第17話 帝国からの刺客 ~関税戦争とダンピング~
「ふざけんな! こんな値段で売られたら、こっちの鍛冶屋は全員首吊りだ!」
カイト商会の執務室に、ドワーフのガンテツが怒鳴り込んできた。
彼の手には、一本の剣が握られている。
「カイトの旦那、これを見ろ。最近、市場に出回っている『帝国製』の剣だ」
「……品質は悪くないですね。切れ味も鋭い」
「ああ。だが問題は値段だ。銀貨5枚だぞ! 俺たちが材料費だけで銀貨8枚かけてるもんを、あいつらは完成品で5枚で売ってやがる!」
私は目を細めた。
銀貨5枚。それは明らかに原価割れしている。
鉄の産地である帝国といえど、輸送費を含めてこの価格はあり得ない。
「……なるほど。『ダンピング(不当廉売)』ですね」
私はすぐに状況を理解した。
隣国の軍事大国「ガレリア帝国」。彼らは武力だけでなく、経済戦略も狡猾だ。
赤字覚悟で激安の鉄製品を王国にばら撒き、王国の鍛冶産業を壊滅させる。ライバルがいなくなった後で、価格を一気に引き上げて独占利益を得る――あるいは、武器を作れなくなった王国を武力で侵略するつもりだろう。
「街の鍛冶屋たちは悲鳴を上げてる。廃業を決めやつもいる。……カイト、なんとかできねぇか?」
「任せてください。……喧嘩を売ってきたのは向こうです。倍の値段で買い取らせてやりましょう」
◇
翌日。王国と帝国の国境にある、鉄道の「通関ターミナル」。
帝国からの貨物列車が到着し、帝国の商人たちが降りてきた。
「ガハハ! 今回も大量の鉄鍋と農具を持ち込んだぞ! 王国の商人を叩き潰せ!」
「安いぞ安いぞ! 王国の製品なんて高くて買えまい!」
彼らが荷下ろしをしようとした時、私が率いる税関職員(元リザードマン部隊など)が立ちはだかった。
「そこまでだ。荷物の検査を行う」
「あぁ? なんだ貴様は。通行税ならいつも通り払ってやるよ」
帝国の商人は小銭を投げつけようとした。
しかし、私は一枚の通達書を掲げた。
「本日より、帝国からの輸入鉄製品に対し、**『緊急輸入制限措置』**を発動します。関税率は……**500%**です」
「は、はあぁぁッ!? ご、500%だと!?」
商人の目が飛び出た。
銀貨5枚の商品なら、税金だけで銀貨25枚取られることになる。
それでは、王国の製品より遥かに高くなり、誰も買わない。
「バ、バカな! そんな無茶苦茶な税があるか! これは自由貿易への裏切りだぞ!」
「自由貿易は、公正な競争があってこそです。原価割れの商品で他国の産業を潰そうとする行為は、ただの『経済侵略』だ。……文句があるなら、適正価格で売ることですね」
私は冷徹に告げた。
現代知識が生んだ最強の防壁、**「関税障壁」**だ。
これで帝国の激安商品は、ただの「高くて質の普通のゴミ」に変わった。
◇
数日後。
帝国の宰相から、王国政府へ激しい抗議文が届いた。
『不当な関税を即時撤廃せよ。さもなくば、我が国は王国からの輸入を停止する』
脅しだ。
だが、ソフィアは手紙を読みながら優雅に笑った。
「カイト、向こうは『輸入を止める』と言っているぞ。困るのは我々ではないか?」
「いいえ。困るのは向こうです。……帝国の主な輸入品目を見てください」
私は貿易データを指差した。
帝国の輸入の8割は、王国からの**「食料(小麦、米、乾燥野菜)」**だ。
軍事優先で農地を潰し、工場ばかり作っている帝国は、食料自給率が極端に低い。
「彼らが鉄を売らないなら、我々は食料を売らなければいい。……『輸出規制』をかけましょう」
◇
一ヶ月後。帝国帝都。
「パンがない! 小麦粉の値段が十倍になってるぞ!」
「米も入ってこない! カイト商会のカレーが食えないなんて死んでしまう!」
市民の暴動が起きかけていた。
王国からの食料輸出がストップし、帝国内で深刻な食糧難が発生したのだ。
一方、王国の鍛冶屋たちは関税のおかげで息を吹き返し、適正価格で商売を続けている。
ついに、帝国政府が白旗を上げた。
『鉄製品の価格を適正に戻す。だから関税を下げてくれ。そして頼むから小麦を売ってくれ』
◇
国境の駅。
再開された食料輸出の列車を見送りながら、ガンテツが豪快に笑った。
「へっ! ざまあみろだ! 剣よりも『胃袋』を握るほうが強えってことか!」
「ええ。人は鉄を食っては生きられませんからね」
私は缶コーヒー(※新商品)を開けた。
今回の勝利で、帝国の経済的な脅威は去った。
だが、軍事国家である彼らが、このまま大人しく引き下がるとは思えない。
「……次は、もっと卑劣な手を使ってくるかもしれませんね」
私の予感は的中する。
経済で勝てないなら、経済そのものを壊せばいい。
帝国の地下組織が、王国の**「紙幣」**を狙って動き始めていた。




