第9話 婿入りの条件 ~魔の沼地を『カジノリゾート』に変えろ~
「臭い! あまりに臭いぞ! この男からは貧民の『もやし』の臭いがするわ!」
クリスティア侯爵邸、大会議室。
豪奢な椅子にふんぞり返る老人――侯爵家の分家筆頭であるゲオルグが、扇子で鼻をあおぎながら私を罵倒した。
「ソフィア様、正気ですか? このような男爵家の追放者……しかも泥と油にまみれて料理をするような下賎な男を、婚約者として迎えるなど!」
周囲に並ぶ長老たちも、「そうだそうだ」と頷く。
彼らにとって、私が難民三千人を救ったことなどどうでもいい。私が「平民のような仕事」をしたこと自体が、貴族の美学に反すると言いたいのだ。
「黙れ、老害ども」
ソフィアが氷のような声で遮った。
一瞬で室内の温度が下がる。
「カイトは私の領地経営に必要な人材だ。彼がいなければ、今頃領地は難民で溢れ、財政は破綻していた。彼の実績は、お前たちが過去十年で出した成果の総和より大きいぞ」
「ぐぬぬ……っ!」
図星を突かれたゲオルグは顔を真っ赤にしたが、すぐに意地の悪い笑みを浮かべた。
「……よろしい。ならば実力を示していただこう。実績さえあれば、我々も文句は言わん」
ゲオルグは一枚の地図をテーブルに広げ、ある一点を指差した。
「領地の北端にある飛び地、『ドクロ沼』。ここをくれてやる」
その名を聞いた瞬間、ハンス執事長が息を飲んだ。
「なっ……ゲオルグ様! あそこは魔物の巣窟! しかも地面からは有毒なガスが噴き出し、作物は育たず、人は住めない『死に地』ではありませんか!」
「そうだ。毎年、維持管理費だけで赤字を垂れ流しているゴミ溜めだ」
ゲオルグは私をねめつけるように見た。
「カイトと言ったな? この土地の経営権を貴様にやる。期限は一年だ。この赤字の泥沼を、侯爵領で一番の『黒字都市』に変えてみせろ。……できなければ、ソフィア様との婚約は破棄し、この国から出て行ってもらう」
あまりに理不尽な条件。
普通なら絶望して辞退する場面だ。
しかし――私は地図上の「ドクロ沼」の位置を見て、必死に笑いをこらえていた。
(……国境沿いのへき地。王都の法律が届きにくい飛び地。しかも人の出入りを制限しやすい地形……)
最高だ。
こんな好条件の土地、探しても見つからない。
「……一つ、条件があります」
私が口を開くと、長老たちが「ほう、泣き言か?」と身を乗り出した。
「その土地における『立法権』と『徴税権』、そして『外交権』のすべてを私に委任してください。つまり、あそこを私の好き勝手にしていい『特別行政区』として認めていただきたい」
「はっ! 毒ガスまみれの沼で王様ごっこか? よかろう、好きにするがいい!」
ゲオルグは即答した。どうせ失敗すると思っているのだ。
私はソフィアに向き直り、深く一礼した。
「謹んでお受けします。……必ずや、黄金を生む都市にしてみせましょう」
◇
翌日。
私は三千人の難民たちを前に演説していた。
「諸君! 飯は食えたか!」
「「「おおーッ!!」」」
「仕事の時間だ! 私について来い! 新しい街を作るぞ!」
私は彼ら全員を引き連れて、ドクロ沼へと向かった。
長老たちは「難民を押し付けられてご苦労なことだ」と笑っていたが、わかっていない。
彼らは私の命令なら何でも聞く、忠実で強靭な労働力なのだ。人手不足の開拓において、これ以上の武器はない。
数日後。現地に到着した私たちは、鼻をつまんだ。
「くっさ……! 卵が腐ったような臭いだ」
「地面もズブズブだぞ。ここに街を作るなんて無理だ……」
難民たちが弱音を吐く中、私は一人、地面に手を当てて【世界交易】のスキルを発動していた。
地下の構造をスキャンする。
(……ビンゴだ)
卵が腐ったような臭い。これは硫黄だ。
そして地下から噴き出す熱気。
「みんな、よく聞け! これは毒ガスじゃない!」
私は叫んだ。
「これは『温泉』だ! ここは大陸有数の温泉地になるぞ!」
さらに、私の計画はそれだけではない。
この立地は、各国の国境に近い。
だが、アクセスが悪く、普通の商人は来ない。
来るのは――「金を腐るほど持っていて、使い道に困っている暇な貴族」か、「裏社会の人間」か、「法に縛られずに遊びたい連中」だ。
「ここに『カジノ』を作る」
私は手帳に構想を描き殴った。
王国の法律では賭博は禁止されている。だが、ここは私が全権を持つ『特別行政区』だ。
合法的に賭博場を開き、酒を出し、温泉宿で癒やす。
タックスヘイブン(租税回避地)としての機能も持たせれば、世界中の富裕層が資産を隠しにやってくるだろう。
「まずは地盤改良だ! 地球の『パイル工法(杭打ち)』で、沼地をコンクリートの要塞に変えるぞ!」
難民たちに指示を飛ばす。
「え? 温泉? カジノ? 何言ってるかわかんねぇけど……」
「でも、あの『もやし』の旦那の言うことだ。きっとまた何かすげぇことが起きるぞ!」
彼らの目に希望の光が戻った。
男爵家を追放され、侯爵家に拾われ、そして今度は「独立国」の王へ。
私の本当の成り上がりは、この泥沼から始まるのだ。




