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第5話 爆走! サスペンション馬車と、腐りゆく古巣


「……おい、本当にこれで走るのか?」

 クリスティア侯爵領の郊外、石ころだらけの荒れ地に、奇妙な馬車が停まっていた。

 車輪と荷台の間には、ドワーフのガンテツが三日三晩、不眠不休で打ち上げた特製の板バネ(リーフスプリング)が何重にも組み込まれている。

「見た目は無骨ですが、性能は保証しますよ。さあ、ソフィア様もどうぞ」

「……私が同乗するのか? 壊れて放り出されるのは御免だぞ」

 ソフィアは呆れつつも、好奇心を隠せない様子で乗り込んだ。

 御者台には、元騎士である執事長のハンスが座る。

 そして荷台の中央には、意地悪な実験用として「山盛りの生卵が入った木箱」と「なみなみと注がれたワイングラス」が置かれていた。

「ハンスさん、手加減は無用です。あのデコボコ道を全速力で突っ切ってください」

「正気ですか、カイト様!? この道でそんなことをすれば、馬車は分解し、卵はスクランブルエッグになりますぞ!」

「いいから、やってください!」

 私の合図で、ハンスが手綱を振るう。

 二頭の馬がいななき、砂煙を上げて駆け出した。

 ガタンッ!

 車輪が大きな岩に乗り上げる。

 通常なら、荷台が大きく跳ね上がり、乗客の尻が浮くほどの衝撃が来るはずだ。

「……ん?」

 ソフィアが目を見開いた。

 衝撃がない。

 いや、あるにはあるが、「グワン」という柔らかい揺れに変換され、瞬時に収束したのだ。

「なんだ、これは……? まるで水の上を滑っているようだ」

「これがサスペンションの効果です。衝撃をバネが吸収し、車体を常に水平に保とうとする。これなら、馬も余計な負荷がかからず、疲れにくい」

 馬車は荒れ地を爆走し、通常なら一時間はかかる道のりを、わずか二十分で走破した。

 ゴール地点で待っていたのは、腕組みをしたガンテツと、ストップウォッチ(懐中時計)を持ったミナだ。

「タイム、19分45秒。……通常の馬車の3.2倍の速度」

「へへっ、どうだ! 俺様のバネは!」

 馬車が止まり、扉を開ける。

 そこには、一滴もこぼれていないワイングラスと、ヒビひとつ入っていない卵があった。

「信じられん……」

 ハンスが震える手で卵を手に取る。

「これなら、遠方の割れ物も、熟した果実も、傷つけずに運べる……!」

 ソフィアが興奮した面持ちで私に向き直った。

「カイト、これは革命だ。我が領地の特産品である『ガラス細工』や『高級陶磁器』を、無傷で王都へ輸出できる。……利益はどれくらいになる?」

 すかさず、ミナが弾き出す。

「破損率が現在の20%からほぼ0%になり、輸送速度が3倍になることで回転率が向上。さらに鮮度維持による付加価値を上乗せして……純利益は現在の約450%増(4.5倍)と推測されます」

「4.5倍……!」

 ソフィアが艶然と微笑み、私の肩に手を置いた。

「合格だ、カイト。直ちにこの馬車を量産しろ。予算は無制限に出す」

「仰せのままに。……ああ、その前に」

 私は約束の品――200年物のヴィンテージワインをガンテツに放り投げた。

「報酬だ、親方。いい仕事だったよ」

「ヒャッハー! 待ってましたァ!」

 ◇

 一方その頃。

 カイトを追放したベルガー男爵領では、事態が深刻化していた。

「くっ、くさい! なんだこの悪臭は!」

 男爵が屋敷の窓を開けると、領都全体に漂う腐臭に鼻をつまんだ。

 原因は、市場に積み上げられたまま腐り落ちた、大量の魚介類だ。

「申し訳ありません、伯父上……!」

 後任のホークが、脂汗を垂らしながら言い訳をする。

「輸送馬車が……道が悪くて車輪が折れたり、荷物が崩れたりして、王都に着く頃には売り物にならなくなってしまって……」

「言い訳は聞きたくない! カイトがいた頃は、こんなことは一度もなかったぞ!」

「そ、それはあいつが……魔法か何かでインチキをしていたに決まってます! 普通にやったら、魚なんて一日で腐るのが当たり前なんですよ!」

 男爵はギリリと歯噛みした。

 確かに、カイトの物流は異常だった。

 だが、それが「異常」だと気づかなかったのは、あまりに自然に、トラブルなく回っていたからだ。

 失って初めて、あの「倉庫番」がやっていた仕事の凄まじさを思い知らされる。

「……ええい、もういい! カイトを呼び戻せ!」

 男爵は羊皮紙とペンを取り、乱暴に筆を走らせた。

「あいつは今頃、野垂れ死にかけているか、どこかの商店で下働きでもしているだろう。……『特別に許してやるから、すぐに戻ってこい』と書いてやれば、泣いて喜んで帰ってくるはずだ」

 男爵は自尊心を守るため、自分にそう言い聞かせた。

 まさか息子が、国内最大の侯爵家で、自分より遥かに高い地位に就いているとは夢にも思わずに。

「おい、この手紙を早馬で探させろ! カイトを見つけ次第、連れ戻すのだ!」

 男爵の怒号が響く。

 だが、その手紙がカイトに届いた時、男爵家にとっての本当の「地獄」が始まることになる。


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