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夢を叶える約束

「それで今日は授業サボったんだ? 星慈君が学校楽しめてそうで安心したけど不良の道は歩まないでほしいなぁ」


 お姉さんと夕食を取っている間、僕は学校であったことを幾つか話した。

 庭のことが内容の大部分を占めていた。

 お姉さんも過去には時得高校に通っていたらしく、当然庭にも所属していたらしい。

 当時からテレビやゲームなどは完備されていたようで、庭は前からあのような場所だったようだ。

 勿論庭以外にも話せることは幾つかあった。

 私立高校であるから先生の転勤も殆どなく、共通の話題を欠くことはなかった。

 僕のように思春期の高校生が、自身の学校生活を家族に話して聞かせることは珍しいことであるらしい。

 だが僕は星慈になる前、即ち陽慈であった頃から毎日の学校生活を話して聞かせる習慣があった。

 昔から少数派の人間だったということだ。

 それは決して親に強制されていた訳では無いものの、一日たりとも怠ることはなかった。

 その習慣が今も続いているわけだが、話して聞かせるという行為に宿す目的が星慈と陽慈では異なっている。

 今の僕が学校で起きたことを話すのは、自分の感情を共有したいという思いや、単純にお姉さんと会話していたいという思いが原因である。

 対して陽慈の頃の僕が学校で起きたことを話していたのは、余計な方向に話が進まないよう会話の主導権を握り続けたいという思いが原因であった。

 家族間の会話をしたくないと考え、可能ならば顔すらも見たくない、同じ食卓でご飯を食べることすら苦痛に感じていた陽慈の頃からは考えられない程、僕は家というものや家族というものに対してポジティブな感情を持って向き合えていた。


「会長や副会長さんたちも皆が思ってるような格好いい人じゃありませんでしたよ。最初は拍子抜けでしたが、何処か芯の通った人たちでした」


「私達のときもそんな感じだったなぁ。気を張らなくていい環境は大切にしなよ?」


 僕が喋り続けることが不快だと思われていないか何度かお姉さんの顔色を窺ったが、彼女の目から不快感が溢れることは一度たりともなかった。

 僕らは互いに家族の何気ない会話を求めていた。

 僕は家族のトラウマから温かい家族に飢えていたし、彼女も何かしらの問題から僕を理想の家族として受け入れていた。

 僕らは互いに互いの本当に大切で繊細な、心の底を覗き込んではいない。傷の舐め合いだと言われればそれまでだろう。

 でも互いが存在しているだけで傷を忘れさせ、何かを埋め合っている感覚が確かにあった。

 いつかは僕の傷を癒やしてくれるかもしれないし、いつかは僕が傷を癒せるかもしれない。

 そんな幸せな未来が、幸せな家族が訪れるのかもしれない。

 そういう関係を他人と築けるかもしれないというただそれだけのことなのに、僕はたまらなく嬉しかった。

 僕らは食べる手を遅めながら会話に花を咲かせ、食事が冷めてもなおそれを気に留めることはなかった。

 冷めてしまっても不味く感じることはなく、むしろ会話に花が咲けば咲くほど美味しくなっている気がした。


「お姉さんは今日何してたんですか?」


「普通に仕事してたよ。私もちょっとサボって仕事中遊んじゃったけどね」


「うわ、お姉さんも不良じゃないですか」


 僕がそう返すとお姉さんは微笑んだ。


「私達、不良家族だね」


 もう僕は陽慈の制服の存在を心の奥底にしまい込み、すっかり忘れていた。

 つい最近茂に出会ったにも関わらず、引き戻される心配も既にしていなかった。


 食べ終え皿も洗い終わった後、僕らはリビングでテレビをつけながら会話を続けていた。

 地元のおすすめスポットを紹介するような番組で、偶然にも紹介されていたのは僕らの街からすぐ近くの街だった。


『この街にある遊園地には日本一速いジェットコースターと日本一高いジェットコースターの二つがあります。絶叫好きにはたまらないでしょう』


 テレビに出ているインタビュアーの男がそう話していた。

 僕は遊園地に行ったことがないことを思い出した。だからこの番組は大変興味深く、少しだけ真剣に耳を傾け始めた。

 観覧車、メリーゴーランド、ジェットコースター。

 魅力的で、知識としてしか知らない存在がテレビに次々と映し出されている。

 幼少時代、もしも僕が遊園地に行けるような家族を持っていたのならば、映像のジェットコースターの怖さ、観覧車の高さを心から理解できたのだろうか。

 少なくとも今の僕では、時速が何キロになるのか、高さは何メートルなのかという情報が数字として与えられるだけで、それがどれくらいすごいのかがいまいち理解できなかった。

 僕の返事が上辺のものとなったことで、お姉さんは僕がこの番組を少しだけ真剣に見始めたことに気がついたようだった。


「ここ行きたいの?」


 そう問われた僕は昔から遊園地に夢を抱いていたことを思い出した。

 夢のまま終わらせるべきなのではないか。サンタクロースがいないと知った瞬間のような、あるいは月には兎がいないと気がついてしまったときのような気分に陥るかもしれない。

 それに遊園地は子供が遊ぶ場所だ。十六歳のプライドがお姉さんの誘いをはねのけようとした。

 だが、遊園地に訪れた大人たちの本当に楽しそうな笑顔がテレビに映った。

 高校生のカップルの幸せそうな顔がテレビに映った。

 一家全員で楽しむ姿がテレビに映った。

 僕は遊園地を訪れるべきだ、彼らはそう伝えようとしている気がした。


「別にここじゃなくてもいいですけど、僕は遊園地に行ってみたいです」


「じゃあ週末一緒に行こうか」


 からかっているのではないか、いい歳をして遊園地に夢を見る僕を馬鹿にしてはいないか。そういった不安で満ち溢れていたが、お姉さんは本当に単純に僕の夢を叶えようとしているだけだった。

 昔手に入らなかったものは、新しい家族になって簡単に得られるようになったようだ。

 家族で遊びに行くという経験も、年の近い女性と二人で外出するという経験も陽慈の間は得られなかったものだ。

 お姉さんは単純に僕を家族として見ていて、遊びに誘っているのだと頭では理解していても、思春期男子としては女性と遊びに行くという出来事をまともに飲み込めず、平静を装うので精一杯だった。


「今週の土曜でいいですか?」


「それでいいよ」


 僕はなるべく日常の延長として返事をしたが、日程の決め方があまりにも逢瀬の約束のようでついに平静を保てなくなった。

 テレビを食い入るように見て、純粋に遊園地に興味があるように装う。

 だがやはりというべきかお姉さんに隠し事はできないようだった。


「星慈君との初デートだね」


 僕はついに顔を赤く染め上げた。

 お姉さんは微笑をたたえていた。


「僕にとっては人生初のデートですよ」


 これが失言であるということは冷静な人間ならすぐに分かることだった。

 返事をしなければと躍起になっている人間なら発言直後は慌てていて気が付かなくとも、冷静になったタイミングで失言をしたと気付き、猛烈に後悔するだろう。

 僕は話題が変わり落ち着いたタイミングでしっかりと後悔した。

 毎日を共に過ごせば失言などいくらでもある。それを受け入れられて初めて家族に到れる。

 だからこの失言も僕の望む幸せへの布石なのだと好意的に解釈しようと努力しても、経験が浅いことを露呈させたことへの羞恥が消えてくれる時はついぞ訪れなかった。

気になる点、感想等があればお気軽にご記入ください。

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