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その後は、ロベールと二人でこの屋敷に来た目的である最高品質の石炭を探してトラックに運び込み、その間アニェスは「やることがあるから」と私達とは別に動いていたが、私達が作業を終えてトラックを停めてある裏口に合流する時、彼女の服のポケットが前よりも膨らんでいた。当然何を入れているのか尋ねると、アニェスはポケットから赤や緑、その他色とりどりに輝く石を出して見せてきた。もちろんこんな屋敷にあるということは、ガラスや玩具の類であるはずがないことは容易に想像できた。
「大丈夫よ。上等なのをいくつか貰って来ただけだから」
あっけらかんと言ってくるアニェスに、「そういう問題ではないだろう」と言い返すと、彼女は宝石をポケットに戻し、代わりに例の隕石の欠片から作ったという短剣を抜く。
「そ、そんなに怒ることないだろう!?」
何とかアニェスをなだめようとするが、彼女は何をそんなに慌ててるのというような顔をすると、屋敷の方を振り返り、何度か術を使う時に見てきたような呪文らしきものを唱え、
「疾!」
力強く叫びながら、短剣を地面に刺す。直後、それが爆弾の起爆スイッチだったかのように屋敷の建物の各所から同時に爆発が起こり、瞬く間に轟音を立てて崩れ落ちる。
「なっ──!?」
口を開けて呆然とする私とは対照的に、アニェスは満足したように頷く。
「良し──それじゃさっさと撤収するわよ。ロベール、出して。ローラン、呆けてないでさっさと乗りなさい」
あまりに突然で衝撃的な光景に思考停止に陥る私だったが、アニェスに強引に促されて行きと同じく荷台に乗り込み、次いでアニェスが助手席に乗り込むと同時に、トラックは勢い良くその場を離れた。
「何だあれは!?」
石炭が積み込まれ、行きの時よりだいぶ狭苦しい荷台から私がそう言えるくらいに落ち着いたのは、トラックが発車して一〇分ほど経ってからだった。
「何って、爆破したのよ」
何を分かり切ったことを訊くのと言うように答えるアニェスに、
「その位私にだって分かる。君が建物のそこら中に貼っていた符というのを一斉に爆発させたんだろう?」
「そうよ。で?」
「いくら何でもあそこまですることはないだろう!?」
本当はそれ以前に屋敷中で暴れ回る、と言うよりそもそも欲しい物があるから乗り込んで奪い取るということ自体が普通ではないのだが、至らぬながら正直そこまで追及する気力は失せていた。だがアニェスは不服そうに眉を寄せ、
「何言ってるの。私なんてまだ優しい方よ。私の師匠なんて、例の爆発の符を貼り付けた槍を、外から盗賊団の根城へ何十本もビュンビュン投げ込んで、向こうに落ちる側から爆発してあっという間に燃え広がって、焼け出された盗賊達を『さあ、残り全員叩き斬ってこい』って放り出されたのよ」
そう昔話をするアニェスに、絶句するしかなかった私を誰が責められるだろうか? 同時にアニェスの常軌を逸した修行法や、人命に対する考え方の違いは、その師匠とやらの影響を多分に受けていることを、私は理解した。
「あ、そうそう」
思い出すようにアニェスは続けて言った。
「屋敷に入る前にあなたに掛けた術──そろそろ切れる頃だから」
「ああ、そう……」
無茶苦茶の連続の後で、流石にもう力仕事はないようだから些細なことと思い、生返事を返す。だが、その時私は気付いていなかった。アニェスが私に掛けた術は、筋肉が無意識に掛けている枷を外して通常より遥かに強い力を出すそうだったが、何故人間は無意識のうちに筋肉に枷を掛けているのかを──
『明後日にまた次の材料を取りに行くから、今日と同じ時間に家に来るのよ。あと、術を掛けなくても付いていけるように、普段からもっと鍛えなさい。じゃあね』
そう自分の用件だけ言うと、私の返事も待たず電話口の向こうでアニェスは一方的に電話を切る。
「クッ……」
受話器を戻そうとして、腕に痛みが走り、私は思わず声を漏らす。アニェスが彼女なりに気を利かせて教会までトラックで送ってくれたのだが、降りてすぐに術が切れると、途端に筋肉に掛けている枷を外して長時間動き回った反動で疲労が全身にのしかかり、更には鈍い痛み──筋肉を限界を超えて酷使したことで筋肉痛が襲いかかってきた。
昼間使った筋肉には普段使わない箇所も含まれていたらしく、場所によって多少の差はあるものの、ただ歩いているだけでも体のあちこちが痛く、食事や祈りは相当な苦行だった。
「神よ、私は罪を犯して、心から愛しているあなたに背いたことを深く悔やんでいます。御子イエス・キリストが十字架の上で流された御血によって、私の犯した罪をお許し下さい。お恵みによって心を改め、再び罪を犯してあなたの愛に背くことのないよう決心いたします。アーメン──」
そう悔い改めの祈りを唱えるも、最後の言葉が守られることは決してないことが──明後日にもまたアニェスが剣の材料を調達するために大暴れする可能性が高く、私がそれを止められない可能性は限りなく一〇〇パーセントに近いだろうと分かっていた。
それでも私は聖職者として祈らずにいられなかったし、いつか迷える魂に天国への道を示す方法を見つけるために修行を続けようと心に決めていた。半ば強制的に踏み出す羽目になった道だったが、立ち止まることも引き返すことも考えられなかったし、私がこうして生きていることが進めという神の意志かも知れなかったからだ。それはこの日の騒動と苦痛がまだ序章に過ぎなかったと言えるほど、苦難に満ちた道行きとなるのだが、それらについて語るのは、また後日のことにしよう。