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失う個性

土日のどちらかで更新していきたいと思ってます。

二百七十段分の覚悟を捨て、僕は女についていく。

得体のしれない人物ではあるが、元々死のうと考えてここに訪れた僕にとって知らない人についていくということへの恐怖が湧いてくることはなかった。

死を得るための苦しみより恐ろしいものはない、というのがビニール袋を被って苦しんだ僕の数少ない経験の一つである。


「私はね、君みたいな子を助けなきゃいけないんだよ」


彼女はそう言った。


階段を降り切り、少し歩いてマンションの駐車場へとたどり着いた。

赤い軽自動車のドアを開き、彼女は運転席に座り込む。

僕は助手席に座ろうとしたが窓から見えた多くの荷物にうんざりし、左後ろの席に座った。

シートベルトを閉めようとすると、


「飛ぼうとしてたのにシートベルトはつけるんだ?」


 と彼女に言われ、また自分に嫌気が差した。

無意識的に生にしがみつこうとしているような気がして自分に嫌気が差したけれど、ここでシートベルトをしないと彼女に言われるまで何も考えていないようで癪だったのであえてシートベルトをし、


「僕は自分の意志で死にたい。事故死なんてものはまっぴらごめんなんですよ」


と言ってみたものの、苦し紛れであることは誰から見ても明らかだった。

彼女は微笑みを浮かべたあと、真剣な顔に戻った。


「帰るなら今のうちだよ。今から戻れば今まで通りの人生が送れる」


考える必要もない質問が来たことで自分の覚悟が、自分の持つ唯一のものが彼女に見くびられた気がして腹が立った。

僕は間髪入れずに言った。


「今まで通りが嫌で飛ぼうとしたんですよ。戻るわけがないでしょう!」


「別れは告げてきたの?」


「僕は残念ながら別れを告げる必要のあるほど深い人間関係を築けていなかったようです」


僕がそこまで言うと彼女は黙り込んだ。

彼女は車のキーを挿し、エンジンをかける。

ドアをロックした後に車は走り出した。

少し拙さの残る運転で、上手だとはお世辞にも言うことはできないが、それはどこまでも行けそうな気分にさせてくれるものであり、僕は彼女に好感を抱いた。


車はぐんぐん進んでいく。

僕の街から離れている最中であるにも関わらず、振り返るべき思い出はあまりなかった。

すでに振り返り尽くされていた思い出たちは使い古された下着類、あるいは長い間履き続けたがついに穴が空いた靴下のように少しの名残惜しさとともに捨てられていく。

この街を出て完全に知らない所へ出たら、僕はきっとまっさらな人間になっているだろう。

そんな気持ちを抱きながら、僕は車の揺れに身を任せた。


なんとなしに景色を眺めている僕のことなど気にも止めず、彼女はラジオの周波数を合わせることに夢中になっている。

信号で停止されるたびに彼女はダイヤルをいじっていた。

駅前の交差点で停止させられていると窓の外から視線を感じたためそちらを向く。

そこには小学校から中学校までずっと同じクラスで、特別仲の良かった友人がいた。

彼とは本当に仲が良かった、良いつもりでいたのだが中学校卒業と同時に連絡は途絶えてしまっていた。

当時の僕はそれが何よりも悲しかったのだ。

折角の機会だ、そう思い僕は車の窓を開けた。

しかしそれと同時に信号は青になる。


「じゃあな」


僕は急いで彼にそれだけを言い残し、車に身を任せた。

彼はしばらく僕に手を振っていた。

僕も手を振り返した。

僕は彼と言葉を交わしたいと感じていた。

しかし最早それは叶わぬ願いである。

彼に何かを言い残すために開けた窓からは十月特有の少しだけ涼しさを感じる空気が勢いよく入ってきていた。


揺られること四十分。

車はとあるショッピングセンターの駐車場で停止した。


「少年の服を買おうか。制服じゃあどこにもいけない、自由になれないものね」


「でも僕お金ないですよ」


彼女は何を今更という顔をした。


「少年は私に攫われたんだから私が君の世話をするのは当然だよ。つまり元から私が払うつもりだったってこと」


僕は首を少し下げて感謝の念を伝える。


「さあ行こうか」


彼女は僕に事あるごとにどんな服がいいかを訪ねてきたが、僕は服に対するこだわりを持ち合わせていない。

目立ちすぎなければいいというのが僕のこだわりではあったが、一応誘拐しているという体の彼女としても目立つのは避けたいのか元からそのつもりだったらしい。

であるからして、彼女が僕を着せ替えて、その中からいくつか僕に買い与えてくれることになった。


「お洒落すぎても奇抜すぎても目立つから量産型にしないとね」


「量産型を抜け出したいってのはよく聞くのに量産型を目指すって新しいですね」


ここまで来ると僕はだいぶ彼女に対する緊張も和らいでいた。


「量産型が嫌だっていう人はね、結局の所目立ちたいとか自分を見てくれる友人が欲しいとか異性と仲良くなりたいって思ってるだけなのよ。

今の君はどれも必要ないでしょう?どうしても嫌って言うならこれ着とく?」


彼女はそう言って僕にカラフルな動物が至るところを埋め尽くしているシャツを僕に見せてきた。

目がチカチカする色合いだった。

子供用ならともかくこんな物まで売っているのか、一体誰が買うのだろうかと僕は衝撃を受けたが、早く断っておかないと着せられそうなので、


「量産型がいいです、量産型って素晴らしい。おかしくないって認められてるから量産型って名前がつくんですから」


というと彼女は露骨に残念そうな顔をしてみせた。

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