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インターネット小説家の右肩上がり生活

――1日目――


 30代前半の容姿に見える一人の男性が、スマートフォンを眺めながら部屋の中でくつろいでいた。


『チンポーン』


すると、部屋の扉の奥から家の呼び鈴が聞こえてくる。

くつろいでいた男性は、そのまま微動だにせず、スマートフォンの操作を続行した。


『チンポーン』


 彼は少し急ぎ気味で、部屋の窓から外の様子を窺う。

玄関前に、濃緑のうりょく色と少量の黄色味が混じった制服を着た男性が茶色い小袋を携えて待機していた。

くつろいでいた男性は慌てて部屋を飛び出していき、すぐに玄関を開けていく。


 運送業者はくつろいでいた男性を見ながら、営業笑顔を作った。


「お届け物です。えーっと……のべ、のべ、述瑠のべる、様でお間違えないでしょうか?」


述瑠と呼ばれた男性は落ち着かない様子で返答する。


「え、あ、はいっ」


述瑠は苦笑しながら、運送業者から荷物を受け取った。




 述瑠は部屋の中で、小袋を開封していく。

袋の中には、一枚のメッセージカードと、黄色いリストバンドが一個、青色のお守りが一つ入っていた。


 述瑠はメッセージカードに書かれている文字を凝視する。


『そのリストバンドを身に着けてインターネット小説を執筆すると、良いことが起こります!

どうか、信じて手首に巻いてください♪

追伸:効果が無かったら、責任を取って切腹します。

効果を実感した場合、そのまま結果を出してくださいね♪』


 述瑠はリストバンドを摘まみ上げると、しばらく静観した。

そして、メッセージカードと一緒に部屋の隅に置いてあるゴミ箱に近づいていく。

しかし、ゴミ箱の前で数秒ほど立ち止まった後、彼は机の隅にメッセージカードを放り投げ、リストバンドを手首にはめていった。


 述瑠はパソコンの電源を入れて、椅子に座り、キーボードを入力していく。

部屋の中に、カティァカティァという音が鳴り響いていった。


――2日目――


 述瑠は、『ロートフルーフ』と表示されている小説投稿サイトを見つめながら、マウスを操作していく。


『述瑠先生、投稿お疲れ様です! ギルルの物語がこれからどんな展開になるのか気になります!

あと、『wお』と誤字がありましたよ!


投稿日時:〇年〇月〇日〇時〇分

投稿者名:楽花 純恋』


 述瑠はモニターに表示されている文章を読み、表情をほころばせる。

それから、視線を手首に着けているリストバンドに移す。

彼は苦笑しながら、再び視線をパソコンの画面に戻し、何時ものように小説の続きを執筆するのを再開させた。


――3日目――


 述瑠は、『ロートフルーフ』サイト内の小説週間ランキングを眺めた。

彼は、他のユーザーが投稿した小説のタイトルとあらすじが何件も並んでいる画面をずっと下にずらし続けていく。


 述瑠は手首に巻いたリストバンドを摘まみ、手の甲までずらした。

しかし、彼はしばらく動きを止めた後、リストバンドを手首に再び巻き戻す。


 述瑠は小さなため息をついた後、キーボードでカタカタという音を演奏していった。


――4日目――


 述瑠は先日と同じランキングを眺める。

そして、画面の中央に、『竜と英雄の社交ダンス』という小説タイトルが表示されていて、彼はそれをじっと眺め続けた。

また、小説タイトルのすぐそばに、数字の、『97』が表示されている。


 述瑠は咄嗟に椅子から立ち上がり、部屋の中を歩き回った。


――5日目――


 述瑠は恒例行事のランキングの確認を行う。


 モニターに映っている、『竜と英雄の社交ダンス』の横には、『69』が表示されていた。

他にも、閲覧数の数字が1300、評価も5段階中4となっている。


 彼はそっと椅子から立ち上がり、机端に放置されたメッセージカードを拾い上げ、文章に目を通していく。

そして、述瑠は手首のリストバンドにゆっくり手を添えた。


――6日目 昼――


 述瑠が部屋の中で、『竜と英雄の社交ダンス』の次話を執筆をしていた。


『チンポーン』


呼び鈴が家の中から彼に知らせるが、述瑠は気にせずキーボードの相手を続ける。


『チンポーン』


 述瑠が客人をしばらく放置すると、呼び鈴は再び彼に知らせていく。

また、彼はスマートフォンを操作して画面に注視した。


『チンポーン』


 彼はすかさず椅子から立ち上がり、窓から外の様子を窺う。

すると、玄関前には、誠実そうな女性が一人佇んでいた。


 述瑠は関心が無さそうな顔を浮かべながら、再び席に着こうとする。


「述瑠さーん! お話があります! 開けてくださーい!」


 家の外からは、女性の必死な叫びが聞こえてくる。


 述瑠は慌てた様子で窓からもう一度彼女の様子を観察した。


「述瑠さーん! いや、述瑠先生ー! いらっしゃいませんかー!?」


 述瑠は玄関に一直線に向かい、扉を開けた。


「あの、静かにしていただけませんか!? どちら様ですか!?」


 女性は20代後半の容姿をしていて、身長は160センチくらいはありそうだ。

肩から指先、背中と腹部、太腿から足首までを外気に晒している格好をして、とても通気性が良さそうで、暑い中で活動するには最適な衣装を着ている。

そして、胸部には大きな膨らみがあり、衣装を内側から押し返していた。


 誠実そうな女性は語気を強めながら訴える。


「あのっ、突然すみません! こちらに述瑠さんという方はいらっしゃいませんでしょうか!?」

「いやっ、そのっ、声を抑えてください! というか、ユーザー名を叫ばないでください」


述瑠は困惑した様子で彼女をなだめた。

誠実そうな女性は彼の言葉を聞いて、目を輝かせる。


「ということは、つまり、述瑠さんご本人ですか!?」

「ちょっと。お姉さん誰ですか?」

「あ、あっ、ああ! 私、述瑠さんのファンです」

「いやいや、何で住所知ってんの!?」


誠実そうな女性は目を閉じ、両手を顔の近くで組む。


「私の中の羅針盤が、突然、述瑠さんの居場所を指し示したのです。私は羅針盤を信じて移動し続けました。すると、なんと本当に述瑠さんに会えるなんて」

「ら、羅針盤とは?」


述瑠は怪訝な表情を浮かべる。

誠実そうな女性は優しい笑みを作りながら、胸に手を当てた。


「ここにあります」

「そんなことってありますか? 個人情報、俺の漏れてるんですか?」


彼は不安そうに尋ねる。

誠実そうな女性は誇らしそうに言う。


「いいえ。それは問題ないと思います。先ほどから言っている通り、私の羅針盤に従ってここまでたどり着いたので」


述瑠は真顔のまま沈黙を貫く。


「だとしたら、本当にお姉さん凄い人ですよ。小説の登場人物になれますよ」

「そうですか? それなら、述瑠さんの小説に登場させてください」


彼女は嬉々とした表情を作る。

述瑠は大きなため息をついた。


「とにかく、俺はお姉さんのこと知らないので、今日はこれで終わりでお願いします。個人情報は言わないでくださいね」


 彼が玄関の扉を閉めかけた時、誠実そうな女性は述瑠の腕を咄嗟に掴む。


「述瑠さん、そんなこと言わないでください! はるばる半日かけてここまで来たんです! これでさようならは嫌です! 部屋に案内してください!」

「そんなこと言われても、俺、お姉さんの事まったく知りませんし!」

「私ですか? 私もロートフルーフに小説を投稿してる、楽花純恋らくばなすみれです! 述瑠さんの最新作、『竜と英雄の社交ダンス』にも感想を残しました!」


述瑠は純恋の言葉を聞いた途端、拒絶の反応が弱まっていく。


「えっ、嘘でしょ!? 女性向け恋愛ファンタジーと日常恋愛のランキング上位常連の、あの楽花純恋っ、さん!?」

「自分で言うのもなんですが、そうです。『腹黒令嬢のリヴェンジャー』と、『その幸せな恋はどんな味』を執筆しています」


述瑠は突如、弱弱しい声を漏らす。


「書籍化作家さんが、純恋さんがこんな俺なんかのところに何で来てるんですか……」

「述瑠さんにどうしても会いたくて来てしまいました。私の羅針盤がどうしても行けと言うので」

「天地の差がありますよ。会いに来る相手じゃないですって」


純恋は真剣な眼差しを彼に向ける。


「そんなことありません! 述瑠さんは、これからのインターネット小説界を変える、偉大なインターネット小説家です!」

「思い込み激しいですよ」

「それを証明するために、述瑠さんの部屋に案内してください。お願いします!」


彼女はゆっくり姿勢低くさせ、地面に手をついた。

述瑠はすぐに慌てて彼女の上半身を持ち上げる。


「純恋さん、何してるんですか!」

「お願いします! 述瑠さんの部屋に連れて行ってください」


純恋は何度も頭を下げて懇願し続けた。

述瑠は頭を掻きながら困惑する。


「インターネット小説家歴13年、今週までランキング掲載経験なし、閲覧数最高二桁、感想無し、コンテスト一次審査通過経験なし、そんな奴の部屋に来て何になるんですか」

「今週は違ったでしょう!」

「そうですけど、偶然ですから! 俺は純恋さんの様な実力者じゃないです!」

「いいえ! 10年前の、『黒団子と白団子戦争』から、述瑠さんの作品の魅力に気付かない読者の方が間違ってます!」


述瑠は彼女の言葉を聞いて、小さな悲鳴を上げた。


「うっ、それは俺の黒歴史作品……」

「違います! 面白い作品です!」

「というか、そんな昔から俺の事を知ってたんですね」

「はい、ファンですから!」


純恋は輝かしい笑みを浮かべる。


「そんな述瑠さんの部屋がどうなっているのか、私は知りたくて仕方がありません!」

「うーん、そうだなぁ、えーっと、うーん……」

「お願いします!」

「……期待値本当に低くして下さいね」

「はい、幻滅しません」


 述瑠は小さなため息をつくと、玄関の扉を全開にした。


「では」

「ありがとうございます。お邪魔します」


純恋は恐る恐る彼の家の中に姿を消していく。




 純恋は部屋の中を見渡す。

机の上には、パソコンが一台設置してあり、すぐ近くには海外製家庭用ゲーム機のコントローラーが一個置かれていた。

それから布団、そして壁に視線を巡らせる。

次に棚の上に置かれた処方箋と散らかった錠剤、そして最後に、人型の置物を興味深そうに見つめた。


 人型の置物は、20歳前後の容姿をしていて、身長は純恋と同等。

胸部には純恋より少し大きな膨らみが出来上がっている。

無機物なのに、柔らかそうだ。


 純恋は等身大ドールを見つめながら呟く。


「ここが、述瑠さんの部屋、執筆部屋ですか」

「執筆部屋なんて、そんな。普通の部屋です」

「執筆途中だったんですか?」


彼女はパソコンに近づいていく。


「まぁ、隔日投稿用に一日1000文字前後は書かなきゃいけないですからね」

「話数を貯めたりはするのでしょうか? あ、パソコンちょっといいですか?」

「ああ、どうぞ」


 純恋はパソコンのマウスを操作し、パソコンの画面を更新させる。


「えぇぇ!? 述瑠さんの、竜と英雄の社交ダンス、ランキング25位まで上がってますよ!」

「本当ですか!? え、何で!?」


述瑠は彼女のすぐ横まで移動し、純恋と一緒に画面上のランキングを眺めた。


「竜と英雄の社交ダンス、そんなに面白いですかね?」

「はい、面白いです。間違いなく」


純恋は画面を注視しながら、強い口調と共に大きく頷く。

そして、マウスを操作し続けると、画面に読者からの感想が寄せられていた。


述瑠は頭を抱えながらうろたえる。


「何かがおかしいよ……」


 純恋は心配そうに彼の姿を目で追い、続けて等身大ドールに目を向けた。


「あ、えーっと、ところで、私、部屋に入ってからずっと気になっていたのですが、その、そこの女性は等身大フィギュア、ですか?」

「あ、うぇ? ああ、これ、等身大ドールです」

「フィギュアじゃなくて、ドール、ですか……。それはつまり、出来るのですか?」


純恋は期待の眼差しで彼を見つめる。


「え、まぁ、出来ますけど……」


述瑠はどこか恥ずかしそうに、そして居心地が悪そうに答えた。

純恋は興味深そうに話を続ける。


「ドールが述瑠さんを奉仕する機能とかは?」

「そんなものはっ……このドールには備わってないです。人工知能搭載のドールだったらしてもらえると思うんですが、値段が……」

「いくらするんですか?」

「アニメ調モデルで、粗い設計を避けるなら、300万くらいは」


純恋は口元に手を当てながら答えた。


「高いですね……」

「頑張れば買えなくもないですが、失敗できない値段なので手が出せないです」

「ですよね……。述瑠さんって、普段仕事は何されているのでしょうか?」


述瑠は一瞬、表情を固めさせる。


「え、あ、俺ですか? えーっと、地球警備員です……」

「地球警備員、といいますと? え、小説の設定ではなくて?」

「本当に地球警備員って職業あるんですよ! パソコンを通して、飛行型ドローンをAIと一緒に操作して、自由に飛び回るんです」


純恋は怪訝な表情を浮かべた。


「それだけでいいんですか?」

「ドローンにはカメラが搭載されているので、常に地図情報を収集していて、それが地図アプリケーションの、『アスアース』に最新の地形として反映させてます。純恋さんもここまで来るのにアスアース使ったんじゃないですか? それ、俺たちの情報で出来てますよ!」

「本当に!? 確かにここ数年で、機械が町の上を飛んでいる光景は何度も見かけてましたが、あれは述瑠さん達が操縦していたのですね!」


述瑠は少しだけ誇らしそうにする。

純恋は口角を上げながら話をつづけた。


「実は私の羅針盤だけでなく、述瑠さんの家に行くまでアスアースにも頼っちゃいました」

「しかも、ドローンには一応武器も搭載されていて、不審者には鎮圧用スタンゴム弾、あとは対人特化拘束捕縄も使えて、治安維持活動もしていたり」

「なるほど」

「俺はまだ遭遇したことないんですが、他の地球警備員は偶然、犯行現場に遭遇して、犯人を無力化させて被害者を救助、そして褒賞50万貰ってましたよ」

「人助けもしつつ報酬も貰えて、凄く充実した仕事ですね」


純恋は顎に手を当てながら真剣に話を聞き続ける。


「差し支えなければ、時給を聞いても大丈夫ですか?」

「……1000モネーターですね」


純恋は不安そうに彼を見つめた。


「暮らしていけます?」

「衣食住保証制度を使ってるんで、何とか暮らしていけてます。まぁ、精神安定費用の娯楽費プラス5000モネーターもありますし、気を使わないでください。あ、そういうことなので、地球警備員の給料に関しては、察してください」


述瑠は頭を撫でながら苦笑する。


 純恋はしばらく沈黙を続けた後、再び等身大ドールに視線を向けながら質問する。


「あー、えっと、そのドールは、リンネル、ですよね?」

「え、知ってます!?」

「アニメ、いえ、原作漫画のエッジストライクのヒロイン、私も好きです」

「ええぇ、純恋さん観てるんですか!?」

「最初は一般人として平凡な生活を送っていたのに、3話のアレをきっかけに友達を守りたい気持ちで突っ走るあの姿、本当に好きです。7年前の作品でも色あせない魅力がありますよね」


述瑠は興奮気味に話を投げかけた。


「分かります。というか、純恋さんからそんな感想が聞けるなんて、なんか不思議です。え、純恋さんって、今、年齢おいくつか聞いても大丈夫でしょうか?」


純恋は頬に指を当てながら右上の天井を見上げる。


「私ですか? さん……いくつに見えますか?」

「二十代、後半、ですかね?」

「述瑠さん、観察眼ありますねー」

「ありがとうございます? あの、さっき、『さん』って――」

「二十代中盤ですー!」


純恋は冷たい笑みを浮かべた。


 述瑠は両手を合わせながら口を紡ぐ。


「エッジストライク以外も何か観てるんですか?」

「もちろん」

「え、それじゃあ、『モリモリビューティー』は履修済みですか?」


純恋は彼の言葉を聞いて、言葉を詰まらせる。

述瑠の笑みは徐々に薄れていく。


 純恋は軽く手を叩きながら静寂を打ち破る。


「あ、あぁ、述瑠さんは、『錆びた刀は折れない』は観てますか?」


純恋は自分の頭を軽く撫でた。

述瑠は苦笑いをしばらく作り続ける。


「アニメ版は3話までは視聴しましたが、それ以降は全く……」

「あ、あれ、そうなんですね」


純恋も述瑠と同じ表情を真似した。

述瑠は小さく手を叩く。


「『半裸暴走魔女』はどうですか? 観てますか?」

「あ、すみません。半魔女は0話切りしてます……」

「興味惹かれませんでしたか?」

「男性には受けそうだと思います」


純恋は固い表情から瞬時に笑みをこぼす。


「『科学と魔法の愛の結晶』は観ましたか? って愚問でしたか?」

「あー、名前は知ってるんですけど、内容は……」

「すみません……」


二人の間に重苦しい雰囲気がのしかかった。


 述瑠は左上の天井を眺めながら言う。


「『その彼女、儚く――』」

「人生」


述瑠は彼女の返答を聞いて、笑顔を取り戻す。


「本当に人生でしたよね」

「はい。リアルタイムで観てた時は、単純に物語として面白いと思っていましたが、年月が経った今はますます人生だと強く評価できます!」

「ですです!」


述瑠と純恋はアニメーション談話を部屋の中でしばらく賑わせ続けた。


――6日目 夕方――


 部屋の窓の外は、緋色ひいろからこん色に様変わりしていた。


 述瑠は窓の外に目を向け、ぽつりと呟く。


「あの、純恋さん。そろそろ帰った方がよくないですか?」


純恋はスマートフォンを見ながら答える。


「ところで、このお家は述瑠さん一人で使っているのですか?」

「えっと、両親も住んでますが」

「ですよね。述瑠さん一人にしては広いですもんね」

「一人でこの広さは家事も大変ですよ」

「述瑠さん、何か食べたいものはありますか?」


純恋は微笑みながら小首をかしげた。

述瑠も小首をかしげ返す。


「海鮮丼ですかね。何でですか?」

「食事を配送してもらおうかと思って」


純恋はスマートフォンの画面を指で押し続ける。

述瑠は慌てた様子を見せた。


「いえ、大丈夫です! 純恋さん、注文してるんですか? 止めてください!」

「大丈夫です。私、余裕ありますから。述瑠さんは気にしないで食事を存分に味わってください」

「割り勘、いや俺が奢りますよ!」

「お気持ちだけで大丈夫ですよ」

「こっちの台詞です!」


問答を繰り返しているうちに、純恋はスマートフォンを床に置く。


「ご両親は今どちらにいらっしゃるのですか?」

「明日の夜まで家に帰ってきませんけど」


述瑠は純恋のスマートフォンを眺めながら落ち着かない様子を見せる。

純恋は会話をすぐに続行した。


「そうなのですね。あ、食事が届くまでに、お風呂を済ませましょう。述瑠さん、一緒に入りましょう?」


述瑠は首を高速で左右に振る。


「何言ってるんですか!?」

「折角会えたんですから、親睦を深めるために、一緒にどうかと思いまして」

「いいです、いいです! 純恋さん一人で入ってください!」

「そうですか? 仕方ありませんね。それじゃあ、一人で入ります。お風呂場はどちらにありますか?」


述瑠は大きなため息をつく。


「廊下を出て、調理場の反対の方にあります。ちなみに、トイレはその横です」

「ありがとうございます。それでは、行ってきますね」

「ごゆっくりどうぞ」


 純恋はその場を立ちあがり、深くお辞儀した後、部屋を出ていった。


――6日目 夜――


 部屋の中に、中身が空になった円形状の容器が散らかっていた。

また、その近くには小さな長方形の小袋が二個、他には割りばしが二本二組も散乱している。


 窓の外は紺色どころではなく、黒々とした闇に覆われていた。


 述瑠は外の漆黒を眺めながら言う。


「純恋さん、電車とかの時間は大丈夫ですか?」


純恋は述瑠をまっすぐ見つめた。


「今日はここで述瑠さんと一緒に寝ようと思います」

「え、なんで!?」

「帰るのは、明るくなってからの方が安全安心ですからね」


彼女は口元に手を当てて笑みをこぼす。

そして、床に敷かれた布団に視線を移した。


「お布団は一つ、しかないですよね」

「そうです! だから、帰りましょう! いや、ホテルに行きましょう!」

「節約ですよ」

「俺が出しますよ」


純恋はゆっくり首を横に振る。


「無理言って部屋に入れて頂いた身ですので、私は床で寝ます」

「ダメです! 布団で寝てください、俺の布団で! あ、俺の匂いがあるから、やっぱり帰りましょう!」

「私は気にしませんよー?」


純恋は軽い足取りで布団に近づいていき、身体を勢いよく投げ出す。

述瑠は彼女の後を追い、困惑した表情を浮かべた。


「あぁ、汚れちゃいますよ!」

「何でですか?」

「俺の、俺の汚れが」

「汚してください?」


 純恋は述瑠の腕を掴み、強引に引っ張る。

述瑠は姿勢を崩し、純恋の身体に覆いかぶさる一歩寸前で、両腕を布団に押し当てて全身を支えた。


「うぉぁっ!」


純恋は静かに述瑠を見つめ続ける。

述瑠はすぐさま開口した。


「ごめんなさい、すぐどきますっ!」

「それでいいんですか?」


純恋は小首をかしげる。

述瑠は困惑の表情で答えた。


「え?」


彼女は不敵な笑みを浮かべる。


「……述瑠さんの色で、私を染めてくれないんですか?」

「俺そんなつもりじゃっ」


述瑠は首を何度も横に振るった。

純恋は一瞬不満そうな顔を作ると、述瑠の胴体を両手で掴み、布団に押し当てた。

述瑠は抵抗する暇なく、布団の上に寝かせられる。


「うぁっ」

「なら、私が染めちゃいますよ?」

「いや、あ、お、俺。ディーティーで、しかも、早いです」


純恋は妖艶な笑みを見せた。


「大丈夫です。全部私に任せてください」


 述瑠は瞳孔を限界まで開かせながら、身体を硬直させる。

そして、純恋の武装解除の様子を静観した。


――7日目――


 部屋の外から、陽光が窓を通して述瑠たちを優しく照らしていた。


 そんな中、述瑠はパソコンに向かって体を震わせている。


 パソコンの画面にはランキングが表示されていて、『竜と英雄の社交ダンス』の近くに『7』の数字が表示されていた。

他にもロートフルール利用者からの書き込みも多数表示されている。


『タイトルが意味不明だと思ったけど、最新話のレゴスたちの活躍をみて納得できました。上手い!


投稿日時:〇年〇月〇日〇時〇分

投稿者名:田舎の少年』


『面白いです。早く更新をお願いします。


投稿日時:〇年〇月〇日〇時〇分

投稿者名:常に横にヒロイン二人と一緒に寝てる俺』


『書籍化はまだですか!?


投稿日時:〇年〇月〇日〇時〇分

投稿者名:ラーメン屋なのに餃子の方が美味い店の店員』


『この世界観がとても好きです。


投稿日時:〇年〇月〇日〇時〇分

投稿者名:ウェルライト出版』


『面白そうだと思って最新話まで読みました。コリンがただただ可愛かった。


投稿日時:〇年〇月〇日〇時〇分

投稿者名:堀江ゆかり』


『伏線とタイトル回収が秀逸です! 素晴らしい。


投稿日時:〇年〇月〇日〇時〇分

投稿者名:blueKnight』


『キャラクターが魅力的なので読んでいて楽しいです。


投稿日時:〇年〇月〇日〇時〇分

投稿者名:しおれた編集』


『リングベルのレゴスへの想いが伝わって、二人がより一層仲良くなっているところでニヤケました。


投稿日時:〇年〇月〇日〇時〇分

投稿者名:靴下を履いたことない』


「何でこんなに評価されてるんだ……」


述瑠は困惑した様子を見せながら頭を掻く。

彼は何かを思い出したかのように、ハッと自分の右腕に視線を固定させる。

述瑠は繊細な物に触れるかのように、優しくリストバンドに手を添えた。


 述瑠はマウスを操作していき、メール画面を開ける。

最初は真剣に画面を凝視していたが、何度も純恋の寝姿を確認した。


件名:『竜と英雄の社交ダンス』書籍化のご提案(センテンス文庫)


述瑠様


ご無沙汰しております。センテンス文庫編集部の堀田 茜と申します。


先日はウェブ投稿サイト、「ロートフルーフ」にて、『竜と英雄の社交ダンス』を拝読し、その緻密なキャラクター描写と緊張感あふれる展開に魅了されました。

特に週間ランキング7位入賞(閲覧数約12,500超、読者評価★4以上)は、本作のポテンシャルを如実に示すものと感じております。


つきましては、以下の条件で書籍化をご提案申し上げます。


出版形態: 電子書籍・単行本(文庫判)


刊行時期: 〇年冬~〇年春を予定


印税率: 定価の10%(電子書籍同率)


初版部数: 5,000部


詳細につきましては別添の「出版契約書案」をご参照ください。


お忙しいところ恐縮ですが、〇月〇〇日までにご意向をお知らせいただけますと幸いです。ご質問やご要望がございましたら遠慮なくお申し付けください。

また、オンラインミーティングにて直接ご説明させていただくことも可能です。ご都合のよい日時をいくつかご提示いただければ、調整いたします。


述瑠様とともに、本作をより多くの読者へお届けできる日を、編集部一同楽しみにしております。


何卒ご検討のほどよろしくお願い申し上げます。


センテンス文庫 編集部 堀田 茜

E-mail:a.hotta@sentencebunko.co.jp

Tel:090-1234-5678


……こんな堅苦しい挨拶は置いといて、述瑠さんっ、私と、私たちと一緒に本を出しませんか!? というか、出させてください! お願いします! お返事、本当に待ってます!


 述瑠は情けない声を漏らした。


「うぇぅぁっ」


彼の声に反応するかのように、純恋が不思議そうにしながら布団から身を起こす。


「おはようございます。どういう声ですか?」

「純恋さん、大変ですっ!」


述瑠は彼女を手招く。


「寝起きにすみません、こっち来てください」


純恋は重い足取りで彼の近くに寄り、パソコンの画面に目を向けた。


「……これは」


述瑠は何度もパソコン画面と純恋の顔を交互の見つめていく。


「俺、初めての事で、どうしたらいいのか分からなくて……」

「すぐに返信してくださいっ! というか、述瑠さんおめでとうございます! あぁ、やっと述瑠さんの凄さに気づく人が現れてくれました」


純恋は興奮気味に満面の笑みを浮かべる。

述瑠は苦笑しながら言う。


「俺の作品、書籍化する価値も無いから、なんか裏がありそうな気がして」

「いいえ、そんなことはありません。すぐに、今すぐに返信しましょう! 述瑠さん、世に本を出しましょう!」


純恋は前のめりで述瑠に詰め寄る。

述瑠は椅子と一緒に後ずさりし、しばらく沈黙した後、ゆっくりと頷く。

純恋も述瑠と同じ動作を真似する。


「私も精一杯お助けします」

「本当ですか? 何だか申し訳ないです。でも、一人じゃ全く分からないので、助けてもらうと助かります。ありがとうございます」


述瑠はゆっくりと笑顔を浮かべていった。

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