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二百七十段分の覚悟

初投稿です。至らぬところばかりですが暖かく見守ってください。

 自分に、社会に、周囲の人間にうんざりし、失望し尽くしていた僕が自殺願望を抱くのは当たり前のことであると思う。

 昔からどのように死ぬかを考えて生きてきた。

 ビニール袋を被って死んでしまった人がいると聞いてからは幾度いくどか挑戦したこともある。


 布団に横になり、ビニールを被る。

 苦しくないうちに枕と掛け布団をそのまま顔に乗せ、両手は体と敷布団ではさみ、ビニールを取りにくくする。

 最初はあまり苦しくはないものの、布団の暑さや圧迫感で徐々に苦しくなる。

 しばらくすると自分の汗でベタベタし始め、ビニールも顔にくっつき、呼吸がより困難になる。

 そのうち自分が苦しさをどうにか軽減できないかどうかと努力していることに気が付き始め、結果的に苦しさに耐えることができず諦めて脱出する。

 脱出後、自分の無意識的な生への執着に気が付き、挑戦前よりも惨めになっている。


 後戻りが簡単で、死ぬまでに時間がかかり、苦しい。

 この三つを満たす方法では一人での自殺はおそらく不可能なのだ。

 しかし、これらを満たさない方法に挑戦することをためらうくらいには僕の心は死を拒んでいた。

 だから準備をせずに、衝動的に命を奪える落下死に興味を抱いた。


 僕の望む死は「でかいことをやって死ぬ」、「事件に見せかけ謎を用意して死ぬ」、「誰にも知られずに死ぬ」の三通りのうちどれかを満たすものである。

 今までは死に際を考えることを生き甲斐としてなんとか生きてきたが最早それも終わる。

 僕は三つ目を選ぶことにした。


 僕の住む街はありふれた住宅地であり、その中のありふれた借家に僕は住んでいる。


「行ってきます」


 本来なら学校へ向かわせるべき足を学校とは正反対の近所のマンションへ向けて歩く。

 そこには幼稚園以来の友人が住んでいる。

 今の僕は高校一年生であるから知り合ってからもう十年以上経っているらしい。

 このマンションは鍵か四桁の暗証番号を入力することでエントランスにつながるドアが開く仕組みになっている。

 半年に一度は暗証番号を更新しているようだが、友人から番号を教えてもらっている僕にとっては自分のスマホのように手軽に開けられるドアだ。


 十階建てのマンションをエレベーターではなく階段で登る。

 目的地は最上階である十階の更に上、屋上だ。

 階段を囲う壁にはところどころ隙間があり、そこから外の景色を見ることができる。

 僕は六階に向かう階段の途中にあるその隙間で一度だけ足を止め隙間から街を眺めた。

 ゆっくりと眺めた後に僕はまた階段を登り始めた。

 もう立ち止まることはないだろう。

 一段一段を踏みしめ、ゆっくりしかし確実に屋上を目指す。


 合計で二百七十段もあった階段を登り切り、屋上への扉を開いた。

 さっと飛べばそれだけで終わる。

 今更になって描き始めた未練を無視し、前を見据える。

 雲が不均一に散らばり、空の青を引き立たせる、そんな天気だった。

 最も地上から遠い地点はどこだろう。

 飛んだのに死ねなかったなんて馬鹿なことにならないよう、飛ぶ場所を吟味ぎんみしていると不意に背後の扉が開いた。

 誰か来たのだ。

 思わず振り返るとそこには妖しい女性が一人。

 僕は自殺を気取られぬよう、冷静であろうと努めた。

 しばらくしたらいなくなるだろう、という考えのもと、僕は空を眺めに来ただけの人を演じ、彼女が立ち去るのを待つ。


 しかし、一向に彼女は立ち去らない。

 それどころかこちらをじっと眺めている。

 学校に行くふりをするためとはいえ高校の制服を着たまま屋上に来たのがまずかった。女もそれを怪しんでいるかもしれない。

 僕はわざと自分の靴紐を自分で踏み、しゃがみこんで、解けた紐をゆっくりと結んで時間を稼ぎ始めた。


「少年。この街は好きかい?」


 彼女は歩き出してこう言った。

 僕は女を一瞥しただけで無視をする。


「少年。この街は好きかい?」


 彼女は僕の目の前に立っている。

 僕は彼女の作った影に入っていた。

 目の前に来られたならば答えないわけにもいかなかった。


「この街の思い出は好きです。でも今の街はあまり好きではない」


 先程よりもペースを早めて手早く靴紐を結び終え、僕は歩き出そうとした。

 こんなやつがいては飛ぶことなどできやしなかった。


「なあ少年。家出じゃだめなのか?」


 僕は初めて彼女の目を見た。

 茶色がかった目は彼女の明るい見た目に一役買っていたが、僕には彼女の目が渦巻いていて、全てを吸い尽くしてしまう怪物に見えた。


「僕には家出なんてできないし、生きたいとも思わない」


 家出し続けるためのお金も、仕事を得ようとする気概も、全てを失ってもなお生き続ける覚悟も何一つ僕は持ち合わせていなかったし、高校生の僕には無縁だった。

 彼女と話していてはだめだ、そう僕の中の誰かが叫んでいる。

 たった一つだけ得ることのできた、死への羨望さえも失いかねないとそいつは叫んでいる。

 飛ぶしかない。たとえ僕が飛ぶのを彼女が妨害しようとしてきても力で負けることはないだろう。

 覚悟の揺るがぬうちに、彼女相手に意地になれるうちに、失わないうちに。

 足に力を込め走って飛ぼうとしたその矢先、


「ならば私がさらってあげよう」


 という言葉を聞いた僕は結局死ぬことができなかった。

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