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第6話 『戻ってこい』だと? 違約金請求書を送りつけてやる


「……すごい。一秒も狂わない」

 カイト商会の執務室。

 経理担当のミナが、私の貸したデジタルストップウォッチ(100円ショップ製)を、まるで宝石でも見るかのように見つめていた。

「カイト様、この魔道具……侯爵家の宝物庫にある時計より正確です。しかも、こんなに軽くて数字が光るなんて。……これ、いくらするんですか? お城が買えますか?」

「いや、原価はパン一個分くらいかな」

「はあぁ!? 意味わかんない!」

 ミナが猫耳をピンと立てて驚愕している横で、私は苦笑しながら書類仕事を進めていた。

 新型馬車の量産計画、新商品の発注、そして物流ルートの再編。

 仕事は山積みだが、ミナの計算能力とハンスの補佐のおかげで、驚くほどスムーズに回っている。

 そこへ、執事長のハンスが恭しく銀の盆を持って入ってきた。

「カイト様、お忙しいところ失礼します。……貴方様宛に、一通の手紙が届いております」

「手紙? 差出人は?」

「ベルガー男爵……カイト様の実父からです。『至急、カイトに渡せ』と早馬で」

 その名を聞いた瞬間、部屋の空気が凍りついた。

 ソファーで紅茶を飲んでいたソフィアが、カップをカチャリと置き、氷点下の視線を投げかける。

「……ほう。あの無能男爵か。ゴミ箱に捨てておけ」

「まあまあ、ソフィア様。一応、中身を確認しましょう。どんな面白いジョークが書いてあるか楽しみですし」

 私はペーパーナイフで封を切った。

 羊皮紙には、父の荒々しい筆跡で、こう書かれていた。

 『カイトへ。

  お前がいなくなってから、少しばかり手違いがあり、物流が滞っている。

  ホークでは荷が重かったようだ。

  そこで、特別に私の慈悲をもって、お前の追放処分を撤回してやる。

  今すぐ屋敷に戻り、滞っている業務をすべて片付けろ。

  戻ってきたら、以前と同じ給金で雇ってやってもいい。

  感謝して、急ぎ帰還せよ。

  父、ガンツ・フォン・ベルガーより』

「…………」

 読み終えた私は、思わず吹き出してしまった。

 あまりの事態認識の甘さに、乾いた笑いしか出てこない。

「『許してやる』だと? 『戻ってこい』だと?」

 

 ソフィアが私の手から手紙をひったくり、一読するなり、青い炎のようなオーラを立ち昇らせた。

「……万死に値するな。カイト、私がこの男爵家を物理的に消滅させてやろうか? 私兵団を動かせば半日で更地にできるぞ」

「いえ、暴力はいけませんよ、ソフィア様。我々は文明的な商人ですからね」

 私は怒り狂う次期女侯爵をなだめつつ、羽根ペンを手に取った。

「商人は商人らしく、『数字』と『契約』で殴り返しましょう」

 ◇

 翌日。

 ベルガー男爵領の屋敷に、クリスティア侯爵家の紋章が入った豪奢な使者が到着した。

 男爵は満面の笑みで出迎えた。

「おお! さすがはカイトだ、侯爵家の使いを寄越すとは。すぐに戻ると返事が来たか?」

 しかし、使者が差し出したのは、分厚い書類の束だった。

「当家のカイト・フォン・ベルガー商会長からの返信です」

「商会長……? あいつが?」

 男爵がいぶかしげに封を開ける。

 そこには、「謝罪」や「帰還の約束」などは一文字も書かれていなかった。

 『請求書』

 その三文字が、一番上に大きく記されていた。

 『件名:不当解雇および契約不履行に関する違約金請求

  

  拝啓、男爵閣下。

  帰還の要請、拝読いたしました。

  残念ながら、私は現在、クリスティア侯爵家と専属契約を結んでおり、そちらに戻ることは不可能です。

  つきましては、貴殿が私を一方的に即日解雇したことに伴う、以下の料金を請求いたします。』

 男爵の目が点になる。震える手で明細を目で追った。

 1. 未払い残業代および休日出勤手当(過去5年分):金貨500枚

  (※貴殿は私を「家族だから」と無給で働かせていましたが、労働法に基づき正規の管理者報酬として算出しました)

 2. 物流システム構築費(知的財産権使用料):金貨1,000枚

  (※私が構築した物流網を無断で使用しようとした対価です)

 3. 不当解雇による精神的慰謝料:金貨300枚

 4. コンサルティング契約解除違約金:金貨200枚

 『合計請求額:金貨2,000枚』

「な、な、な……っ!?」

 男爵は絶句した。

 金貨2,000枚。それは、貧しい男爵領の年収の十年分に相当する金額だ。逆立ちしても払える額ではない。

「ふ、ふざけるな! こんな出鱈目な請求が通ると思っているのか!」

 男爵が書類を破り捨てようとしたその時、使者が冷徹な声で告げた。

「その請求書は、王都の法務局にて公正証書として受理されております。支払期限は一週間。もしお支払いがなき場合は……」

「なき場合は……どうなるのだ?」

「クリスティア侯爵家が債権を回収するため、**男爵領の『資産差し押さえ』および『領地の競売』**を執行いたします」

 男爵はその場にへたり込んだ。

 バックに国内最大の侯爵家がついている。これは脅しではない。決定事項だ。

 

 書類の最後には、カイトからの追伸が添えられていた。

 『P.S.

  ちなみに、私が今侯爵家で行っているコンサルティング料は「1時間につき金貨10枚」です。

  もし私が直接出向いて物流を直すなら、追加で金貨5,000枚ほどかかりますが……まさか、払えませんよね?

  では、さようなら。お元気で』

「あ、あぁ……あぁぁ……」

 男爵の口から、絶望の呻きが漏れる。

 物流は止まり、商品は腐り、金はない。

 そこへ最大の権力者からの借金取り立て。

 詰んだ。

 完全に、詰んだのだ。

 ◇

 同時刻。カイト商会。

「ふふっ、今頃どんな顔をしているかしら」

 ソフィアが楽しそうにクッキーをつまむ。

「まあ、一週間もすれば泣きついてくるでしょう。領地を没収して、優秀な農民だけ我々で再雇用しましょうか」

 私はコーヒーを啜りながら、窓の外を見た。

 私を捨てた代償は高くついた。それだけの話だ。

「さて、過去の清算はこれで終わりです。……そろそろ『未来』の話をしましょうか」

「未来?」

「ええ。この街の市場には、まだ足りないものがあります」

 私は次なるプロジェクトの企画書をテーブルに広げた。

 

「領内の子供たちの健康状態が良くありません。栄養失調気味です。そこで……『学校給食』システムを作ろうかと」

「給食……?」

「ただ飯を食わせるだけじゃありません。地域の農業、物流、そして教育を一括で管理する、巨大な公共事業です」

 内政チートの次なる一手。

 それは、領地の未来である「子供」への投資だった。


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