庭の日常
昨日投稿し忘れてましたごめんなさい
トランプでは大富豪と神経衰弱をした。
大富豪では真希先輩が下位から抜け出すことが出来ず、残りの三人で上位争いをしていたが、反対に神経衰弱は真希先輩の独壇場で、僕と愛梨に至っては二組のペアを獲得できればいい方だった。
しばらくするとトランプにも飽きてきて、各々自由に過ごすことになった。
会長と真希先輩は、庭においてあるテレビゲームの中から対戦型のパズルゲームを遊び始め、愛梨は鞄から文庫本を取り出して読み始めた。
僕は後で書くのを忘れないように日誌に今日の活動内容を記録することにした。
今までの記録をパラパラと見てみた結果、今までは愛梨が日誌を書いていたことが分かった。
書いてある内容はどうせ出鱈目だ。そう気負いせずに書けそうだ。
毎回考えるのも面倒なのでテンプレートを作ってしまおうと考えた僕は、これからしていくであろう活動に思いを馳せよく考えた後に、『校内の安全、風紀の維持及び生徒とのコミュニケーションによるメンタルケア』と記録した。
時計は六時間目終了から一時間三十後、即ち五時を過ぎたところだと僕に伝えていた。
手持ち無沙汰になった僕は、次の試合から会長たちのゲームに混ぜて貰おうと思い、後ろでプレイを眺めながらタイミングを見計らっていると、会長の机の上に置かれているパソコンが音を鳴らした。
会長は立ち上がらなかったが、音自体は聞こえていたようで、
「僕は今手が離せないから星慈、君が見てきてくれ。多分メールだと思うけど」
と僕に命じた。
ゲームを後ろから見ていただけだったため、僕は大した悪態をつくこともなく立ち上がりメールを確認した。
要約すると、相談があるので五時半に庭に来たいという内容だった。
「五時半に相談に来たいっていう内容でした」
「適当に了承の返事送っといて」
彼はまた画面から目を離さずに僕に指示した。
『時得の庭』という組織は生徒のお悩み相談もやっている。
相談に乗るというのがこの組織の主な仕事の一つであるらしい。
相談は予約制で、庭にメールをすることで予約を入れられる仕組みだ。
仮に予約制にせず、急に訪れられたら我々のボロが出てしまうだろう。
一応この部屋は防音で、鍵もかけることができ、扉に窓はついていないため、急に人が入ってくることはないと分かってはいる。
だが急にノックされたときの衝撃と、それにビクビクと怯えていてはのびのびなどできない。
そういう意味で大変ありがたい制度である。
この部屋は明らかに学校に不要なものばかりが置いてある。
それを先生や生徒が訪れるとなった時にどう対処するのだろうと思う人もいるだろうが、答えは単純だった。
ゲーム類が置いてあるのは正確には『時得の庭』の内部ではないのだ。
現在この部屋は、二つの部屋を直接繋いで一つの部屋となっている。
二つの部屋を仕切る壁は折りたたんで移動できるタイプだ。
扉を開いて入れる本来の部屋にはソファや机、資料棚、据え置きのパソコンくらいは置いてあるものの不自然なものは何一つとしてない。
先程からゲームをしていたりしたのは本来壁を挟んだ部屋だ。
そちらの部屋には扉がなく、外部から存在を確認することはできない。
壁も綺麗にできていて、その壁が動くなんて夢にも思わないようになる。
勿論たたみ始めの部分には持ち手がついていて、そこにさえ気がつけばたためることも分かるが、その場所はうまい具合にホワイトボードで隠されていた。
だから仮に突然人が訪れたとしても、この壁で隠してしまえば何ら問題はないのである。
僕らは五時二十分を過ぎる前に壁を移動させて庭本来の姿に戻した。
幸い僕らはゲーム類がなくても時間を潰すことが可能だ。
だらだらと会話をして時間を潰していると来訪者の存在を告げるノックが鳴った。
会長は厳かさを、真希先輩は気品を身に纏った。愛梨は静かになり、僕は多少の軽薄さで空気を中和する。
会長が、
「どうぞ」
と入室を促すと扉が開き、外から女子生徒が二人入室してきた。
トランプの時に僕が座っていた側のソファに彼女たちには座ってもらい、対面のソファには会長と真希先輩が座った。
僕と愛梨は会長たちの後ろに控えた。
相談しに来たのは彼女たちの内の一人で、もう一人は付き添いで来たようだった。
座ってから彼女たちはしばらく黙っていたが、勇気を絞ったのかついに口を開いた。
「私、好きな人がいるんですけど」
このフレーズから始まった相談内容は、何の変哲もない恋の相談だった。
恋をしている相手がそこそこ人気の男らしく、あまり外見に自信のない自分が攻めても大丈夫だろうかと言った内容の、友人にでもするべき相談だった。
わざわざ相談しに来るのだから余程のことかと身構えていた僕は拍子抜けしたが、他のメンバーは彼女の言葉を真摯に聞いていた。
軽薄さを身に纏う僕であっても、流石に適当な言葉を発するわけにはいかず、会長たちに任せることにした。
「彼は友人も多くて私もその内の一人だと思ってもらえてると思うんですけど、一対一でデートに行ってくれますかね?」
「僕らは君の事情のほんの少ししか知らないけれども、少なくとも君が好きになった人は友達の誘いを断る男じゃないと思うよ」
会長がそう優しく告げると彼女は覚悟を決めたようだった。
そのあといくつかの言葉を交わした後、彼女たちは退出していった。
階段を降りていく音が聞こえなくなったあたりで僕は、
「いつもこんな相談が来るんですか?」
と先人たちに聞いた。
彼女の恋の悩みは、わざわざ無関係な我々に相談するものではなかったからだ。
「こういった相談ばかりではないさ。でも何だって話せるし、それをしっかり受け止めて聞ける僕らだからこそ生徒たちは慕ってくれるんだろうと思ってるよ」
「本当に色々な相談をしに来る人がいるのよ。人間関係だったり勉強の悩みだったりバイト先の話だったりね。」
「私達は生徒たちに寄り添って活動していたいから」
会長、真希先輩、愛梨はそれぞれ僕にそう答えた。
僕にとって彼らは年齢関係なく正しく先輩だった。
その姿は初めてあったときのような威厳に満ちたものというより、なにか懐かしいものを想起し、重ね合わせているように感じさせた。
きっとこういった方針はある種の伝統としてこの組織に受け継がれて来たのだろう。
僕は後輩としても一人の人間としても彼らから学ぶことの多さを悟った。
彼女が恋愛的に上手くいかなかったなら僕らは恨まれるのかもしれない。
全員に寄り添うことは不可能なのかもしれない。
けれども、少なくとも庭にいる間は、その人に寄り添っていられる人間になりたいと思った。
僕は日誌に書いた適当な言葉の隣に『一人の女子生徒に寄り添った』と追記した。
相談事が終わり、帰宅するに相応しい時間帯になってきたからということで、僕らは今日の活動を終了し、各々家路についた。
僕にとってのお姉さんがいるように、庭の皆にも帰る場所がある。
その場所は庭を除けば、演技をしない自然体でいることを許された唯一の聖域だ。
生まれ変わることを選択した僕は、どれだけ人を愛し愛されようとも、本当の自分を知られるわけにはいかず、一生秘密を抱えて生きていかなければならない。
それをとても苦しいことのように感じていたが、その苦しさが少し和らいだ気がする。
庭という組織は、小さな器には収まりきらない毒を移し、薄くする役割があるのだろう。
それは例え、お姉さんが僕の毒をどれだけ薄くしようとしてくれたとしても限界があったのかもしれないと、今の僕はそう思った。
気になる点、感想等があればお気軽にご記入ください。




