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星の剣舞姫  作者: たかいわ勇樹
第3話 ジュエリーは妖麗で
13/28

 アニェスとロベール、そして不本意ながら私が裏組織のボスの屋敷を壊滅させてからおよそ一ヶ月、アニェスが剣の材料調達で様々な所へ行く都度、私も連れて行かれたが、一つとして命の危険を伴わない場所はなかった。

 ある時は深い森に分け入って、奥地に生える巨木から枝を取りに行ったのだが、途中で狼のテリトリーに入ってしまい、何十頭もの狼の群れに襲われ、森の生態系の重要な一部であることと「食べられないから」という理由でアニェスが殺すことを禁じたために、身を守りながら逃げなくてはならず、その際にアニェス達とはぐれ、危うく森の中でのたれ死ぬ所だった。

 またある時はある高山にしか生息しないという蛾の繭を取りに行ったが、平地よりも空気が薄い上に厚く雪が降り積もった山を、他人のペースなどお構いなしで登って行くアニェスについて行かなくてはならず、寒さと酸素不足で天使の幻覚さえ見て、私が倒れたことに気付いたアニェス達が引き返してこなければ、本当に天国へ行く所だった。

 そして今度は漁場を荒らす鮫の群れ退治に参加という具合に、どれもこれもが死と隣り合わせで、死にかけたことも一度や二度ではなかった。だがアニェスの命令に対し拒否(ノン)を言う権利など当然なかったので、生き延びるため材料調達と教会の仕事の合間に僅かな時間を見つけては体を鍛えるなど、死に物狂いで戦闘力を上げることに努めた。人間命懸けになると大抵のことはできるとは良く言ったもので、最初はアニェスに筋力を限界まで引き出す術を掛けられ、散々引っ張り回された末、術の効果が切れるや反動の疲労や筋肉痛に襲われたが、先程話した鮫退治では術なしで鮫と戦えるまでになっていた。そこまで含めてアニェスの目論見だったのかは分からなかったが、ともかく生き物に対してはアニェスのサポートが務まるようになったものの、肝心の霊への対処法については何一つ教えられなかった。

 物事には順序というものがある、というのは社会の一つの摂理で、私もそこまで行ってようやく霊を相手にする段階に上がったのだが、ここでもまたアニェスのやり方と言うか悪い癖で、客観的に見れば大事なステップのはずが二段も三段もすっ飛ばされたせいで、命の危険どころか下手をすると死後までも苦しむ危険に初っ端から晒されることになったのである。


 鮫退治の翌週、例によってアニェスに呼び出されると、いい加減霊への対処法を教えるよう要求するつもりで彼女の家のドアを叩いた。

「いらっしゃいませ、神父様」

 いつものようにロベールがドアを開けて、私を中に入れる。

 最初に来た時には一階しか片付いていなかった内部も、この頃には隅々まで掃除が行き渡っており、案内するロベールも心なしか誇らしげに見えた。

「アニェス様、ボードワン神父様が来られました」

 ドアの向こうから「入りなさい」と返ってきて、私達が応接間に入ると、アニェスがいつもの黒いドレス姿でソファーに座っていたが、今回はテーブルの上に年齢相応の可愛らしいデザインのポシェットが乗っている。

「じゃあ早速だけど、行くわよローラン」

 私が入って来るなり、アニェスはソファーを立ってポシェットを肩に掛ける。

「行くって、今度はどこなんだ? また海か? それとも山か?」

 霊への対処法を教えるよう要求するつもりが、会って早々機先を制され、諦めの混ざった口調で私が尋ねると、

「違うわよ」

「じゃあ森か? それとも地獄か天国か?」

「何それ、冗談のつもり?」

 私の皮肉をあっさり一蹴すると、これ以上の問答は無用とばかりにアニェスは言った。

「パリよ」

「パリ!?」

 アニェスが口にした意外な目的地に、私が困惑しながら聞き返したのは、これまでアニェスに連れ回された場所を思えば当然だろう。


 フランスの首都・パリの一区にあるヴァンドーム広場は、そこから通じるラペー通りとの界隈に“ザ・リッツ”の通称で知られるホテル・リッツ・パリ、パーク・ハイアット・ヴァンドームに代表される高級ホテルや、カルティエ、ティファニーなど世界的なブランドに加え、フランスでも屈指の老舗宝飾店が幾つも店を構えることから別名“パリの宝石箱”と呼ばれている。

 毎度のパターンながら、アニェスに強引に連れて来られた私は、広場の中央に立つ、かのナポレオン一世がトラヤヌス記念柱を模して建てさせたという円柱を半ば呆然と見上げていたが、

「何ボーッとしてるのよ、ローラン」

 アニェスに声を掛けられ我に返ると、スタスタとラペー通りへ歩いていくアニェスを、私は慌てて追いかける。

 アニェスが目的を全く話さないので、おとなしく従いつつも困惑する私だが、どうせまたまともな用事ではないのだろうと、予想とも諦めとも取れるものはあった。更にアニェスが通りを外れて路地に入り、裏通りにある小さなドアの前で足を止めると、私の予想は確信へと変わる。

 アニェスはドアを三回ノックして、一拍間を置いてから二回叩き、また間を置いて三回叩く。すると内側から小さな覗き窓が開いて、

「何の用だ」

 しわがれた男の声は気難しい響きを含んでいたが、アニェスは構わず、

「先日、とても綺麗な花を見つけて来たと聞いたけれど」

「ああ、シテ島の花市でな」

「でも、もっと綺麗な花があるわよ」

「そんなわけがあるか」

「あら、見もしないうちから否定するってことは、そんなに自分の花に自信がないの?」

「言ったな。なら見せてみろ」

 鍵が開く音がして、ドアが開かれる。

 ドアを開けたのは小柄で腰が曲がり、薄い頭髪と張りだした額が特徴的な老人で、挨拶もせず、首を動かすだけで私達に中へ入るよう促すと、アニェスも何も言わずに中へ入っていくので私も仕方なく無言で後に続く。ドアの鍵を幾つも掛けてから、老人は私達を先導して歩き出す。薄暗い廊下を進んで通された部屋は、花どころか粗末な机と椅子二つしか調度らしきものが無く、まるで警察の取調室のようで、雨戸が閉まっているのが息苦しさに拍車を掛けていた。老人がその椅子の一つに腰掛け、アニェスが机を挟んで老人の対面に座ると、必然的に私はアニェスの横に立つことになる。

「いつものでかい男じゃなく、神父なんぞ連れてくるとは何の酔狂かな? (ホン)のお嬢」

 訝しげに私の顔を見上げて尋ねる老人に、

「心配ないわ、そいつは私の下僕だから。それより早く本題に入りましょう」

 アニェスの答えに、完全には納得しきれないようだったが、老人は「ふむ」と頷き、

「で、今日はどんな花を持ってきたのかな?」

 そう尋ねる老人に、アニェスはポシェットの蓋を開け、無造作に手を突っ込む。手を抜き出し、机の上まで持って行って開くと、色とりどりの宝石が机に転がる。

 何故花を求められているのに宝石なんかと困惑する私をよそに、老人はその一つを手に取り、ルーペでつぶさに観察する。様々な角度から注意深く見ると、その宝石を机に置き、次の宝石を取って同じように観察する。そうして全ての宝石を無言のうちに見終わると、老人はフゥッと一息吐いて口を開く。

「今回もまた、随分とヤバいのを持ってきたもんだね。捌く方のことも考えて欲しいよ」

 意味ありげに机の上の宝石に目を落としながらぼやく老人とは対称的に、アニェスは軽い口調で、

「あら、宝石なら研磨(カット)すれば、出所はどうとでも誤魔化せるでしょう?」

「簡単に言わないでくれ。手間賃は掛かるし、削れば小さくなってその分石の値段が落ちるんだぞ」

「職人の腕の腕次第で値の落ち幅は小さくなるし、場合によっては高くもなるでしょう?」

「その職人の腕が安くないんだ。研磨の出来を決めるのは、一に時間、二に道具、三に知識、最後に経験で、後の二つは一朝一夕でどうなるもんじゃない。何度も言ってるだろう?」

 その後も二人のやり取りは続き、アニェスが出した宝石をいくらで買うか値段交渉に入るが、ここまでの話を聞いただけで、老人の素性を推測するには十分だった。

 しばらくして値段の折り合いが付くと、老人は椅子を立ち、そのまま部屋を出て行く。

「アニェス、もしかしてこの人は故買屋なのか?」

 ドアが閉まってすぐ、アニェスに尋ねると、

「ええ、そう。最初に花がどうしたというやり取りは、ヤバい物を引き取ってという符丁よ」

 思いの外あっさりと、今更気付いたのと言うように答えてくる。

「じゃあ、この宝石は……」

「ええ、この前石炭を頂くついでに持ってきた物よ」

 言われてみれば、あの時アニェスに見せられて覚えのある宝石ばかりだったことに気付く。

「どうせ放って置いても瓦礫の山に埋もれたままか、掘り出されても警察とかに押収されてずっと保管されるのがオチなんだから、こうして市場に出した方がよっぽど世の中のためになるし、私もお金が入って全てが丸く収まるじゃない?」

「市場は市場でも、裏市場じゃないのか?」

「だから何?」

 全く悪びれないアニェスの態度に、返す言葉を見つけられずにいると、再び老人が部屋に入ってくる。

「確かめてくれ」

 老人が札束を机の上に置くと、アニェスは一つ一つ手に取り、手早くチェックする。

「確かに、間違いないわ」

 全てチェックし終わると、アニェスは札束を無造作にポシェットに突っ込んでいく。

「今度はもう少し捌きやすい物を持ってきてくれ」

 札束と一緒に持ってきていたケースに宝石を移しながら言う老人に、

「ヤバくない物だったら、あなたの所になんて持ち込まないわよ」

 アニェスが即座に言い返すと、老人は不機嫌そうにフンと鼻を鳴らすが、

「そう言えば、先日こいつとは別の意味でヤバい物が出たという話を小耳に挟んだんだが、お嬢なら好みじゃないかな?」

 ふとそんなことを言うと、老人は意味ありげにアニェスを見る。

「へぇ」

 興味を引かれたらしく、アニェスは先程の札束の一つをポシェットから出すと、そこから数枚引き抜く。

「詳しく聞かせてくれるかしら?」

 机の上を滑る紙幣に手を乗せ、老人はニヤリと口の端を吊り上げた。

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