なーろっぱ世界の短編 婚約破棄とか聖女とかドアマットとか転生とか
お母様はこじらせ野郎を容赦しない!
一年ぶりに辺境の任地から帰って来たお母様は、わたしに言いました。
「そいつ、こじらせてるんだろ」
他の大人たちと同じでした。
わたしの婚約者であるサイラスは会う度にわたしを罵倒するのです。
「全く地味でブスを嫁にするなんてボランティアみたいなものだぜ」
「なにをしても気がきかないし。俺より成績が上とかあてつけなんだろ」
「一緒に歩く? はっ。お前なんか連れてたらみっともねぇだろ」
「なんだその服は、男でも誘うつもりか? どうせ似合わないんだからせめて地味にしろよ」
「あんな乱暴な女の娘、頭を下げられたからもらってやったんだ」
会う度に自分が潰されて小さくなっていく気がします。
サイラスの御両親は、
「この子は照れ隠しで……良く言い聞かせるから」
「もう少しもう少しだけ見守っていてくれ」
うちのお父様は、なぜか、遠い目をして、
「……男の子にはそういうことがあるんだよ。嫌いは好きの裏返しというだろ」
お母様も所詮は大人だったんだ……。
お母様は変わったひとです。
燃え上がるような赤毛で、背はすらっと高くて、いつも軍服姿です。
しかもそれがお母様のために仕立てられたみたいに似合っています。
軍人一家に生まれたわけでもないのに、学園の騎士科に入り、トップの成績で駆け抜けて。
卒業してすぐ、当時2年に渡って続いていた隣国との紛争――戦争を紛争と言わないと議会を通らなかったらしいです――で次々と大功を上げ。
戦争終結直前には、お母様の当時の上官が戦死し、崩壊しつつある味方を圧倒的なカリスマと指導力でたちまち統率、逆に敵戦線を突破。
電撃的な進撃で、敵の巨大食糧基地を焼き払い、食料不足におちいった隣国の戦線は完全崩壊。
『彼女なしには戦争の終結はなかった』とまで言われるほどの武勲と、英雄を欲していた王家の都合があわさって、女性初の将軍になり。
今ではわが国でも3人しかいない大将軍のひとりです。
任地から戻って来たばかりで、個人的な相談でわずらわせるとか、ためらったのですが。
もうお母様以外に相談できる人もいなくて勇気を出して相談したのに……。
「だが、それにお前の心が付き合う必要はない」
「!」
わたしは思わず顔をあげました。
その答えは他の大人とはちがいました。
「それになんだ? 自分より成績が上なのはあてつけだっけ? お前の成績はお前の努力のたまものであって、奴のためのものではない」
「あ……」
「ったく、婚約者が成績優秀なのを褒めるのが普通だろ。悔しかったら自分も努力すりゃいい。それで及ばなかったら、すげーって言えばいい。それだけだ。ちいさい野郎だ」
「……ちいさい野郎」
わたしの中で、サイラスがどんどんしぼんでいくのを感じます。
「加えて言うとだ、私は頭を下げた覚えはない。そもそも婚約は半年前だろ。私はずっとあっちにいたからな」
「あ……」
毎日罵倒されて、判断力まで削られてしまっていたらしいです。
「にしてもブルーノも所詮は男だな。理解する必要がないものを理解しやがって」
ブルーノは、わたしのお父様です。
お母様は、猛禽類のような笑顔を浮かべて、
「あとで締めてやんなきゃなぁ。ったく、私のいない間にさっさと話を進めやがって」
「……う」
その辺に関しては、わたしもちょっと後ろめたいのです。
それもお母様に言い出すのをためらった原因のひとつです。
お母様が話を進めたら、候補は軍人さんばっかりになりそうだと思ったのです。
中でも、お母様がしばしば講義に来ていた学園の騎士科の生徒の誰かとかになったら……いやだな、と。
だって、あのひとたちは、声も大きくていかにも乱暴そうで……年齢が釣り合っていても、ちょっと……。
なので、家にいてくれそうな人がいい、とお父様に頼んだのはわたしなのです。
「まぁ、お前は軍人の奥方にはなりたくない、って顔してたから仕方ないって任せたところもあるんで。そこまで締めねぇから安心しろ」
ばれてました……。
やっぱりお母様にはかないません。
「あの」
「ん?」
「お父様は、お母様にそのこじらせたり……」
「最初、舐めた口をきいて来たんで、ガツンとやってやった。それからは一言も言わねぇよ。言ったら離縁だ」
そんなことになったらお父様は泣くでしょう。
一目ぼれだったそうです。
出会った瞬間、雷に撃たれた気がしたそうですから。
でも、そんな相手に、なんで舐めた口をきいたんでしょう? 殿方はやっぱりわかりません。
「ったく、年甲斐もなく青春の青臭さをうずかせやがって、被害者が実の娘だってぇのに男同士はクソ麗しいもんだ……まぁそれより。ふざけたこじらせ野郎をのしてやるか」
お母様は苛烈です。
サイラス野郎、いえ、サイラスさまはどんなめにあってしまうのやら……。
「あ、あの、そこまでは」
「ん? じゃあこの婚約続けたいか?」
「え、いやです」
思わず本音が出てしまいました。
『そこまで』と言ってしまったのは、わたしの本心ではなかったようです。
恨む女は令嬢らしくない、とかそういう思い込みだったみたいです。
「なら決まりだ」
「……あ、あの。サイラスがわたしを好きだと言うのは」
それだけがわずかに引っかかっていました。
だって、もしそれが本当なら、わたしのことをずっと好きでいてくれたということで……。
「知らん。どっちでも関係ない」
「関係ない……?」
「心底お前が嫌いだろうが、照れ隠しで罵声を浴びせてようが言葉はひとつだ。その裏なんざ読んでやる必要はない。お前が嫌だと感じた。それが全てだ」
「……そうですね」
ああ、そうか。
考える必要すらないことだったんだ。
なんかすっきりしました。
「お前のことだから記録はつけてるな?」
「え、あ、はい」
サイラスに浴びせられた罵声の数々があまりにも理不尽なのに、誰も聞いてくれないので、ノートに書きつけておいたのです。
でも、一見、大雑把に見えるお母様がここまでわたしのことを判っててくださっているなんて。
自分がとても愛されてる、と感じて、鼻の奥がツンとしてしまいました。
「それはよかった。じゃあ明日にも婚約解消をもぎとってきてやるから安心しろ」
お母様は笑いました。
「お前はわたしの最高にかわいくて愛しい娘だからな。あ。それから一週間ばかり学園には行くな……おもしれーことにしてやる」
※ ※ ※ ※
翌日の朝。
お父様はよほど締められたのか、目に隈をつくりしおれはてた体たらくでした。
そして、わたしに平身低頭謝ってきましたが、下がった評価は戻りませんよね。
続いて現れたお母様は、凛々しい軍装でした。
しかも大将軍の正式軍装!
驚いているわたしを見ると、にやっと笑って、
「堂々たる討ち入りだからな」
お母様は、朝食が終わると、幾多の敵を屠って来た愛用のサーベルを腰に差し、婚約者の家へ出かけていきました。
わたしの問題でもあるので、一緒に行くべきでしょうか、と訊くと。
すっと頭をなでてくれて、
「お前はすでに十分以上に嫌な思いをした。あのクソ野郎に顔さえ見せてやる必要はない!」
と、ほれぼれする男前な顔で言い放ちました。
娘のわたしでも、一瞬どきり、とするほどのイケメンです。
お母様が、指揮下にある兵士たちだけでなく、貴族のご婦人からご令嬢にまで、幅広い人望があるのも納得です。
俺もついていった方が、と言いかけたお父様には、
「肝心なところで相手に通じるような奴を戦場に連れてくわけないだろ!」
と容赦なく撃沈し、意気揚々と出かけていきました。
正午。
お母様は帰ってきました。
宣言通り、婚約はあっさり解消になりました。
サイラスの家に乗り込んだお母様は有無を言わさず、サイラスとサイラスの両親を応接室に呼びつけ、わたしが日記に書いた内容を朗読。
しかも、サイラスの罵倒を、サイラスが罵倒されている形に変えて朗読したらしいです。
「こーんな地味なブ男を婿にするなんざボランティアみたいなもんだぜ」
「なにをしても気がきかないし。わたしより成績が下とか恥ずかしくってたまんないぜ。頭の中身が腐ってるんじゃねぇか。くっせぇ」
「一緒に歩く? はっ短足野郎が。てめぇなんか連れてたらみっともねぇだろ。とろとろ歩いて邪魔になるだけじゃねぇか。しっし」
「なんだその服は、女にでもモテるつもりかぁ? どうせ何着ても似合わねぇんだからせめて地味にしろよ。壁に混ざって存在を消しちまえ」
「あんな愚鈍な両親の息子、頭を下げられたから仕方なくもらってやったんだ。はっ」
あれ? わたしの記録より随分とひどいような……。
お母様が軍隊で磨きに磨いた罵倒を真正面から叩きつけられて。
サイラスはたちまち青ざめ、泣き出し。
サイラスの御両親は震えながらもかばおうとしたらしいですが。
お母様は、にこやかに笑った悪魔のように
「ほう。つ・ま・り。あなたがたは罵倒が賞賛だと息子さんに教育したわけですね。なるほど。ではこれからは私も見習わせていただきましょう。クソ両親様!」
と宣言。
「いやぁ、ひどい味の紅茶ですね。この応接室も趣味が悪い! こんなケバケバしく安っぽい屋敷はすんばらしいですな! 客を長逗留させたくない悪意が充満している! はっはっは照れ隠しですよ照れ隠し! 賞賛してるだけですよ! うわほんとくそまずぅ! 塹壕にたまった泥水のほうがマシですな、淹れた人間の顔がみたい! 人間性だって終わってますな! おっとここに莫迦ヅラがふたつ、どっちかな?」
とお母様が呼吸のように罵倒し始めたのに耐えかねて、婚約解消を認めたそうです。
破棄よりましということです。
それでもきっちり慰謝料をもぎとってくるのもお母様らしいです。
サイラスは泣いてすがったそうですが。
そうしたら一転してお母様は、妙にやさしい声で、
「ほう。そこまで言うなら。条件付きで継続を認めてやるかもしれないなぁ」
「な、なんでも聞きます!」
顔を涙でぐしょぐしょにしたサイラスが叫ぶと
「じゃあ……学園の騎士科にいる私の教え子達に、気が向いたらお前に罵声を浴びせておくよう頼んでおくから、半年それに耐えられたら考え直してもいいかもしれねぇなぁ」
という条件をつけたそうです。
お屋敷に帰って来たお母様から顛末を聞いたわたしは思わず、
「どうしてですか? お母様ならなんの条件もつけずに蹴ってしまうことだって」
「条件つけてねぇよ」
「え。だって」
「『やるかもしれない』『考え直してもいいかもしれない』と言っただけだ。考え直すとは一言も言ってない。すでに正式な婚約解消の書類にはサインさせてる。ほら」
「え……ほ、ほんとうですね」
すでに婚約解消は成立していました。
「考え直すかもしれない条件として、とりあえずサインさせた。ごねやがったが、サインしないのなら、考え直すこともない、と脅したら、泣く泣くサインしやぁがった」
そしてもう一枚の誓約書には、
『自分は、騎士科の学園生たちにどんな罵声を浴びても一切反論はしないと誓います。そして反論した瞬間。自動的に婚約解消が成立することを誓います』と。
「あのヒョロヒョロぼんぼんにも、お前が味わった苦しみをちょっとは味あわせようと思ってな」
お母様は、その誓約書をわたしの目の前でヒラヒラと振ってみせながら、
「ま。あのプライドだけは山より高いぼんぼんが一週間と耐えられるわけねぇけどな。くくく」
※ ※ ※ ※
翌日、サイラスは、登校早々、騎士科の男子生徒に囲まれて。
早速、凄まじい罵声の洗礼をあびせられたそうです。
そもそも騎士科の生徒さんたちは、サイラスのわたしへの仕打ちに憤っていて、そこへお母様からお墨付きが来たので、ノリノリだったそうです。
サイラスがたまりかねて
「お前らだって好きな子には照れ隠しで心にもないこと言ったりするだろ!」と逆切れすると。
騎士科の生徒たちはいっせいに、
「ダサ!」
「おこちゃまかよ!」
「そういうのは学園入学前に卒業して置けよ!」
と、あっさり切り捨てられたようです。
なんだ、ぜんぜん拗らせない人たちもいるんですね。殿方全般を誤解してしまうところでした。
それにこの時点で、誓約書の条件『一切反論しないと誓います』が成立していたのです。
このころには学園中に、サイラスにはどんな罵声を浴びせてもいい、と知れ渡り。
他の科の学園生の面白半分な方々まで加わって、一日中罵声の嵐。
2日目で教師に泣きついたそうですが、教師にはお母様から連絡が回っており『そういう契約だと聞いている。身から出た錆だ』扱い。
友人達からも『同類扱いされたくない』と見捨てられ。
どこにも逃げ場がない学園生活に3日と耐えられなかったそうです。
4日目の早朝に、サイラスのサイン入りで『婚約解消』の正式書類が我が家に来ました。
朝食の席で、お母様からそれを見せられて、
わたしは思わず
「よわっ!」
と呟いてしまいました。
お父様は一瞬、痛ましそうな顔をなさいましたが、お母様に冷たい目で見られて、縮こまってしまわれました。
しかも、最初の書類より、条件がこちらにとって有利になっていたのです!
お母様は、サイラスがごねるのを見越して、賠償金の大幅な増額まで吞ませたのです。
ですがそれでも、一週間経って、久しぶりに学園へ向かった時は、少し憂鬱でした。
こういうお話では、婚約解消されたくせに、復縁を迫ってくる殿方というのがしばしば出て来るのですから。
もちろん、迫られたら撥ねつける心づもりではありますが……。
ですが杞憂でした。
なんとサイラスは退学し、学園から姿を消していたのです。
親しい友人達から聞いたところでは。
わたしとの婚約解消に合意しても、サイラスに対する風当たりは強くなるばかりだったそうなのです。
今回の件をきっかけに、わたしへの態度を学園中に知られて。
女子たちからも総スカン。
当然、女子たちにはかなりの率で婚約者がおり。
その婚約者たちも、同類と思われたくないから、サイラスからは距離をとり。
友人達も、同類と思われたくないからと、離れたまま。
サイラスは完全に孤立なぼっち。
昨日、サイラスは学園に現れず。
御両親がやってきて退学届けを出していったそうです。
学園を卒業できなければ、貴族ですらいられないのですが……。
ですが、当然ですね。
学園での交流関係が完全に破綻してしまっては、卒業後それを構築しなおすのは大変でしょう。
しかも悪評は学園生達を通して、その親たちへ、更にその親族達へも広がってしまっています。
そんな人間は、社交界に入れず、社交が出来ない後継者なんて、おうちにとって百害あって一利なしですものね。
サイラスの前途は暗いでしょうね。
ですが、あんな人どうなろうと知ったことじゃありません。
自分が嫌なら人にしなければいいのに……男の子ってわからないなぁ。
今度はお父様の伝手で紹介された婚約者ではなくて、お母様の伝手で紹介してもらった婚約者にしようと思います。
そして最後は自分の目でちゃんと見て、お相手を決めさせてもらおうと思っております。
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。
少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、
評価や感想をいただけるととても励みになります。
別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。




