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リリアとシオンの白い結婚ごっこ

「その子は何を与えられるの?」――十歳の夫は、九歳の妻の手を取りました

作者: 中身無男
掲載日:2026/07/18

「その子は、あなたに何を与えられるのですか」


令嬢の扇の先が、わたしへ向いた。


客間の中央に、絹の裾が広がっている。


名をアデルという。


わたしより、いくつか年上に見えた。


通されるなり、アデルはシオンへ婚約を申し入れた。


先の夜会でシオンを見たアデルの父親が、家柄も年齢も釣り合うと判断したのだという。


わたしは、シオンの斜め後ろに立っていた。


その問いに、すぐには答えられなかった。


答えなら、この数日ずっと考えていた。



書状が届いたのは、数日前のことだった。


シオンを正式な夫に迎えたい、とアデルは書いていた。


届けてきた侍女が、言いにくそうに付け加えた。


子供同士の白い結婚は、いずれ解かれるもの。


本当の妻は、まだ決まっていない。


世間ではそう見られているのだ、と。


わたしの席は、まだ空いていることになっていた。


書状を読んだシオンは、あっさりと言った。


「断る」


「それだけですか」


「うん。それだけ」


シオンは、もう書状を置いていた。


「アデルさまは、家名も領地もあるお家の方です」


「知ってる」


「わたしは、袋一つで来ました」


「それも知ってる」


「では、どうして」


「関係ないから」


シオンはそう言って笑った。


その軽さがつらかった。


わたしが二年気にしてきたことを、シオンは一言で終わらせてしまう。


それを気にしているのは、わたしだけだった。


「シオンには、釣り合う方がいると思います」


シオンの手が止まった。


「それ、本気で言ってる?」


「本気です」


「僕は、釣り合いで妻を決めた覚えはない」


「いまは、そうでも」


「リリア」


シオンの声が、少し硬くなった。


けれど、わたしは続けられなかった。


言えば言うほど、シオンには軽く聞こえている気がした。


わかってもらえないと思うと、口が動かなくなった。


「なんでもありません」


わたしは話を終わらせた。


シオンは何か言いたそうにしていた。


けれど、わたしが黙ったので、それ以上は聞かなかった。


その日から、アデルが訪ねてくる日まで、わたしたちは少し気まずかった。


わたしは一人で考えた。


シオンがわかっていないなら、わたしが決めるしかない。


シオンのために、身を引こう。


そう決めて、この日を迎えた。



「お答えになれないのね」


アデルの声で我に返った。


わたしは口を開いた。


決めてきたことを言うだけだった。


「わたしからは、何もありません」


自分の声が遠く聞こえた。


「あら。わかっていらっしゃるのね」


「シオンには、アデルさまのような方がふさわしいと思います」


一つ言うたびに、覚悟が固まる気がした。


「では、話は早いわ」


「わたしが身を引けば、丸くおさまります」


あとは、シオンが頷けば終わる話だった。


そう思っていた。


「リリア」


シオンが振り返った。


わたしは目をそらした。


「いま、僕を見なかっただろう」


シオンの声が低かった。


「黙って決めて、黙っていなくなる」


胸を突かれた。


「二人で決めると、約束した」



シオンは、わたしの前まで来た。


アデルではなく、わたしを見ていた。


「僕が軽く断ったと思ってるだろう」


わたしは答えられなかった。


「ちゃんと考えて、それでも断ると決めた」


シオンは、わたしの手を取った。


池の石を渡った日と同じ手だった。


「僕は、リリアがいない方がいいなんて、一度も思ってない」


握る手に力がこもった。


シオンは、つないだ手を離さないままアデルへ向き直った。


「僕がほしいものは、もう持っています」


「あら。何をお持ちなの」


「椅子に布をかけただけの家です」


アデルの扇が止まった。


「二年かけて、リリアと二人で作りました」


「……ままごとのお話?」


「はい」


シオンはうなずいた。


「その中のことは、全部、二人で決めました」


「まあ」


「だから、僕とリリアの間に、アデルさまの入るところはありません」


アデルの唇が、わずかに開いた。


シオンは少し首をかしげた。


「アデルさまは、誰かと二人で、何か作ったことがありますか」


扇を持つ手が下がっていく。


「わたくしは」


そこで言葉が止まった。


「家名や領地をくださるのは、アデルさまではなく、アデルさまのお家でしょう」


「それの、何がいけないの」


「いけなくはありません。でも僕が妻に求めているのは、何かを与えてくれる人ではありません」


シオンは、わたしの手を握り直した。


「一緒に何かを作っていける人です」


アデルは答えられなかった。


「あと」


シオンは思い出したように続けた。


「アデルさまは、僕の好きなものを知らないと思います」


「そのようなもの、これから」


「リリアは、知っています」



わたしは、シオンの手を握り返した。


握る指が震えていた。


身を引くつもりだった。


好きだから、それがいいと思っていた。


けれど、シオンのためかどうかを、わたしが一人で決めていた。


大事なことは、二人で決める。


その決まりを破ろうとしていたのは、わたしだった。


もう、飲み込みたくなかった。


「シオンが、好きです」


言ってしまえば、なんでもないことだった。


アデルがこちらを見た。


「アデルさまは、わたしの席が空いていると思って、いらっしゃいました」


わたしは、その目を見返した。


「いつでも、誰かと取り替えられる席だと」


アデルは答えなかった。


「でも、二人で作ったものは、取り替えられません」


扇の先が床を向いた。


「一つだけ、伺ってもよろしいですか」


「……なにかしら」


「アデルさまは、シオンを好きだと、ご自分で決めましたか」


アデルの唇が開いた。


けれど、そこからは何も出てこなかった。


夜会で見かけて、書状を書かせて、こうして訪ねてきた。


そのどこにも、アデル自身が決めた場所はなかった。



しばらくして、アデルは扇を閉じた。


「……ままごとの続きを、どうぞ」


裾を返し、侍女を連れて扉へ向かう。


去りぎわ、足が一度だけ止まった。


けれど、振り返りはしなかった。


「お邪魔いたしました」


それだけ言って、客間を出ていった。


アデルが何を思ったのかは、わからなかった。


ただ、扉を出る前に、その足が一度だけ止まった。



その日の午後、二人で布の家へ戻った。


椅子にかけた布は、少し傾いていた。


シオンが屋根を直し、先に中へ入る。


わたしも続いて入った。


作った日より、肩が触れた。


家が狭くなったのではない。


二年で、二人とも大きくなっていた。


「一人で決めようとしました」


「うん」


「ごめんなさい」


「僕のためかどうかを、リリアが一人で決めるのは違う」


シオンは笑った。


「これからは、二人で」


「はい」


わたしはうつむいた。


「さっきの、取り消しません」


顔が熱くなった。


「僕も、リリアが好き」


シオンは、つないだ手を見た。


「決まりを、増やそう」


「六つ目ですか」


「好きは、怖くても言う」


わたしは指を折った。


これで六つになった。


たくさん暮らしている証拠だった。


布の外から、夕食を知らせる鐘が鳴った。


けれど、もう少しだけ。


「おかえり、リリア」


「ただいま、シオン」


わたしたちは、二人で作った家にいた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


リリアとシオンが初めて出会い、布のおうちを作った物語はこちらです。


『七歳の花嫁は、八歳の夫との「白い結婚ごっこ」で父を拒む――「帰るところはない」と言われたので、自分たちで作りました』


そして、少し成長したリリアとシオンが、不思議な少女フィーと出会うお話も公開しています。


『白い結婚ごっこ中の二人の秘密を、初めて会った女の子が言い当てました』


公開中の二作品の子供たちが出会う、お祭りのようなお話です。


リリアとシオンの物語を気に入っていただけましたら、下の☆☆☆☆☆から応援いただけるとうれしいです。

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