に脳への負担が大きいのだ。だからこれで黒服達が恐れを成して退いてくれれば良かったのだが、

「怯むな! 撃ちまくれば一発くらい当たる!」

 リーダーの命令に、黒服達は再び銃口を向け、中にはどこから手に入れたのか自動小銃まであって、全部使用不能にするまで体が持つようにするにはどうするか懸命に考える。

 だが、彼らの銃口が火を吹くよりも先に、ロベールが黒服達に迫ってくると、自動小銃を構える黒服に横合いから前蹴りを繰り出し、踵で相手の膝を砕く。地面に崩れた所を、更にロベールはサッカーボールのように頭を蹴り飛ばし、これで意識を刈り取られた黒服は糸の切れた人形のように倒れる。

「や、野郎!」

 他の黒服が銃口を向け直すより先に、ロベールは一息で距離を詰め、2人目の脇腹に回し蹴りを叩き込むと、相手は肋骨が折れたのか蹴られた脇腹を押さえてのたうち回る。

「当たったのは爪先だろ? それで折れるか普通?」

「靴の爪先に鉄板を入れてやがるな!」

「それだけじゃないな」

 狼狽する黒服達に、リーダーの黒服が重い口調で言う。

「さっきセルジュの膝を砕いた蹴りと言い、今の回し蹴りと言い、明らかに靴を履いた戦いに慣れた蹴り方だった。貴様──サバット使いだな?」

「──ちょっと見ただけでそこまで分かるとは、詳しいんですね」

 意外そうにロベールは答える。それは遠回しな肯定を意味した。

 サバットは私もどんなものだかさわり程度ながら知っていた。元はパリのならず者達の間で喧嘩のために使われていた技だったが、ブルボン朝時代に体系化され、上流階級の護身術として広まり、後に競技化された格闘技で、靴を履いていることを前提とした、足首から先を使う蹴り技が多いのが特徴だという。

「まあな。ついでにサバットの弱点も知ってるぞ」

 リーダーはフフンと鼻を鳴らして続ける。

「サバットは蹴り技が多い分、手技とかが少なくて比較的接近戦に弱い。特にあいつは体がデカくて手足のリーチが長いから、懐に入ってしまえばこちらのものだ!」

「そういうことなら任せてくれ!」

 リーダーの言葉に、黒服の中で一番小柄な男がナイフを抜いてロベールに突っ込むと、繰り出される蹴りと腕をかいくぐり、懐に飛び込む。だがナイフの切っ先がロベールの腹に届く直前、ナイフを握った腕を掴まれると、足を払われて黒服は綺麗に一回転。

「がはっ!」

 背中から勢い良く地面に叩き付けられた黒服が、脳震盪を起こしたか白目を剥いてピクピクと痙攣する。

「生憎、スポーツでサバットはやってないものでして」

 失神した黒服を一瞥して、ロベールはリーダーに向かって言う。

「投げだと……まさか……」

 リーダーの表情から余裕が完全に消える。

「古式のサバットは、打撃だけでなく、相手と密着した時の投げ技もある総合格闘技だったそうだが……まさか……」

 上擦った声でリーダーが言うと、ロベールは無言で一歩踏み出して肯定の意を示す。

「さあ、神父様。アニェス様が痺れを切らして出てくる前に、こいつらを全員叩き出しましょう」

 普段来客を迎える時と同じだが、それだけに怖いくらい清々しい笑顔で、ロベールは私に言ってきた。

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