庭メンバーとの邂逅
比から送られてくる羨ましそうな視線を飄々と受け流しながら昼食を取っていると教室後ろの扉が開いた。
足音からして三人ほどだろうか。彼らが教室に入ると同時に、昼休みに相応しく賑やかだった話し声がピタリと止み、静寂が訪れた。
腹を埋め続ける手を止めたくない僕は振り返らず比に聞こうと思い立ち、弁当から顔を上げて比を見てみると、彼は僕の後ろ即ち教室後ろの扉の方に視線を向けたまま止まっていた。
目線だけではない。焼きそばパンを食べる手も止まっている。
彼は頭をガツンと殴られたような衝撃を受けているようだ。
教室が沈黙を維持し続ける中、三人の足音は響き続ける。
どうやらまっすぐとこちらへ向かっているようだ。
一体何事なのだろう。僕の腹の虫は好奇心に敗北し、勝者の気の赴くままに振り向いた。
教室に訪れた三人は男一人と女二人で構成されていた。うち一人は愛梨だ。
最早羨ましいを通り越して何かに巻き込まれないのか心配になるくらいの美しさを兼ね備えた女と、それの隣に立つに相応しい風格を身に纏う男だった。
高校生でここまで人間として成長している、そう考えると異常なほどに大人びており、完成された二人だった。
愛梨の顔は正面からまともに見たことがなかったが、こうしてみると彼らの隣に並ぶに相応しい造形、立ち振舞いを兼ね備えているようだった。
僕は彼らの内の三分の二を知らないが、要件は大体把握した。
愛梨は昼に詳しく話すと言っていた。要件はそれで決まりだろう。
庭というグループについて詳しく教えてくれる気なのだ。
彼らの歩みは予想通り僕の元に来ることで止まった。
教室の沈黙を最初に破ったのは愛梨だった。
「佐藤くん、ちょっといいかな。さっき言った通り説明の続きをしたいんだけど」
「悪いな比。先約があったのを忘れてた」
僕がそう言うと比は首が取れるかと見紛う速度で首を横に振った。
気にするなと伝えたいらしい。それとともに、後で詳しく話を聞かせろとも伝えたいようだ。
僕は前者にのみうなずきを返しておき、後者は気づかなかったことにした。
僕は比から三人組に視線を移した。
「じゃあ少し場所を変えよう」
男がそう言うと歩き始め、一歩後ろを女が、その二歩後ろを愛梨が、その四歩後ろを僕が続いた。
僕が扉を閉めた直後、教室内は爆発的な騒がしさで満ちた。
五分しないくらいだろうか。教室棟から離れ、部室棟と呼ばれる棟まで歩いた。
その間僕らは誰ひとりとして口を開かず、最初に作った歩幅を維持して歩いた。
時折すれ違う生徒は男や女に羨望の眼差しを向け、彼らの内のほとんどはすれ違うたびに振り返ってしばらくこちらを眺めていた。
比が話していたことは嘘ではなかったようで、この学校の生徒は彼らに心酔しているようだった。
四階まである部室棟の階段を一階から余すところなく上りきった。
部室棟最上階の階段に最も近い部屋には『時得の庭』というプレートが吊るしてあった。
男がその部屋の扉をスライドさせて部屋に入り、最後に入った僕が扉を閉めた。
中は十一月特有の、ひんやりとしているものの優しさを感じる空気ではなく、暖房の機械的な暖かさを感じる空気で満ちていた。
部屋の中にはただの椅子や机ではなくソファ、テレビ、冷蔵庫などが鎮座しており、他の部屋よりも広いこの部屋の様子から最早学校であることを忘れそうになった。
大きな机には手を付けていない弁当やパンが置いてあった。
「ここが我々の庭だ」
男はひとりがけソファにどっしりと座って僕にそう言った。
「はぁ」
僕にはこんな返事を返すことしかできなかった。
しばらく僕らは黙り込んだ。どうやら彼らも呆然としているらしい。
居心地の悪い沈黙が続くかと思ったが、ずっと黙っていた女が口を開いたおかげでその空気は打ち砕かれた。
「感想それだけ!?」
「うわ喋った!」
「うわってなにようわって!」
今まで喋っていなかった女に対して僕が驚き、少しばかり失礼なことを言ってしまった矢先、女は僕に向かって叫んだ。
この部屋に入るまでは一言も発さず、大和撫子的雰囲気を出していた女だったが、既にその幻想は打ち砕かれていた。
それと同時に威厳と風格溢れていた男も、纏っていたものが夢だったかのように消え去り、がっかりしたと言わんばかりの視線をこちらへよこした。
愛梨はげんなりと肩を落としていた。
どうやら庭というグループは一筋縄ではいかない集団のようだった。
女が落ち着くのを待ってから男は口を開いた。
最早威厳の欠片も残されてはいなかったが、座り方だけは風格に溢れていた。
「君が佐藤星慈だね? 知っての通り我々は『時得の庭』という組織だ」
彼はそう言って僕にざっくりと庭の説明をした。
その内容は比と大差なかったが、異なる点と抜けていた点があったため抜粋しておく。
庭本来の役割は、救済された同胞どうしの繋がりを社会に出る前に作るということである。庭のような繋がり社会に出た際にもあるため、その予行演習のようなものだそうだ。
この組織は学校の理事長、即ち例のおじいさん直属の組織であるため何かをやらかしても多少の融通は効く。彼らはこれを乱用して、たまに授業をサボったりしているようだ。
この二点が外部の生徒では知り得ない内情だった。
「つまりこのグループは俺みたいな人が集まってるってことですね」
「概ねそのとおりだ。あとグループじゃなくて組織な」
どうやら彼らはこの組織内と外でキャラクターを使い分けているらしい。
恐らくは組織内の顔が本当の顔だろう。
「私が佐藤くんを誘った理由はもう分かってると思う。改めて言うけど佐藤くん、『時得の庭』に入らない?」
愛梨がそう言った。彼女が外で庭の一員として認められていない理由も大体把握できたはずだ。
きっと彼女は不器用なのだ。キャラクターを演じることができていない。
大和撫子ではなくなってしまった女も不器用なのだろうが、彼女は自身の外見のおかげで物静かというのをお淑やかだとプラスに捉えてもらえる。
だが愛梨はそうではない。
髪色の明るい彼女は物静かを馴染めていないとか浮いていると捉えられてしまうのだろう。
少なくとも僕には、彼女がクラス内で忌避されるような人間には思えなかった。
「いいよ。俺は別に断る理由もないし」
そうして僕は現在遭遇した人員の内の三分の一しか知らないにも関わらず『時得の庭』の一員になった。
普段の僕ならばもう少し慎重に動くだろう。
だが、このような面白い出来事に対して慎重に動いてチャンスを失うのは愚かで虚しいことだと、僕は一つ前の人生経験から痛いほどに学んでいた。
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