第4話 頑固親父と、卵を割らない馬車
スラムの最奥、廃材が山のように積まれた一角に、その鍛冶場はあった。
煙突から黒煙が上がり、ハンマーが鉄を叩く重い音が、一定のリズムで響いている。
「うるせぇ! 帰れと言ったら帰れ! 貴族の飾り剣なんぞ二度と打たんと言ったはずだ!」
入り口の戸を叩くや否や、中から怒声が飛んできた。
薄暗い工房の中には、筋肉の塊のようなドワーフの老人が一人。赤ら顔に立派な白髭を蓄え、真っ赤に焼けた鉄を睨みつけている。
彼こそが、かつて王都一の腕と言われながら、商業ギルドと喧嘩して干された名工、ガンテツだ。
「剣を頼みに来たのではありませんよ、親方」
私が煤けた工房に入っていくと、ガンテツは手を止め、ギロリと私を睨んだ。
「あぁ? なんだそのナヨっとした若造は。……後ろの執事は見覚えがあるな。クリスティア侯爵家の使いか」
「はい。当家の商会専属の鍛冶師として、あなたをスカウトに来ました」
「ケッ! どうせまた、『金ピカの鎧を作れ』だの『魔石を埋め込んだ杖を作れ』だの言うんだろ? 俺は実用品しか作らん。帰れ」
取り付く島もない。だが、職人とはこういうものだ。
私はポケットから一枚の羊皮紙を取り出し、作業台の上に広げた。
「作って欲しいのはこれです」
ガンテツがチラリと図面を見る。
そこには、剣でも鎧でもなく、奇妙な「グルグル巻きの金属」と「何枚もの鉄板を重ねた板」が描かれていた。
「……なんだこれは。バネか?」
「はい。『サスペンション』と言います」
私は図面を指差しながら説明を始めた。
「今の馬車は、車軸と荷台が直結しています。だから路面の凸凹がそのまま荷台に伝わり、激しく揺れる。これでは、卵やガラス製品、完熟した果物を運ぶと割れてしまいます」
「だから、藁を敷き詰めて運ぶんだろうが」
「藁では不十分です。それに嵩張って積載量が減る。……ですが、車輪と車体の間にこの『バネ』を噛ませれば、衝撃を吸収できます」
ガンテツの目が、少しだけ職人の色に変わった。
彼は無言で図面を手に取り、じっと見つめる。
「……鉄の弾性を利用して、車体を浮かせるってのか。理屈はわかる。だが、そんな粘りのある鋼鉄を作るのは骨だぞ。普通の鉄じゃ、すぐに折れるかへたるかだ」
「そのための配合も、ここに書いてあります。クロムとマンガンを微量に混ぜた特殊鋼です」
私は【世界交易】のスキルで取り寄せた、現代の「バネ鋼」の成分分析表(を翻訳したもの)を提示した。
「それに、これが完成すれば……馬車の速度を今の三倍に上げても、荷物が壊れません」
「三倍だと?」
「ええ。早くて、安全。それが私の目指す物流革命です。……どうです? 貴族の飾り剣を打つより、よほど『実用的』で面白い仕事でしょう?」
ガンテツはしばらく図面と私を交互に見ていたが、やがてニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「……面白ぇ。確かに、こんなふざけた注文をしてくる馬鹿は初めてだ」
「引き受けていただけますか?」
「おうよ。だが条件がある。酒だ。最高級の酒を持ってこい。それがありゃあ、どんな鉄でも叩いてやる」
私は思わず笑ってしまった。
ちょうど、さっき倉庫から発掘した「200年物のヴィンテージワイン」がある。あれを飲ませたら、このドワーフは腰を抜かすかもしれない。
「交渉成立ですね。ようこそ、カイト商会へ」
◇
こうして、計算の天才ミナと、頑固な名工ガンテツ。
二人の優秀な「原石」を手に入れた私は、屋敷への帰路についた。
馬車の中で、執事長のハンスが感嘆のため息をもらす。
「まさか、あのガンテツを口説き落とすとは……。カイト様、貴方は魔法使いよりも魔法がお上手だ」
「ただの適材適所ですよ。彼らは自分の能力を活かせる場所を求めていただけです」
窓の外を見ると、夕日が領都を赤く染めていた。
私の手元には、優秀なスタッフと、現代知識、そして侯爵家の資金力がある。
準備は整った。
「さて、まずは手始めに……私の古巣である『男爵領』との物流格差を見せつけてやりましょうか」
私が実家を出てから数日。
そろそろ、あの愚かな父と兄たちも、異変に気づき始めている頃だろう。
◇
一方その頃、ベルガー男爵領。
「おい! なぜ夕食に魚がないんだ!?」
食卓に着いた男爵が、執事に怒鳴り散らしていた。
いつもなら、新鮮な海の幸が並んでいるはずのテーブルには、干からびたパンと塩漬け肉しか置かれていない。
「そ、それが……旦那様。港からの輸送馬車が、まだ到着しないのです」
「なんだと? 朝に出れば夕方には着くはずだろう!」
「以前はカイト様が手配していたのでスムーズだったのですが……新しい担当のホーク様が『馬車の手配を忘れた』とかで……」
「あの馬鹿者がッ!」
さらに、扉が開いて騎士団長の長男バルドが飛び込んできた。
「父上! 大変です! 騎士団の剣の手入れに使う『研磨油』の在庫が切れました! 倉庫を見に行ったら、棚が空っぽです!」
「な、なにぃ!? 在庫管理はどうなっている!」
「カイトが抜けてから、誰もどこに何があるか把握していないのです!」
男爵の顔から血の気が引いていく。
彼らはまだ知らない。
これが、破滅へのほんの入り口に過ぎないことを。




