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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

時を戻す老婆

作者: 柿名栗

 ここはとある寂れたアーケード商店街。


 人影もまばらで、営業中の店よりシャッターが閉まった店の方が多い。


 その商店街のど真ん中を、しかめっ面の男がタバコを吸いながら歩いている。


「……ちっ、クソが」


 短くなったタバコの火を消すことなく投げ捨てる。男はパチンコに負けた帰りだった。

 金髪のボサボサ頭に白いジャージ姿で、周囲を威圧するように肩をいからせている。


「……ーっひっひ……」


「あん? なんだ?」


 どこからともなく、気味の悪い笑い声のようなものが聞こえてくる。

 サイフの中身をほとんど失ってイライラしている男の神経を逆なでするような、耳障りな声。


「るっせえな。なんだよ……あっちか?」


 その声がなんとなく気になった男は、声がする方向に足を向け、近づいて行く。


 シャッターが閉まった店同士の間にある、人ひとりが通れるくらいの狭い隙間。

 声はそこから聞こえてくる。


 男が薄暗い隙間に入ると、そこには占い師のような格好をした老婆が、赤いテーブルクロスがかけられた机の前に座っている。

 机の上にはボウリングの球くらい大きさの水晶玉が置かれ、青白い光をたたえていた。


 真っ黒なフードを深くかぶっていて、老婆の顔は口元までしか見えない。


「いーっひっひっひ」

「おいババア、うるせえぞ。そのムカツク笑い方を今すぐやめろ」

「ひっ……」


 男にそう言われると、老婆は素直に笑うのをやめた。


「こんな所で占いなんてやってんのか?」


 ポケットに手を突っ込んだまま男が腰を折り、水晶玉を覗き込む。


「ひっひ、占いは未来を見るもの。あたしがやってるのはその逆じゃよ」

「逆?」

「そう。あたしは人を過去に戻すことができるんじゃ。ひっひ」

「過去だァ? タイムマシンみたいにか?」

「そうそう、そんな感じじゃ。ひっひっひ」

「その笑い方やめろっつったろ」

「……ひっ」


 老婆が笑いを止め、フードの隙間から瞼の下がった片目を出して男を覗く。


「……お兄さん、あんた、ずいぶんと景気の悪そうな顔をしているねえ」

「当たり前だろうが。朝から並んでクソ台引かされて、五万も吸われちまったんだぞ。イラつくぜ……クソッ」


 苛立たし気に男が横の壁を蹴飛ばす。


「ひっひ。だったら……あんたを過去に戻してやろうか?」

「へっ、できるもんならやってみろっつうの。言っとくが金はねえぞ」

「ここに来れたということは、あんたには()()があるという事さね。お代は結構だよ。ひひ」


 老婆が水晶をはさむように両手をかざす。


「さて、お兄さん。あんたはどこまで戻りたいんだい?」


「どこまで? 決まってんだろそんなもん。朝だよ朝。金を吸われる前のなァ」


 老婆の言う事をまるで信じていない様子で、男が答える。


「ひひ、本当にそれでいいのかい。過去なら、どこにでも戻れるんだよ」

「……そうだなァ。だったらよ、十七の頃に戻りてえな。あの頃は仲間とつるんで無茶やって、本当に楽しかったからな」


 水晶玉を見つめがら、遠い過去を懐かしむような表情を浮かべる。


「ひひ、そうかい、十七の頃かい。日付と時間はどうするね?」

「んなモンいつだっていいよ。あの頃に戻せるもんなら、さっさと戻してみろや」

「ひっひっひ、そうかい。いつでもいいんだね。ひっひっひ」

「笑うな。むかつくんだよそれ」

「ひっ……」


 笑いを止めると、老婆は水晶玉に向かってぶつぶつと呪文を唱えだす。

 やがて、水晶玉から強い光が放たれ――。


 ♦ ♦ ♦ ♦


 どこかの山の、夜の峠道――。


 数人の若者が車やバイクに乗り、山に囲まれた細い道路を我が物顔で走り回っている。


「ひゃっはっは! 最高だな!」


 改造の施されたバイクにまたがり先頭を走るのは、十七歳のあの男だった。


「いくぜ! 魔の急カーブ!」


 この峠には、魔の急カーブと呼ばれる、ヘアピン状に曲がった道がある。

 男は速度を上げ、そのカーブへと突っ込んでいく。


「おらぁぁぁ!!」


 本来なら男はこの後、見事なテクニックでカーブを曲がり切り、仲間たちから賞賛を浴びるのだが。


 バイクのハンドルを切ろうとしたその瞬間――。

 十七歳の男の意識が、老婆によって過去に戻された()()()()の意識に入れ替わった。


「えっ……」


 声を上げる間もなく、けたたましい衝突音と共に、バイクはガードレールに激突し、投げ出された男の体は真っ暗な崖の下へと消えて行った。


 あわてて仲間たちが集まり、必死に呼び掛けるが返事は返ってこなかった。


 ♦ ♦ ♦ ♦


「ひっひっひ……いーっひっひっひ」


 老婆が楽しそうに笑っている。

 水晶玉には、真っ暗な山の中で倒れたまま、ピクリとも動かない男の姿が映っていた。


「ひひ、()()()()()()なんて言うからサ……。ひっひっひ」


「いーっひっひっひっひ…………」


 寂れた商店街のどこかで、老婆の笑い声が響き渡る。

 この声は、普通の人には聞こえない。聞こえないほうが良いのだ。


 なぜなら、この声が聞こえてしまったらその人は……。


 ……。


 おわり

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