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第15話 紙切れが金になる日 ~中央銀行設立と、最初の紙幣発行~



「ダメだ、金貨が足りない!」

「おい、支払いはまだか! 荷馬車が詰まってるぞ!」


 商業ギルドが解体され、自由市場となった王都。

 活気は最高潮に達していたが、それと同時に深刻な問題が発生していた。

 **「通貨のパンク」**だ。


 カイト商会の大倉庫の前では、地方から買い付けに来た商人たちが、支払いのために持参した「金貨の樽」を積み下ろすだけで半日を費やしていた。

 数えるのにも時間がかかり、鑑定(偽造硬貨のチェック)にも手間取る。

 さらに、経済規模の拡大に対し、王国の鉱山からの金銀の産出量が追いつかず、市中からコインが消える「通貨不足デフレ」の兆候すら見え始めていた。


「……限界ですね。物理的な硬貨での決済は、もう時代遅れだ」


 私は執務室からその光景を見下ろし、決断した。


 ◇


 数日後。王城の一角に、厳重な警備に守られた石造りの建物がオープンした。

 看板には**『王立中央銀行』**の文字。

 その初代総裁に任命された私は、集まった商人や市民たちの前で、一枚の「紙」を掲げた。


「皆様、これからは重い金貨を持ち歩く必要はありません。この『紙』が、金貨の代わりになります」


 ざわめきが広がる。

 私が持っているのは、最高級の紙に精巧な印刷と魔法陣が施された**「壱萬いちまんゴールド紙幣」**だ。

 中央には、クールな表情のソフィアの肖像画が描かれている(※本人の許可は事後承諾)。


「はあ? 紙だろ? そんな子供の遊びみたいなモンで、商品が買えるわけねぇだろ!」

「そうだ! 燃やせば灰になる紙切れなんて信用できるか! 俺は金貨しか信じねぇぞ!」


 予想通りの反応だ。

 彼らにとって価値とは「金属そのものの重さ」であり、「発行主への信用」という概念はない。


「ごもっともです。……では、証明しましょう」


 私は銀行のカウンターを指差した。

 そこには、山積みになった「本物の金塊」が、鉄格子の向こうに展示されている。


「この紙幣には、こう書かれています。『この券と引き換えに、相当額の金貨をお渡しします』と」


 私は一人の商人を指名した。

「そこの貴方。試しに、手持ちの金貨100枚をこの銀行に預けてみてください」

「あ、ああ……」


 半信半疑の商人が金貨を窓口に置く。

 私は代わりに、ソフィアの絵が描かれた紙幣を一枚渡した。


「はい、これが預かり証代わりの紙幣です。……さて、貴方は今『紙切れ』を持たされました。不安ですよね?」

「そりゃあな」

「では、すぐに窓口にその紙を出してください。『金に戻してくれ』と言って」


 商人が言われた通りに紙幣を出すと、窓口のミナが笑顔で即座に金貨100枚を返却した。


「……!」

「ご覧の通りです。この銀行にある金準備高がある限り、この紙は『いつでも金に戻せる』ことが保証されています。これを**【兌換だかん紙幣】**と呼びます」


 私は群衆に向かって声を張り上げた。


「重い金貨をジャラジャラ持ち歩き、盗賊に襲われるリスクを負うか。それとも、胸ポケットに入るこの紙幣で、スマートに商売をするか。……選ぶのは皆様です」


 ◇


 最初の数日は、誰も紙幣を使わなかった。

 だが、流れが変わったのは、カイト商会が**「紙幣での支払いなら、商品を5%割引する」**と発表してからだ。


「おい、あの紙を使うだけで安くなるらしいぞ」

「カイト商会が受け取ってくれるなら、信用できるんじゃねぇか?」

「銀行に行けばいつでも金に戻せるんだろ? じゃあ軽いほうがいいな」


 一人、また一人と紙幣を使い始めると、その利便性は瞬く間に広まった。

 1億ゴールドの商談も、アタッシュケース一つの紙幣で終わる。

 数日かけていたコインの計数作業が、数秒で終わる。


 紙幣は王都中を駆け巡り、経済の回転速度ベロシティを劇的に加速させた。


 ◇


 銀行の総裁室。

 私は刷り上がったばかりの新紙幣――今度は国王の肖像が入った「千ゴールド札」を検品していた。


「……カイト、一つ聞きたい」


 ソフィアが、自分の顔が描かれた万札を複雑そうな顔で見つめながら尋ねてきた。


「銀行に預けられた金貨の量より、発行している紙幣の量のほうが多くないか? もし全員が一度に『金に換えろ』と殺到したら(取り付け騒ぎ)、破綻するぞ?」


 鋭い。さすがはソフィアだ。

 

「その通りです。これを**『信用創造』**と言います。全員が同時に換金に来る確率は、統計的にほぼゼロです。だから、手元の金の数倍までなら紙幣を発行しても問題ありません」

「……つまり、実際には存在しない金を、信用だけで生み出していると?」

「ええ。この『架空の余剰資金』こそが、次の巨大プロジェクトへの投資原資になるんです」


 私は窓の外、王都の郊外に建設中の巨大工場群を見据えた。


「金貨を眠らせていてはいけません。……次は、この国に『産業革命』を起こします」

「産業革命……?」

「馬車より速く、ワイバーンより大量に荷物を運ぶ『鉄の馬』を作ります」


 潤沢な資金(紙幣)と、ドクロ沼で培った技術(リザードマンの労働力・ガンテツの製鉄)。

 これらを組み合わせ、異世界の移動手段を根底から覆す計画が動き出そうとしていた。



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