第10話 沼地の主・リザードマンを雇用せよ! ~労働条件は『新鮮な魚』~
「ダメだ! また杭が沈んだぞ!」
「足場が崩れた! 誰かロープを持ってこい!」
開発が始まった「ドクロ沼」。現場は混乱を極めていた。
難民たちによる埋め立て作業は難航していた。どれだけ土砂を入れても、底なしの泥がそれを飲み込んでしまうのだ。
「カイトの旦那、こいつは無理だ」
現場監督として呼び寄せたドワーフのガンテツが、泥だらけの顔で首を振った。
「地盤が緩すぎる。人間が立ち入って杭を打とうにも、腰まで泥に浸かっちまって力が入らねぇ。このままじゃ、基礎を作るだけで十年はかかるぞ」
「十年……それでは間に合いませんね」
私は腕組みをして、広大な沼を見渡した。
現代知識(パイル工法)があっても、それを施工する「足場」がなければ意味がない。水陸両用の重機でもあれば別だが、そんなものはない。
その時だった。
ボコッ、ボコッ……と、沼の水面が不気味に泡立ち始めた。
「な、なんだ!?」
「何か出てくるぞ!」
難民たちが悲鳴を上げて後退る。
泥の中から姿を現したのは、緑色の鱗に覆われた半魚人――**リザードマン**の大群だった。
手には骨で作った槍や、錆びた剣を持っている。その数、百体以上。
「シャアアアッ!! 人間ドモ、ココハ我ラガ聖域! 立チ去レ!」
群れのボスらしき、一際巨大なリザードマンが威嚇の咆哮を上げた。
一触即発の空気。ガンテツが巨大ハンマーを構える。
「へっ、魔物のお出ましか。ちょうどいい、あいつらを叩き潰して埋めれば地盤も固まるだろうよ!」
「待ってください、ガンテツさん」
私は彼を制止し、一歩前に出た。
「カイトの旦那!? 危ねぇぞ!」
私は【世界交易】のスキルを発動し、彼らを観察していた。
敵意はある。だが、それ以上に――。
(……痩せているな)
彼らの鱗は艶がなく、肋骨が浮き出ている。武器も粗末な骨董品ばかりだ。
この沼は硫黄分が強く、普通の魚は住めない。彼らは慢性的な食糧不足に陥っているはずだ。
「おい、トカゲの大将。話がある」
私は武器を持たずに近づいた。
「グルル……我ラハ誇リ高キ湿地ノ戦士。人間ト話ス言葉ナド……」
「腹、減ってるんだろ?」
私は空間からドサリと「あるもの」を取り出した。
それは、港町から取り寄せたばかりの**「冷凍マグロ」**一本と、大量の**「アジ」**だ。
ピタリ。
リザードマンたちの動きが止まった。
鼻孔をヒクヒクさせ、その爬虫類の目が魚に釘付けになる。
「こ、コレハ……海ノ魚!? ナゼ、コンナ内陸ニ……!」
「俺と契約すれば、毎日これを腹いっぱい食わせてやる。どうだ?」
ボスがゴクリと喉を鳴らした。
プライドと食欲の戦い。
しかし、背後にいる子供のリザードマンたちが「サカナ……」と弱々しい声を上げるのを見て、ボスの槍が下がった。
「……条件ハ、ナンダ?」
「簡単な仕事だ。……この杭を、沼の底に打ち込んでほしい」
私は設計図を示した。
人間には不可能な、水中深くの地盤への杭打ち。
だが、水陸両用で怪力を持つ彼らにとっては、泥遊びのようなものだ。
「ソレダケカ?」
「ああ。一日働けば、一人につき魚5匹。ボスにはマグロの兜焼きをつける」
「契約成立ダッ!! 野郎ドモ、杭ヲ持ッテコイ!」
◇
それからの工事現場は、異様な光景となった。
「オラオラ! ソッチノ杭ガ歪ンデルゾ!」
「アイヨッ!」
リザードマンたちが軽々と丸太を抱え、泥の中に潜っていく。
ズドン! ズドン! という重い音が響くたび、強固な杭が正確に打ち込まれていく。
人間がやれば一日かかる作業が、彼らの手にかかれば数分だ。
「すげぇ……。あいつら、天然の重機かよ」
ガンテツが呆れつつも感心している。
彼はすぐにリザードマンの職長と意気投合していた。
「おいトカゲ! もっと深く打て! 岩盤まで届かせろ!」
「ウルセェ髭ダルマ! コレクライ余裕ダ! ……オイ、今日ノ報酬ハ『サバ』ダト聞イタガ本当カ?」
「ああ、脂が乗ってて美味いぞ」
「ウオオオッ! 働ケェェェッ!」
食欲という最強のエンジンを積んだ彼らの働きにより、絶望的だった基礎工事は驚異的なスピードで進んでいった。
夕方。
作業を終えたリザードマンたちが、焚き火を囲んで魚を頬張っている。
その横で、人間の難民たちも一緒になって食事をしていた。最初は怖がっていた難民たちも、一緒に汗を流し、同じ飯を食ううちに打ち解けたようだ。
「カイト様、信じられません」
現場を見に来たミナが、電卓を叩きながら目を丸くしている。
「工期が予定の10分の1に短縮されました。人件費(魚代)を含めても、予算が大幅に余ります」
「浮いた予算は、彼らの住処(リザードマン用社宅)を作ってやるのに使おう。いい労働環境は、いい仕事を呼ぶからな」
私は満足げに頷いた。
これで「土地」の問題は解決した。
次は「金」と「人」を呼び込むための、目玉施設の建設だ。
「ミナ、次は『カジノ』の内装と、ゲームのディーラーが必要だ。……計算が得意な君に、ぜひ監修を頼みたい」
「……へえ。確率と統計のゲーム? 面白そうじゃない」
ミナの目が怪しく光った。
着々と進む「ドクロ沼リゾート化計画」。
だが、その急激な発展を、良く思わない者たちが動き出そうとしていた。




