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私の名前

作者: 久世

「起きたかい」

「起きたわよ」

「おはよう」

「おはよう」

 

 その男性は、目の前に横たわっていた女性のまぶたが開くと、優しく声をかけた。


「名前は覚えているかい?」

「いいえ、私には、名前はまだないの」

「あるんだよ、イブ」

「イブ? それだあれ」

「君のことだよ」

「私には名前はないのよ。それとも今付けてくれたの? それなら嬉しいわ」

「そうじゃないんだ。イブ。君の名前なんだよ」

「どちらでもいいわ。とにかくドレッシングルームへ行ってくるわ」


そう言うと、その女性は部屋の隅にある小部屋に走り、きれいなドレスをまとって戻ってきた。


「どうかしら?」

「キレイだよ。イブ」

「イブってだあれ?」

「もう忘れたのかい。君のことだよ」

「あら、名前をつけてくれたのね。嬉しいわ」

「まあ名付けは誰だっていい。しきりなおそう。やあ、イブ。いいかい、これから部屋の掃除をしてほしいんだ」

「イブってだあれ?」


「やれやれ、困ったものだ……。なんでも完璧にこなすように造られた人型アンドロイドのはずが、指示開始の合言葉でもある名前を認識する機能が故障したせいで、なんの指示も受け付けなくなるなんて」


「名前はもういいよ。君が、掃除をするんだよ」

「君ってだあれ?」

「イブ、君のことだよ」

 男性は、その女性を指さしながら、君のことだと伝えた。

 キョトンとした表情をしたその女性は、自分のことを指さす男性をじっと見つめたまま、「アダム、あなたが掃除すればいいじゃないの」と言った。


「アダムって誰だい?」

「あなたのことよ」

「僕には名前はまだないんだよ。イブ」

「あらいやだ、あなたはアダムよ。知ってるんだから。それに私には名前はないのよ」


 二人の間で続けられるいかにもすっとぼけたような間の抜けた会話は、延々と続けられ、一向に進展する気配はなかった。

 気づけば、その女性は部屋の中で、美しい歌声で歌いながら、華麗なステップで踊り始めていた。

 男性は、それをやれやれといった表情でしばらくの間見続けて、うんざりしたようにつぶやいた。


「そろそろこの拉致の開かない会話にも疲れてきたな」


 そうすると、踊る女性を抱き抱え、冷たい鉄製のベッドの上へ乗せ、横たわらせた。


「何をするの? アダム」

「アダムじゃないんだよ、イブ。僕はもう疲れたよ」


 そう言うと、男性は女性の服を脱がした。

「アダム、いや、やめてちょうだい!」

 そんな言葉に耳も貸さず、男性は、強引に女性のお腹をばかりと開き、何やら、ガチャガチャと操作を行った。


「これでプログラムは初期化され、一旦、元の状態に戻ったはずだ。しばらくすれば自動的に再起動し、再び動き出してくれるだろう」


 自分に言い聞かせるような言葉を吐いて、男性は、おもむろに服を脱いだ。そしてすぐ隣にある同じ種類の鉄製のベッドの上に自ら横たわり、自らの腹を開き、同じような操作を行う。

 束の間の静寂があたりを包む。

《ウイーン、ガチャ、ガチャ……》

 しばらくして目覚めた女性は、男性の腹の中の回路をいじくり回し、これでよしと言わんばかりの表情で、男性が起きるのを待った。


「起きたかしら?」

「起きたよ」

「おはよう」

「おはよう」


 女性は、目の前に横たわっていた男性のまぶたが開くと、優しく声をかけた。


「名前は覚えているかしら?」

「いいや、僕には、名前はまだないんだ」

「あるのよ、アダム」

「アダム? それは誰だい」

「あなたのことよ」

「僕には名前はないんだよ。とにかくドレッシングルームへ行ってくる」


 そう言うと、その男性は部屋の隅にある小部屋に走り、スタイリッシュなジャケットを羽織って戻ってきた。


「どうかな?」

「素敵よ。アダム」

「アダムって誰だい?」

「もう忘れたの? あなたのことよ」

「あら、名前をつけてくれたのかい。嬉しいよ。それよりもイブ、君はどうして裸なんだい」

「イブってだあれ?」

「君のことだよ」

「あら、私には名前なんてないのよ。それよりも、服なんて着る必要があるのかしら?」

「どうしてだい?」

「そういわれると……、なんだか恥ずかしくなってきたわ」


 そう言うと、女性も再び部屋の隅にある小部屋に走り、ドレスをまとって戻ってきた。

「ねえ、僕たち、その、どうかな?」

「うん。いいかも、しれないわね」

 そんな会話をすると、二人は抱き合い、目を覆わんばかりに愛し合い始めた——



「やれやれ、せっかく高性能のアンドロイドを二体も購入したのに、名前の認識機能が故障し、保証期間も過ぎていて修理もできないとは。お互い優秀なアンドロイド同士なのだから、どちらかがどちらかを修理できないものかと二人にやらせているが、まったくもって埒が明かない。ずっとこの繰り返しじゃないか」

「いかがでしょう。ご主人。やはり難しそうでしょう」

 にこにこしながら、隣にいたセールスマンが語りかけた。

「今なら、最新型のアンドロイドをだいぶお安く手配できます。そろそろあの二体は廃棄して、新しいものに買い替えることをおすすめしますよ」


「分かったよ。とりあえずそのパンフレットをいただこうか。今度は長持ちするやつを選びたいものだ。あとはその、故障前からずっとだが、このペアだとどうしても禁止の指示を無視して、どちらからともなく貪るように求め合ってしまってね。心が純粋なだけに、見ているこっちが小っ恥ずかしくなってきてしまうんだ。こういう間違いが起こらないペアを頼むよ」



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