第8話 難民キャンプの設営と、暗闇で育つ『もやし』の量産
領地の北端、男爵領との国境線。
そこに広がる光景を見て、私は息を飲んだ。
「……予想以上ですね」
関所の向こうには、ボロボロの服を着た人々が地平線を埋め尽くしていた。
男爵領の崩壊から逃れてきた難民たちだ。その数、ざっと三千人。
彼らは飢え、疲れ果て、虚ろな目でこちらの関所を見つめている。
「カイト、情けをかけるなよ」
隣で馬上の人となったソフィアが、冷徹な声で告げる。
「我が領地の備蓄食料にも限りがある。彼らを全員受け入れれば、共倒れになるぞ。……最悪の場合、武力で押し返すしかない」
彼女の判断は領主として正しい。
先日成功した「米」は、ほんの一握りしかない。小麦の在庫も、領民が冬を越す分でギリギリだ。三千人の胃袋を賄う余裕など、どこにもない。
「……いえ、受け入れましょう。彼らは貴重な『労働力』です」
私は双眼鏡を下ろし、即断した。
「ですが、まともにパンやスープを配っていたら三日で破産します。……なので、少し『手品』を使います」
◇
私は関所の前に巨大なテントを設営させ、難民の代表者たちを集めた。
「食事は提供する! だが、贅沢は言わせない。そして、ただでは食わせない。食いたければ働け!」
私が提示した仕事は、土木工事でも開墾でもなかった。
**「水汲み」と「暗室の管理」**だ。
私は【世界交易】の残りの予算を叩き、ある「種」をトン単位で購入していた。
穀物ではない。**「緑豆」**だ。
「いいか! この豆を、用意した樽に入れろ! そしてテントの中を真っ暗にして、一日数回、川から汲んだ水をかけ続けるんだ!」
難民たちは戸惑った。
「こ、この豆を煮て食わせてくれるんじゃないのか?」
「そんな小さな豆、腹の足しにもならねぇよ!」
「黙ってやれ! 三日後には、腹いっぱい食わせてやる!」
◇
難民キャンプの中に、遮光シートで覆われた巨大な「育成テント」が立ち並んだ。
中は蒸し暑く、湿気が充満している。
難民たちは半信半疑のまま、言われた通りに樽の中の豆に水をかけ続けた。
一日目。豆が水を吸い、皮が破れ始めた。
二日目。白い根が伸びてきた。
三日目。
「お、おい……嘘だろ!?」
「樽から溢れそうだ!」
テントを開けた男たちが驚愕の声を上げた。
樽の底に少し入っていただけの豆が、水を吸って爆発的に成長し、白くて長い**「もやし」**となって樽一杯に膨れ上がっていたのだ。
重量比にして約10倍。
これこそが、私が狙った「もやし生産工場」だ。
土も日光もいらない。必要なのは水と、適度な温度だけ。難民たちの体温と密集したテントの熱気が、皮肉にも最適な温室効果を生み出していた。
「さあ、収穫だ! どんどん炒めろ!」
広場に巨大な鉄板が用意された。
大量の「もやし」を投入し、安価なラード(豚の脂)と塩、そして少しの醤油で強火で炒める。
シャキシャキとした音と、香ばしい油の匂いが立ち込める。
「並べ! 一人一杯、山盛りだ!」
配給されたのは、パンも肉もない、ただの「もやし炒め」。
だが、飢えた難民たちにとっては、極上の御馳走だった。
「う、うめぇ……! シャキシャキしてる!」
「水だけしかやってないのに、なんでこんなに増えるんだ!?」
「腹が……腹が膨れるぞ!」
もやしは9割が水分だが、ビタミンCなどの栄養素が含まれている。何より「食べた気になれる」ボリューム感が、パニック寸前の群衆を落ち着かせるのに最適だった。
◇
その光景を、ソフィアとハンスが見ていた。
「……豆を水で膨らませて、カサ増しして食わせるとはな」
ソフィアが呆れ半分、感心半分といった顔で呟く。
「味も悪くない。ラードの油分でカロリーも補給できている。……カイト、お前は本当に『何もないところ』から価値を生み出すのが得意だな」
「非常手段ですよ。これで飢えは凌げますが、長くは続きません」
私は鉄板の前で汗だくになりながら答えた。
三千人の命は繋いだ。彼らは恩義を感じ、クリスティア領のために働くだろう。
だが、問題はここからだ。
関所の向こうから、きらびやかな馬車の一団がやってくるのが見えた。
難民たちの薄汚れた姿を見て、露骨に顔をしかめる老人たちが降りてくる。
「……来ましたね」
ハンスが声を潜める。
クリスティア侯爵家の分家筋、長老会(通称:老害たち)だ。
「ソフィア様! これは何の真似ですかな!」
先頭の老人が杖を突き鳴らした。
「神聖な我が領地に、このような薄汚い乞食どもを招き入れるとは! しかも、その責任者が……あの男爵家追放者のカイトとかいう若造だと!?」
老人たちの視線が、私に突き刺さる。
難民救済の成功など、彼らにとってはどうでもいい。
「余所者がデカい顔をしている」のが気に入らないのだ。
「カイト! 貴様のような身分の低い男が、ソフィア様の隣に立つなど言語道断! 即刻出て行け!」
来た。
領地経営(内政)の次は、ドロドロの派閥争い(政治)だ。
私は炒め用のヘラを置き、老人たちの前に進み出た。
もやしの臭いが染み付いた作業着のまま、優雅に一礼する。
「お初にお目にかかります。……それで、私が身を引けば、この三千人の難民と崩壊した物流を、貴方方が管理できると?」
私の挑発に、長老の顔が真っ赤に染まった。
さあ、次の戦場は「会議室」だ。




