第12話 カジノ『ミラージュ』開業! ~貴族たちの金を吸い尽くせ~
ドクロ沼の開発開始から数ヶ月。
かつて毒ガスと泥にまみれていた「死に地」は、今夜、異世界で最も輝く場所へと変貌していた。
「……信じられん。これが、あの沼地か?」
招待客を乗せた豪華なゴンドラが、整備された水路を進む。
霧の向こうに現れたのは、闇夜に浮かぶ巨大な光の城――統合型リゾート施設(IR)**『ミラージュ』**だ。
魔石灯によるイルミネーションが水面に反射し、まるで蜃気楼のように揺らめいている。
エントランスには、タキシードを着た屈強なリザードマンたちが警備兵として立ち並び、その威圧感と規律正しさが「絶対の治安」を保証していた。
「フン、見た目だけは立派だな」
鼻を鳴らして降り立ったのは、隣国の大公家次男、ゼクスだ。
そして、その後ろにはクリスティア侯爵家の長老たちが続く。
彼らは「失敗を確認しに来た」つもりなのだ。
「ようこそお越しくださいました。今宵は、王国の法律が届かない『夢の時間』をお楽しみください」
支配人として出迎えた私は、深々と一礼して彼らを招き入れた。
◇
重厚な扉が開くと、そこは別世界だった。
真紅の絨毯、黄金のシャンデリア。そして熱気。
バニーガール風の衣装に身を包んだ美女たち(没落貴族の令嬢を再教育して雇用した)が、カクテルを片手に微笑んでいる。
「こ、これは……なんと破廉恥な……しかし……」
長老たちの目が釘付けになる。
そして、フロアに並ぶ数々の「遊戯台」。
ルーレット、ポーカー、ブラックジャック、そして魔導スロットマシン。
「カイト、これはどういう仕組みだ?」
ゼクスがルーレット台を指差す。
「簡単ですよ。チップを数字に賭けるだけです。当たれば36倍。……ああ、もちろん皆様には、初回サービスとして金貨100枚分のチップをプレゼントいたします」
私は彼らに、プラスチック製のカラフルなチップを手渡した。
これが罠だ。
重い「金貨」ではなく、軽い「おもちゃ」に換えることで、金銭感覚を麻痺させる。現代カジノの基本戦術だ。
「フン、子供騙しめ。……おい、『赤』に全部だ」
ゼクスが適当にチップを放り投げる。
ディーラーの元令嬢が優雅に球を回す。
コロコロ……カシャン。
『赤の9』。
「おめでとうございます! 倍になります!」
「……ほう?」
チップが増えて戻ってくる。
その瞬間、ゼクスの脳内で脳内麻薬が弾けたのが見えた気がした。
◇
数時間後。
「赤! 次も赤だ! いや、黒か!?」
「チッ、外れた! おい、追加のチップを持ってこい!」
当初の澄ました態度はどこへやら。
ゼクスも長老たちも、ネクタイを緩め、目を血走らせて台に張り付いていた。
勝ったり、負けたり。
その絶妙なバランスが、彼らを泥沼へと引きずり込む。
さらに、このフロアには「時計」も「窓」もない。時間の経過を忘れさせ、酸素濃度の高い空気を魔道具で循環させることで、眠気すら奪っている。
「カイト様、計算通りです」
私の背後で、バニースーツを着せられた(本人は不満げな)ミナが、タブレット代わりの石板を見せた。
「勝率はハウス(胴元)側が52%、客側が48%に設定されています。短期的には客も勝ちますが、回数を重ねれば重ねるほど、確率の収束により確実に客の資産が削られていきます」
「ああ。『大数の法則』からは誰も逃れられない」
私がワインを傾けていると、フロアの中央でゼクスが絶叫した。
「馬鹿な! 手持ちの金貨が尽きただと!? まだ取り返せるはずだ!」
彼は既に、持参した金貨5,000枚を溶かしていた。
熱くなったギャンブラーは止まらない。
「おいカイト! 借用書だ! 借用書を持ってこい! 私は大公家の次男だぞ、金ならいくらでもある!」
「……おやめになった方がよろしいのでは?」
「うるさい! 貸せと言ったら貸せ!」
私は「仕方ないですね」という顔で、あらかじめ用意していた契約書を差し出した。
担保は、彼が持つ「鉱山」の採掘権だ。
◇
翌朝。
朝日が昇る頃、カジノから出てきた客たちは、幽鬼のような顔をしていた。
財布は空っぽ。だが、不思議と満足感もあった。
「くそっ、あと少しで勝てたのに……」
「次は必ず勝つ……また来るぞ……」
ゼクスは借用書の山を抱え、リザードマンに抱えられて馬車に放り込まれた。
「さて、本日の収支は?」
ソフィアが涼しい顔で尋ねる。彼女はずっとVIPルームで高みの見物をしていた。
「売上、金貨8万枚。経費を引いても純利益で6万枚です。……たった一晩で、男爵領の年間予算を超えましたね」
ミナの報告に、さすがのソフィアも目を見開いた。
「化け物だな……。剣も魔法も使わず、ただ『遊び場』を提供しただけで、貴族の財産を根こそぎ奪うとは」
「彼らは楽しんで金を払ったのですから、詐欺ではありませんよ。これが『経済』という名の暴力です」
私は朝日を浴びる「ミラージュ」を見上げた。
長老たちも、大負けしたものの、この施設の「集金力」だけは認めざるを得なかったようだ。
「カイト……認めよう。この沼地は、確かに『金のなる木』だ」
ゲオルグ長老が、悔しそうに、しかし欲望に満ちた目で言った。
「合格ですね。では、約束通りこの都市の全権は私がいただきます」
こうして、私は侯爵家公認の「経済特区」の支配者となった。
だが、これはまだ始まりに過ぎない。
この莫大な資金を元手に、次はいよいよ王都へ攻め込む。
「ミナ、王都進出の準備だ。……あの腐った商業ギルドに、喧嘩を売りに行くぞ」




