擬態の方法
久しぶりになってしまいすいません。
コーヒーカップを乗り終えた僕はしばらくアトラクションに乗らずに歩き回り、結局はメリーゴーランド付近に戻ってきた。
一時間とは言わずとも、お姉さんがナンパされているのを目撃してからはかなりの時間が経過していたため、当たり前のことだが僕が戻ってきてもお姉さんはそこにはいなかった。
僕はメリーゴーランドの近くにあるいくつかのベンチのうち、誰も座っていないベンチに一人腰掛けた。
他のベンチには、メリーゴーランドに乗る子供を眺める大人たちや、愛を囁く恋人たちが座っており、一人で座る僕は明らかに異色だった。
何故僕はあの時お姉さんを助けられなかったのだろうか。ベンチに座ってから僕はずっと後悔していた。
いつもと少し様子が違い、思い出に浸っているというだけで、きっと僕はお姉さんの思い出に嫉妬していたのだ。
もしくは、僕が遊園地を楽しみにしていたことを知っていたにも関わらず、お姉さんが僕との時間を大切にしてくれなかったことに対して僕は傷ついたのかもしれない。
互いを受け入れ癒せる家族がほしいと願いつつも、僕はお姉さんを受け入れることができなかった。
そのくせ僕が傷ついたときに受け入れてもらえなかったら、僕はきっと不貞腐れるのだろう。
最早その情景が手に取るように思い浮かぶからこそ、自分がお姉さんを受け入れられなかったことが腹立たしく、恥ずかしかった。
僕が茂と出会った時、お姉さんは僕を気遣ってくれたのに、僕は何もできなかった。
お姉さんに何を想起しているのか尋ねることさえできなかった。
結局のところ、僕は陽慈から星慈に生まれ変わっても対して変化できていなかったのだ。
その考えに至り、僕は尚更落ち込んだ。
しばらく俯いていると、僕のベンチ付近に女子が三人固まっていることに気がついた。
一人が少し前に出ていて、後ろで二人がニヤニヤしながら一人の女の子を眺めている。
一人の女の子はしばらくモジモジしていたが、意を決したように僕の方へ向かって歩き、声をかけてきた。
「あの、一人なんですか?」
僕はなんと答えるべきか一瞬迷った。
最初は二人だったが途中から一人になった場合はなんと答えるべきだろう。
だが何も答えないのも申し訳ないので正直に答えることにした。
「最初は二人だったんですけどさっき別行動になって今は一人です」
そういうと女の子は少しだけ緊張が増したように見えた。
「あの、もし良かったらなんですけど…」
そういってしばらく彼女は口をつぐんでいたが、後ろの女子二人に小突かれて口を開いた。
「良かったらでいいんですけど、私達と一緒に遊びませんか!?」
そう言うと彼女は下を向いてそれきり黙ってしまい、後ろの二人はこちらをチラチラと見たり、ヒソヒソと囁き合っていた。
僕は今にも消え入りそうな一人の女の子を一瞥した。
後ろに控える二人の女の子を見つめた。
お姉さんと別れて一人で行動している今、僕には彼女たちの誘いを断る理由がなかった。
ただ、仮に断るべき理由があったとしても、それが大した用事ではなく、かつ誘われたのが一般的な男子高校生ならば彼女たちの誘いを迷わず受けるだろう。
後ろに控えている子のうちの一人は、髪色が派手であることから、遊び歩いているようにも見え、苦手な人は苦手なのだろうが、僕は時得高校でそういったタイプへの偏見や抵抗はすっかり失われていた。
それに、仮にそういったタイプが苦手だったとしても、一緒に遊び、あわよくば彼女らのうちの誰かと恋仲になりたいと考える男がいることが容易に想像できるくらいには、彼女たちは揃いも揃って美人だった。
だから僕は誘いを受けるべきなのだ。そう結論を出し、誘いを受けるべく立ち上がった。
今まで僕が引き摺っていた暗い雰囲気を彼女らに分けてしまっては申し訳がないから、僕は星慈としてしっかり仮面を被り直した。
僕の顔にも返事の内容がだいたい出ていたのだろう。彼女たちはまだ返事を貰っていないのに心なしか嬉しそうだった。
僕の中から僕に軽蔑の視線を送り続ける陽慈を追い払い、星慈を顕現させる。
「こっちからもお願いするよ。俺と一緒に遊んでくれないかな?」
こうして僕らは四人で遊ぶことになった。
彼女らはそれぞれ美鈴、耀、遥海という名前だと教えてくれた。
彼女たちは名字を名乗らなかったので、僕も星慈とだけ名乗った。
彼女らは時得高校の生徒ではなかったが、時得高校から徒歩三十分以内の距離にある、矢取高校という高校に通っていると教えてくれた。
僕に最初に声をかけ、しばらく消え入りそうだったのが美鈴、金髪で最も派手なのが耀、ボブカットで活発そうなのが遥海だった。
美鈴は清楚系と呼ばれそうなタイプであり、耀はクラスの中心ではしゃいでいそうなタイプ、遥海は部活に力を入れていそうなタイプに見えたため、タイプの異なる三人が固まっていたからか、かなり人の目を引いた。
僕はまだまだ人の視線を集めることに慣れておらず、少し居心地が悪かったが、将来的には庭の一員としてこういった状況に慣れる必要があると思い、視線の束を、ある種の精神修行として受け取ることにした。
「君たちは正直全然違うキャラっぽく見えるんだけど実はそうでもないの?」
と僕が彼女たちへの第一印象とともに話しかけると、
「学校だと見た目通りのキャラなんですけどね」
「あたし達幼馴染でさ」
「はっちゃけるくらいに遊びたいときはやっぱりこいつらがいいなって」
美鈴が僕の疑問に答え、耀が理由を話し、遥海はそれを補足した。
その後互いの顔を見合わせて笑い合う彼女らを見て、彼女らの絆の深さを実感した。
そこにある絆は、僕とお姉さんの浅いものと比べるのもきっとおこがましかった。
彼女らはいくつかの苦難を互いに乗り越え、互いを知り尽くしているような関係に見えた。
誰も遠慮せずに言いたいことを言うし、聞きたいことを聞くことができる、そんな関係のようだ。
それがあまりに眩しくて、今の僕には直視できそうにもなかった。ついさっき浅い絆に勝手に失望した僕にとってはとても羨ましいものでもあった。
僕はどうすればよかったのだろうか。きっと僕にだって質問するチャンスは何度もあった。
相手がお姉さんでなければ、今のように何も考えず、思ったとおりに質問できるのに、相手がお姉さんになった途端僕はあれこれと考えてしまう。
何かと理由をつけてお姉さんの深層から逃げ続けた末路として現状に続いているのだから、僕が招いた結果である。
にも関わらず失望し、勝手に見限るのはあまりにも幼稚だ。
一度遠慮を捨てて向き合う。僕にはその覚悟がきっと必要だったのだ。
気がつくのが遅かったとはいえ、きっとまだまだ取り返しはつく。
祈るだけではなくて一歩踏み出したくなる、そんなエネルギーを彼女たちから貰った。
一度そうと決めてしまえば気持ちは晴れやかだった。
勿論勇気を出して尋ねても、お姉さんが何も教えてくれなかったり、今よりも溝ができてしまったりすることへの恐怖はある。
しかし、なんとなくだがそうはならない気がしていた。
どこへ辿り着くかはわからないけれども、また少し先へ進める気がしたのだ。
僕はここで考えを一時中断し、彼女たちに声をかけた。
「最初はどこ行く?」
僕がそう尋ねると彼女たちは一斉に答えた。
「フリーフォールがいいです」「やっぱジェットコースターでしょ」「お化け屋敷行きたい!」
三者三様の答えが帰ってきたが、きっと彼女たちにとっては日常だからだろう、やっぱりと言わんばかりの表情を浮かべ、こらえきれずに笑みをこぼした。
僕はもうこの遊園地内の異分子ではなくなっていた。
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