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元の場所

作者: 真核生物
掲載日:2026/09/08

 片づけというのは、要るものと要らないものを分ける作業だと思っていた。


 *


 母が膝の手術をしたのは、六月だった。


 人工関節を入れる手術で、前から言われていたものだ。予定して入る手術だから、慌てるようなことは何もない。入院は二週間半と言われた。


 私は電車で二時間のところに住んでいる。弟は九州にいる。だから、行くのは私になる。


 *


 手術の三日後に行くと、母はもう歩行器で歩いていた。


 「思ったより痛くないのよ」


 そう言って笑った。七十二にしては元気なほうだと思う。父が亡くなってから八年、ずっと一人で暮らしている。


 退院支援の看護師さんに、廊下で呼ばれた。


 「ご自宅の様子を伺ってもいいですか」


 *


 私は、実家の間取りを説明した。


 築四十年の一戸建て。二階建てだが、母は一階しか使っていない。廊下に段差が二か所ある。風呂場のまたぎが高い。廊下は物が多い。


 看護師さんは、ふんふん、と聞いて、それから言った。


 「退院までに、少し整理していただけると安心です」


 「はい」


 「杖で歩かれるので、通り道に物があると危ないんですよ」


 もっともだ、と思った。


 *


 その日の帰りに、私は実家に寄った。


 鍵を開けて、電気をつけて、それで、少し立ち止まった。


 物が多い。


 子どものころから多かったが、こんなに多かっただろうか。廊下の壁際に段ボールが積んである。玄関には靴が十足以上出ている。台所の床にペットボトルの箱がある。


 ただ、散らかってはいなかった。


 段ボールは壁に沿って一列に並んでいた。靴は爪先を全部そろえて、玄関の右側だけに置いてあった。ペットボトルの箱は、勝手口の手前、いつも同じ場所にあった。


 多いけれど、整っている。そういう散らかり方だった。


 私はそれを、几帳面な人が物を捨てられないとこうなる、と思って見た。


 これは、片づけなければいけない。


 *


 弟に電話をした。


 「手術、うまくいったって」


 「そう。よかった」


 「退院までに家、片づけないといけないんだって。杖で歩くから」


 弟は少し黙ってから、悪いけど頼む、と言った。九州から週末ごとには来られない。分かっていた。分かっていて電話をしたのだから、これは確認みたいなものだ。


 「なんかあったら言って」と弟は言った。


 言うことはないと思った。片づけるだけだ。


 *


 次の週から、私は毎週末、実家に通った。


 母には電話で報告した。


 「玄関の靴、要らないの捨てるね」


 「うん」


 「廊下の段ボール、中身なんだった?」


 「……なんだったかしら」


 「じゃあ捨てるよ」


 少し間があってから、母は言った。


 「あんまり、動かさないでね」


 *


 その言葉を、母は何度も言った。


 捨てないで、ではなかった。動かさないで、だった。


 私はそれを、同じ意味だと思って聞いていた。


 母は物を捨てられない人だ。昔からそうだった。菓子の空き箱も、紙袋も、輪ゴムも取っておく。そういう世代だ、と思っていた。


 変化を嫌う人でもある。父が亡くなったあとも、父の茶碗をそのままにしていた。


 だから、動かさないで、というのは、要するに、いつも通りにしておいてほしいということだと思った。


 いつも通りにしていたら、母が転ぶ。


 *


 私が捨てたものを、覚えている限り書く。


 玄関の靴が七足。廊下の段ボールが四つ。中身は古い雑誌と、来客用の座布団と、私と弟の教科書だった。


 台所の食器棚から、欠けた皿を五枚。使っていない土鍋。賞味期限の切れた缶詰が十一個。


 居間のテレビ台の上にあった置物。いただきものらしい木彫りの熊と、こけしが二本。


 新聞紙の束。紙袋の束。空き箱の束。


 それから、目薬。


 *


 目薬は、三か所にあった。


 居間のテレビ台の引き出しに三本。寝室の枕元に二本。台所の窓辺に二本。


 同じ会社の、同じ形のものだった。開封して使いかけのものと、箱に入ったままのものが混ざっていた。


 同じものが七本もあるのは、たぶん、もらってきては使わずに置いているからだ。母はそういうところがある。もったいないと言って、使わないまま溜める。


 私は、それを一か所にまとめた。


 まとめてから、開封済みのうち、古そうなものを四本捨てた。目薬は開けたら一か月、と聞いたことがある。いつ開けたか分からないものを置いておいても仕方がない。


 残った三本を、洗面所の棚に入れた。薬は洗面所にまとめる。そう決めて、胃薬も湿布も、全部そこに移した。


 一か所にあれば、飲み忘れない。私はそう思った。


 *


 家具も動かした。


 廊下の段差は、ホームセンターで買ってきたスロープで埋めた。二か所とも。


 居間のソファは、テレビの正面ではなく壁際に寄せた。そのほうが通り道が広くなる。


 寝室のタンスは、部屋の入口から遠いほうに移した。夜中に起きたときに、ぶつからないように。


 台所の椅子は、四脚のうち二脚を二階に上げた。


 *


 照明も替えた。


 母の家は、どの部屋も暗かった。電球が古いのだと思った。


 廊下の蛍光灯を、明るいLEDに替えた。玄関も、寝室も替えた。人感センサーのついた足元灯を、廊下に二つ置いた。


 これで、夜中でも見える。


 私は、そう思った。


 *


 退院の日、母は家に入って、しばらく玄関に立っていた。


 「明るくなったでしょう」


 私が言うと、母は「うん」と言った。


 それから、靴を脱いで、上がった。


 杖をついて、廊下をゆっくり歩いた。ちゃんと歩けていた。


 居間に入って、ソファが壁際にあるのを見て、少し止まった。


 「ここ、動かしたの」


 「うん。通りやすいと思って」


 「そう」


 母は、それだけ言って、座った。


 *


 三日ほど、私は実家に泊まった。


 母は、ソファに座ったら、あまり立たなかった。


 膝が痛いのだろうと思った。手術したばかりだ。座っていなさいよ、と私は言った。母は、うん、と言った。


 台所で、母が冷蔵庫の前に長く立っていることがあった。何を探しているのか聞くと、なんでもない、と言われた。


 夜は、電気をつけたままにしていた。


 「消さなくていいの」


 「つけといて」


 明るいほうが安心なのだと思った。替えてよかった、と私は思った。


 *


 二日目に、母が聞いた。


 「台所の椅子、どうしたの」


 「二階に上げたよ。四つも要らないでしょう」


 「そう」


 母は、それきり何も言わなかった。


 私は、答えを聞いて安心した。母が家の変化を受け入れている、と受け取ったからだ。


 三日目の朝、母が洗面所で立っていた。棚を開けて、閉めて、また開けていた。


 「どうしたの」


 「ううん」


 私はそのとき、洗面所を出た。母が薬の場所を覚えていないのだと思って、あとで一緒に確認しようと考えた。


 考えただけで、しなかった。


 *


 母はトイレにも一人で行けたし、風呂も、手すりを持てば入れた。


 私は安心して、四日目に自分の家に帰った。


 電話は毎日した。変わりない、と母は言った。


 *


 十日目の夜、母が転んだ。


 午前二時ごろ、トイレに行こうとして、廊下で転んだそうだ。自分で電話をかけて、救急車を呼んだ。


 大腿骨の付け根を折っていた。


 転んだ場所は、廊下の、居間の入口の前だった。


 そこには、私が置いた足元灯があった。人が通ると光るやつだ。壁際に置いた。通り道の邪魔にならないように、低いところに。


 母は、それに躓いた。


 *


 病院に着いたのは、朝の六時だった。


 母は手術を待っていて、意識ははっきりしていた。私の顔を見て、すみません、と言った。


 「なんで謝るの」


 「せっかく片づけてくれたのに」


 私は、何も言えなかった。


 *


 その日の夕方、看護師さんに聞かれた。


 「お母様、緑内障のこと、娘さんはご存じでしたか」


 *


 私は、聞き返した。


 「緑内障、ですか」


 「ええ。お薬手帳に。点眼薬が」


 看護師さんは、少し困った顔をした。私が知らないと分かったからだと思う。


 「六年前からですね。ずっと同じ眼科にかかっておられます」


 私は、お薬手帳を見せてもらった。


 二か月に一度、同じ日付で、同じ薬が並んでいた。六年分。一度も抜けていなかった。


 私は、その手帳を三年前にも見たことがある。母の入院ではなく、風邪で内科にかかったときだ。見たはずなのに、何も覚えていなかった。


 薬の名前を読んでも、私には何の薬か分からなかった。分からないものを、私は読み飛ばしていた。


 *


 私は、その日の夜、調べた。


 緑内障は、日本人の中途失明の原因の一位だった。四十歳以上の二十人に一人。六十歳以上では十人に一人。


 初期には自覚症状がほとんどない。


 視野が欠けても、両目で見ていると、欠けているほうを反対の目が補うので、気づかないことが多い。


 いちど欠けた視野は戻らない。点眼薬は、進行を止めるために使う。続けなければ意味がない。


 *


 私は、そこで手を止めた。


 目薬。


 三か所にあった。居間と、寝室と、台所。


 私はそれを、一か所にまとめた。


 *


 母は、家じゅうを暗記していた。


 あとになって、そう気づいた。


 四十年、同じ配置だった。ソファはテレビの正面にあり、タンスは入口の右にあり、椅子は四脚とも台所にあった。廊下には段差が二か所あって、母はその位置を知っていた。


 見えていなくても、歩けた。


 欠けている場所に何があるかを、覚えていたからだ。


 *


 物が多かった理由も、そのときに分かった。


 母は、片づけられなかったのではない。動かさなかったのだ。


 段ボールが壁に沿って一列に並んでいたのは、そこを通るときに手が触れるからだ。靴が玄関の右側にそろえてあったのは、右側にあると決めていたからだ。ペットボトルの箱が勝手口の手前にあったのは、そこが勝手口の手前だと分かるからだ。


 あれは散らかっていたのではなく、目印だった。


 私は、目印を捨てた。


 *


 私は、明るくした。


 明るくすれば見えると思っていた。


 視野が欠けているというのは、暗くて見えないということではない。そこに何かがあっても、見えないということだ。


 だから、明るさは関係なかった。


 関係があったのは、配置だけだった。


 私は、それを全部変えた。


 *


 二度目の手術のあと、私は母に聞いた。


 「なんで言わなかったの」


 母は、天井を見たまま答えた。


 「言ったら、来なさいって言うでしょう」


 「言うよ」


 「でしょう」


 母は、そこで少し笑った。


 「あの家、四十年住んでるのよ」


 *


 母は、目のことを誰にも言っていなかった。


 弟も知らなかった。近所の人も知らなかった。眼科には六年間、一度も欠かさず通っていた。点眼も続けていた。


 続けていたから、進行は遅かったのだと思う。


 *


 「動かさないでね」


 母は何度も言った。


 私は、物を捨てられない人の言葉だと思って聞いた。


 母は、自分が家の中を歩ける理由を言っていた。


 言い方が同じだっただけだ。


 *


 九月に、母は施設に入った。


 膝と股関節の両方を手術したあとで、一人暮らしは無理だという判断になった。判断したのは私だ。母は反対しなかった。


 施設の部屋は、四畳半くらいの広さだった。ベッドと、小さいタンスと、椅子が一脚。


 母は、入ってすぐの日に、部屋の中を杖で何度も往復していた。何をしているのかと聞いたら、覚えてるの、と言った。


 「覚えるって、何を」


 「どこに何があるか」


 母は、それだけ言った。


 私は廊下に出て、少し泣いた。母には見えていない、と思ってから、そうではない、と思い直した。母には、私の顔の位置くらいは見えている。見えていないのは、私のほうだった。


 *


 実家は、いま空いている。


 *


 私は一度、家具を元に戻そうとした。


 ソファをテレビの正面に。タンスを入口の右に。椅子を台所に。


 やってみて、分からなくなった。


 ソファが壁からどれくらい離れていたのか。タンスと壁のあいだに、何センチあったのか。私は毎年帰っていたのに、何も覚えていなかった。


 写真を探した。居間を正面から撮った写真は、一枚もなかった。人が写っている写真ばかりで、家具は端に切れていた。


 *


 母に聞いた。


 「ソファ、どのへんにあったっけ」


 母は少し考えて、それから言った。


 「もういいよ」


 *


 私は、片づけというのは、要るものと要らないものを分ける作業だと思っていた。


 実際にやっていたのは、意味の分かるものと、分からないものを分ける作業だった。


 分からないほうを、私は捨てた。


 *


 自分の家に帰って、その夜、私は電気をつけずに歩いてみた。


 玄関から廊下を通って、台所まで。冷蔵庫を開けて、水を出して、飲んだ。


 どこにもぶつからなかった。


 十二年住んでいる家だ。


 *


 私は台所に立ったまま、しばらくそうしていた。


 目は、ちゃんと見えている。


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