第14話 帳簿は嘘をつかない ~複式簿記でギルドの不正を暴け~
王城、謁見の間。
重苦しい空気が漂う中、私とソフィアは国王レグルス陛下の御前に跪いていた。
「……面を上げよ」
初老の国王は、疲れた表情で私たちを見下ろした。
王国の財政は火の車だ。近年の凶作に加え、隣国との緊張による軍事費の増大。
しかし、肝心の「税収」が上がらない。
「クリスティア侯爵令嬢、そしてその懐刀のカイトとやら。……余に『打ち出の小槌』を献上しに来たというのは真か?」
「はい、陛下。金貨を生み出す魔法道具ではありませんが……今の国庫の穴を塞ぎ、税収を倍増させる『魔法の杖』をお持ちしました」
私は懐から、一冊の革装丁のノートを取り出した。
「それはなんだ? 魔導書か?」
「いいえ。『帳簿』です」
宰相や大臣たちが「なんだ、ただの帳面か」と失笑する中、私は静かに説明を始めた。
「陛下、この国の商人が使っている帳簿は『単式簿記』……つまり、『今日パンが売れて銀貨が入った』という、現金の出入りしか記録していません。これでは、在庫が減ったのか、借金をしたのか、金の『出所』が見えません」
「ふむ。それがどうした?」
「この曖昧さが、脱税の温床なのです。……特に、中央商業ギルドは」
ギルドの名を出した瞬間、宰相が顔をしかめた。
ギルドは多額の献金(賄賂)を大臣たちにばら撒いている。彼らにとって触れられたくない聖域だ。
「無礼な! ギルドは国に多額の納税をしている忠実な組織だぞ!」
「いいえ。彼らが納めているのは、本当の利益の『一割』にも満たないでしょう」
私は宰相の怒号を無視し、ノートを開いた。
「私が開発した**【複式簿記】**は違います。すべての取引を『借方(左)』と『貸方(右)』に分け、金の『原因』と『結果』を同時に記録します。……これにより、もし1コインでも数字が合わなければ、必ずどこかに『嘘』があることが数学的に証明されるのです」
私はミナを前に出した。彼女の手には、独自ルートで入手したギルドの「表向きの帳簿」がある。
「ミナ、解析結果を」
「はい。……ギルドの帳簿には『仕入れ』として金貨5万枚が計上されていますが、それに対応する『買掛金』と『在庫』の動きが矛盾しています。計算上、金貨2万枚分の現金が、どこにも記録されずに消失しています」
ミナが淡々と告げる事実は、爆弾だった。
消えた2万枚。それは裏金としてプールされ、賄賂や私腹を肥やすために使われている金だ。
「な、なんだその数字は! 言いがかりだ!」
宰相が狼狽えるが、国王の目は鋭く光った。
「……面白い。カイトよ、その『複式簿記』とやらで、ギルドの嘘を暴けるのだな?」
「はい。私に『国税調査権』を持つ臨時の査察官の権限をください。……半日で証拠を掴んでみせます」
国王は少し考えた後、ニヤリと笑った。
「よかろう。やってみせよ。……ただし、失敗すれば不敬罪で首が飛ぶと思え」
◇
その日の午後。
王都の一等地にある、石造りの巨大な「中央商業ギルド本部」。
ギルドマスターのゴルバは、執務室で上機嫌にワインを飲んでいた。
「ふん、カイトの若造め。通販だか何だか知らんが、そろそろ資金が尽きる頃だろう。所詮は店舗を持たぬ弱小商会よ」
その時。
ドォォォォン!!
正面玄関が爆音と共に吹き飛んだ。
「な、なんだ!? テロか!?」
ゴルバが窓から覗くと、そこには武装した近衛騎士団と、青い制服を着た「カイト商会」の事務員たちが突入してくる姿があった。
先頭に立つのは、令状を手にした私だ。
「ガサ入れだァァッ!! 動くな!」
「帳簿と伝票、メモ一枚に至るまで全て押収しろ!」
事務員(元スラムの計算少年たち)が、雪崩のようにオフィスへなだれ込む。
彼らはミナによって徹底的に訓練された「簿記の鬼」たちだ。
「き、貴様ら! ここをどこだと思っている! ギルド本部だぞ!」
ゴルバが怒鳴り込んでくるが、私は冷徹に令状を突きつけた。
「国王陛下の勅命による特別税務調査です。ゴルバさん、貴方に巨額の脱税容疑がかかっています」
「だ、脱税だと? 証拠はあるのか! 我々の帳簿は完璧だ!」
ゴルバは鼻で笑った。
彼には自信があった。裏帳簿は隠してあるし、表向きの帳簿は専門の会計士に辻褄を合わせさせてある。
「ええ、拝見しましょう。……ミナ、頼む」
ミナがギルドの金庫から押収された帳簿をパラパラとめくる。
その速度は人間業ではない。
「……3ページ目、不自然な空白。貸借不一致。……15ページ目、架空の修繕費計上。……28ページ目、使途不明金」
ミナはわずか数分で帳簿を閉じ、ゴルバを指差した。
「あんたの帳簿、穴だらけよ。現金と在庫のバランスが、合計で金貨30万枚分も合わないわ」
「なっ……!?」
「複式簿記の方程式は誤魔化せない。……消えた30万枚はどこ? 資産(Asset)として隠してるんでしょ?」
ゴルバの顔から血の気が引く。
単式簿記の世界で生きてきた彼には、なぜバレたのか理解できないのだ。
「探せ! 壁の裏、床下、隠し金庫があるはずだ!」
騎士たちが壁を叩き割ると、そこから大量の金貨と、裏取引を記した「真の帳簿」が雪崩れ落ちてきた。
「あ、あぁぁ……!」
動かぬ証拠。
私は崩れ落ちるゴルバを見下ろした。
「残念でしたね。……数字は嘘をつかないんですよ」
◇
翌日。
王都の新聞は、このニュースで持ちきりだった。
『ギルド解体! 巨額脱税発覚! カイト商会、新会計システムで不正を暴く』
国王は押収した追徴課税で財政難を一息に解決し、私に褒美として**「王都での自由商業権」**と、ある特別な地位を与えてくれた。
「カイトよ、そちを王室直属の『会計顧問』に任命する。……今後、我が国の税制は、そちの『複式簿記』を基準とする」
これは、単なる勝利ではない。
私がこの国の「経済のルール」そのものを書き換えた瞬間だった。
「これで、王都での商売がやりやすくなりましたね」
ソフィアが満足げに微笑む。
「ああ。ギルドという重石が取れた。これで、誰でも自由に商売ができる」
しかし、商売が自由になるということは、新たな問題も生まれるということだ。
爆発的に増えた「現金」の流通量。
重すぎる金貨や銀貨を持ち歩くのが不便になり、支払いの列が長蛇になっている。
「……そろそろ、『あれ』を導入する時期か」
私は次なる革命――**「紙幣(Bank Note)」**の発行を見据えていた。




